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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
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十一の九

 巴紋や梅紋の提灯に市松模様の屋根板をつけて掲げた遊女屋が道の左右に並んでいる。

 京を代表する遊里の祇園が閑散としていた。昼見世の花魁たちもおらず、それぞれの見世に出入りの置屋が人をやり取りしてもいいはずだが、それもいない。おそらく洛中から鳴り響いた鐘のせいだろう。ペンペンペロレンと唱えながら銃や刀を手にした町人たちが四条大橋を渡っていった。戦を恐れた人々は戸を閉じきっている。

 りんは息苦しさを覚えていた。扇が気づいて、大丈夫か?とたずねたが、りんは少し疲れただけだと言ってごまかした。だが、その嘘はたぶん見抜かれただろう。

〈流れ〉が乱れていた。憎悪や恐怖が密になって砲弾のように飛びすぎていく。その〈流れ〉が動くだけで、りんの胸がきつく締められたようになり、息が詰まった。

 京の都を覆う異常は〈流れ〉の分からない久助にだって理解できた。祇園町の行き止まりにある祇園社の向こうから黒雲が湧き上がり、空を隠してしまった。それなのに、町は暗くならず、物の色はむしろ晴天に見るよりも際立ち始めた。戸を閉ざした町にはただ遠雷が響いていて、それが何度も重なるようにやってくる。空には雲の陰を移す雷以外に光はない。この黒雲の〈流れ〉は空や氷の山ではない。〈流れ〉を手繰ろうとすると、必ず祇園社のあたりで断ち切られる。そこに異変の元凶があるに違いない。だが、背中からも嫌な〈流れ〉を感じる。地の底からも、横に折れた小道からも。京全体を悪しき〈流れ〉に押し流そうとする脈があり、虎兵衛と泰宗をさらったのも、その元凶たちの仕業に違いない。そして、元凶たちはこの世界に何かをもたらそうとしているが、それはきっと悲惨な結末を迎えるに違いない。

 気づくと、りんは躓いて膝をついていた。

 扇が心配そうな顔で、うつむいているりんの顔を覗きこんだ。

「本当に大丈夫か?」

「はい……ちょっと目まいが。お腹がすいちゃったのかもしれません」

 てへへ、と笑ってごまかそうとした。扇は首をふり、差した刀の位置を変えると背を向けてしゃがんだ。

「乗れ。おぶるから」

「大丈夫です。本当に。一人で歩けますよ」

「久助」

 はいよ、と言うなり、久助はりんの両脇の下に腕を入れて、持ち上げて、そのままりんの体を扇の背に押しつけた。

「しっかりつかまれ」

「……ごめんなさい」

「謝る必要はない」

 りんは扇に背負われ、三人は祇園社へ続く道を歩く。

「気の脈、地の脈、水の脈が乱れる」

 扇がポツリと言った。

「扇さん。それは――」

「その手のことに詳しいやつから教えてもらった。そういうときは、やっぱり〈流れ〉にも影響があるのか?」

「――はい」

「じゃあ、顔色が悪いのはそのせいか?」

「おそらく」

「原因が分かって安心した。だが、これ以上無理なら――」

「最後まで付き合います」りんは次の言葉を継がせずにきっぱり言った。「この〈流れ〉にはそのうち慣れますよ。それに〈流れ〉を読む力はまだ扇さんだけでは不十分ですからね。今度の敵は人の目を眩まして、偽りを武器にします。それを見破るのが――」

