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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
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十一の二十七

 右京大夫は悪御所が本能寺方面へ兵四〇〇を割き、自らも動いたことを使い番から報らされると、自軍中央の今出川通りに鉄砲隊一〇〇と骨皮道賢ら足軽一〇〇、計二〇〇を残し、右京大夫自身は四〇〇の兵とともに自軍左翼へ移り、上立売通りで敵を潰走させ、焼け落ちる室町第を大きく回り込んで、烏丸通りを南下し、今出川通りの敵主力の後背を衝くと決めた。

 骨皮道賢らは二〇〇の兵で左翼から友軍が回り込むまでの時間、八〇〇の悪御所軍の猛攻を耐えることとなった。ありったけの盾と竹束を並べて簡単な櫓を立てて、今出川通りの真ん中に即席の砦を作った。二〇〇の兵の指揮は鉄砲奉行の飯尾安房守いいおあわのかみが執ることになった。折烏帽子と大袖胴丸に陣羽織を着た安房守は自分の背丈ほどの大鉄砲を手に櫓に登った。弾込め役の小姓を連れた安房守はもう鬚も鬢の毛も白い老武者だったが意気盛んで二〇〇の手勢に激を飛ばした。

「悪御所の兵、何するものぞ! 細川の意地を見せるのじゃ!」

 チェッと骨皮道賢が舌を打つ。

「こんなの死んだも同然よ」

「なんじゃ、道賢。女人の小袖はここにはないぞ」

 十郎左衛門が豪快に笑った。骨皮道賢は応仁の乱で西軍に包囲され、小袖をかぶって女のふりをして逃れようとしたところを露見して斬られたのだ。

「今、それを言わんでもいいだろうが」

「許せ。しかし、こう狭いのでは、もう鉄砕棒は使えんな」

 十郎左衛門は五尺六寸の野太刀を抜いていた。

 悪御所の軍勢は盾を並べて、大人しくしている。

 敵味方の骸が転がる今出川通りは異様な静けさに包まれていた。

「こりゃあ、意外と助かるかもしれんな」道賢が言った。「敵も被害を受けて動けんのではないか?」

 十郎左衛門が首をふった。

「ありゃあ、編成を変えておるのよ。騎馬から徒歩立かちだちの足軽を中心にして、この陣地を破らせるのだろう」

 それを証明するかのように敵陣の盾が除けられ、異形の足軽たちがわめきながら突進してきた。もはや人の言葉をしゃべることもなくなった化け物の群れは絵韋を張った胴丸をつけた戦奉行らしき犬侍を先頭に白刃をきらめかせて押し寄せる。化け物たちの射た矢が降りしきり、細川軍の将卒は盾を傘のかわりにして何とかやりすごうとする。道賢もその一人で二枚重ねにした盾の下で身を縮めていた。すぐそばの乱髪の足軽が目を貫かれて、悲鳴を上げた。

 飛んでくる矢を物ともせず、飯尾安房守の鉄砲が火を吹いた。

 どうっと轟音が響き、犬侍の兜が吹き飛び、黒い血煙を上げながら落馬した。

 鉄砲隊が次々と弾を発射した。敵の最前列がバタバタ斃れたが、数で上回る悪御所の軍勢は斃れた味方を踏み越えて攻め寄せる。

 安房守の声が飛んできた。

「籠城する兵には十倍の兵で当たるのが常道ぞ。敵は八〇〇足らず。この陣を破れるものか! 押し返せ!」

 押し返すなよ、と道賢は部下に告げる。

「おれの合図で盾を開け」

 敵の足軽が長巻や槍を振り回して突っ込むのが見える。敵の白目が見えるほどの距離に近づくと、道賢が叫んだ。

「盾、開けい!」

 敵は盾にぶつかるかわりに勢いをそのまま細川軍の陣地の内側へ入り込んだ。すると、道賢の槍足軽たちが周囲を取り巻いて、槍を突き出した。敵の先鋒は陣地のなかで四方八方から繰り出される槍を受けて、次々と落命する。外にいる敵が窮地に陥った友軍を救おうと閉じなおした盾にぶつかるが、十郎左衛門ら怪力の武者たちが大ぶりの得物をふりまわして、陣地に近づかせない。

 なかに入った敵を皆殺しにすると、装填を終えた鉄砲隊が盾の外で足止めされた敵へ至近距離で撃ちまくった。敵はいたずらに損失を出し、崩れかけるが後詰ごづめが加わって、態勢を立て直し、再度、攻略を図る。

 だが、盾が開いて、無惨に皆殺しにされた戦法を恐れてか、敵はなかなか細川軍の陣地に当たろうとしない。

 そこに飯尾安房守の大鉄砲が火を吹き、化け物を撃ち倒す。ぐずぐずしているうちに再装填を終えた鉄砲隊が斉射を行い、稲を刈り倒すように敵を薙ぎ倒した。

 敵が退いていくのを見て、道賢の心ははずむようだった。ここで死ぬかと思ったが、また女を抱きに畠山辻子へ行けそうだ。

 そのとき、妙なことが起きた。鉄砲隊が次々と鉄砲を捨てて、刀を抜き始めたのだ。

「こりゃ、どうしたことだ?」

 道賢がそばにいた鉄砲足軽にたずねると、

「弾がなくなった。もう撃てん」

 と、蒼い顔でこたえた。

「おい、道賢」十郎左衛門が東の敵陣を指差した。「見てみろ」

 道賢は目を凝らした。そこに見たのは半獣半人の鉄砲隊が火縄を燻らせて、こちらを狙っている姿だった。

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