十一の二十九
一の院を囲む敵が久助のエレキ銃で薙ぎ払われると、次の雷を発射するまでの時間を稼ぐために泰宗が戦った。
格子窓からウィンチェスター銃で北の六角小路のあるほうを見ると、寺の築地塀を崩した敵はエレキ銃で灰となった友軍の骸を踏み越えて、一の院に肉薄するつもりのようだった。ウィンチェスター銃の弾倉に入った七発の弾丸が化け物兵を七匹斃すと、泰宗は銃を捨てて刀を携えて、土塁を超え、壕を飛び越えた。
境内に転がる七つの死骸を走り過ぎて、霞の向こうから突如浮かび上がった敵にぶつかるや、敵の群れに突っ込んで、三尺二寸の汽車切是永を車輪のように振り回し、全方位へ斬撃を放った。白寿楼用心番のなかで最も剛い剣を使い、その戦いぶりを見た人からは「鬼泰」と称せられるだけのことあって、泰宗の足元には一刀両断された化け物の骸が次々と転がった。黒毛に牙と猪の鼻をつけた剛の者らしい化け物が泰宗に立ちはだかり、長巻で上段から斬りかかった。泰宗は左へ避けて、上半身をうねらせるように上段へ構えなおしつつ、唐竹割りを一太刀、頭へ打ち込んだ。兜の鉢金と太刀がかみ合い青い火花が散ったかと思った次の瞬間には化け物は顔から鳩尾まで二つに裂けた。小型の試作品といえども鋼鉄製の蒸気機関車を切った是永の名物である。その切れ味の前に雑兵の兜の固さなど紙細工に過ぎない。泰宗は身を翻して、一の院の前の壕を目指して走った。ぶつかった敵を無造作に斬り捨て、壕に飛び込んだ瞬間、僅差で敵の鉄砲隊が放った銃弾が土塁に突き刺さった。あと少し退くのが遅ければ蜂の巣のようになっていただろう。
泰宗はすぐに身を起こして、壕を飛び上がり、また敵を求めて、霞のなかへと走った。見ると、鉄砲隊二十が次の弾を装填するために後ろへ下がろうとしているところだった。二十人の鉄砲隊は無用心にも一の院から十間と離れていない場所まで肉薄していた。泰宗はその二十人を全て斬ることに決めた。八双にかついだ太刀を振りかぶりながら、走りこんだ。鉄砲隊を守ろうとした薙刀の化け物武者を袈裟がけに斬り捨て、返す刀で鉄砲隊の組頭らしい化け物を胸から顎へ斬り上げた。
その場は鉄砲隊を守ろうとする悪御所の兵と泰宗との乱戦となった。鉄砲足軽は泰宗の上段から身を守ろうと銃を真横にして掲げたが、泰宗の一太刀は銃ごと相手の頭を両断した。さらに続けて、毛むくじゃらの一つ目の鉄砲足軽を斬り捨てると、槍武者二人と切り結んだ。下段から払って二つの穂先を一度に上へ薙ぎ上げると、跳んで、がら空きの胴を薙いだ。陣笠をかぶり顔を布で隠した化け物槍武者が二人ともハラワタを薙ぎ払われ、たたらを踏んで斃れた。守りがいなくなった鉄砲足軽が首斬り同心も驚く一薙ぎで首を次々と飛ばしていく。十三人の鉄砲足軽を斬って捨てると、残り七人が二の院のあるほうへ逃げるのが見えた。
たちまち、りんとすずがどこからともなく湧いて出てきて、七人の鉄砲足軽を屠るのを見ると、泰宗は自分の退路を断とうとした野太刀武者二人を難なく斬って捨て、すやり霞に紛れて一の院へ素早く退いた。
四条坊門小路に近い三の院には時乃と半次郎が籠っていた。土塁と壕があるのは同じで、ここには敵の搦め手が攻めてきた。腹当だけをつけた身軽な足軽たちが三の院へと駆けると、銃声が鳴って、頭が次々と弾け飛んだ。ウィンチェスター・ライフルを撃ちきり、時乃が弾を込めるあいだ、半次郎が外に飛び出して、時間を稼いだ。
技の数と素早さで他を寄せ付けない半次郎の剣は冴えに冴えた。脇構えから横鬢や胴、腕の付け根を狙った袈裟斬りを繰り出し、足に払い斬りを仕掛けつつ、面を狙い、相手の武器を巻き上げつつ、刃をかつぐように喉へ突き上げる。
