一の十三
白寿楼の夜も更けると、座敷も廻り部屋も馴染みと遊女が枕を並べて、秘め事の真っ最中になる。〈鉛〉はひっそりとしたカエシの裏口から入ると、すれ違う誰とも目を合わさず、口もきかず、行灯部屋へ入った。
「やあ、三三二〇」
行灯部屋の窓の下、壁に背をもたれて三三二一番が座っていた。怪我一つせず、首も落ちていない。三三二一番は人懐っこい笑みを浮かべ、隣に座るよう手招きした。
そうやって油断を誘って、こいつは何人も殺してきたんだな。
〈鉛〉はそんなことを考えながら、三三二一番の隣に膝を抱えるようにして座った。
「おれも終わりらしい」
〈鉛〉が言った。三三二一番は、
「へえ、どうして?」
と、たずねた。
機関が〈鉛〉の忠誠に疑いを持っていること。その挽回のためには〈的〉を仕留めなければならないが、仕留めることができない、いや、仕留めたくない自分がいることを認めた。
「こんなことは初めてだ」
「誰にだって、何にだって、初めてはあるさ」
「最初で最後だ」
「そうとも限らないんじゃない?」
「おれはもう道具として役に立てない。だから、死ぬ」
「それは連中の考え方であって、キミは違う」
「おれは〈鉛〉だ」
「キミは扇だ」
「その名前で呼ぶな」
「いい名前じゃないか。キミだって、そう名乗っただろう?」
「あれは――」
「キミはここで騙す、殺す、陥れる以外のいろんなことをやり、見もした。キミは知らないうちにヒトらしく生きることに憧れて、興を理解し始めたんだよ」
「また、興か。興というのは一体何なんだ?」
「明日、きいてみればいいじゃないか」
「〈的〉と言葉を交わすのが怖い。おれがおれでなくなる気がする」
「キミがキミでなくなったとき、キミはおれが行こうとしてついに行けなかった場所に辿り着く。がんばれ」




