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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第八話 〈背信者〉の扇と〈鉛〉の舞
131/611

八の一

 歳の暮れの忙しいころ。ヤマトの機関は再び〈鉛〉を送りつけ、虎兵衛の命を狙う。

 扇と時乃の活躍で捕らえられた〈鉛〉はまだ十四、五の少女だった。

 扇の嫌な予感はあたり、虎兵衛は囚われの〈鉛〉にたずねる――「お嬢ちゃん、興が分かるかい?」

 その日、十二月十二日は経師ヶ池の池畔に建てられた西洋風ホテル〈コスモポリタン〉の開業で、晩に〈的〉が食事に来ることが分かっていた。もちろん、〈的〉以外にもいろいろな人間がホテルに来る。大見世の楼主や万膳町の顔役――いわゆる総籬株を持つ連中だ。

 遊廓は飛行船発着場や万膳町とは「堤」と呼ばれる道で結ばれている。街灯や辻行灯があり、夜でも提灯を持たずに歩けるような道だ。

 だが、遊廓と経師ヶ池のホテルのあいだには光に乏しい道が通っていて、特に藪をかぶった左右の土手は闇が深い。

 だが、〈鉛〉はそこを待ち伏せ場所には選ばない。

 なぜなら、〈的〉のそばには常に〈背信者〉が控えている。〈背信者〉は機関でも百人に一人と言われた逸材だ。〈鉛〉の手口を知り尽くしている。だから、帰り道の土手を最も警戒する。

〈的〉を仕留めるには〈背信者〉の裏をかかなければいけない。まさか、こんなところで襲いかかるとは思わない場所。明るくて、人目がある場所。

〈鉛〉はホテルの右手にある窪地に身を潜めていた。仮面と顔のあいだの隙間から白い息が漏れる。十二月も十二日を過ぎていた。黒装束に刀、短剣、棒手裏剣、絞首用の鉄線という使い慣れた装備を身につけている。任務はあくまで〈的〉の殺害だが、〈鉛〉は〈背信者〉も殺す気でいた。たとえ、相討ちになっても、その命はもらう。

 ホテルの招待した夕食会が終わり、ばらばらと客が帰り始める。空の国の政治を担うだけあって、どの総籬株も腕のよい用心番を連れている。だが、誰もホテルからほんの五間の距離に身を伏せている〈鉛〉の存在には気づかない。

〈鉛〉の伏せている場所から窓を通して、なかの様子を窺えた。どうやら、残っているのは〈的〉、〈背信者〉、それにホテルの持ち主である少女。雇人は調理場と食堂で片づけにかかりきりになっている。

今、〈的〉のそばにいるのは、〈背信者〉と髪を短くした少女が一人。赤い洋式の短上衣とブラウスを着て、赤みがかった染色のスカートを履いている。帳簿付けと手料理を作る以上のことができるようには見えない。〈的〉と〈背信者〉を首尾よく仕留めることができたら、当然死んでもらうことになっている。居合わせてはいけない場所に居合わせた。この少女についてはそれ以上でもそれ以下でもない。ただの障害物。

〈鉛〉は静かに刀抜いて、指のあいだに三本の棒手裏剣を挟んで、風をまきながら剽悍な捕食動物のようにホテルへ走った。ホテルの戸に体当たりし、棒手裏剣を放とうとする。

 まず目に入ったのは〈的〉でも〈背信者〉でもなく、銃身の長い六連発銃の銃口だった。その銃はホテル経営者の少女の手に握られ、人差指はもう引き金を後戻りできない位置まで絞っていた。

 咄嗟に身をひねった。〈鉛〉の眉間をしっかり狙った銃弾はほんの一寸の差で避けられ、扉の嵌めガラスを粉々にした。

 それでも、三本の棒手裏剣を〈的〉へ放つことができたが、二本は狙いが甘く、首へ真っ直ぐ飛んだ手裏剣は〈背信者〉の刀に叩き落された。

 少女が銃で天井を撃った。その途端、オイルランプを仕込んだ鋳鉄製のシャンデリアが〈鉛〉の頭上へ落ちてきた。間一髪で転がって避けながら、刀身を横にして、目に飛び込んだ足を薙ぎ払う。

 だが、その刃は床に突き立てられた刀に止められた。

〈鉛〉がはっきり見たのは、〈背信者〉が〈鉛〉の首を鷲づかみにする、その指先だった。

 首をつかまれると息と血の流れが一度に押さえられた。〈背信者〉の指が小さな力で――だが、寸分違わぬ正確な場所を――きゅっ、と絞めた。そこから、気を失うまで、ほんの数瞬足らずだった。

今回はある有名な作家の短編のやりとりをちょっとパロディにしてみました。

その短編の題名のヒントは〈鉛〉です。

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