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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第七話 荒野の扇とネイヴィ・コルト
107/611

七の八

 発砲音を聞いた泰宗は調べていた客室を放り出して、二丁の銃を抜き、一階へ駆け戻った。

「扇! 無事ですか!」

 返事を待つのがもどかしく、泰宗は受付事務室の半開きを扉を蹴り開け、撃鉄を上げたままの銃を前へ突き出して、厨房へ躍り込む。

「う、くっ、殺せ!」

 扇に腕をねじり上げられて、膝で背中を押す形で床に押しつけられた少女が叫んでいた。そのあいだも、扇の足は少女の海軍用コルトを部屋の隅へと蹴飛ばしていて、少女が頭をふりまわさないよう、首の付け根を苦無の柄で押さえつけている。

 その視界を、ちらりと何かが遮った。泰宗が上を見ると、銃弾で開けられた天井の穴が漆喰の塵を落としていた。

「大丈夫なら大丈夫と言ってください」

「すまない」

 泰宗は少女の顔を覗き込むためにしゃがみ込んで、懐から銀板写真を一枚取り出した。

「これを見てください。これでわたしたちに敵意がないことが分かりますから」

 少女の目に見えるように差し出した写真は泰宗が二十歳、関介が天原を去るときに白寿楼の前で撮影したものだった。関介は泰宗が弾を抜いた銃だけで無頼漢を黙らせることができたのを見届けて、引退を決めたのだ。

「扇、彼女を放してあげてください」

 扇が手を離して、ゆっくり少女の体から退く。

 泰宗は少女が写真を手にして、穴が開くほどじっと見ているあいだに少女の銃を拾った。

「ネイヴィ・コルトですね。関介さまのですか?」

 少女は写真を見つめたまま、こくりとうなずいた。

 泰宗は回転弾倉を開けると、バネを引いて実包を一発取り出した。その弾丸を歯で噛んで取り外し、中身を手のひらに開けた。

 黒色火薬がさらさらと流れ出た。

「この銃に実弾を込めたんですか――」

 少女はまたうなずいた。

 思わず嘆息が漏れた。この銃で人を撃つ。それを咎める権利は泰宗にはない。

 それは分かっていても、どうしても悲しくなる。

 古い銃に走った鈍い光で記憶が呼び戻される。泰宗はそれに抗わなかった。


 ――よく、見ていてくださいね。

 泰宗はそう言って微笑み、スコフィールド銃を折ると、男たちの目の前で一発だけ弾を抜いた。そして、輪胴を勢いよくまわして銃身を戻した。

 そこから一味の親分らしい男の眉間を狙って引き金を引くまでに二秒とかからない。

 かちん、と撃鉄が空の薬室を叩いた。

 相手の男は腰からへなへなと力を失い、その場にへたりこんだ。

 ――では、銃を預けてください。お客人。

 銃が保管箱に入れられる。荒くれ相手の武器の取り上げを任されたその日、泰宗は十七歳になっていた。

 関介がその仕事ぶりを評した。

 ――きみはずいぶんと勇気のあることをするねえ。

 ――あなたの真似ですよ。

 ――わたしはあんな賭けは恐ろしくてできないよ。

 ――また、そんな冗談を。初めてわたしと会った日に、やったではありませんか?

 ――いや。やってないと思うがね。

 ――やりましたよ。自分を必要のない人間だといじけていたわたしをあなたがああやって立ち直らせてくれたんじゃありませんか。

 ――……ひょっとして、そのとき使った銃はネイヴィ・コルトじゃなかったかな?

 ――そう、かもしれませんが、それが何か?

 言うよりもこっちのほうがはやいとばかり、関介はネイヴィ・コルトを抜いて撃鉄に左手をそえると、泰宗に向けて腰だめに六度引き金を引いた。

 顔色を青くする間もない早撃ちだった。

 関介は説明した。

 ――ネイヴィ・コルトはハッタリ用なのだよ。弾ははめてあるが実包に火薬がつまっていない。だから、どうあっても弾は飛び出さない。だが、そんなことは相手には分からない。効果抜群のちょっとした工夫だ。

 ――……あなたは悪い人です。

 ――自分でもそう思う。だが、今、こうしてきみは歩いているし、あのならずものも富くじ一等並みの強運のおかげで頭を吹き飛ばされずに済んだ。終わりよければ、すべてよし。そうではないかね?

 関介が笑う。

 泰宗も笑うが、それは少し苦い。

 ――あなたは、本当に、本当に悪い人です。

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