「〈流れ〉ってわけか」

「そういうことです」りんはにこりとした。「まあ、見ててください。ああ、りんを連れて来てよかったと思うときが来ますから」

「ああ、楽しみにしてる」

「なあなあ」久助がりんに話しかけた。「その〈流れ〉ってのを突き止めれば、敵さんが出てくるんだろ? あとどのくらいで敵は出てくるんだ?」

 りんは扇の背で小首を傾げてこたえた。「分かりません。ただ、警部さんたちから紹介された祇園社からはただならぬものを感じます」

「つーことは敵は祇園社にあり、ってことか。いやあ、腕がなるぜ」

 久助の会敵願望は彼が最近作りだした自信作『エレキ銃』から湧いていた。革のバンドで肩から下げた木の箱には改良型ルクランシェ電池が入っていて、そこから絶縁ゴムに包まれた電線が延びていて、改造火縄銃に連結していた。その火縄銃は何とも珍妙な代物で、銃身や火皿には電圧計や二列に並んだ真鍮の突起、針金の輪が封入されたガラス管がごてごてついていて、ラッパ型の銃口から螺旋を描く金属の棒が突き出ていた。久助曰く、これは銃弾の代わりに雷を撃ち出す銃であり、種子島の鉄砲伝来以来の一大軍事革命なのだと胸を張っていた。ここ最近、このエレキ銃で折れ釘をつめた藁の柱を相手に試し撃ちをしてきたが、彼はこれを動くもの相手に撃ってみたくて仕方がなかった。

「こいつを作るのは苦労したんだぜ」久助はうっとりとした顔で銃を撫でた。「隠れてこっそり作らなきゃいけなかったんだよ。ほら、火薬中毒者のやつ、電気ときくと、頭がおかしくなるだろ?」

「元からおかしいが、まあ、そうだな。確かに電気のことになると、やつらしくもなくカッカする」

「そうなんだよ。だから、このエレキ銃も火薬中毒者に知られたら最後、ドカンと吹き飛ばされる恐れがあるわけだ。でも、こういっちゃ何だが、火薬と同じくらい電気にも未来はあるぜ。電気をつかったランプも少ないが出回ってる。あの平賀源内が支配するエゾ国じゃあ街灯はみんな電気でついてるって話だ。電気で動く車もあるとか。一度見てみたいもんだ」

「それも京から生きて帰れればの話だ」

「なんだよ、扇。このエレキ銃があれば、鬼も般若も丸焦げだぜ」

「一応きいておくが、その雷が味方にぶつかる確率は?」

「まあ、ないとはいわない」

 扇の目の端が引きつったのを見て、久助はあくまで可能性の問題だと言いつくろった。

「電気ってのは鉄とかそういうものに引きつけられる。だから、何にもない草原のど真ん中でこいつを撃つと、雷はぐるりと一周してこっちにぶちあたる。でも、それは草原での話だぜ?」

「妖怪は電気が流れるのか?」

「さあ? たぶん流れるんじゃねえの? おれは知らんけど」

「もし流れなかったら?」

「おれたちのうち、手近なやつが真っ黒焦げになるだろうな」

「久助」扇が真剣な顔で言った。「無理してついてくる必要はない。今から引き返しても誰もお前を責めない」

「だから大丈夫だって! おうおう、久助を連れて来てよかったぜ、と思えるときが来るから、まあ大いに頼ってくれや」

「ああ、久助を連れてきたのが間違いだったと嘆くことのほうがありうる気がする」

 りんはくすくす笑った。久助の〈流れ〉はとても快活で息が楽になるし、扇の〈流れ〉は本人は気づいていないが、殺すものから守るものへと変じつつある。ただ、それはりんが教えることはできない。扇が自ら辿り着く必要があった。

 祇園の遊里が尽きた。黒雲立つ清水山を背に祇園社の南楼門が聳え立っていた。人どころか生き物の気配すらない。三人は狛犬に睨まれながら。門をくぐった。石段を上ると、提灯を二百ほど軒に下げた大きな舞殿が目に入り、その奥に本殿の桧皮屋根が見える。境内は静かで、手水舎から流れる水の音が遠雷の転がる音に重なって、異様にはっきりきこえてきた。

