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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
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十一の二十五

 金の霞を貫いて細川屋敷を中心に革堂から典厩うまのかみの屋敷の門前までの小川通りに鉄砲足軽一〇〇を加えた細川家の精鋭一二〇〇が揃った。

 総大将の細川右京大夫は真紅の鎧直垂の上に龍梵字りゅうぼんじ波絵韋なみえだがわを張った紺歯朶威鎧こんしだおどしよろいをつけ、吹き返しが古風に反った三つ鍬形の兜の緒を結び、兵庫鎖で青江あおえ作の太刀を吊るし、既に鞍上あんじょうの人である。

「我らこれより、義によって立ち、上さまを討つ!」高らかに告げるその声に無気力に庭を眺めていた男の影は微塵もない。「とがなきものの血をいたずらに流し、諫言するものを処断し、妖物を侍らせ、神仏をおそれることを知らず、民に悪政を敷くこと改めず、これまさに天魔の所業。かくなる上は京兆末代までその別心べつしんを咎められることになろうとも、挙兵し、悪逆無道の限りを尽くす上さまを討伐せん!」

「応っ!」

 細川家家中の勇士たちがこたえる。獅子頭の前立てに大鉞と五尺の野太刀を手にしたもの、龍頭兜と黒絲威くろいとおどしの胴丸に鎖帷子をつけて八尺の鉄砕棒かなさいぼうを肩にかつぐ大兵の武者、重藤弓しげとうゆみを携え燻革威ふすべがわおどしの胴丸に袈裟をつけた僧形の侍が天も衝くような士気をみなぎらせ、拳を振り上げた。

 みるみるうちに黒い影に過ぎなかった彼らの顔に色が浮き、窪むところは窪み、盛り上がるところは盛り上がって、目鼻立ちが出来上がっていった。仁王のような猛者面、紅顔の美少年、白美髯の老武者――みな初代は細川義季ほそかわよしすえより、源平合戦を戦い、鎌倉時代を戦い、南北朝、応仁大乱、両細川の乱を戦い、業深きの戦に死んでいった細川の武者たちだった。

 軍議は既に決していて、細川軍は三手の分かれて東進し、室町第を目指した。

 主力は右京大夫が率いる兵六〇〇で、主戦場となるであろう今出川通いまでがわどおりを前進する。これには鉄砲隊一〇〇が含まれていた。細川軍右翼は細川右馬頭率いる三〇〇が武者小路むしゃのこうじを、左翼は木沢左京亮の兵三〇〇が上立売通かみたちうりどおりを進む。

 既に悪御所の奉公衆が細川軍を迎え撃つべく、それぞれの通りへと兵を進め、仰天した都の住人は重い家財を運ぶ暇もなく、手にもてるもの、背負えるもの全てをかき集めて、上京から逃げ出した。

 最初の衝突は細川軍左翼、近衛邸のそばで起きた。木沢左京亮の前衛は金の霞に視界をふさがれていて、気づくと、悪御所の奉公衆と会敵していた。細川の武者たちに顔が現われたように奉公衆にも顔があった。それ化け物の顔だった、黒い毛むくじゃらが尖った犬の化け物、一つ目の化け物、金色の目が光る鬼。そうした化け物たちが華麗な胴丸や具足を身につけていた。不意にぶつかったのは悪御所軍も同じで、驚いているところに、細川軍の槍武者が長槍を突き出して、トカゲ顔の喉輪を貫いた。槍武者はそのまま相手を刺したまま持ち上げて、無人の近衛邸の庭へ敵を放り込んだ。

「わああっ」

 細川軍左翼が敵を求めて殺到し、血しぶき上がる白兵戦に突っ込んでいる一方で、右翼の右馬頭勢は盾と竹束を使っての矢合戦となった。悪御所軍は武者小路と徳大寺の塀から十字に射掛けてきて、数名が倒れた。奉公衆は細川軍の猛攻を挫こうとしていた。偉丈夫の若武者は重藤の剛弓に腸繰矢わたくりやをつがえると、徳大寺の塀から射掛ける敵兵を立て続けに射た。顔が破れるもの、胴に刺さり背から矢じりが飛び出すもの、膝に矢を受け武者小路に落ちてたちまち首を掻き取られるものと次々に射倒された。側面の邪魔がなくなると、細川軍の矢が奉公衆の頭上へと雨のごとく降らされた。

