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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
183/611

十一の十一

 鱗だらけの二つ首の化け物は二つの眉間に三〇・三〇炸裂弾を受けて、頭の上半分が薙刀でさらわれたようにきれいに吹き飛んでいた。海軍士官と観劇用片眼鏡の異国婦人は体が融合して生じた三つの心臓に正確無比な突きを受けて斃れた。

 そして一つ目の怪人は五発の鉛弾でその大きな目を吹き飛ばされ、本当に犬になってしまった犬神人は喉笛を真一文字に切り裂かれ、ぐちゃまぜに融合した楽士の少女や少年たちは爆薬付きの投剣が刺さって骨肉を四散させた。

 壮絶な死闘の末、舞と時乃は歌舞伎小屋の妖物たちを半分片づけたが、残り半分はみな頭から真っ二つになっていた。

 半次郎は甘味の返礼として、自分の言ったことをきちんと守ったのだ。

 その半次郎は今は舞台に立ち、太夫――蛇の体から口の口の裂けた女の顔と異常に長い腕が生えた化け物とにらみ合っていた。あの少年はとっくに姿を消していた。半次郎は二十あまりの化け物を屠った上段の構えからの降り下ろしを仕掛けるつもりでいる。その太刀筋のつよいこともそうだが、何より舞が目を見張ったのは速さだった。大柄の体格からは想像もつかない身ごなしで次々と怪物を両断する姿はまるでカマイタチのようだった。

 キエエエッ!

 甲高い嬌声がきこえたかと思えば、半次郎の刀が化け物の頭からへそへと真っ二つに斬った。半次郎は返り血を浴びないよう素早く身をかわすと、化け物を舞台から蹴り落とした。

「いやあ、まったく、しぶといやつらだったな」先刻までの真剣な表情から一転、からりとした声で言った。「一匹一匹は大したことはないが、束になられちゃ――いや、しんどい戦いだった」

 半次郎は血染めの刀を片手に懐から取り出したリンゴのパイをぱくりと食べた。

「やっぱり一働きした後の甘味は違うな。絶品だ。おれには何で海の水をしょっぱくしたのか分からない。もし海の水が甘けりゃこんなに素晴らしいことはないのにな」

「他に言うことは?」舞が半ば呆れてたずねる。

 半次郎はにやりと笑うと、刀身の血を払って、懐紙拭ってから鞘に納めた。

「あのガキに逃げられちまった。だが、あれはこんな雑魚どもとは違うな。もっとやれる。時乃、弾は残ってるか?」

「ええ」時乃はライフルに弾を込めながらこたえた。「弾は多目に持ってきたから」

「そっちは?」半次郎は舞にたずねた。

 舞は逆手持ちにした無反りの小太刀二降りを静かに腰の背に差した鞘に戻した。

「まだ、やれる」

「よし。じゃあ、外に出て、化け物どもの京を拝むとしようじゃねえか」

 ねずみ木戸の外は金箔の四条河原が伸びていた。昔、馬市場のあったらしい砂州があり、褌一つで相撲を取っている黒ずんだ肌の男たちがいた――いや、黒ずんでいるのではない。相撲を取る半裸の男も、赤い頭巾をかぶった行司も、そして傘を立てて見物している男も、みな体が黒い影となっている人外の妖かしだった。顔も影に染まり、目鼻立ちが判らないが、開いた口のなかの赤いのが嫌にはっきりしている。だが、人外たちから殺気や邪気は感じられない。ただ、いつ終るとも知れない相撲を取り続けた。

右京大夫うきょうだゆうが勝つぞ」

「いや、赤入道あかにゅうどうの勝ちじゃ」

突然、舞の体がびくんと震えた。

半次郎と時乃が何事かと振り向いた。

「舞?」時乃が声をかける。

「大丈夫」舞は両手を胸に引き寄せていた。「ただ――少し驚いてるだけ」

 気味の悪い化け物を相手に戦い、金屏風のような世界に落とされ、しかも、そこにいる人々は黒い影。異常な世界が目の前に広がると、舞の持っていた律――〈鉛〉のころに培われた暗殺者としての常識が木っ端微塵に吹き飛んだ。恐れとも喜びとも違う、見当のつかない震えで心臓は肋骨を破るのではないかと思われるくらい激しく打っている。不思議なのは、この妖かしの、異常な世界をどうして時乃と半次郎は当たり前のように受け入れているのかだ。それをたずねると、二人は、

