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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
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十一の二十三

 どういうわけだか、寺社には甘味を出す店が多い。唐国に渡った僧が新たな甘味を持ち帰るせいだろうか。

 大夜とりん、火薬中毒者の三人はあちこちの寺や神社へ行き、半次郎を探した。松永弾正の謀反の成否は半次郎にかかっている。大仏焼き討ちのことがあるので、さすがに弾正は境内に入ることを許されないので、門の外に待たせて、三人で探すのだ。

 祇園の茶菓子、相国寺の黒蜜、建仁寺の砂糖饅頭、千本閻魔堂の飴粽。

 だが、どこにも半次郎はいなかった。

「おっかしいなあ」大夜が頭をかいた。「あたしの見立てじゃ、もうとっくに半次郎の甘味は尽きてるはずなんだけど」

「半次郎さんを見つけないと、あのお殿さまが動かない」すずは砂糖饅頭を食べ終わったばかりの指を折って数えるようにして理論を組み立てていった。「あのお殿さまが動かないと、悪御所さんに勝てない。悪御所さんに勝てないと、九十九屋さんが助からない。九十九屋さんが助からないと、白寿楼名物の小田巻蒸しが食べられない」

 ゆえに半次郎を探さねばならない。すずの動機として白寿楼の名物は命をかけるに値する。

「なあ」と大夜が弾正にたずねられる。「半次郎をあの殿さまに生贄として差し出すとして、どこまでやられると思う?」

 弾正は拾い上げた土くれを眺めて、ぽい、と捨ててこたえた。「さあ? 衆道には疎いので分かりません。手を握るだけかもしれませんし、添い寝させられるかもしれません。あるいはそれよりも、もっと……。わたしだって、決していい家に生まれたわけではありませんからね。溺れるなら女性の肌のほうがいいという道賢の意見に賛成です」

「ぶっちゃけた話、あんたは稚児にされた?」

「いえ。お仕えした長慶ながよしさまはわたしよりも年が下でしたし、父君の筑前守ちくぜんのかみさまはまだ長慶さまが元服する前に、早々と一向一揆に討たれました。そのため、わたしはその手の懸想けそうの心配はありませんでした」

「実は懸想されないようにあんたが仕組んだとか?」

「さあ、どうでしょう?」弾正はまた砂利を拾うために屈むと、睫の長い目を伏せて薄く笑んだ。「まあ、結局、わたしは三好家乗っ取りの悪行で後世に知られているようですから、今さらしらばっくれても、つまらないことです。白状しますが、確かに筑前守さまからその手の懸想があったのは事実ですし、わたしは趣味でもないことを無理強いされるのは嫌でした。それで筑前守さまが討たれるように仕組みました。長慶さまは死ぬまで、父君を討ったはかりごとの首謀者は大叔父の三好宗三みよしそうざさまだと思っていたようでしたが、実はわたしが仕組んだのです。筑前守さまは当時、管領の細川晴元ほそかわはるもとさまの重臣中の重臣でした。大物崩だいもつくずれで細川高国ほそかわたかくにさまを討って、永正四年以来続いた細川京兆家の内紛を終らせ、晴元さまに家督を継がせた第一の功労者でした。晴元さまの信頼が厚かったのも当然です。が、その一方で、これは大名全員に当てはまることですが、家臣が一人活躍しすぎると主君はいらぬ疑いをかけ出すものです。晴元さまは筑前守さまの権勢が大きすぎるように感じ始める。筑前守さまのほうももっと自分が重用されるべきだと思い始める。また外に敵がいなくなると、内に敵を見つけ出すのが武家の悲しい性で、細川家の家臣のうち、筑前守さまに代表される阿波あわのご家来衆と木沢左京亮きざわさきょうのすけさまに代表される河内かわちのご家来衆の対立が起きました」

「あんた、そのとき、いくつだったんだい?」

「確か、数えで十四です」

「……家中の不和をそこまで持っていくのにあんたは何をしたんだ?」

「十四の元服し立ての小童など、この砂粒のようなもの。できることはそう多くありません。ただ、聞けば思わず流したくなるような噂話を二つ三つ、ここぞというとき、これぞという相手に流したくらいです」

