二の十八
それから武装解除はあっという間であった。
兵たちは将棋の駒のごとく、みな胤姫に下った。
火薬主義者と久助は千胤城裏の屋敷に落ちていた。二人ともずっと目をまわしていたらしい。
木工助は何とか隙を見つけて、陸上巡洋艦から逃げてきた。商機がないと見るや、フランス人はがっくりして、陸上巡洋艦は現われたときと同じように喧しい音を立てながら、銚子へと戻っていた。
玄之丞、文七郎、そして半次郎も無事だった。そして、彼らは誰一人命を取ることはしなかった。
ただ、計算違いも起きた。家老の臼井雅楽は常姫が討たれたときくと、躊躇うことなく割腹して果てた。
人死にといえば、もう一人。
常姫。
常姫の首は曲げ物に入れられて、城下町の製氷工場に保存してある。時期を改めて、千葉の町に首塚を作るつもりだという。
胤姫はいつまでも涙に囚われることはなく、恭順した兵たちへてきぱきと命令を飛ばしていく。
扇はそのあいだ、天守閣の床柱によりかかり、胤姫が一度は常姫についたかつての家臣たちを許し、そして新たな命を下しながら、千葉荘の領主となっていく様子を眺めていた。
日が暮れるころになると、天守閣にいるのは胤姫と扇だけになった。
「扇どの」
胤姫は床柱によりかかる扇の前で膝を揃えて座る。
「なぜ姉上はわたしを放逐したのか、貴殿は知っているのではないか?」
扇は落としていた視線を少し上にし、胤姫の顔を見ると、無言で立ち上がり、頭上の袋戸棚を開ける。そこには何も入っていない。だが、扇の手が左の違い棚の裏の出っ張りをひねると、竹のバネの力だけを使った簡単なカラクリが作動して、飾り気のない隠し箱が袋戸棚のなかに落ちてきた。
それを扇は取り出す。
扇が箱を開く。小さなガラス壜が三つ。
中身は白い錠剤で、壜にはアルファベットがびっしり書かれた紙が糊で張られていた。
「それはいったい……」
「おそらく薬だろう。どこの国のものかは分からない」
単身で城に潜入したとき、扇は常姫が複雑なからくりに隠したこの薬をこっそり服用しているところを見ていた。
扇はあくまで推測だが、とことわった上で、常姫は余命がいくばくもなかったのではないかと言った。武士が人目をひどく気にして薬を服用するとなると、そんな理由が浮かぶ。弱いところを見せたがらないのが武士だ。
甘いところのある胤姫では乱世のシモウサで千葉を守ることができない。だから千葉荘を守る父の遺言を遂げるため、千葉を乗っ取る。汚れ役を全て引き受け、余命が尽きるまでに千葉荘を狙う豪族たちを叩き、地盤を固めた後、胤姫に千葉を継がせ、自分は黙って死ぬ。
扇はそんなところだろう、と胤姫に告げた。
「ただし、さっきも言ったとおり、あくまで推測にすぎない。ひょっとしたら、ただの頭痛持ちだったのかもしれない。まあ、信じたいほうを信じればいい」