一の十二
気配を感じたのは、万膳町から五分ほどのころだった。殺そうにも殺しきれない殺気だ。〈鉛〉はわざと人通りのない脇道に反れて、「連中」が出てきやすい場所まで歩いてやった。
草に埋もれた稲荷の祠がある小さな池の畔で足を止めた。
一人、また一人と、夜戦服に身を包んだ「連中」が姿を見せる。合計五人。〈鉛〉は全員の顔と番号を知っていた。
「三三二〇番、定時連絡を欠かしたな」
そう言ったのは三三一五番だった。〈鉛〉と同い年くらいで、腕はそれなりにいいが、〈鉛〉よりかは落ちる。だからといって、〈鉛〉に手も足も出ないというわけではない。相手は剣と手裏剣で武装していて、こちらは丸腰、人数も相手が上なのだから、三三一五番がその気になれば、〈鉛〉の命はたやすく奪える。
だが、まだその気はないらしいと〈鉛〉は思う。〈鉛〉自身、仲間の粛清を行ったことは何度かあるが、言葉などかけずに一気に殺す。わざわざ定時連絡のことを持ち出したところを見ると、機関はもう少し〈鉛〉を利用するつもりがあるらしい。
もっとも、と〈鉛〉は自分を囲んだ暗殺者たちを見て思う。死刑がほんの一日延びただけだ。
〈鉛〉はいっさいの嘘も偽りも混ぜず、事実を話した。このなかで最年長で指揮を取っていると三三〇四番が再度確認する。話が信じられないのだろう。それは〈鉛〉も同じだ。ここでは物事は〈鉛〉の尺度では動かない。
五人のうち二人は少女で五五〇九番と五五三三番が指揮官に目で合図するのを〈鉛〉は見て取った――今すぐ斬るかどうかたずねている。
三三〇四番は注視しなければ分からないくらい小さく首を横にふった。
「〈的〉をおびき出す手立てを講じろ。その三人の護衛から離せ。後はおれたちでやる」
「〈的〉はおれが自分で仕留める」
「機関の命令だ。お前は支援にまわって、〈的〉をおびき出せばいい」
五人の〈鉛〉は現われたときと同じくらい静かに姿を消した。
任務が完了したら、おれは殺されるな。
白寿楼へ戻る道でそう考える。
別にいい。本当だったら、二日前に死んでいるはずの身だ。
今度こそ〈的〉は仕留められるだろう。
そう思うと、胸に妙なものを感じる。
自分の命には簡単に諦めがついたのに、〈的〉の命に諦めがつかない。