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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第九話 せんの扇と氷水流れる崖の里
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九の十八

 久助は自身の才能を見事開花させた。夜を徹して、集められた部品を組み立て、鍋釜になったものは叩きなおして何とか機械のなかに組み込み、とにかく飛べる代物を作った。燃料の火薬は火薬中毒者がマントの裏に隠し持っているものを使うことになった。これは飲食用の火薬だと強く抗ったが、結局羽交い締めにされて全部取り上げられた。

 薄っすらと夜が明けるころには久助命名の〈火薬機関第二号改〉が完成した。空飛ぶ火薬機械は里の上の雪原へ運ばれて、不安げに見守る人々の前でそのお披露目をすることになった。

「言うまでもないが――」久助が言った。「部品の一部が鍋釜になっちまった以上、きちんと飛ぶ確率はせいぜい三分ってとこだ。下手をすると谷底に真っ逆さまだぜ」

「危険は承知だ」せんが言った。

「右に同じく」新右衛門もうなずく。動きを妨げる防寒具の類は身につけず、上衣をたすき掛けにして、鉢巻と手甲をつけていた。

「そうか。よし――おい、火薬中毒者。まだ、いじけてんのか?」

 火薬中毒者は頬をふくらませてむくれていた。

「私有財産の略奪だ。搾取された。ぼくのご飯が」

 火薬中毒者の主食であり、おかずであり、甘味であり、おやつである各種の火薬は全て機械の燃料系統に注ぎ込まれて、あとは導火線に火をつけるだけだった。火薬機関第二号改にはこぶをいくつかつくった太い縄が一本だけぶらさがっていて、せんと新右衛門はこれにしがみついて、空を飛び、鬼熊屋の空の砲艦へ殴りこみをかけるのだ。

「おらも行く」

 タマが火縄銃を手にそう言ってきかなかったが、せんと新右衛門は同行を許可しなかった。艦まで辿り着くのも危険ながら、艦のなかにどれだけの危険が待っているか分からないのだ。いくら言われても、タマは連れて行けなかった。

「しっかり縄のこぶに足をかけとけよ」久助が連続マッチを取り出し、導火線を握って言った。「それが足場の代わりだ。あの手の空飛ぶ船のまわりは結構強い風が渦巻いているが、こいつのほうがずっと強く飛べる。だから、それは気にするな。じゃあ、火をつけるぞ」

 せんと新右衛門が縄を握り、久助は連続マッチをすった。灯油を吸った綿の小さな塊に火が立ち、それが導火線に燃え移った。導火線は怒り狂った蛇のようにしゅうしゅうと音を鳴らしながら、勢いよく橙色に燃えた。火はそのまま徳利の口のように開いたところから機械内部へと吸い込まれるように入っていき、ほんの数秒後に中くらいの爆音が鳴った。木の枝でかって立たせた機械が震え始め、二度目の爆発とともに突然、プロペラが回転し始めた。それは空を飛ぶ期待を抱かせるようなゆっくりとしたまわり方から始めるのではなく、いかにも火薬らしい性急で急速な回転速度の上昇で人の目を驚かせ、不安にもさせた。三度目の爆発は甘葛楓の枝から雪を落とすほどの大きさで、その音に驚いて一瞬目を閉じたときにはもう火薬機関は空を飛んでいた。

 この手の新発明には様々な予想外の出来事が付き物で、空を飛ぶギリギリの瞬間に火縄銃を背負ったタマが縄に飛びつき、付いてきたときも不思議とせんは驚かなかった。駄目だと言いながらも、たぶんそうするだろうと思っていたので、一番安定した姿勢を取りやすい縄のこぶを使わずにしておいたくらいだった。もう機械は空中砲艦を目指して空高く飛んでいた。今さら下ろすこともできなかった。

 だが、久助の火薬機関は二人乗りを想定していたので、火薬機関は叩きなおされた鍋釜を不平そうにガタガタ鳴らしながら、高度を稼がずに砲艦の舷側あたりをのろのろ飛んでいた。そのうち、高度が徐々に下がり始めると、タマが絶望したように叫んだ。

「ああ、おらのせいだべ」

「落ち着け」せんが言った。「考えがある。この綱を左右に激しく揺らしてくれ」

「揺らすといっても、どうやって?」

「体重を移動して引っぱるんだ」

 三人がかりでぶらぶらと揺れる縄を振り子のように動かした。三人は空中艦へ近づいたり遠のいたりしていた。三人のつかんだ縄が艦のほうへかなりの勢いをつけて近づいていった最後の瞬間、せんは縄をつかんでいた手を離した。

 タマと新右衛門、それに雪原で彼らを見守るもの全員の顔が青くなった。せんの体は谷の上を舞い、そのまま落下するかに見えたが、際どいところで気嚢の舷側にある梯子をつかむことに成功した。

