十一の十
りんは黄金の霞がゆったりと横切る土手の上に立っていた。どうやら、〈あっち〉の世界へ来てしまったようだった。
扇と久助がりんのすぐ後ろで立っていた。さっきまで屋敷にいたはずの自分たちが黒い空の下、金箔ずくめの土手の上に立っているわけが分からなかったようだ。
「りん、これはどういうことだ?」扇は左右を見渡した。「ここは妖物どもの世界のようだが――そうだ、泰宗は?」
そうたずねたとき、土手にかかっていたすやり霞が左右に退いた。
まず、見えたのは顎を上にして死んでいるあの翁の顔だった。口から相当の血を吐いたのか絹糸のようだった鬚と髪が赤くどろっとした血反吐でよじれて絡まっていた。目は驚愕に見開き、断末魔を上げて硬直したままの大きく開けた口からは舌が――正確にはきれいに切断された舌の付け根が見えていた。長さ二尺はありそうな真っ赤な舌は少し離れた場所に転がっている。
「傷ついた泰宗さんの正体です」
りんは転がっている舌を指差した。
「九十九屋さんたちが失踪したときに見えた屋敷の奥の赤い灯もたぶんこれでしょう。こうやって偽りを見せて、獲物をおびき寄せて喰らう。それがこの妖物の正体です」
そのとき、翁を覆っていた霞が全て退いた。翁の体――仰向けに倒れた巨大な土蜘蛛の体があらわになった。節張った長い脚は縮まるように曲がり、くすんだ黄金色の毛に覆われていた。まるい胴体は今まで食らったものたちのしゃれこうべではちきれそうになっている。
「祇園社の空っぽの社に閉じ込められていたのはたぶんこの鬼蜘蛛です。京の地脈が不安定になった機会に外へ逃げたのでしょう」
「りんがいてよかった」扇が言った。「でなけりゃ、おれたちもあの骸骨どもの仲間入りだった」
土蜘蛛の骸が黒ずんだ。かと思ったら、あっという間に黒い雲になり、体が掻き消えた。残ったのはしゃれこうべの山。
しゃれこうべの山は震えていた。扇と久助が、新手か! と警戒し、得物を構えた。しゃれこうべが転がり落ちて、なかから這い出てきたのは――、
「ふーっ、危うく命拾いしました」
怪我一つない泰宗だった。