七の二十五
線路沿いに道を進むと、義経と弁慶率いる騎兵隊がやってきて、将軍博士の指揮下に入った。前に見たときは数十ほどの部隊だったが、今では二百騎に増えていて、別働第三志願騎兵連隊と名乗っていた。義経の鎧の袖には今では大佐の星章がついていた。だが、泰宗が将軍博士お手製の衒いと気取りの牢獄から救われる道はないようだった。というのも、将軍博士は義経のいかにも日本の戦争を想起させるその鎧姿を嫌い――何よりも日本史に対する無知が露見するのを恐れて、義経主従の存在を無視した。ひょっとすると、将軍博士は源義経が誰なのかすら知らないのかもしれない。
将軍博士の旅団はこれで五百を数えたが、これは普通の旅団で考えるとかなり少なかった。ヨーロッパの普通の歩兵連隊はおよそ千五百の兵士から成り、旅団はその連隊を四つ合わせたもので約六千の兵士がいるはずだった。しかし、革命軍には陸軍教練通りの編成を行うという贅沢は許されず、総司令官は自分の作戦を遂行するために見つけた兵隊を手当たり次第にかき集めなければいけないのだ。
そのため二百しか兵がいない旅団や千の歩兵を要する大隊、あるいは一つの砲兵中隊に五門の砲がついたりするのだ。
革命軍の他の部隊も銘々部下を集めて、進軍した。ボロ着の百姓兵たちは休戦のあいだに寝ていたらしく、早めの目覚めにぶつくさ文句を言っていた。戦闘が再開して十五分も経たないのに、早速負傷兵を満載した蒸気自動車が現われ、罐から火のついた石炭をこぼしながら、後方へ走っていった。
兵士たちはいくつもの縦隊を組んで、丘を越えようとしていた。丘を越えると、大統領の農園が見えた。昨日見たときは大きな竜舌蘭が土地の起伏に沿ってどこまでも生えていたが、そこいらじゅうを砲弾で掘り起こされ、銃弾で薙ぎ倒されて、蒸気戦車に踏み潰されて、水っぽい草の匂いを放つ畑は見るも無惨にまばらになっていた。休戦期間中に埋められなかった死体があちこちに散らばっていて、政府軍の二足歩行兵器が倒れて燃えていた。黒い煙は北へ流れて、旅団の行く手を塞いだ。
荒れ果てた畑を通過し、もう一度、丘陵を越えるとなだらかな谷にぶつかった。手前の丘の裾には味方の砲兵隊が砲列を敷いていて、向かい側の丘に砲弾を浴びせていた。土が沸騰したみたいに噴き上がり、焦げた竜舌蘭がバラバラになって降りそそいでいた。敵の砲弾も砲兵隊を狙っていて、すぐそばで榴弾が破裂していた。
隣の道を歩いていた騎兵隊がピストルと刀を抜いて、甲高いわめき声を上げながら谷へ突っ走っていった。敵の砲弾が近くに落ちて、落馬するものもいたが、騎兵隊は武器をふりまわしながら、先に谷を抜けようとしている歩兵隊を追い抜いた。敵の砲撃が激しさを増して、砲煙で騎兵隊が見えなくなった。続いて、士官たちに率いられた歩兵たちがバラけ気味の横隊で砲弾の雨の下をくぐるように走っていった。敵はガトリング砲まで用意していた。それでも、灰色のボロ着をまとった百姓兵たちは二百ほどの兵力で敵が陣取っている対面の丘へ上ろうとした。銃剣が光を反射していて、それが煤けた兵士たちのもつ唯一の光るものだった。扇たちはそんな兵士たちが火砲に叩き潰される光景を見ながら、谷へ降りる道を歩いていた。義経の騎兵隊もキリシタン大隊も次は自分たちがああなるのだと思いながら、道を下った。だが、義経の騎兵隊は途中で馬首を転換し、また丘を登っていった。当然、将軍博士は怒ったが、義経騎兵隊は無視して、丘の稜線に楔形の隊形で待機した。敵の砲撃がまだ盛んなうちに正面から突撃を仕掛けても犬死するだけだと分かっていた。それよりかは敵がこちらの丘へ殺到したときに逆落としに突っ込んで、敵の先鋒を崩し、そのまま総崩れに追い込み、徹底的に追い討ちをかけるほうが良いと判断したのだ。
まともな戦術を考えられる騎兵隊が同じ旅団にいると思うと心強いものだな――扇はしみじみと感じた。
丘の麓には味方が掘ったらしい塹壕があった。キリシタン・ズアーブ大隊とともに馬にまたがって塹壕に入った途端、かつてここにいた部隊がここで何度も敵の攻撃に晒されながらも粘って塹壕を守り抜いたことが分かった。塹壕の底には汚れた包帯や乾パンの包み紙、乾いて黒ずんだ血溜まり、何千という真鍮の空薬莢、そしてちぎれた体の一部が乱雑に転がっていたのだ。
泰宗を連隊長とする扇、時乃、そして太吉、権左、彦左の三人の老兵は旅団右翼に位置する塹壕で馬から降りた。彼らの右側には陣笠をかぶった鉱夫大隊が展開し、その塹壕は東へ緩やかに弧を描いて、また元の位置へと曲がっていて、そこで塹壕は途切れていた。鉱夫たちは塹壕に到着すると、あっという間に小さな堡塁を三つ作り、その背後には砂を掘って砲座を作った。敵が自分たちの側面を狙ったら、逆にその縦隊の横っ腹にありったけの弾を撃ち込むのだ。
扇たちが馬の手綱を近くの潅木にしっかり結びつけると、馬たちは神経質になっていて、食べることなどできるはずのない棘のような枝をがりがりと噛みつき、唇を切って血を流していた。
神経質なのは人間も同じだった。塹壕の向こう、竜舌蘭畑のあいだに開いた道には人、馬、装甲兵器がひしゃげて転がっていて、そして、今もなお斜面を登ろうとして、歩兵隊と騎兵隊が爆風に煽られ、酔っ払いのようによろめきながら前進を続けていた。砲弾が破裂するたびに土や肉や武器が弾け飛び、決して薄れることのない白と黒の煙が畑に開いた穴からもくもくと湧き続けていた。濃密な砲煙が前衛部隊の姿を隠して、数分が経つと、まず騎兵が退却してきた。出撃したうちの半数も帰ってこなかった。割れた水甕のように血が止まらない腹を片手で押さえたり、馬を失ったらしい戦友と二人乗りで戻ってきたり、あるいは既に死んでしまって足が手綱にからまって、地面を引きずられているものもいた。騎兵たちは塹壕の前で右に曲がり、丘を越えるための道へと走り去っていった。
そのあいだも両軍の大砲が狂ったように弾と火を吐いていた。
「百姓たちがやられたぞう」
キリシタン大隊から声が上がった。追い討ちの砲火のなかを百姓大隊の兵士たちがちりぢりになって逃げていた。
「馬鹿野郎、戻れ! 戻れって言ってんだ、腰抜けども!」
馬にまたがった士官が刀身の腹で逃げる部下を打ちながら叫んでいた。だが、百姓兵たちは扇たちのいる塹壕に飛び込み、そのまま丘を這い登っていった。百姓兵たちは藁で編んだ笠をかぶっていたが、どの笠も火薬で焦げ、黒ずんでいた。その下からは恐怖で動転した目がかっと見開かれていて、やつらが来る! と何度も繰り返しながら西へ西へと逃げていった。