 扇はおぶっているりんにたずねた。苦しげな息がずっと耳にかかっていた。

「大丈夫か?」

 境内に入ってから、りんの息苦しさは強くなっていた。手足が石のように重く、感覚がなくなり始めていた。

「大丈夫、です……」

「やっぱ一度戻ったほうがいいんじゃねえか?」

 久助の問いに、りんは首をふった。

「だめです……わたしがいないと扇さんと久助さんでは〈流れ〉に生じた歪みを見分けられません」りんの声は涙ぐみそうになっていた。「わたしがいないと、二人が歪みに足を踏み入れて、二度と出て来れなくなるかもしれない……だから――」

「分かった」扇が低いが落ち着いた声でりんにこたえた。「一緒に行こう。何か感じるものはあるか?」

「右手のほうに――」りんは弱々しく本殿の横に開いた小道を指差した。「何かよくないものがいるようです」

「化け物か?」

「人かも知れません」

「まあ、何だか知らないが――」久助が二人の会話に割って入った。「その化け物ぁ運がいいぜ。世界で始めてエレキ銃の雷を浴びた生き物として記録される栄誉を手にできるわけだからな。まあ、見てな。雷神さまもびっくらこくような雷をぶっ放すぜ」

 それに応えるように遠雷がピシャンと山のどこかを引っぱたいた。

 本殿の右手を進んだ先には木立を通った小道があり、平家にゆかりのある石灯籠や小さな社がいくつか並んでいた。それぞれの社に鳥居があったが、注連縄の紙垂しでが風にバタつき千切れそうになっていた。一番奥の鳥居では千切れた紙垂が風に吹き飛ばされ、外れた注連縄が鳥居の柱にぶつかっていた。社の戸は開いていて、なかは蜘蛛の巣でいっぱいだった。濃く白く細かい網が張り渡され、垂れ下がり、餌食となった小動物を包んでいた。その社は何を祀っていたのか、あるいは封じていたのか分からなかった。〈流れ〉はきれいに拭いさられていた。〈流れ〉を自由に処理できるほどの妖かしとなると、その力は馬鹿にできたものではない。

 その社を見た途端、体が鉛のように重くなり、りんはついにとうとうぐったりと頭を扇の肩に押しつけて、意識を失いかけた。扇はりんを背中から降ろすと、りんを横にしてから手をりんの背中にまわして、上半身を少しだけ起こして、脇差の形をした酒筒から神酒を飲ませようとした。りんは少し口にして、こくんと飲み込んだ。閉じかけていた瞼が開いた。

「おやおや。これは大変なことになっていますな」

 突然の声で扇の手が刀の柄に伸びた。久助はあと少しでエレキ銃の引き金を引くところだった。二人の視線の先には小さな間口の座敷があった。先ほどまで小さな社の一つだと思っていたところだ。

 だが、今ではそれなりの大きさの屋敷が座敷を外に開いていて、その中央に好々爺然とした老人が座っていた。白い髪と鬚が流れるように伸びて畳の上で弧を描いていた。かなり大柄らしく腰を曲げて座っていても、常人の身長くらいはあった。紫の帷子に濃緑の袴をつけ、丸まった背にくすんだ黄金の衣をかけていた。その衣の丈の余りが二尺ほど部屋いっぱいに伸びていた。袖から見える指は異常に細長く、指そのものが一尺はありそうだ。

 妖物であるのは間違いない。りんは注意を促そうとするが、憔悴して声がかすれている。

「こちらに来て、休まれてはいかがかな?」

 久助がハハンと笑った。

「なーに言ってんだ、このジジイ。おれは科学至上主義者だから、妖怪とか霊感とかとんと分かんねえ。でも、ジジイ。あんたが化け物だってことくらいは分かるぜ。なめてもらっちゃこまる。だいたい怪しいんだよ。さっきまでなかったはずの場所に屋敷があってジジイがちょこんと座ってんだぜ。まあ、いいさ。間違いがあっちゃいけないから、正体を現わしな。そうしたら、このエレキ銃で撃ってやる。こいつで退治される妖怪はあんたが第一号だ。どうだ、わくわくしてきただろ」

