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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第七話 荒野の扇とネイヴィ・コルト
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七の五

 ――関介さま。銃を持った一団が飛行船発着場で悶着を起こしているようです。

 泰宗が言う。今では十四歳になり、背も伸びた。剣だけでなく、銃も扱えるようになり、脇の下にスコフィールド銃を吊るしていた。だが、一番の変化は天原の白寿楼に来て以来、目に自信が宿るようになったことだ。

 ――すぐに向かってほしいと楼主が……。

 ――珈琲を飲み終わるまで待ってくれるかね?

 ――わかりました。

 関介は珈琲をたっぷり時間をかけて味わい、次にパイプを取り出して、バージニア種の甘い匂いがする煙草をつめて、マッチをすった。

 ――よし、行こう。

 関介が立ち上がると、糸のような紫煙がほどけるように渦を巻いて、関介の影についていこうとした。

 関介も泰宗も洋装姿である。

 見世の表口から平気な顔で外に出ると、妓夫の権蔵に話しかけた。

 ――やあ、筒袖の。景気はどうだね?

 ――飛行船の悶着が収まらないと客足が遠のいちまいますよ。

 ――それなら、もうじき解決する。それよりも、あずかってもらいたいものがある。両手をお椀のようにして、こっちに出してくれ。

 権蔵が手を出すと、関介は陸軍用コルトを抜いて、排莢バネを引いて六発全部の弾を権蔵の手の中に落とした。

 ――弾をあずかっていてもらいたい。生きて戻ってこれたら、返してくれ。

 ――旦那。これじゃ丸腰も同じじゃあないですか。

 ――その通り。試してみたいことがあるんだよ。


 親衛隊騎兵たちの馬は舌を鳴らせば前へ進むくらいに慣らされていて、鞍の上に座る人間については誰でもよいらしく、深くこだわらなかった。鞍は和洋どちらの鞍にも精通した職人によるらしく、双銃身のライフルや反り返った太刀を収納できる革製の円筒が鞍の左右に固定されていた。鞍の前橋は余った手綱を巻くことができるようにくびれていて、余裕のある造りで鞍の上であぐらをかくこともできた。

 砂漠の街道で泡汗を噴く馬を前へ前へと抑え目に駆りながら、扇と泰宗は自論を交し合った。つまり、到着早々、独裁者に対して宣戦布告をしたことが賢いことかどうかをだ。

 答えはすぐに出た。

 こんな狭苦しい独裁者の世界には我慢が出来ない。我慢は時に忍耐と呼ばれて心と体のためになる美徳とされるが、罪のない老人を何の躊躇もなく撃ち殺すような独裁を我慢することは体に悪いし、心も腐る。それに扇と泰宗が独裁者の枷に煩わされたくなければ、暴れるだけ暴れて、独裁者の部下たちをやっつけられるだけやっつけてしまうのがいいのだ。というのも、独裁者とその下僕たちは弱いものに強いが、強いものには弱い。しゃぼん玉売りの老人や小さな女の子相手にはいくらでも強気でいられるし街中で銃殺もできるが、たった二本の棒手裏剣で騎兵を殺せる少年や、親衛隊一個分隊をその車ごと蜂の巣にした優男に対しては弱気になり、こそこそと逃げる。

 もちろん、ひざまずかせた親衛隊大尉を情け容赦なく処刑した少女も恐怖の対象だ。

 あの少女は何者なんだろう。あの桔蝶みたいに悪人を処刑することを自分の使命と心得た処刑屋だろうか?

 町を出て、線路沿いの道を馬で進むとすぐに武装した騎馬親衛隊が彼らの後を追ってきた。百間の距離まで詰められると、泰宗は特殊実包一号を装填したシャープス銃で先頭を走る隊長を撃った。銃身が派手に跳ね上がったが、泰宗は何とか反動を制した。一方、弾丸のほうは追撃隊の隊長を胴から真っ二つにした。追撃隊は町に逃げ帰った。

 途中、小さな村で馬に水を飲ませていると、また親衛隊がやってきた。新しい隊長は装甲板を前面に張った蒸気自動車に乗っていた。

 泰宗が特殊実包一号を発射して、装甲板の後ろから指揮をしていた中尉の胸に鳩が飛びぬけるほどの大きな穴を開けると、親衛隊はまた逃げ出した。

 日が西へ傾き始めたとき、三度目がやってきた。親衛隊ではなく、陸軍の騎兵隊だった。蒸気装甲車二両を伴った騎兵隊が密集隊形でやってきたので、泰宗は背中に西日を背負って、視界で優位に立ってから、隊を指揮している少佐を狙って撃った。