「シモウサのはちゃめちゃな戦に比べれば、そう苦労するもんでもない。いや、あんときは途中で甘味が尽きて、えらく苦労した。だが、今はまだ手つかずの羊羹が四本とパイが三十個くらいは残ってる。何の問題もない」

「わたしもイナバよりはこっちのほうがマシだと思う。それにね、舞。わたしたちは普段、神さまが目に見えるところで暮らしてるのよ」

「それは寿のことか?」

「そう。まあ神さまなのは半分だけで残りは人間だって本人は言っているけど」

 そういえば、そうだ。粛清で首を刎ねられた三三二一番がその抜けたような白い首に縫い合わせた跡一つ残さず、真白の髪になって、寿と名乗っていることがそもそも異常だった。

「ここは確かに厄介な場所かもしれないけど――」時乃が言った。「こんな経験はたぶんイナバにいたままだったら、なかったことよね。天原に住むようになったから、こんな経験ができたんだと思う――こんなこといったら、不謹慎かしら? 九十九屋さんや泰宗さんの身が危ないかもしれないのに――」

「いや」半次郎は首をふった。「泰宗は女相手には絶対に怒らないから大丈夫だ。親方は今のあんたの言葉をきけば喜ぶだろうな。その今感じているその心が興に乗っているんだとか何とか言って」

「そんなものなの?」

 舞がたずねると、時乃と半次郎は声をそろえて、そんなものだ、とこたえたので思わず吹き出しそうになった。そんな笑みも〈鉛〉をやめて天原で暮らすようになって手に入れたものだ。こんな世界に巻き込まれる日々も、おそらく天原の贈り物なのだろう。

 そう思うと、なんだか安心してきて、激しく打っていた心臓がおだやかにコトリコトリと鳴るようになり、息も整った。

「じゃあ、行くか」

 半次郎のよびかけにうなずき、三人は河原から四条の通りへ上った。空気が焦げ臭い――冠者殿社かんじゃどのやしろの前には左義長さぎちょうが積み上げられて燃やされていた。市女笠に被衣かずきをかけた女人の一団がのろのろと集まっていた。遠くには祇園社に移される前の悪王子社の屋根が見えた。藁蓆で巻いたものを天秤棒に振り分けて運んでいる男たちが横の小路から出てきて、別の小路へと消えていく。

 現代の京とは違う妖かしの京は建物や通りの位置が異なっている上にすやり霞で視界が悪い。当座の手がかりはさぞ楽しかろうの少年を追うしかなかった。問題はどう探すかだった。

「人にたずねてまわるか」半次郎が言った。

「人って?」舞がたずねる。

「そこらへんにいる真っ黒なやつらだよ」

「あれは人なの?」

「人じゃないかもしれん」

「襲ってくるかも」舞が言った。

「そんときゃ斬っちまえばいい。おーい、そこのガキんちょ!」

 舞は若干の不安を感じた。半次郎の思考が少し雑になっている。時乃も同じことを感じたらしい。半次郎の変化に砂糖の摂取量が関係しているのに間違いない。さっきはまだ甘味があるから大丈夫だと言っていたが、好きなだけ饅頭を食べることができた桟敷から洛中洛外図のような妖かしの京へと飛ばされたことはやはり、じわじわと打ち身のように効いているらしい。もし、手持ちの羊羹とパイがなくなったら、どうなるのだろう? そもそも黒影の人外とは言え、こちらを襲う気配のないものたちを斬るのはどうなのだろう? 少し前まで殺すための道具だった舞が、今では半次郎に秘められた辻斬り本能を垣間見て、何とかしないといけないと思っている。運命の数奇、変転と言うしかない。