 老人は、ふぉ、ふぉ、ふぉ、と風に膨らんだ袋のように笑った。

「面白い御仁じゃ。わしが妖怪とな? まあ、そうだと認めましょう。ですがね、ここには結界を張ってある。せっかくのよい日を乱れきった脈なぞに邪魔されたくないのでな。つまり、〈流れ〉はここでは断っておいてある。そちらのお嬢さんはよくない〈流れ〉にあたって苦しそうだ。ここに上がれば、きっと楽になろうに」

 老人が長い眉毛の下からうかがうように目を上げた。

「それともわしを退治しますか? そうなると、結界もなくなる。そのお嬢さんも悪しき〈流れ〉に浸されて苦しみ続けることになる」

 だめ、です。りんは声を上げようとした。だが、空気が空しく震えるだけで扇にりんの意図は伝わらなかった。

 扇は黙っていたが、そのうち老人のいる座敷のほうへと足を運んだ。久助は、おいおい、マジかよ? と驚いていたが、結局、ついてきた。

 だめ……。

 扇はりんを背負い、土足のまま座敷に上がった。老人がふぉふぉ、と笑い、じっと扇を見つめた。

 りんは屋敷に入ると、同時に息苦しさや体の重さがなくなり、意識をしっかり持てるようになった。

「すいません。扇さん」

 背中から降りながら、りんはうつむく。

「だから、謝るな。どのみち、ここには図屏風を見に来た。楼主たちの失踪と関係があるかもしれない」

 老人が優しげな声をかけた。

「屏風ならば隣の間に飾ってある。好きなだけ見るといい」

 隣の間には行灯が二つ置いてあり、その左右に図屏風が立っていた。金色のすやり霞を散らした京の町を描いた、よくある洛中洛外図屏風だが、他のものと明らかに異なるものがあった。そこに描かれているのは人間ではなく妖物なのだ。黒いのっぺらぼうたち。将軍のいる室町殿には能面をつけたヤマタノオロチのような妖物がいる。

「もう平気か?」

「はい」

「これをどう思う?」

「消しきれていない〈流れ〉を感じます――喰らう〈流れ〉、憑く〈流れ〉、呪う〈流れ〉。その痕跡があります」

「おい! やばいぞ!」

 久助の声をきき、最初の間に戻ると、あの老人がいなくなっていた。

「あの翁、姿をくらませたか」

「ジジイが逃げただけじゃねえ。外を見てみろ」

 先ほどまで祇園社の外れの木立だった場所が金色の雲に満たされていた。その隙間から洛中洛外らくちゅうらくがいが――松の並びや武家屋敷、加茂川にかかる橋、僧房のくりやが見える。

「楼主と泰宗が消えたのと同じところまで来たか」

 扇は抜刀し、敵襲に備えた。

「後戻りができなくなった以上、仕方がない。こうなったら、行けるところまで行こう」

「例の酒がちっとは効けばいいけどな」

 久助はパチパチと肩から下げだ電池箱のツマミをいじって、強めの雷を撃てるように銃を調整しなおしていた。

 りんも白たすきを取り出して端をくわえると、手早く着物をたすきに掛けた。

 扇がたずねる。

「行けるか?」

「はい」

 刀を抜く。

 祖父から受け継いだ小伊豆入道顕光こいずにゅうどうあきみつ二尺二寸八分――にえを極めた南北朝時代の剛刀が黒雲に走る雷のように光った。

 三人は図屏風のある間へ戻り、次の間につながる襖を開けた。幅の広い板敷きの廊下が奥へ伸びている。青く焼けた器が足元で小さな火を灯している。鏡のように磨かれた床板が器の灯でうるんだようになっていた。途中から右手の壁がなくなり、庭が見えた。枯れた砂川があり、その向こうには柘榴の木が実をつけていた。その後ろは金色の霞で視界が利かない。金の雲に紛れても、空は黒いままだった。廊下が尽きて、庭へ降りると、飛び石がまた別の白々とした座敷につながっていた。