「それで主君を討ち死にに追い込むんだから、末恐ろしいガキだな……あ、そうか。あんたが末恐ろしいことはもう知ってるんだった」

「確かにわたしは噂の流布でご家中の不和を掻き立てましたが、元々、細川家にあって阿波と河内の仲は冷え切っていました。わたしが流したのはあくまで根も葉もない噂話であって、それを讒言にまで育てたのはご家中の歪みでした。そのうち筑前守さまと細川晴元さまの不和は埋まらなくなり、筑前守さまは総州畠山右衛門督そうしゅうはたけやまうえもんのかみさまのもとへと寝返り、わたしは稚児にならずに済みました。ただ、念には念を入れることにして晴元さまの妾を利用して筑前守さまを討つように仕向けました。晴元さまはあのとき齢十九でお若かった。寵愛する側室の言いなりでした。しかし、まさか一向一揆に筑前守さまの討伐を呼びかけるとは思いもしませんでした。確かに筑前守さまは熱心な法華宗でしたので、一向宗を動かしやすかったかもしれませんが、だからといって、かつての忠臣を討たせるのに自らの軍勢ではなく一揆に肩代わりさせるとはひどいことをすると思ったものです……ええ、おっしゃりたいことはわかります。一番ひどいのはわたしです。さて、結局、筑前守さまは一向一揆に敗れて自害されましたが、おかわいそうに寝返り先の右衛門督さままで巻き込まれて自害されたとか。筑前守さまは熱心な法華宗でしたから、一向宗の相当な恨みを買っていたのは事実です。無惨とは思いますが討たれるのも道理ですし、こちらも討たれるように仕向けました。ただ右衛門督さまは完全な巻き添えですね。それについては悪いことをしたと思っていますが、ここで右衛門督さまと出会わないことを考えると、右衛門督さまは極楽浄土へ行けたということになります。浄土信仰の一向宗に討たれて極楽浄土へ行くなんて、皮肉な話ですね」

「あんた、やっぱり相当な悪党だったんだねえ」

 弾正は拾い上げたばかりの小さな砂粒をよくよく眺めると、天鵞絨の袋を懐から出して、そのなかに入れて、うなずいた。

「遅かれ早かれ晴元さまと筑前守さまはああなっていたと思います。わたしはそれを早めただけです。わたしについていろいろと悪い話はききますが、少なくともわたしは自分の領土はきちんと治めました。わたしが重税を課し、払えぬ領民には火のついた蓑を着せて生きながら焼き殺したと言い広めている人がいるらしいですが、それは嘘ですよ。外ではかりごとをめぐらして、内で悪政を行ったら、孤立してあっという間に滅亡です。内政を安定させ領民の心をつかんで後顧の憂いをなくさねば、外にあって謀など企む余裕がありません。特に大和のように寺領じりょうが多いところはいろいろと面倒なのです。水争いや山争いはしょっちゅうでわたしは自分の領民を荒法師あらほうしどもから守るためにだいぶ苦労させられました。大仏を焼いたとき、そのことが頭をよぎったことは否定しません。実際、大仏を焼いた後は大和の統治もだいぶ楽になりました。大仏を焼くくらいなのだから、荒法師の皆殺しぐらい簡単に行えるのだといういい見せしめになりました。これでは地獄送りも仕方がありませんね」

「悪逆の梟雄もいろいろ苦労したんだねえ」

「楽に生きたければ、謀とは無縁の人生を送ることです。謀の手間のかかることはたちの悪い盆景のごとし。今、こうして右京大夫さまを動かすために京じゅうの甘味処をまわっているのがその証左しょうさです。それから、もう一つ、きちんとさせたい逸話があります。果心居士かしんこじなる仙人がわたしの死んだ妻を呼び出し、わたしが恐れ慄き泣いたという話です。果心居士の幻術にはまって、亡き妻を見たのは事実ですが、それは愛おしくて悲しく、死別のときのことを思い出したから泣いたのです。夫婦仲は良かったんですよ。お互い好き合って夫婦になったのですから。そもそもわたしを男色に引きずり込もうとした筑前守さまが討たれるように仕組んだのは、それが理由です。わたしには妻にしたい娘がいて、その人以外と交わりたくなかったのです」

「へえ、泣かせる話だねえ。生きて現世に戻って、あんた絡みの間違った逸話をきいたら、なるべく訂正してやるよ」

「無駄ですよ。愛した女のために主君を弑した一途な松永久秀など、誰も望んでいません。人は事実ではなく、自分が信じたい作り話を信じ、流したいと思った話を流すのです。わたしが筑前守さまにしたことを忘れてはいけません――おや?」

 弾正の細い眉が意外なことに出くわしたと見え、少し上がる。平蜘蛛の破片を二回続けて見つけたのだ。

「面白いこともあるものですね。何かの吉兆かもしれません」

 そのとき、だいぶ前に後にした細川屋敷のほうから馬に乗った侍がかけてきた。使者らしい侍は下馬すると、片膝をついて音声豊かに告げた。

「弾正さま。お屋形さまがお会いになりたいと仰せです。お屋敷へお戻りくだされ」

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