 舞たちの心配をよそに半次郎は駄馬に米俵を二つ運ばせている子どもに話しかけた。

「あんたら現世の京から落ちてきたね」子どもの影がこたえた。「ここんとこ増えてるねえ。でも、あんたたち、業の深さで落ちたようには見えないね」

「おれたちは人を探していてな」

「どんな人?」

「齢は四十で背はおれより三寸ほど低くて、直垂に衣を肩にひっかけてて、とにかく三度の飯よりも興が好きときてる。知らんか?」

「分かんねえ。京は広えもんな。でも、油屋の道三どうさんさんなら知ってるかもしんねえ。あの人も現世から落ちてきた人だ。ここに落ちた人の面倒を見てやったりしてる」

「その油屋の道三? そりゃ斉藤道三さいとうどうさんのことか?」

「性は知らないけど、油売りのまむし屋道三ならみんなが知ってるよ」

「斉藤道三はどこで油売ってんだ?」

「ちゃんと精を入れて働いているよ」

「そうじゃない。どこで商売してるかってきいてんだ」

 斉藤道三といえば一介の油売りから身を起こし、主家乗っ取りで一国の主となった戦国乱世の梟雄きょうゆうとして名高い。油売りのころは天秤棒で油の桶を担ぎ、お客の器に油を入れるとき、油をすくった柄杓で一文銭の穴を通して一滴もこぼすことなく油をそそぎ、それが評判になったという逸話がある。

 だが、舞たちが教えられた油商〈まむし屋〉の地所は室町通りの水路沿いにある間口六間はあろう大店おおだなだった。左隣は鏡磨かがみすりをもっぱらとする鏡屋で右隣は一行書や水墨画といった軸物じくものを手広く扱っている。斉藤道三の商いは一介の油売りというにはあまりに繁盛し過ぎている気がした。

 暖簾をくぐって、なかを除くと、左手に土間、右手に上がりの板敷き入れ込みがあり、土間には大きな桶がいくつも並んでいた。どれにも荏胡麻えごまを搾った灯油が入っていた。産地や製法ごとに光の具合が違うようで『朱八重あけやえ』『山吹やまぶき』『白妙しろたえ』とそれぞれの油に名がつけられていて、そばにはどのように光るかを見本とした灯明皿が置いてあった。曲げ物を半分に切ってつくった小さな暗がりに油に浸った灯心が燃え、白、黄、赤に燃えている。

 舞たちの様子を見て、下男の一人が早速奥へ通した。現世からここに落ちたものが訪れることはもはや珍しくないのだろう。店の裏には搾油のための大部屋があり、二人のきちんと顔のある大男が鬼の円座ほどはあろうかという大臼をまわし、梯子に登った影顔の小僧が一人、荏胡麻の種を上から臼に注ぎこむ。するとすり潰された種から薄く橙に色づいた油が搾られ、種殻たねがらを取るための笊を通して、漏斗に集まり桶のなかに溜まっていく。そんな搾油機械が六台もあるのだから、油問屋としてもまむし屋はおそらく洛中一の大店なのだ。

 雇人や主人の居住する一角へとまわる。内庭には松が一本植えてあり、石が敷かれた井戸がある。庭に面して雇人たちの住む小屋があり、戸口の横に鍋と金輪、薪の束が置いてあった。

「戻れぬとはどういうことだ!」

 粗野な怒鳴り声が聞こえた。庭を右に見ながら進んだ廊下の奥の部屋からだった。

 部屋を除いてみると、二人の男。どちらもきちんと顔がある。立ち上がっているのはいかにも盗賊然としたなりで素肌に腹巻はらまき四幅袴よのばかまを穿き、野太刀を差した乱髪らんぱつ姿の大男。もう一人は年嵩で月代を剃って、茶筅ちゃせんに結び、口の左右と顎に小さな鬚をたくわえている。いかにも商人風の素襖すおうに袖なし羽織をつけて、手を袖の袂に入れて、小さな裏庭を背にきちんと座っている。きっとこっちは斉藤道三だろう。

 道三が口を開いた。

「ここは現世うつしよでの業が深いものが落ちる地獄、のようなものだ。お主も生きていたころは好き放題に奪い、斬り、犯した口だろう。その因果だ。受け入れよ」

「貴様、このおれを知らんのか? おれは洛中にその名を轟かせる大盗賊、大嵐四郎次郎さまよ」

「知らんな。きいたことがない」

 道三の落ち着いた受け答えに盗賊はますます激高していくようだった。

 てめえ、ぶった切ってやる、とわめき散らしながら野太刀の柄を鷲づかみにした瞬間、道三と四郎次郎の位置が入れ代わった。四郎次郎は床に倒れて白目を剥き、道三がすっくと立っている。座っていたときではわからなかったが、その体はがっしりとしていて、背丈は六尺に二寸か三寸足りないくらいで、まさに鍛えた武士の体だった。道三の手には四郎次郎の額を打った鉄扇が握られていた。訓練された目でなければ追うことができないほどの鮮やかな動きだった。