 そして、今出川の大路では主力の右京大夫の兵が悪御所軍の騎馬隊とぶつかっていた。骨皮道賢が槍足軽に槍襖やりぶすまをつくらせて、騎馬隊の突撃を何とか食い止めようとしていたが、敵の襲来のたびに部下から死者が出た。敵の一隊が前線を破ったため、右京大夫自ら弓を取り、異形の騎馬武者を二人射倒したくらいだった。鉄砲隊が敵を薙ぎ倒したため、態勢を立て直せたが、敵は今出川に一〇〇〇の兵を配していて、このままぶつかっていれば、数に劣る細川軍が不利だった。数名の武将が通りの広さが窄まる新町通りへ後退し、敵の多勢の利を削ぐべきだと進言するが、右京大夫は首を縦にふらなかった。

「ここを退けば、この戦、我らの負けぞ。ここで新町通りまで下がれば、確かに中央はひとまず持ち直せるが、敵は新町通りから左右に兵を進め、上立売通りと武者小路で戦っている友軍が側面を衝かれて、潰走する。そうなれば、わしらの背後を塞がれるのは時間の問題だ。ここが正念場ぞ」

 松永弾正らが室町第に火を放ち、悪御所が兵を本能寺に割くまで、何があっても持ちこたえなければならない。諸将にそう告げ、退くものあれば斬って捨てよと下知する。

 黒絲威鎧に傷だらけの龍兜をかぶった鬚面の大兵が八尺の鉄砕棒を担って、骨皮道賢のもとを訪れた。

「道賢。苦労しているようだな」

「なんじゃ、十郎左衛門じゅうろうざえもんか。なんぞ、用か?」

此度こたびいくさ、悪御所以外の首は手柄にならぬときいてな」

「あんな化け物どもの首なぞ、誰も用はないからな」

「どうじゃ。わしをお主の組の用心棒に雇わんか?」

「いくらだ?」

「金一枚」

「銀八枚」

「金一枚」

「銀八枚と半分に千切った銀を一つ」

「金一枚」

「この守銭奴め。だから、お主はここに落ちたのよ。ほれ、金一枚じゃ。持っていけ」

 道賢は大夜からもらった一円金貨を十郎左衛門にくれてやった。十郎左衛門はその金貨を持ち上げて、しげしげと眺めた。

「変わった金じゃのう。細かい打ち細工がしてある。龍のようじゃな。これは上物ぞ」

「払うものは払ったぞ。わしらの槍が敵にぶち抜かれぬよう、しっかり働いてもらうからな」

「おうおう、まかせておけ」

 敵方からドンドンと陣ぶれ太鼓が鳴って、騎馬隊が前に出てきた。突っ込んでくる騎馬隊に道賢が苦虫をつぶした顔で十郎左衛門に言う。

「そら、来た。蹴散らせ」

「おう」

 重さ百斤は軽く超える鉄砕棒を横に構えた。白刃をかざした敵の騎馬隊は黒い毛の長い鼻っ面をした獣どもで赤い口に白い牙が生えて、長い舌が口から垂れていた。

十郎左衛門は計ったように間合いを見切って、鉄砕棒を横に払った。馬の首が次々と叩き折られ、五騎の化け物武者が吹っ飛んだ。

「ギャッ!」

「ギギギ」

 呻く化け物をそのままに十郎左衛門は頭上でぐるぐる鉄砕棒をまわして、次々と続く敵を馬から叩き落した。落馬した敵が次々と道賢の配下に討ち取られる。

長谷川十郎左衛門冬氏はせがわじゅうろうざえもんふゆうじ見参! われこそはと思うものはかかってまいれ」

 十郎左衛門が大音声でそう告げると、化け物たちのなかから腕に覚えのあるらしい武者が三人――薙刀使い、十文字槍を携えた獣武者、野太刀の般若武者が徒歩立ちでかかってきた。

 道賢が慌てた。

「こりゃ! 敵の猛者どもをこっちに惹きつけるようなこと言うでない!」

「おう、うっかりしておったわ。許せ」

 そういいながら、敵の薙刀使いを棒で叩きつぶす。頭が肩にめり込んで、首がなくなったようになっている。

「りゃりゃりゃりゃあ!」

 裂帛の気合とともに、次に現われた獣武者の胴に棒をぶち込む。甲冑がひん曲がり、獣武者は口から真っ黒な血反吐を吐いて斃れた。

「次はうぬの番じゃ。かかってまいれ」

 三人目の般若武者が十郎左衛門の膂力と気合に呑まれて戸惑っていると、道賢の槍が素早く伸びて、その首をぶすりと貫く。

「ええい、こうならヤケじゃ。槍衆、前へ出い!」

 上立売通り、今出川通り、武者小路で両軍がぶつかり合う。

 一刻が経つころ、状勢が動いた。

 室町第から火の手が上がったのだ。

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