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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第七話 荒野の扇とネイヴィ・コルト
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七の二十九

 高杉晋作とその右腕の老将軍が現われて、略奪と虐殺の即時停止のためにあちこちを走り回った。だが、兵士たちは柱時計や首飾りを持っている現場を押さえられても、これは最初から自分のもので戦のあいだもずっと持ち歩いていたという嘘をいけしゃあしゃあとついた。

 そうした返答にぶつかるたびに、老将軍は相手をジッと睨み、高杉晋作は少し失望した様子でその場を後にするのだった。

 扇たちは繋ぎ柵のある料理屋に立ち寄って、夕飯を取っていた。革命の激化で食料事情が悪くなった。店の親爺は紙幣は一切受け付けないといった。そこで二朱金一つを出すと、親爺は床下の隠し食料庫から三人が十分満腹になるだけの料理と温めにつけた燗酒を出してくれた。揚げ玉入りの味噌汁をすすっていると、高杉晋作と老将軍が現われた。

 高杉は腰かけに座って、金貨を出して、何か腹にたまるものを二人分と言った。

「お前さんたちは参加しないのかい?」高杉がたずねた。

「なにに?」と扇。

「略奪」

「それのために戦ったわけじゃない」

「何のために戦ったんだ?」

 扇は横にいる泰宗と時乃を顎でしゃくった。

「二人がやることならば、なんでも手伝うためにここにいる」

「そっちのお二人さん」高杉は身を反らして、扇越しにたずねた。「あんたたちは何のためにこの戦争を戦った」

「ここを少しはいい場所にしようという恩人の遺志のために戦いました」

 泰宗が答え、時乃も右に同じと答えた。

「その遺志は果たせたかい?」

「わかりませんね」

 泰宗は猪口の酒をあおって言った。

「革命というのが人間を生きたまま、機械に放り込んで喜ぶことだとしたら、興ざめと言ったところです。なるほど、その男は悪の権化でした。しかし、やはり見ていて気持ちのいい光景ではありませんでしたよ」

 泰宗はそう言いながら、微笑し、逆に高杉にたずねた。

「あなたは納得の行く革命ができましたか?」

「いや」高杉は首をふった。「今まで二つの国で革命にかかわったが、いつもこうした出来事は起こる。独裁者の下で押さえられていたいろいろな欲望がわっと湧き出して、立派な兵士たちが物欲に囚われた亡者に変わるのをもう何度も見てきた。革命の芯はいつもずれたところに据えられる。そして芯のずれた革命は下手をすると、また独裁者を生むんだ。だが、おれができるのは独裁者を倒すまでで、それ以降はそれぞれの国の人間でやらないとならない。革命後の政府におれは関わることはできない。革命が終わった途端、おれは余所者になるからな」

「空しいと思ったことはないですか?」

「無いね」高杉は笑いながら答えた。「まあ、圧政を敷いている国はいくらでもある。おれとここにいる彦蔵であちこちまわってみるさ」

「たまには天原にも顔を出してあげてください」

「ああ。そうするつもりだ。宝鶴楼もだいぶご無沙汰している。久しぶりに小宮に会いたい」

 扇は席を立った。

「どこへ」泰宗がたずねた。

「少し外の風に当たってくる」

 大統領宮殿のあるほうから火の手が上がっていた。革命軍の兵隊たちが大統領派の役人や警官たちを紐でくくって銃剣でつつきながら、どこかへ移送していた。大統領の独裁時代に甘い汁を吸ってきた人々に石が投げられて、女は髪を乱暴に断ち切られた。大統領が贔屓にしていた高級娼館も略奪の的になり、ピアノが表通りに引き出された。革命軍の一人で洋服を着た男が銃をピアノに立てかけて、愉快で明るいアメリカの酒場でかかっているような曲を弾き始めた。その音に連れられて、酔っ払った人々がぐるぐるまわり出し、首都の混乱はどんどん深まっていくように思えた。

 正直なところ、はやく天原に帰りたいと思っていた。もう、この土地にはうんざりだった。泰宗と時乃には悪いが、関介の遺志はおそらく果たされない。この世界が終わるまで、この砂漠では同じことが繰り返される気がしてならなかった。それよりは天原で心機一転ホテルを開業したほうがずっと関介も喜ぶだろう。もちろん、それはあの二人も知ってのことだ。知っているのだが、物事に区切りをつけたくて、この国から離れられない。大統領が生きたまま、挽き肉にされるのを見ても、胸にある靄はとれないらしい。

「それにしても――」

 料理屋で食事をしているとき、格子窓から丸めて放り込まれた小さな紙片を手にとった。

〈今すぐ会いたい 桔蝶〉

 そう言えば、あの三人もここにいるのだった。大統領を探しているのだろうか? 苦労して追いかけた標的がすでに挽き肉になったことを知れば、きっと桔蝶もがっかりするだろう。

 空っぽの倉庫があった。灯はなかったが、窓から大統領宮殿の燃える炎が見えていたので、扇の影は長く伸びて反対側の壁を半ばよじ登るようにかかっていた。

「ここでいいだろ? いるのはわかってる」

 扇が言うと、忍び装束姿で顔を隠した桔蝶、十鬼丸、冥次郎が現われた。

「あんたたちには悪い知らせだが、大統領の始末はここの人間が自分でつけた」

「あれは影武者だ」

 桔蝶が言った。

「本物はここにはいない」

「なら、あんたたちにもまだ機会は残っているわけだ」

「それはおぬしに譲ることにした。長崎ではわれらにかけられた嫌疑を晴らしてくれた借りがある」

「まっとうな忍びは貸し借りを忘れないわけだ」

「そういうことだ」

「だが、どうだろうな。別におれ個人としては大統領がどうなろうがもう知ったことじゃない気になっているんだ」

「他の二人は?」

「そうだな。うんざりしているようだが、でも、ひょっとすると、興味を持つかもしれないな」

「では」桔蝶が言った。「場所を教えよう」

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