「おい、だれぞ」道三がよばった。「このたわけを道に放り出して来い」

 舞たちを案内した下男がささっとなかに入り、どこからともなく現われた他の下男たちと一緒になって、伸びている四郎次郎を外へと運び出した。

 道三は言った。

「まったく。悪党も年貢の納め時は心得とくもんだ。そうは思わぬか、お客人?」

 問いは舞たちに投げられたものだった。

「まあ、入られよ。茶と菓子でも出そう」

 菓子ときき、後先を考えなくなった半次郎は遠慮なく道三の部屋に入ると、舞と時乃が呆れているのも構わずに出された水飴饅頭をガツガツっと瞬きする間に食ってしまった。

 道三はそれを楽しんでいるようだった。

「いい食いっぷりだ。見ていると、お主ら、業のために落とされたとは見えぬな」

「妖怪のためにここに連れてこられました」

「妖怪? 奇妙なこともあるものだ。妖かしの京から現世へ妖怪が出て行くなど、きいたことがない」

 舞と時乃は道三に説明した。科学の発展で地、風、水の脈が乱れ、京の護りが危うくなっていること、そして、妖怪たちが何かの目的があって、九十九屋虎兵衛をさらっていったこと。

「ふうむ」

 道三は初めて会った舞たちの言葉を信じたようだ。人を騙して国を盗っただけあって相手の言うことの虚実を見抜く生まれもっての才がある。道三はしばらく腕を組んでうつむき、何か考えていた。

「一つたずねたい」道三は顔を上げた。「おぬしらをここに連れてきた妖物はどのようなものだった?」

「遊女歌舞伎の小屋を使い、鱗の生えた気味の悪い化け物を配下にしています」時乃がこたえた。「妖物の頭目らしいのは美しい声をした少年です」

「その童、物騒なことを言い立てて、その最後に、さぞ楽しかろう、と付け加えるのではないか?」

「その通りです。では、ご存じなのですか?」

「やはり、そうか。だが、あれはもうずいぶん前に退治したし、きちんと封じたのだが――」

「何かご存じですか?」

「そやつはおそらく蛇阿弥じゃあみに違いない」道三が言った。「蛇阿弥元次じゃあみもとつぐ世阿弥元清ぜあみもときよの養子で能の演者だった。非常に美しい顔と声の童で六代将軍足利義教ろくだいしょうぐんあしかがよしのりに寵愛されたのだが、その内実はおぞましい魔物だった。蛇阿弥は義教の耳元で競争相手の名前をささやいて、首を打たれたら、さぞ楽しかろう、と吹き込んだ。世阿弥が配流され、他の多くの演者が斬られたのは、この蛇阿弥の所業よ。こうして芸の世界は蛇阿弥の天下となったが、六代将軍足利義教といえば、万人恐怖ばんにんきょうふ悪御所あくごしょとして知られている。悪御所義教は播磨守護はりましゅご赤松満祐あかまつみつすけの屋敷で討たれた。そのとき、宴で能をやっていたのが、蛇阿弥で悪御所もろとも斬られたという。そして、蛇阿弥は公方くぼうもろとも、この妖かしの京へと落ちた。蛇阿弥は業の深さからオロチに変じた。悪御所の手下として、ここでも悪逆の限りをつくしたのだが、わしが退治した。美濃のまむしと悪御所のオロチ。地獄の演目にはまあ、よかろう。わしはオロチをぎりしや火で倒した」

