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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第十一話 洛中洛外図扇と梟雄悪御所百鬼夜行
177/611

十一の五

 空から見る、新旧和洋入り乱れた京の都。フランス人建築家に改築させた清涼殿と築地塀に囲まれた桧皮屋根の室町殿。板葺きの町家と煉瓦造りの役所。庭園の美しさで知られた細川屋敷と古代ギリシア時代の別荘を象った近衛邸。ルイ十六世様式のオペラ座劇場とねずみ木戸をくぐって入る四条河原の歌舞伎小屋。やんごとなき姫を乗せた漆仕上げの牛車と勤め人を満載した金色罐の蒸気乗合。

 飛行船から降りると早速一行の前に京の治安を担う役人が現れた。明治政府の内務省から二等警部、室町幕府の侍所からは所司目付しょしめつけ。警部は紺服に赤の銀線入りケピ帽、目付は侍烏帽子に直垂姿で銀無垢の太刀をつるしていた。内務省と侍所の管轄は京の都に虫食い状になっていた。そのため、扇たちはこの二人の案内がなければ、現在の京の治安がどうなっているのか分からないのだ。

「妖怪変化の仕業だと言っていたな」警部が言った。「こいつはここだけの話にしてもらいたいのだが、以前から都に怪異現象が起きていることは認識していた。ただ、異国へのメンツがあったから、黙殺してきたんだが」

「どんなことがあった?」扇がたずねた。

「清涼殿の屋根にぬえを見たという証言が取れている。もちろん、目撃者たちには見間違いだと言い聞かせた」警部はこの手の怪異に関する事件を極秘に扱うよう命じられた警官だった。「で、幕府のほうはどうなんだ?」

 目付は肩をすくめた。「昔から此岸と彼岸を分けるのは河原と決まってる。エタはもういないが、四条河原では戦国時代に失われたはずの遊女歌舞伎の小屋が開いてる。金色の雲の怪異と関係あるかもしれんな」

「すまないが、我々はこの事件にあまり人数を避けない。このところ、京では二つの宗派が力をつけてきた。きいたことないか? ペロレン宗と散多宗というんだが……」

「ペロレン宗は知ってる」扇が言った。

「右に同じく」火薬中毒者が言った。

「現状はまるで天文年間てんぶんねんかんの法華一揆みたいな状況だ」直垂姿の目付がいった。「町ごと道場を作り、それを気送菅と電信でつないで、信徒が武器を集めてる。ひとたび鐘が撞き鳴らされれば、ペロレン宗と散多宗の宗徒が京の町じゅうでぶつかり合う。そんな状況になると、あんたたちの楼主をさらった怪異がますます機に乗じて力をつけてくるだろう。こちらもできるだけのことはするが、やはり限界がある」

「廓のことは廓で片付けるさ」半次郎が言った。

 警部と目付と別れたとき、一行は三条通と四条通のあいだに縦に走る新京極しんきょうごくにいた。御一新後に栄え始めた歓楽街には派手な幟や英字看板、それに金ぴかの蒸気機関を組み込んだ櫓が目立つ。正午をまわる前から、イタリア人経営の撞球場では縮緬問屋の若旦那や赤い頬髯の異人といった和装洋装問わない道楽着の輩が白い玉をつつき回し、商家の丁稚が水をまいたばかりの道を蛸薬師たこやくしへの参拝らしい年寄りの一団が歩いていた。中二階のある芝居小屋はまだ開いておらず、正面に水を吐く石の獅子が立つ外国商館が六角通りと交わる角に建っている。新京極の南には散多宗の散多本願寺さんたほんがんじがあった。ペロレン宗と競うだけのことはあって、信徒たちは奇妙な装いをしていた。赤い揉み烏帽子に白い鉢巻を巻いて、赤の筒袖に赤の裁着袴を穿いて、白い大きな髭をつけた面頬をつけて、南無散多大菩薩なむさんただいぼさつ南無散多大菩薩なむさんただいぼさつと一心不乱に唱えている。この散多宗とペロレン宗が京の都を二分していて、その対立が禍々しい何者かに有利に働いているのだ。

 調べるべき場所は警部と目付からきいた限りでは三つあった。四条河原しじょうがわらの歌舞伎小屋、六角堂ろっかくどう裏に住む怪異研究の専門家、それに金色のすやり霞と関係があるかもしれない祇園社の図屏風。

「しかし、妖怪が大将と泰宗を、ねえ……」大夜が渋り顔で呻る。

「なんだよ、大夜。お化けが怖いのかよ」半次郎がちゃかした。

「るせー。砂糖中毒者」

「呼びました?」火薬中毒者が振り向いた。

「あんたじゃないよ」

「よし、そこまで」扇が手をパンと打った。「こんなふうに九人固まって調べるよりかは九人を三つに割って手分けしたほうがいい」

「手分けっつっても、ふあ――」久助があくびをした。「ふあーあ。……どうすんだ?」

「それは――」

 いざというときの剣の腕、火力、科学に対する理解、それに隠密行動を得意とするものを平等に振り分けることになった。結果、扇、りん、久助が図屏風を見に祇園社へ、大夜、すず、火薬中毒者は六角堂の裏に住む怪異の専門家のもとへ、半次郎、舞、時乃が四条河原にかかる歌舞伎小屋へ行くことになった。

「それとこれを――」

 分かれる前に扇は例の御神酒を全員に一口飲ませた。

「四条河原ならここからすぐね」時乃が地図を見て言った。

「祇園ということは」りんが指を差す。「わたしたちは加茂川の向こうですか」

「六角堂は三条通りを曲がればいいんだね?」大夜が確かめる。

「じゃあ、それぞれ調べて、あとで報告をしよう」扇が言った。「ただ、あの警部たちが言っていた通り、どうも今の京は治安が分からない。楼主たちをさらったのも、何かの怪異が絡んでいるらしいが、正体は分からない。こっちはそれだけ不利な立場にいることを念頭に入れておいてくれ」

「こっちだって、ヘンテコ宗教の大喧嘩に巻き込まれてくたばるつもりはないさね」大夜が言った。

「大夜。あんたにはひどい負担を負わせる結果になった。すまないと思ってる」

「ひどい負担って?」と、すず。

「誰のことですかね?」と、火薬中毒者。

 扇は両手を額にやって、目をつむり、そのまま手を顔を顎のほうまでずるずる撫でた。大夜はカラカラ笑って、まあ何とかなるさ、と扇の肩をバンと叩いた。

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