 せんはどこかに頭をぶつけたのか痛そうにさすっていた。だが、せんの分の重さがなくなったことで火薬機関は上昇を開始した。それを見てタマと新右衛門の無事を確認すると、せんはそのまま梯子を下り、気嚢底部のゴンドラへと侵入した。ゴンドラには爆弾投下口と対地攻撃用の大砲がある。これを無力化しないと、自棄を起こした敵が里を吹き飛ばすかもしれない。

 ゴンドラ船尾には手摺で囲った半円形の露台がある。そこに降り立つとせんはゴンドラにつながる扉の取っ手に手をかけた。施錠されている。

 扉は木製で取っ手と鍵の機関部、そして四辺の縁が鉄でできていた。せんは刀を抜いて、扉の左上の端から逆袈裟に斬りつけ、鍵のところで刃を抜いた。そして鍵穴の下から袈裟懸けに斬り、扉の左下の端で刀身をまた抜いて、今度は真っ直ぐ上に切り上げて、二つの蝶番を切り離した。日本古来の玉鋼たまはがねではなくスウェーデン製の鋼を使ったといわれるへそ曲がりな瑞典是永ずいてんこれながの切れ味は冴えに冴えた。扉は三つの三角形となってバラバラと崩れ落ちた。

 扉を失った入口へ飛び込むと、そばにいた鬼熊屋の印半纏を着た傭兵と目が合った。向こうは突然扉が三角にばらけたのを見て、呆気に取られていた。次の瞬間にはその鳩尾にせんの拳がめり込んだ。男は呻き気を失って倒れた。

 そこはむき出しの導管やバルブが微動し続ける鉄の廊下で、丸い窓からは冷たい雪の上に昇る陽の蒼ざめた光が差し込んでいた。爆弾投下口と対地攻撃用大砲を無力化する方法は久助から教わっていた。久助は遠くから見ただけで、砲艦の大砲と投下口の構造を理解した。その結果分かったこととして、大砲は後部にある着脱式の鎖栓を抜き取り、投下口は爆弾倉の扉を開けるための回転バルブをどうにかして使えなくすればよいことが分かった。

 すぐ横には砲塔があり、なかに入ってみると、後装式十二ポンド砲が砲尾を上に向けていた。その砲尾は久助のスケッチどおりになっていた。そこに鎖栓を抜き取る過程が詳しく描いてあったので、それに従って、かなりの重さがある鎖栓を抜き取った。その始末は後ですることにして、また廊下へ戻る。

 休憩室につながる奥の扉は開けっぱなしになっていて、暇をもてあました男たちがカルタ卓を囲んでうんすんカルタをしている様子が見えた。せんはそばの壁にかけてある帆布製の雑嚢を手に取った。そこには様々な工具が入っていた。どれも頭にぶつかったら、しばらくは目を覚まさないくらいの大きさと重さがあり、また投げるのにちょうど良いクルミ材の取っ手がついていた。

 さっそくレンチが一つ、カルタにやっきになっている傭兵の頭にぶつかった。その傭兵はカルタ札を握ったまま卓に突っ伏した。

「なんだ、なんだ!」

 二人目が無用心に扉から顔を出すと、今度は額に工具がぶつかり、のけぞって倒れた。

 残り二人はさっぱりワケが分からず、銃も取らずに部屋でぐずぐずしているところをせんに踏み込まれ、たて続けに峰打ちを食らって倒れた。

 休憩室を通り過ぎ、上部甲板へ移動できる蒸気昇降機の前を通り過ぎると、爆弾投下倉に辿り着いた。一つ十貫はありそうな爆弾が八つ宙ぶらりんになっていて、その下の床が左右に分かれて開く仕組みになっていた。その床を開くための取っ手付き開閉バルブを見つけると、せんはもう一度瑞典是永の切れ味にお願いすることにした。

 裂帛の気合で切り下ろすと、取っ手付きバルブが大きな音を立てて、床に落ちた。直径一寸の鉄の棒を斬ったにもかかわらず、瑞典是永には刃こぼれ一つなかった。

 せんは丸いガラス窓を割ると、そこから大砲の鎖栓と爆弾倉バルブを捨てた。二つの部品は谷底の川へ真っ逆さまに落ちていった。

 蒸気昇降機で気嚢上部の甲板へと上がる。気嚢を貫いた昇降機用の縦穴で音がぐわんぐわんと鳴り続けていた。到着し、扉を開けると、木製甲板のあちこちに気絶した傭兵たちが倒れているのを見つけた。新右衛門の峰打ちを食らったかと思ったが、よく見ると甲板じゅうに鉄の部品や鍋釜が散らばっていた。どうやら火薬機関はタマと新右衛門を甲板まで送り届けてその役目を終えると、甲板の傭兵たちの頭上でバラバラに吹き飛んだらしい。傭兵たちはその部品が頭にぶつかって伸びていた。