 座敷の金襖を開ける。ただ暗黒が広がっていた。奥に赤い灯が見えた。虎兵衛と泰宗が姿を消したときも同じようなものが見えたという左文字屋の言葉を思い出した扇が一歩下がり、刀の柄を体に引きつけ、いつでも突きかかれるように切っ先を相手の中心に止めるように構えた。久助もエレキ銃をしっかり腰だめにして構えている。

「う……」

 赤い灯が呻いた。

「誰か――いるのですか? 楼主は、どこに?」

 扇がハッとして、構えを解いた。

「泰宗!」

 赤い灯は血に染まった泰宗だった。額から左目にかけての斬り傷や、刀ではない何かでえぐられた肩や脇腹の傷から止まることなく血が流れ出している。

「う、う」

「こっちだ!」扇が悲痛な声で叫んだ。「こっちに来い!」

「目が……目が見えない」

「旦那、そっちじゃない!」

 久助が大声で呼ぶ。両手で顔を押さえている泰宗の手からも血がとめどなく流れている。泰宗は闇のなかを奥へ奥へと歩いていき、少しずつ闇のなかへ消えつつあった。

「扇? 久助? そこにいるのですか?」

「そっちじゃない、こっちだ!」

「見えない。どこに、ああ……」

「今、そっちにいく。そこで待ってろ!」

 扇と久助が暗闇へ足を踏み出そうとした瞬間、

「待ってください!」

 りんが叫んだ。

「〈流れ〉が歪んでます。行ったら戻って来れません」

「だが、泰宗がそこにいるんだ!」

 扇の声に動じず、りんが返す。

「わたしに任せてください」

「くっ……」

 久助が襖のすぐそばでイライラしながら、扇にたずねた。

「どうすんだ! このままじゃ、泰宗の旦那が――」

「りん」扇が言う。「泰宗を助けてくれ」

「はい」

 浅くなり始めた呼吸を深くなおすと、りんは暗闇に足を踏み入れた。りんが思ったとおりだった。たった一歩踏み入れただけなのに、さっきまで自分がいた座敷が一里の彼方に遠ざかっていた。小さな四角い光には不安げな扇と久助が待っている姿がかろうじて見えた。もう一歩、一歩と進むと、その光もなくなり、暗闇のなかにはりんと泰宗だけが残った。痛々しい姿だった。ズタズタにされた服は血で黒ずみ、動くたびに傷がずれて、腐った果物を踏みつけるような音がした。

「泰宗さん」

「その声は――りんどのか?」

「はい」

「助けてください……目が、見えない」

「御免」

 そうつぶやくなり、りんは体を沈み、左から右への払い斬りで泰宗の両脚を断ち切った。

 泰宗の体が床に倒れ、悲鳴を上げる。

「りんどの、なぜ、あああ、なぜ、このような惨いことを」

 背後からも声がした。

「りん! 泰宗を斬ったのか! くそっ、なんてことを!」

「信じられねえ。なんて真似しやがる!」

 扇と久助の責める声だ。りんはキッと表情を引き締めると、暗闇に向かって、問いかけた。

「一歩歩けば千里の彼方へ遠ざかった扇さんたちの声がどうしてこんなに明瞭にきこえるんですか? どうして二日前に失踪した泰宗さんがこれだけの傷を受けながら、まだ生きているんですか?」

 りんが声を張った。

「あなたの〈流れ〉は偽る〈流れ〉です。そうやって獲物を何度も絡め取ったのでしょうが、わたしは違います。正体が分かれば、こちらだって、もう消耗はしません。これがわたしの返答です」

 りんは断ち残った泰宗の両足のあいだ、とりわけ闇が濃い部分に小伊豆の刃を深々と突き立てた。

 その途端、泰宗、扇、久助の声を掻き消す獣じみた断末魔の叫びが響き渡った。

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