二の十七
兜頭巾が跳ね飛び、脳震盪を起こした剣士が畳に大の字に倒れると、扇はその反動をそのままに螺旋打ちを見舞う。息が切れた老剣客の肋骨服下の鳩尾に真鍮をかぶせた棒の先が見事に決まる。
三人の剣豪が完全に気を失ったことを確かめると、扇の痺れた手から棒が転がり落ちた。数十合打ち合い、ギリギリの戦いだった。もし、三人一度に相手をしたら、こちらが殺られていただろう。
しかし、休んでもいられない。
棒を拾い、何とか息を整えて、天守閣へと登る。
二十六畳はある天守閣の中央に二人がいた。どちらも血まみれで一瞬判別がつかなかったが、よく見れば倒れているほうが常姫で、その常姫の頭を膝に乗せ、常姫の頸の傷を押さえているのが胤姫だと知れた。
「姉上……」
胤姫の目からこぼれ落ちた涙が、常姫の頬に落ち、滑り落ちた。
「これでよい……これで、よいのだ……」
常姫は半ば意識を失いつつ、そう繰り返しつぶやいていた。
「手を放してやれ」
扇が胤姫に言う――言い放つような冷たさを少し含ませて。
「……嫌です」
「もう助からない。逝かせてやれ」
「でも――っ!」
常姫の手が傷を押さえる胤姫の手に伸びる。常姫は優しくその手を傷の上から除けた。裂けた頚動脈から混じり気のない純粋な赤の血が噴くように流れ出す。
常姫は手を胤姫の頬に、涙が流れる頬に触れさせ、微笑む。
「……これでよい」
手がぱたりと畳の上に落ちる。常姫はこれから見るものが楽しい夢だと確信したように微笑み、目を閉じた。
胤姫は常姫の亡骸をきつく抱く。
扇は常姫の手の脈を確かめた。抜き身で転がる自分の刀を手にし、胤姫に常姫を放すよう告げる。
「供養と思って、最後の務めを果たさせてやるんだな」
「……務め?」
扇は胤姫を常姫から離させると、刀を一閃させた。
常姫の首がころりと胴から離れた。
「武家の惣領なら、何をすべきかは分かっているはずだ。そのためにあんたは姉を斬った」
胤姫はこくんとうなずき、涙を目から拭った。
そして常姫の首を持つと、天守閣から廻縁へ、そして眼下に満ちる兵たちへ大音声で告げる。
「聴け!」
凛々しい声が銃声とぶつかり合う剣の音を制する。見上げることができるもの全員が天守を見上げる。胤姫のつかんだ常姫の首を。
「簒奪者千葉常姫はたったいまこの千葉荘司胤姫によって成敗された。これ以上の手向かいは惣領への謀反と見なす!」




