九の十四
三人が里に戻ったころには混乱は何とか収まっていた。撃たれた大砲は空砲だった。だが、その音だけでも雪崩を誘発するのに十分な衝撃だった。里の家や水車はぶるぶる震えた。
「おお、帰ってきただな」忠吉が待っていた。彼の家には主だった里の住人が集まっていて、突如現れた空の脅威のことを話していた。
「おっとう。あれはなんだべ?」
「鬼熊屋の仕業だべ」忠吉は紙を一枚、せんとタマとタエに渡した。船から何百枚とばら撒かれたものだと言って、読んでみた。
『里ごと吹き飛ばされたくなかったら、明日の正午、里の上の雪原に朱菊を差し出せ』
忠吉を初めとした大人たちが腕を組み、頭をしきりに傾げていた。
「今まではここから出て行けといって、さんざん脅しをかけてきただ。ところが、今日のこれでは朱菊を差し出せとある。どういうことだべ?」
「村で赤え菊の花を育ててるやつはいるだか?」
「こんな寒い里じゃ菊なんて咲かねえ」
「それに菊ってのは赤い花だったか?」
「分かんね」
せんもタマと一緒に紙を読んでみたが、意味が分からなかった。鬼熊屋は金が欲しくて、嫌がらせをしてきたのに、菊の花一本で里の金を諦めるなんてことがあるだろうか?
タマは自分の思考の限界を感じた。鬼熊屋のようなえげつない大人の考えることはちんぷんかんぷんだ。だが、ひょっとすると、タエ姉やなら分かるかもしれない。何せ、タエ姉やはとても物知りだったから。
タマはタエ姉やの顔を見たが、思わず声を上げるところだった。
タエ姉やはすっかり顔を蒼くし、紙が破けるくらいに強く手を握り締めていた。