 弾は日除け帽をかぶった少佐の頭をごっそりさらっていって、それから後ろにいた騎兵七人の体を貫通した。それぞれが腕、胸、腹、肩をえぐられ、弾丸は最後に一人の背骨にめり込んでようやく静止した。

 蒸気装甲車を含めた全員が逃げていった。

「これだけやれば、もう好き好んでわたしたちを追いかけはしないでしょう。秘密警察と電信で張り巡らされた情報網はわたしたちを地獄の使いか何かのように騒ぎ立て、彼らをおびえさせます。むしろ向こうから逃げていくはずです」

「そんなもんか?」

「独裁者に仕えている兵士の忠誠心はそのくらいのものです。彼らは独裁者の下で甘い汁を吸いたくて警官や士官になったのです。わたしたちが彼らが普段小突き回している犠牲者たちとは違うということが分かったはずです」

「それも大統領がおれたちに賞金をかけるまでの話だな」

「鋭い読みですね。そのとおりです。大統領はおそらく、わたしたちが自首したくなるほど魅力的な額の賞金をわたしたちの首にかけるでしょうね。まあ、自由に動けるうちにできるだけのことをしていきましょう」

「どこに行くつもりだ」

「関介さまのホテルへ行くつもりです。わたしは関介さまを殺した下手人に引導を渡すつもりです。だから、なぜ関介さまが殺されたのか、その理由を知る手がかりがあるかもしれないホテルは是非とも訪れなければいけません。ああっ、ただ、主がいなくなったホテルは略奪のいい的です。ひどく荒らされていることでしょう」

 泰宗は悲しげに首をふった。

 ホテルがあるのは王子堂という小さな町の外れだった。大きな砂丘のあいだから海の風が吹く場所に冷たい真水の湧く池があり、関介はそこに洋式のホテルを建てたのだ。

 だが、憲兵たちの鞍についていた地図で見るかぎり、王子堂まで行く前に砂漠で野宿をしなければいけなかった。

 見事な夕暮れから藍へと転じた夜の空には星がかかり始め、気温は温みが星に吸い取られるようにどんどんと低くなっていった。地図を頼りに一番近い湧き水のあるところで野営をした。

 砂の浅い谷底では湧き水がその水面に映った星空を曲げたり、二つに分けたり、渦を巻いて一点に集まらせたりしながら、星の光をもてあそんでいた。尽きることのない水の躍動は水底の砂を絹のように波打たせ、頑丈な馬と二人の人間の渇きを癒してくれる。湧き水のまわりにあるのは豆をつけた潅木の木立と蔓草に覆われた小さな社、あとは砂のなかに埋もれた瀬戸物の福禄寿と錆びた火縄銃があるのみだった。

 丸い月が東に吊るされ、四方の砂の丘は蒼ざめた銀の粉をまいたように息づいた。

「あんたが先に休むといい」扇が言った。「肩を労わったほうがいい」

「それではお言葉に甘えましょう。実はさっきからじんじんと痛んでしょうがなかったのです」

「火薬中毒者と久助の発明品だからな」

「しかし、たった三発で独裁者の軍隊に恐怖を植え付けたのだから、大したものです」

「これは寿にも言ったことだが――」扇は困った顔で言った。「あいつらを誉めたりしないほうがいい。図に乗って天原全体が落っこちるようなとんでもない真似をしでかすだろうから」

「肝に銘じておきます」

 泰宗はエジプト煙草を二本楽しんだ後、上着を脱いで丸めて、枕代わりにして横になった。毛布の上を風が滑るように通り過ぎているのを肌で感じながら、まどろんだ意識は過去へと飛んでいく。


 ――おお、いるな。あれだ。

 関介が嬉しそうに言う。

 飛行船発着場にいる荒くれは七人でみな回転式の拳銃を帯に差し、看板を蹴り倒したり、俥夫を睨みつけたりと好き放題にやっていた。発着場の係員は殴り倒されて目をまわしていた。

 ――泰宗。きみは後ろで見ていてくれ。

 ――援護します。

 ――いや、何もしないで見ていてくれ。

 ――しかし……。

 ――言っただろう? 試してみたいことがあるんだ。

 関介は左手にステッキを、そして右手を腰に差した銃の――弾の入っていない銃の握りに置き、悠然と歩いていった。

 荒くれの頭らしい鬚の大男が関介を睨みつける。

 ――なんだ、おっさん。何か用か?