見る見るうちに敵の寄せ手八人が物言わぬ屍となり転がっている。
本堂を挟んだ五の院からは火薬中毒者の仕業か爆音が五回ほど途切れることなく聞こえてきた。一の院からは落雷のような音がする。
ああした武功をあげてやろうなどと思って、まともに付き合っていては命がいくつあっても足りない。甘味が足りている半次郎の剣は常に判断を忘れない。泰宗や大夜のように当たるを幸いと斬り捨てるときも我を忘れてはいない。
彼が我を忘れるのは甘味が絡んだときだけだ。
半次郎は三の院への寄せ手を指揮している戦奉行らしい化け物を見た。白粉を塗った細面のなよなよした鬼で牙に鉄漿をつけている。高烏帽子にきらびやかな緋威の大鎧をつけ、黒鹿毛の駿馬にまたがった姿は北畠の若殿のようだ。その鬼公家と半次郎のあいだには二十間ほどのあいだがあり、守りの足軽や侍がかためている。だが、時乃ならば難なく狙い撃てるだろう。
あとで時乃に教えて片づけさせればいいと冷静な判断を下し、半次郎を身を翻そうとする。
――が、それもその公家のような鬼が小姓らしい小鬼から手にとって口に入れたものを見るまでだった。
金平糖。
鬼公家は攻めがうまくいかないのにいらついたのか、小姓から金平糖が入った紫天鵞絨の袋を奪い取った。そして、それをガツガツ食べ始めたのだ。
半次郎は考えた。
三の院へ戻って、時乃に鬼公家の居所を教えて、銃弾が白粉まみれの顔に大穴を開けるころには金平糖は全て食べられてしまっているだろう。
そうなる前に金平糖を手に入れるにはどうしたらいいか?
答えは簡単だった。
半次郎は退こうと翻した身を再度翻して、敵の大将たる鬼公家目指して突っ込んだ。半次郎が退くと思って、その後を追おうとした鉄鼠面の足軽は突然、向きを変えて走ってきた半次郎に驚き野太刀を上に構えるが、
「ギャッ!」
すれ違ったころには鉄鼠面が頭の鉢を割られて転がっていた。
弓や鉄砲では跳ぶように動く半次郎を捉えることはできず、得物を手に前に立ちはだかれば、次の瞬間には斬り捨てられて、悲鳴を上げながら、地に転がる。目のぎょろっとした犬面の化け物侍は居合いを使うらしく、疾風のような抜き打ちを見舞った。だが、必殺の一太刀も受け止められ、半次郎は刀身を引き外しながら、持ち手を返して梨割りの一撃を烏帽子に見舞った。犬侍は脳天から血を噴きながら引っくり返った。
一つ目入道の大兵が金棒を手に立ちはだかるが、半次郎は膝を曲げて身を沈めると、一気に飛び上がり、相手の入道頭を飛び越え際に、斬り割った。
山が崩れるように大入道が崩れると、敵は大将を守ろうと鬼公家のまわりに集まった。だが、白刃を連ねて襲いかかる敵の動きはのろく、あっという間に三人が斬られて、ついに半次郎は鬼公家まで三間に間合いを詰め、跳躍した。
「きえええい!」
半次郎の猿叫が止んだころには黒鹿毛の馬が美々しい鎧の首なし武者を鞍に乗せたまま、西洞院通りを駆けていった。半次郎は転がる白粉の鬼首を一顧だにせず、金平糖の入った天鵞絨の袋を懐にねじ込むと、また立ちはだかるものを斬って捨てながら、三の院へと駆けた。途中、火縄銃を構えた兵に出くわすと、三の院の坊舎から銃声がきこえてきて、鉄砲兵は体をよじって斃れた。鉄砲は時乃にまかせて、半次郎は打物でかかってくる敵だけを斬り、ついにとうとう追撃を振り切って三の院坊舎に転がり込んだ。
坊舎のなかで半次郎は袋の中身を手のひらにあけた。赤と白と緑の大きさが不ぞろいの金平糖三粒が落ちてきた。
「なんだよ、たったこれだけか?」
半次郎はそれを一口にしてぽりぽりかじりながら、不服そうに頬を膨らませた。




