七の二十三
「扇、もう寝てる?」
時乃が天幕の外から声をかけてきた。
「いや」
扇は半身を起き上がらせた。
「まだ起きている」
時乃が入ってきた。どこかで沐浴をしたらしく、髪が濡れている。ズボンに色あせた赤のフランネルシャツの軽装で銃を腰から下げていたが、上着もネクタイもしていなかった。
「眠れないのか?」
「銃を撃つことについて考えていたの」
「殺したやつに同情してるのか?」
時乃は、ううん、と首をふった。
「殺したやつらは死んで当然のやつらばかり。わたしが殺してなければ、やつらがわたしを殺して、それに他の罪のない人を殺す。それにわたしはいつも祈る時間を五秒間与えてきた」
「ああ。公平だな」
「そう思う?」
「おれは誰かを殺すときには後ろから口を塞いで喉を掻き切ってきた」扇は左手で自分の口を塞ぎ、右手の人差指でさっと自分の喉を撫でた。「祈るどころか、自分が死んだことにだって気づかなかっただろうな。それに比べれば、あんたのやり口は慈悲がある。とはいっても、ほんのわずかだが――」
「わたしが、祈る時間をやつらに与えてきたのは、わたし自身がやつらのようにならないため。そう思ってきた。でも――」
「でも?」
「最近、思うの。わたしが五秒時間を与えたのは、やつらの体に恐怖が染み込むのあを楽しむためだからじゃないかなんて」
「……」
「人を撃つたびに、わたしはやつらと同じところへ落ちていくのかもしれない。あの人もそれを心配して、ああして遺書を書き残してくれた。でも、わたしは――」
「――撃ち続けることを選んだ」
「そう」
「でも、撃ったのは人間のクズどもなんだよな?」
「うん」
「別に問題はないと思う。おれたちが思っているほど、普通の人間は普通じゃない」
「どういうこと?」
「上役とか姑とか、憎い誰かをじわじわ嬲り殺してやりたいと思っているやつらは世間一般でいう普通の人々のなかにも大勢いる。そいつらがそうしないのは、手段と度胸と社会的制裁を受ける覚悟がないだけで、こんなふうに戦争とか革命とか、世の中がめちゃくちゃになれば、結構な数の普通とされた連中がどさくさに紛れて、平気で人を殺す。そして、今、おれたちはめちゃくちゃな世の中の真っ只中にいる。自分がおかしいんじゃないかと自覚できるだけ、まだ正常だと思う」
「……」
時乃は黙り込み、目線を下に移した。自分の爪先を見ているようだった。もちろんそこに答えが書いてあるわけではない。たぶん答えは出ないだろう。ただ、はっきりと分かることは時乃が大統領の額に銃を向けたとき、必ず祈る時間を五秒与えることだけだ。
「ごめん。寝ようとしてたところを邪魔して」
時乃はそう言って、天幕の外に出た。
扇は横になり、自分がしゃべった内容を吟味してみた。〈鉛〉をやめて、天原で暮らして以来、自分なりに出した生きることとの付き合い方を話したつもりだった。もちろん、それは完璧には程遠いし、最近、考えはむしろ足踏みをしている。
りんなら、きっと何かいいやり方で時乃を慰めることができるのだろう。天原に行ったら、一度勧めてみるのもいいかもしれない。
それにすずの存在を見れば、難しいことを考えて生きることがアホらしくなる。
時乃は時千穂道場に行くべきだな。
そう考えたところで、扇は大きく欠伸し、やってきたまどろみに身をまかせた。