 艦橋へつながる入口へ入ると、もうもうと硝煙がこもっていて、峰打ちで倒された敵たちがあちこちに転がっていた。奥のほうで新右衛門がライフルで殴りかかってくる傭兵を一度に七人相手にして大立ち回りをしている最中だった。タマはといえば、火縄銃に弾を込めずにいつもの三倍の量の黒色火薬を入れて発砲し、新右衛門が狙い撃ちに合わないように煙幕を張っていた。外から入ってきたばかりのせんは、煙幕が晴れたらタマと新右衛門を狙い撃ちにしようとして身を伏せている五人の傭兵の後ろに静かに近寄る形となった。五人の頭は峰打ちで殴りつけるのにちょうどいい位置にあった。座禅を組む坊主の頭を片っぱしから叩く要領で五人を叩き伏せると、せんはタマの張った硝煙の煙幕が晴れるのを待った。しばらくすると、傭兵たちはみな床に伸び、新右衛門が咳き込んでいるのが見えた。

「おう、せんどの」

「せん!」

タマがせんに抱きついてきた。

「無事だっただな! えがった、えがった!」

「涙を誘う再会に水を差すようで気が引けるが――」硝煙で止まらない涙を拭いながら、新右衛門が言った。「何か飲み物はないか? この通り、喉が渇いて仕方がない」

 途中で見つけた司厨室しちゅうしつで冷たい水を入れた壜を見つけると、タマと新右衛門はそれを飲み干し、目を洗った。せんは降伏した調理室の料理人たちを縛り上げていた。

「あとは?」とせん。

「敵の本陣へ切り込むのみ」新右衛門が言った。

 艦橋の扉を蹴破ると、操舵輪についている傭兵の背中にぶつかった。その場で殴り倒すと、豪華にしつらえた広間に鬼熊屋ともう一人、タエをさらうときにいた洋装の男がいた。そして、タエはその首に鬼熊屋の銃を付きつけられていた。

「タエ姉!」

「動くな!」

 鬼熊屋が身を縮めて銃を手にしタエを盾にしていた。洋装の男はただ顔を青くしている。

「艦の手下はみな無力化した」せんが告げる。「あきらめろ。お前の負けだ」

「鬼熊屋さん」蒼ざめた洋装の男が言った。「もう無理だ。計画は失敗――」

「だまれ、この馬鹿野郎!」鬼熊屋は目を血走らせて怒鳴った。「さっさと下の連中に谷を吹き飛ばすよう伝えろ!」

 男は伝声管の蓋を開けると何度も呼び出しをしたが、誰も出なかった。

「武器を捨てろ! さもないと、この女を殺す」

 鬼熊屋の目の色がおかしくなり始めた自暴自棄になりかけている。

 せんは伝声管を相手に何度も呼びかけている男に言った。

「無駄だ。全員気絶しているし、目を覚ましたとしても、砲も爆弾も使えないようにした」

「ああ、くそっ」男は伝声管の蓋を力いっぱい叩きながら毒ついた。「やはり無茶な話だったんだ! どうしてくれるんだ、鬼熊屋! あんたが確実にうまくいくといったから、こっちは金を出したんだ。このままじゃ、わたしはセッツで背任罪で訴追を受けるハメになる! それもこれも、あんたが――」

 がああああっ! 鬼熊屋がケダモノのように叫びながら、銃を振り上げ、男の頭を撃った。血が派手に飛び散って、男は膝から崩れた。

 そして、タマは鬼熊屋を撃った。火縄銃から発射された丸い鉛玉が鬼熊屋の肩の骨を砕き、またケダモノじみた叫び声が上がると、タエが肘打ちを相手の鳩尾にくれてやり、その束縛から離れた。鬼熊屋が銃をタエに向けようとしたとき、彼が見たのはせんの放った回し蹴りの踵だった。鼻の骨が折れて、鬼熊屋は大きな目を白く剥いて、その場に倒れた。

「タエ姉!」

 タマは火縄銃を捨てて、タエに駆け寄り、タエもタマを抱きしめた。

 新右衛門は倒れている洋装の男を軽く蹴った。

「おい、いつまで伸びている?」

 男は目を覚ますと、頭から流れ出した血に驚いて、泣きじゃくり始めた。

「泣くな、みっともない。命に別状はないぞ。耳が片方なくなっただけだ」

 固く抱き合う二人を見て、せんが言った。

「良かったな、太夫」

 その呼び名をきき、タエが顔を上げて、せんを見た。

「せん、あなた、もう記憶が――」

 扇はバツが悪そうに微笑んだ。

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