「ぎりしや火?」

「油に松脂と硫黄、木炭の粉に硝石をまぜたものだ。それをかぶせて火をつけた。やつめ、熱さに悶えて、加茂川に飛び込んだが、ぎりしや火の火は水では消えぬ。それどころか、水を加えるとますます激しく燃える。ふふ、南蛮人に教わった油の武器よ。それで蛇阿弥オロチは焼かれつくしたが、やつの能面だけは焼けずにきれいに残っていた。戦いのときにヒビが入っていたはずだが、きれいに直っておった。これは残しておくと害になると思い、斬ってみたがどうしたわけだか傷一つつけられぬ。どうも面は蛇阿弥がつけるときに封が切れ、こちらの刃も利くらしい。つまり、蛇阿弥の顔についておらねば壊せるものでない。ならば隠せばいいと思って、わしはそれを隠したのだが――」

 道三は、ウウム、とうなった。

「おぬしらの話をきく限り、蛇阿弥はまた動けるようになったらしい。ということは悪御所が力を取り戻しているということだ」

「力を?」

「この京はな、繰り返しの地獄なのだ。いずれ戦乱が起き、京は火の海になり、全てが滅ぶ。その戦乱はどうしたっておきる。妖かしの京の住人は一人残らず焼かれる。そして、また甦る。これら全ては悪御所の采配なのだ。悪御所はあまりに悪がゆえにここに落とされたわしのようなものたちが結束して、その肉体を二度と甦らないようにしてやった。以来、悪御所は肉体をもたぬまま霊として、室町殿にいる。肉体は持たずとも、霊魂があれば悪御所は結局、京を焼くのだ。それでも、悪御所が肉体を失えば、やつの手下の奉公衆ほうこうしゅうもお庭者にわものも、それに蛇阿弥のような妖物の手下も容易には動けぬようになる――はずだった。だが、おぬしらの話をきく限り、蛇阿弥がまた動き出している。ということは、悪御所の霊は肉体を手に入れたのかも知れん」

 道三は立ち上がると、床の間にかけてあった太刀を手に取った。

「そなたらの人探し、手伝おう。オロチを放っておくと、きっとわしに意趣返しをしにくるだろうし、悪御所が完全に甦ってしまうと、この京はいよいよ地獄となる。まだ、芽のうちに摘み取ってしまうがいいだろう」

「なぜ――」舞がたずねる。「あなたがそこまでかかわる?」

「というと?」

「あなたに利があるとは思えない」

「まあ、確かにそうさな」道三は顎を撫でた。「おぬしら、見たところ、腕は立ちそうだ。八つの面の隠し場所を教えてしまえば、放っておいてもオロチを討ってくれるだろう。わしは現世ではそうやって生きてきた。自分は動かず、うまく相手を動かして、自分の利を引き出す。そして、使うだけ使い果たして捨てる。まったくの因業爺いんごうじじいというわけだ。そのわしが初めてあったおぬしらに少しも迷わず合力するといえば、疑うのは道理。ただ、知っておいてもらいたいのだが、わしはここではもう何度も油問屋のまむし屋道三として生きている。少し飽きた。悪辣忘恩あくらつぼうおんの梟雄として、また一つ大きなことをしたいと思ってもいる。それに――これは一種の償いよ。なるほど、わしは悪事をなした。主家の乗っ取り、政敵の膳に毒を盛った、その他いろいろある。その挙句、実子に討たれて、ここに落ちた。天罰覿面というわけよ。わしも最初のうちはここでいっぱしの武士として成り上がり、この京の最後に襲いかかる大乱に立ち向かったが、どれほど奮戦しても、最後は悪御所の軍勢の前に討ち死にするのが関の山だった。それで、そのうち馬鹿らしくなり、ここに落ちたことを腐るようになった。さらに滅亡を繰り返すと、そのうち、これは一つの商いなのかもしれんと思うようになった。罪と償いの帳尻のある地獄の商いだ。それを考えてから、ここに落ちてきたものに道理を説き、ここでの生活を受け入れられるようにしてやることを自分の償いとしている。行く場所がないなら、ここで働けばいい。そのために油屋を大きくしている。全ては帳尻合わせの償い。これはそなたらのためじゃなく、自分のためだ。そう説けば納得はいくか?」

 道三は舞の目を見つめて問うた。返事はしていないが、舞の目のなかにある何かを読み取り、それを答えとしたらしい。口の端を少し上げると、さあ、行くぞ、と部屋を出た。

 半次郎と時乃も出ていき、舞は最後に部屋を出た。罰と償い。それをきくと、道三の背にどこか扇と似たものを見たような気がした。

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