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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二話 笑う扇とシモウサの姫
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二の九

 宿場を発ち、歩いて街道を進むと、例の新興宗教の踊りが近づいてきた。緑と黄の縞模様の着物をつけ、老若男女が「ペロレンペロレン、ペンペロレン」と調子をつけて唄いながら、道の幅いっぱいに踊りまわっている。踊る人々の列は水田に挟まれた街道をずっと埋めて、一里彼方の浅い谷間へと続いていた。

 この不思議な宗徒たちは手持ちの木魚や三味線、小型蒸気機関を搭載したほら貝をめちゃくちゃに鳴らしながら囃すように唄った。


 ペロレンペロレン ペンペロレン

 歌うペロレン 聞くペロレン

 踊るペロレン 見るペロレン

 救いはこれぞ ペロレン宗

 ペンペンペロレン ペンペロレン


 ペロレンペロレン ペンペロレン

 豚がにゃあにゃあ カラスがわん

 馬がかあかあ 猫がひひん

 人はどう鳴く ペンペロレン

 ペンペンペロレン ペンペロレン


 ペロレンペロレン ペンペロレン

 北に千葉あり 南に千葉あり

 東西千葉あり 天地に千葉あり

 されどおらぬは 千葉介

 ペンペンペロレン ペンペロレン


 どうやら信者たちは教団の規則や問答、現実の出来事の風刺、あるいは目の前で起こったことを唄にしているようだった。ペロレンペロレンと繰り返す信者たちのなかには興奮状態に陥り、手足を痙攣したように震わせ、ふりまわすものもいた。


 ペロレンペロレン ペンペロレン

 元はサガミの若旦那 亡国の姫とやってきた

 姫はめでたく 尼となり

 男は 奉仕仕る

 ペンペンペロレン ペンペロレン


 赤い提灯が刺さった編み笠をかぶった小太りの男がそう唄ったのを扇が聞き、男の肩をつかんで、詳細をたずねようとした。

 だが、小太りの男は見かけからは想像もつかない馬鹿力で扇を振り切り、あっという間に踊りのなかに逃げ込んでしまった。

 あの唄の詞を手がかりと考えるのなら、胤姫と文七郎はこのペロレン宗の総本山にいるということになる。だが、お家再興を誓った侍少女が自発的な意思から新興宗教の尼僧になるとは考えにくいし、また文七郎にしても「奉仕仕る」という言葉の裏には強制労働の気配がちらついていた。

 また、厄介事だ。

 扇はため息をついた。

 踊りまわる信者たちからそれ以上の情報が取れそうにないので、道の端に寄り、ペロレン宗徒の列を逆流するようにして踊りの源流、ペロレン宗総本山を目指す。

 ゆるやかに曲がる街道が丘陵のあいだの浅い谷へと切り込んでいて、扇たちは木々が鬱蒼と茂る山道や小川沿いの道、参道らしき石段、数百年前の領主が均した道などを通って、総本山へ辿り着いた。

 小さな丘を一つそのまま町にした総本山ではかなり大きな寺が頂上にあり、それを取り巻くようにして商店や民家が建っている。

 町の門から寺院まで雛壇状の広い階段が通っていて、ペロレン踊りは階段を昇りきった寺院の門から湧き出している。第一の門を過ぎ、石庭の道を行き、第二の門を通る。石畳の道沿いには二階建ての僧房があった。きっとどこかに尼僧用の僧房もあるはずだと思うが、参道以外の道にはレンコンのような回転銃身式ライフルを手にした僧兵が油断なく配置されていて、今、確かめるのは無理だった。

 夜に忍び込むか。

 扇はそう決めると、夜に灯がなくても、物にぶつからずに移動できるよう、ペロレン寺の敷地の広さを自分の歩数に換算して叩き込んだ。

 本堂は白寿楼が丸ごと入るくらい大きい建物で、そこに人々の崇拝を集めるペロレンさまが安置してあった。巨大な亀の木像が甲羅の腹を見せる形で座っていて、短い足は前へピンと伸びていた。亀の顔からは仙人のような白い長い鬚が垂れていて、まるで生きているようにかすかに動いていた。木像全体はいくつもの部品を組み合わせて構築されていて、部品一つ一つがゆっくり一定の動きを繰り返している。まるで、ペロレンさまが呼吸しているようだった。時おり、木像のつなぎ目から白い蒸気がしゅーっと吹き出すのが見えた。赤と緑の縞の袈裟を身につけた高僧が朱塗りの高台でペロレンペロレンペンペロレンと一心不乱に唱えていた。

 信者たちは別の入口から入り、ペロレンさまに一礼して出て行く。扇たちが辿っていたのは出て行った人々の列だった。

「あの亀は人力で動いてるぜ」宿を取ってから久助が扇に言った。半次郎と玄之丞は宿に着くや、町のどこかにいるはずの胤姫おつきのじいを探しに出かけていた。

「だが、蒸気が上がっていた」扇が言う。

「あれは見せ蒸気だ。まるで蒸気機関が動かしているように見せているが、見えた蒸気の量から推測すると、機関にあれだけのものを動かす馬力はない。おそらく地下に大きな部屋があって、そこで奴隷みたいな連中が押し車をまわして、伝動軸と歯車を通じてあの亀の細部を動かす力を供給しているはずだ。押し車は鎖か何かでぶらさがった足場につくられている。地下までの見取り図を描こうか?」

「そんなことができるのか?」

「あの大亀を構成する部品の隙間から歯車の配置が見えた。あとはそれぞれの部品の動き方を考えれば、だいだい予測できる」

「どのくらいで完成する?」

「もう一度、あの亀を見に行けば夕方までには描き終わる」

「なら、頼む。今夜、忍び込む」

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