八の七
目を覚ますと、三三二一番がいた。
「やあ、五五三九番。地獄へようこそ」
「もうその手は通じない」
「ありゃ? それは参ったねえ」
場所は奥の六畳間だ。だが、隣の室に人の気配はない。いるのは中折れ帽を手にした白い背広姿の三三二一番だけだ。
「いったい、何の用だ?」
「任務をあきらめて、〈鉛〉をやめてくれないかなあって思ってね」
「ふざけるな」
「ふざけてないよ。だって――」
突然、喉を締められる。三三二一番の手が血管と気管を一度に握って細く絞っていた。
「扇はおれの友達だもん。もしキミが扇を死なせたりしたら、おれはキミを殺さなくちゃいけなくなるんだよね。それもキミが自分のしたことを後悔するように、ゆっくりじわじわと。わかる?」
「か、はっ――」
喉の奥から息を求めるかすれ声が漏れた。喉を締める三三二一番の顔と声は優しげだが、薄く開けた瞼のあいだには鎧通しのような眼差しが冷たく光っている。
手が離れた。〈鉛〉は体をまるめて、はげしく咳き込む。
「そんなわけで、おれのお願い、きいてくれる?」
「断る」
脅迫めいた提案のおかげで、鈍りかけていた〈鉛〉としての感性が甦った。
「おれはもう誰かを殺したりしたくないんだよね」
三三二一番は悲しげに微笑んだ。
「でも、扇が死んじゃったら、きっとおれはもとの〈鉛〉に戻っちゃう。そんなのは嫌なんだ。せっかく誰も殺さなくて済むようになったのに――また、〈鉛〉に戻るなんて」
両腕を頭の後ろにまわして、ぐっと伸びをしてから、それじゃあ誰も幸せになれないだろう? と三三二一番は悩ましげに言った。
「だから、おれのお願い。ちょっと頭の隅に置いておいてよ。ね?」
「……」
「じゃあ、もうすぐ扇が来ると思うから、おれは帰るね。さよなら」
三三二一番は音一つ立てずに隣の室へ消えた。
その途端、三三二一番が発していた強い殺気が拭い去られるように消えて、どっと疲れが出た。
首筋に冷や汗を感じる。
三三二一番と入れ違いに〈背信者〉が六畳間に入ってきた。
「なんだ、起きてたのか?」
「……」
「何を黙りこくってる?」
〈背信者〉の様子を見ると、寿のことは何も知らないようだった。
「歩けるなら、すぐに仕度しろ。出かけるぞ」
「……どこに?」
「コスモポリタン・ホテル」




