九の十七
里の上空に浮かぶ空中山岳砲艦の船倉にはフランス人たちがぎゅうぎゅう詰めにされていた。彼らはここまで空中砲艦を曳航してきたのだが、頭金の支払いが終わるなり、艦長以下士卒四十名、それに販売代理人は鬼熊屋によって船倉に閉じ込めてしまった。
どうやら、買い手はもうあらかじめ操船と機関に長けたものを自分で用意していたらしい。閉じ込められたフランス人のなかで唯一日本語が話せる販売代理人は船倉の扉から何度も外の見張りに呼びかけた。
「これはいったいどういうことです? 鬼熊屋さんは何を考えているんです?」
見張りの二人の男は、うるせえなあ、とぶつくさこぼして、扉を棍棒でぶっ叩いた。
「すっこんでろ、毛唐。何もとって喰おうってわけじゃねえんだ」
「金だってきちんと支払われらあ。あの目障りな里をふっ飛ばしたらな」
鬼熊屋は戦列艦時代のように内装が贅沢なしつらえの艦橋でフランス人用の赤ワインを壜でぐびぐび飲んでいた。
「ぷはあ」袖で口を拭いながら、「明日になったら、世界一の金鉱がおれのものになる」
「一つおたずねしたいのですが――」金島が長椅子に座り、たずねる。「なぜ、今、大砲を撃ち込まないのです? 目当ての朱菊は手に入ったのに」
「今は夜だからな。金の鉱脈に命中したら金はみんな川に落ちて、川浚いをするハメになる。こっちはあの崖にへばりついている家だの階段だのだけを取り除きたい。それにはもっと明るいうちにやらなきゃあならん。ん? 落ち着かんか? そりゃ、そうだろう。セッツの理事会の許可を得ずに十万も融資したんだ。そのうち一万はもう支払い済みだ。あんたの立場も困ったものになるよな」
「できるだけ早急にそうした立場から脱したいものですな」
「まあ、そう焦りなさんな。酒も女も金もじっくりやるのが楽しい」
「フランス人たちはどうします?」
「鬼熊の町で解放してやる。ひょっとすると、あいつら里の連中に同情して、おれたちの邪魔をするかもしれんからな」
「国際問題になりませんかね?」
「なるもんか。こっちは残り九万を支払う準備がある。新聞がうるさいのなら、記者を買えばいい。この世の全てが金で購えると言うつもりはないが、少なくとも、おれはそんなもの一度も見たことがないね」
鬼熊屋はにんまり笑って、赤ワインをあおった。