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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二話 笑う扇とシモウサの姫
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二の六

 シモウサ国はちょうど房総半島の出口を覆うような形をしている。そして内海に面する西部と外海に面する東部でそれぞれ内乱がある。鉄道は中立でシモウサを十字に走っているが、それでも砲兵隊の要塞と騎兵隊の兵舎が要所要所に設けられていて、鉄道への不当な武力行使が行われた際に備えている。豪族たちのなかには盗賊と化して、鉄道を襲撃して、機関車や荷物を強奪し、客を誘拐して身代金を取る連中もいるからだ。

 危険な鉄道を避け、館山湊から汽船でアワを発った扇と半次郎は房総半島の先端をぐるりとまわって(半次郎は二日酔いと船酔いの二重苦に責められたが)、外房沿岸を北上し、銚子へと向かった。

 館山湊が産業の恩恵を受けているとすれば、銚子は戦争の恩恵を受けていた。石を投げれば、大砲にぶつかるといっても過言ではないほどの兵器が銚子の通りという通りを埋め尽くしているのだ。

 これらは国内外の兵器会社から派遣された販売員たちがシモウサ豪族たちに売りつけるためのものだった。品目は多岐にわたる。一〇〇メートル用の新型照準を取りつけた連発銃や距離と装薬量を入力するだけで砲の取るべき角度を計算してくれる自動算盤付き曲射砲、焼夷弾を百貫積める爆撃飛行船、屋敷を移動重砲陣地に作り変える要塞構築プラン、そして、傭兵たちだった。傭兵と一口で言っても、参謀本部勤務の経験があるドイツ人のエリート士官から、痩せて骨ばった顔に不気味に光る目を二つくっつけた食いつめ浪人の集団までとピンからキリまである。

 銚子は戦争を売り物にしていながら、戦争の埒外に置かれていた。武器を仕入れる必要性から対立する豪族たちのあいだで銚子を中立地帯とする不文律が出来上がっていたのだ。そのため、戦火に焼け出された人々が戦争を避けるために自然と銚子に集まるようになり、掘っ立て小屋が建てられ、銚子はどんどん膨らんだ。それに目をつけたはしっこい商人たちは武器を銚子で売ることから、銚子で生産する段階に商売を格上げするべきだと思い始めた。

 利根川沿いに黒い鉄の工場が建ち始めた。海外の商社ではジャーディン・マセソン商会やコルト・ファイヤーアームズ、ステアー・マンリッヒャー火器製造会社、兵器産業に興味があるベルギー人投資家たち、国内では三菱商会の番頭やムサシ国徳川幕府の火砲奉行、薩摩藩砲兵工廠責任者がやってきて、漁港銚子を高い煙突と煤まみれの町に作り変えた。ベッセマー炉から流れ出す鉄がスチームハンマーに叩かれて、大砲や蒸気戦車になって市場へ流れ出し、莫大な富とさらなる戦争の激化を約束していた。戦争が激しくなればなるほど、難民が増え、そしてより安い金で工員を雇える。金がありすぎて金の使い道が思いつかない人間にとっては、シモウサには途方もない好機が転がっているように見えた。

 扇と半次郎は真昼に到着したにもかかわらず、銚子の町全体がどんよりと黒い靄に霞み、薄暗かった。ヤマト国も急速な工業化のせいで似たような街並みをしていたが、ここはヤマトよりもひどいかもしれないと扇は思った。数十本の煙突が灰色の空へ真っ黒な煙を下から上へ逆さまに注ぎ込み、有毒物質をふくんだ石炭の山が町のあちこちにこんもり盛り上がっていた。道は狭く、空気は悪く、粗末な小屋がひしめき合い、また治安もいいとは思えなかった。

 館山湊では帯刀しているものをほとんど見なかったが、銚子の町では男はもちろん女子どももみな脇差なり短刀なりを差し、ホルスターと呼ばれる革製の銃嚢にピストルを入れて持ち歩いていた。そして、しょっちゅうどこかで誰かが斬られるか撃たれるかしていた。浪人や脱走兵、徒党を組んだ博徒たちが暗い街並みへ引っ込んだ居酒屋にたむろしては強盗の計画を立て、西洋料理を出すレストランでは髷に燕尾服という奇妙ななりをした武士団の棟梁が慣れない葡萄酒に顔をしかめながら、青い眼をした髪の赤い異人から最新型の大口径ライフル銃を百丁買う契約を交していた。異人はその小型大砲がバリケードに隠れたポーランド人やハンガリー人を薙ぎ倒し、それにアメリカでは武器といえば棍棒と弓矢しかなかったインディアンをたらふく撃ち殺したと言って、性能を保証していた。

 とにかく武器を売ろうとするあまり、物事をきちんと見ることができなくなるものたちもいた。扇が船着き場から下りて、門を出ると、いきなり流暢に日本語を話すシルクハットのフランス人が陸上巡洋艦を二万五千両で買わないかと持ちかけてきた。

「巡航速度は一七ノット。シュネーデル・クルーゾ社製一二〇ミリ六連砲が二門、七〇ミリ速射砲が十二門、最新のド・ヴァンシュ砲尾閉鎖装置を採用していますから、イギリスの大砲みたいに暴発する危険はありません。これはお買い得ですよ」

 男が説明する武器の性能はさっぱり理解できず、何かの呪文のようにしか聞こえない。帆布製の背嚢を背負っただけの扇のどこに二万五千両もの大金があるように見えるのか、不思議だった。

