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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第九話 せんの扇と氷水流れる崖の里
154/611

九の十二

 千葉荘でサムライの老人にサン・タルノー級陸上巡洋艦を売る好機を逃して以来、鬚が立派なフランスの武器販売代理人は新たな市場を開拓する必要性を感じていた。

 手元には山の多い日本の事情に即した空中砲艦があるのに買い手が見つかりそうにないからだ。銚子の武器商人たちの精神錯乱は悪化する一方で、また長引く内戦でシモウサの各豪族たちもジリ貧になり、あまり武器をさばけなくなり始めていた。そのうち、シモウサの英字新聞が清で回教徒の大規模な反乱が起こったを知らせた。すると、まずドイツのクルップ社が清国政府に大砲を売りつけ、アメリカのウィンチェスター社が回教徒の反乱軍に連発ライフルを売りつけ、とどめにイングランド銀行の支配下に置かれた硝石会社が政府軍と反乱軍の両方に火薬を売りつけた。フランス人も空中艦販売のためにすぐに動くべきだと感じたのだが、本社は独自の情報網を使って清国政府の国庫にはもう馬蹄銀ばていぎんが一両も残っておらず、クルップ社、ウィンチェスター社、それにイングランド銀行は清国政府を相手取って契約不履行の訴訟を起こす準備をしていることが分かった。

 フランス人の販売代理人は本社から、武器の代金は金貨または金の延べ棒以外で受け取ってはいけないという厳命を受けた。兌換だかん紙幣も関税収入の授与も認めない。とにかく金をもらえというわけだ。

 それもこれも、ヨーロッパ経済の雲行きが怪しくなってきたかららしい。フランスでは独裁者ブーランジェ将軍の経済政策の失敗と取り巻きたちの不正蓄財、そしてフラン暴落の噂がささやかれて投機家たちは神経質になっていた。アメリカからはもうじき鉄道バブルが弾けるという噂とその煽りを食らってウィーンの商業銀行数行が道連れに破綻するかもしれないという悲観が市場を支配し、そしてロシア帝国とドイツ帝国と大英帝国のあいだでウオッカ、ビール、ウイスキーを対象に行われている報復関税戦争はいっこうに終わる気配を見せない……。こうした諸事情により、フランスの本社は突然の恐慌勃発に備えて、とにかく金を欲しがっていた。

 そこで最近、金の生産高が上がっているというヒダ国へ秋波を送ってみると、ヒダ国でも最大の鉱山会社鬼熊屋から早速、頭金一万円を金貨で支払う用意があることを知らせてきた。フランスの販売代理人は大喜びでアンドレ・マッセナ級山岳用空中砲艦に座乗し、一路ヒダ国は鬼熊の町を目指した。かのナポレオンの部下のなかで最も略奪を愛した将軍の名を冠したこの空中砲艦は行く先々の国の空を許可もなく横断した。各国の戦闘用飛行船が空中砲艦の高度まで飛ぶことができないことをいいことに、巡航速度でゆっくり見せつけるように飛んでいき、そして、ヒダについた。

 鬼熊で一番大きな屋敷から飛行船がやってきて、梯橋を空中砲艦へと下ろした。現れたのは毛皮の外套で着ぶくれたひどく人相の悪い男とがっしりした体躯をしているが紳士風の身なりをした二人の日本人だった。

 人相の悪いほうは鬼熊屋の主人、鬼熊屋徳三郎。

 身なりのいい紳士はセッツ国の銀行家でただ金島と名乗った。

 セッツ国が日本有数の商業国家であり、最大の大阪造幣寮を所有していることはフランス人も調べてあったので、残り九万円分の金貨の支払いもつつがなく進むだろう。

 まずは頭金の確認である。錠前で閉じてある黒ずんだ杉の箱が飛行船から砲艦の甲板に下ろされた。砲艦の主計兵たちが箱を開け、一円金貨の枚数を計上していく。百枚ずつにされた一円金貨が次々と立ち現れ、フランス人の顔は綻んだ。千葉荘で取り損ねた一万フランのボーナスは約束されたようなものだ。それどころか、この経済情勢の先行き不透明な時期に大量の金貨を持ち込めば、会社はアジアにおける武器販売代理業を彼に委任するに違いない。そうなれば、思うがまま、武器を売りまくることができ、一万フランのボーナスは続々と彼の懐を潤すのだった。

 計数が終わった。確かに一万円、金貨で支払われたのだ。

「これで、この艦はあなたのものです」フランス人は流暢な日本語でニコニコしながら言った。

「じゃあ、早速飛ばしてもらいたい場所がある」

 いつの間にか鬼熊屋の番頭がそばにいて、地図を広げて見せた。

「この崖だ」鬼熊屋が言った。「ここにこの艦を飛ばしてくれ」

 鬼熊屋の太い指は地図上のガザリの崖を指差していた。

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