 ――ええ。その通り。お客人。聞いた話では銃を預けようとしないとうかがったが、これは事実ですかな?

 ――だったら、なんだ?

 ――是非とも、飛行船発着場の事務所に預けていただきたい。天原で全てのお客人が楽しいひとときを過ごすための決まり事なものでね。預かった銃は責任を持って保管し、お帰りになるときにお返ししよう。

 ――すっこんでな、おっさん。

 頭目らしい男はずいっと関介の前に詰め寄った。

 ――つまり、銃は預けないと?

 ――そうだ。とっとと失せな。さもねえと――。

 ――さもないと?

 頭目の言葉が凍りついた。泰宗のいる場所からは関介の表情は見えない。

 関介は小柄で、相手は大男だ。現に関介は相手の顔を見るために、下から見上げなければいけない。

 頭目は左右に目をやり、自分を合わせて七人の銃を持った男がいることを思い出して、声を大にした。

 ――一対七だぞ。おっさん。敵うと思ってんのか?

 ――いや。たぶんわたしは死ぬだろう。

 頭目の声が上ずっていたのに対して、関介の声は川底の石のように落ち着いている。

 ――銃の構造を考えれば、明らかだ。リヴォルヴァーというのは、おおよそ装弾数は六発を決まっている。だから、わたしがいかに速く抜いて、きみたちに一発ずつ撃ち込んでも、最後の一人に撃ち殺される。ただ、問題は誰が最後の一人になれるかということだ。チャンスは平等に与えられている。

 つまり、六人は確実に殺す、と宣言しているのだと分かり、荒くれたちの顔色が変わる。

 泰宗の顔色はもっとひどいものだったろう。六人も殺せるわけがない。あの銃には弾が入っていないのだ。

 にもかかわらず、関介はパイプをくゆらせながら、まるで商品を説明する反物商人のような口調で悠々と話す。

 ――誰が生き残れるだろうね? もちろん、きみが生き残る可能性は低い。なにせわたしの目の前にいるんだから、どうしてもきみを最初に撃たないといけない。おそらく弾丸は胃に飛び込んで、背骨を貫いて、後ろへ抜ける。背中の穴からは背骨の折れたものが飛び出すはずだ。だが、咄嗟に身を横に投げ出せば、生き残る機会はきみにも与えられる。機会はなるべく平等に与えられるよう努めるから、ご安心を。ああ、そして、問題は後ろにいる六人なのだが、そこの太っているきみ。やはり、きみも生き残る確率は低い。太っている以上、的は大きい。こちらは一人を殺すのに一発以上使ってはいけないことになっているから、どうしても的の大きいきみを撃たないといけない。左にいる小柄な二人は逆に生き残れる確率が高い。いかにもすばしこそうだ。きみたち二人のうち、どちらかは死ぬだろうが、もう片方は生き残れる。だが、もし、きみたちがお互いに離れ離れになるのも辛い親友同士であるのなら、二人とも撃ち殺せるよう努力しよう。それと一応、教えておくと、わたしは弾に十字の刻みを入れている。これだと、弾が体のなかで変形するから、内臓を全てやられて、撃たれた人間はかなりの高確率で死亡する。たとえ命を拾えたとしても、損傷は甚大なものになるから、一生足を引きずったり、腕が麻痺したり、小用を足すときに激痛が走る体になってしまう確率が高い。ひょっとすると、死んだほうがマシだったと思うくらいひどい目にあわせてしまうかもしれない。ところで、さっきから不思議でしょうがないのだけれども、どうして、きみたちは誰一人銃を抜こうとしないのだね? わたしがこうやって無駄にしゃべっているあいだにさっさと抜いて撃ち殺せばよいものを。

 勝負が決まったのは明らかだった。七人の荒くれは戦意を失っている。弾の入っていない銃しか持っていない関介相手に。

 荒くれたちは一人、また一人と銃を預けた。銃を手に取るときも、撃とうとしているように見られないため、人差し指と親指で輪胴をつまんで持ち上げた。

 全員の銃が預けられたのを見ると、関介は荒くれたちに深々と一礼した。

 ――ようこそ、天原へ。ごゆるりとお楽しみください。

 帰り道、関介はパイプを吹かしながら、お気に入りの懐中時計を取り出し、ガラスを磨いて、チョッキのポケットに入れた。

 ――意外とうまくいくもんだ。

 そして、白寿楼の前で権蔵から預けた弾を返してもらい、銃に込めなおした。

 ――実験は成功したよ。泰宗が証人だ。

 関介は権蔵にそう言って、茶目っ気のある笑みを見せた。

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