「見ての通り」扇は言った。「そんな金は持ち合わせていない」

「我が社では小切手も扱っています」

「そんな金はないって言ってるんだ」

「わかりました。お客さんには負けましたよ。じゃあ、徹甲弾三百発をおまけでつけます。全部あわせて二万五千両。試しに使ってみるだけでもいいんです。お気に入らなければ、突っ返していただいても結構! しかも、試用期間中に使った石炭と砲弾の値段は請求しません! どうです?」

 扇は無視することにした。フランス人はしばらくつきまとったが、そのうち気が変わったら電報を打ってくれと連絡先が打刻された名刺を扇の手に押しつけ、次の客に陸上巡洋艦を売り込みにいった。相手は道端で草餅を売っている老婆で、一日に三十万個の草餅を売れば、陸上巡洋艦が一年で手に入ると力説していた。

 この男の精神錯乱の度合はまだマシなほうかもしれない。クルップ社の販売代理人は小料理屋の軒先に並んだゆでたまごを相手に列車砲を売ろうとしていた。

「この町は何かおかしい」

 扇が言うと、半次郎は顎をつまんで、

「おれにはそうは思えないな」

「どうして?」

「意外とこれが人間の本性かもしれん。廓で遊んだり、鮫のヒレを売ったりするのが嘘でこっちのほうが本当なのかもしれない」

「そうか。ところで」すっと切れた扇の目が鋭く光る。「その人間の本性とかいうのが、さっきから、おれたちのことをつけている」

「ああ、の方角。六人だな」

 絣の着物にボロボロの軍套を羽織り、野袴を穿いた浪人が六人、扇と半次郎の十数歩後ろからついてきていた。頭目らしい鬚の男は右手を懐のなかに入れていた。

 銃を持っている。扇はそう思い、半次郎に目配せした。

 半次郎も同じことを考えているようだった。

「殺すか?」扇が唇を動かさずにたずねる。

 半次郎は首を横にふった。

「いやいや。そこまでしなくてもいいだろう。ただし、あの銃を持っているのは要注意だ」

「あいつら、まさかおれが二万五千両持ってると思ってないよな?」

「さあな。馬鹿のやること考えることはさっぱり分からん」

「おれには少し分かってきた。前を見ろ」

 やはり軍套に野袴の浪人が四人、角を曲がって前からあらわれる。黒ずんだ迷路のような路地を知り尽くしているのだろう。全員大小を差していた。一人は銃剣付きの先込め式ライフルを持っていたが、撃発装置が壊れていた。おそらく槍の代わりに使うのだろう。

「挟み撃ちか」半次郎は言った。「前言撤回だ。こりゃ血を見る」

 無精鬚を散らした顔はみな殺気立っている。足を止めると、煤けた昼間の往来で十人が扇と半次郎を囲む形となった。通行人や辻蒸気の馭者は何が起こるか察知して、あたふたと道を変え、通りの店では流れ弾に当たっては大変と店主や客たちが鋼鉄張りの勘定台や棚の影に隠れる。

 半次郎が懐に手を入れている頭目に向かい合い、たずねた。

「おれたちに何か用か?」

「お前らに用なんかねえよ。用があるのは、その腰のものだ」

 頭目は半次郎が辛子色の下げ緒で結んだ打刀を顎で指した。

「売ればいい金になりそうじゃねえか。どうせ刀の時代は終わってんだ。そんな飾りもんのために命張るこたぁねえだろ?」

 頭目が少し手を動かし懐の銃の握りを見せた。

「まあ、勉強料だと思ってあきらめな」

「わかった。くれてやるから受け取れ」

 次の瞬間には匂の締まった二尺四寸の刃が閃いて、コルト社製の回転拳銃を握った頭目の手が蹴り上げた鞠のようにぽーんと空へ飛んだ。半次郎と頭目のあいだには二間半の間合いがあったが、半次郎は難なく踏み込み、一刀で手を断ち切り、甲高い猿叫を上げながら、下ろし返す刀の峰打ちで、相手の頭の鉢を割った。

 半次郎は浪人たちに得難い教訓を与えるつもりらしい。なるほど刀の時代は終わったが、それでも無用心に間合いに入れば、刀はまだまだ恐ろしい武器になりえることを手首と引き換えに教えるのだ。

 扇は鯉口をくつろがせ、抜く直前の姿勢のまま、四人の浪人と相対した。相手は半次郎の渾身の居合いに気をのまれ、戦意を喪失していた。

荘司和泉介親衡しょうじいずみのすけちかひらの名物だっ。売れば、百両は堅い! 他にこいつがほしいやつはいるか!」

 半次郎の大喝に残り九人の浪人たちはすっかり腰砕けになっていた。もっと簡単に済むはずの追い剥ぎが思わぬこととなったのだ。右の手首を失った頭目は血が吹き出る手首を握って泣き喚きながら地面でのたうちまわっている。

 全員が抜刀していたが、すっかり腰が引けていた。手首を落とされた頭目の仇を討とうとするものは皆無のようだ。そのうち一人二人とその場から逃げ去っていった

 ちぇすの駒ほどの忠誠心もないか。扇は呆れて肩をすくめた。

 驚くことに、人一人の手首が切断されたにもかかわらず――その持ち主が道で苦しみのたうちまわっているにもかかわらず――司法機関の執行者がやってくる気配はなかった。浮浪児らしい少年が転がっている手首から銃をもぎ取って逃げたくらいで、店は営業を再開し、人や蒸気機関も普通に通りを行き交い始めた。

「やっぱりこの町はおかしい」その場を離れながら扇は半次郎に言った。

「金持ちの持ち物にちょっかいを出さないかぎり、警察は指一本動かさない町もある」

 後にした場所から銃声が聞こえた。浪人の悲痛な叫び声がピタリと止まった。

「人の命が石炭一つよりも安い町だな」扇が言った。

「あるいは武士の情けかもしれん」半次郎は言った。

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