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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第七話 荒野の扇とネイヴィ・コルト
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七の三

 ――わたしは必要のない子なのです

 十二歳の少年が言った。

 ――どうして必要がないと思うのだね?

 壮年の紳士然とした男がたずねた。

 ――わたしは父上の九番目の子です。母上はわたしを産むのと引き換えに命を落としました。父上と兄上たちは言います。わたしは必要のない子だった、と。

 ――ふむ。本当にそう思うか?

 少年はこくりとうなずいた。その目は打ちひしがれた老人のようだ。

 ――やれやれ。

 壮年の男が首をふった。

 ――きみのお父上は大した人物だな。見世の掛けを取りに来た使いのものに、普段忌んでいる子に応対させるとは。

 壮年の男はベルトに差した海軍用コルト回転式拳銃を抜いた。そして、弾倉を開けて、排莢バネを引いて弾を一発だけ抜き取ると、撃鉄を半分だけ上げて、輪胴を適当にまわし、そして撃鉄を上げきった。

 壮年の男は少年の眉間に銃を押し当てて引き金を引いた。

 かちん、と音がした。

 突然のことに驚いている少年をよそに男は銃をしまいながら、

 ――きみの家族はこんなことはしてくれないだろう? たったいま、きみの命は六分の一の確率で助かった。それでも自分は必要のない命だと思うかね?

 少年はぽかんとしていて、答えることができない。

 ――きみ、名前は?

 ――え?

 ――いらない子とは言っても、名前くらいはつけてもらっているだろう? それを教えてくれたまえ。

 少年は少しためらったが、まるで諦めたようにぼそりと告げた。

 ――……九郎。頼村九郎泰宗です。

 ――では、泰宗と呼ぶことにしよう。わたしは関介かんすけ鏡条関介きょうじょうかんすけだ。よろしく。

 関介は笑いながら、少年の手を握った。

 ――掛けの取立てはあきらめよう。そのかわりにきみをつれていく。ここでは必要とされていないというなら、必要な場所へ連れて行こうじゃないか。

 ――……それはどこですか。

 関介は上を、天井よりも、屋根瓦よりも上にある、空を飛ぶ島を指差した。


 泰宗は目を覚ました。飛行船の窓から差した日が目にかかったのだ。天原を出発して、二時間と経っていないのに眠っていたらしい。

 見ると、隣の席に座っているはずの扇がいない。袴穿きの乗務員の女性がお連れさまはラウンジに行かれましたと泰宗に教えた。

 客室から船尾のラウンジに移動する。ラウンジは歩数にして三十歩ほどの半円を描く広さの甲板に籐の椅子六つと丸い机を三つ床に固定してあり、縁は胸の高さまである鋳鉄透かし彫りの欄干が巡らされている。

 扇は船尾のプロペラ軸の上の段に上がり、強い風に晒されながら地上の景色を眺めていた。

 そこには鳥取の砂漠が広がっている。砂漠は海岸線と山脈のあいだの平地に長々と横たわっていた。不毛の砂の海にいくつかの泉水が見えるが、まるで青空が千切れて落ちたように点々としている。水のまわりには抹茶をふりかけたような緑が生え、絞ると辛い油の出る豆をつける潅木が池面に影を落としていた。たいていは茅葺きの小屋が少しある程度だが、泉水がちょっとした湖くらいの大きさになると小さな町ができる。真っ白な光を跳ね返す砂の平野に人と物を運ぶ黒い鋼鉄の線が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。町、集落、小さな泉、交易所、硝石採掘場を結ぶ鉄道だ。

 鳥取砂丘が鳥取砂漠へと拡張したのはこの三十年のことだった。石炭を買う資力のない商人たちが蒸気機関の燃料のために木を伐採し始めてから、こうなってしまったのだ。産業の力がなければ、誰も住もうとは思わない土地で、そんな砂漠が見える範囲にずっとつながっている。にもかかわらず、住民がいるのは、砂漠化した後で採掘できるようになった硝石のためだった。火薬の原料である硝石を採掘できるのは日本でもこの鳥取砂漠だけであり、それゆえに利権が生まれ、鉄道が引かれ、盗賊団と装甲列車が跋扈し、独裁者が全てを独占しようとするのだ。硝石は火薬中毒者あこがれのアントファガスタ産に比べると質が落ちるが、それでも通常の軍の必要を満たすだけの量と質は保証されていた。

「ひどい土地だな」

 扇が言う。その眼下では小さな虫のように見えるロバ追いが砂漠のなかの鉄道に沿って焼酎を運んでいる。その姿は砂の光の渦に飲み込まれそうに心細い。

「あんたの恩人は本当にここの生まれなのか?」

「ええ。生まれたときは緑豊かな土地だったと聞いています」

「砂ばかりだ。森が無い。それに十一月にしては気温が高い。こんなところで洋式のホテルなんて建てられるのか?」

「豊かな泉水のそばに土地を買ったと聞いています。ただ、主が亡くなってからも建物があるかどうか怪しいですね」

 どぉ、ん、と腹の底に響く砲声が聞こえた。

 丘の向こうの、遠くの線路の上で商会の装甲列車と鉄道盗賊団が砲火を交えていた。回転砲塔を持つ装甲列車が火を吹くたびに火柱が上がり、盗賊が細切れに飛び散った。だが、盗賊たちの仕掛けた爆薬が線路を吹き飛ばすと、装甲列車はそのまま次々と脱線していき、金属の裂ける耳障りな音を引きながら砂丘の谷間へと落ちていった。盗賊たちは谷の上から乗員を銃と手榴弾で皆殺しにして、ゆっくり獲物をいただくつもりらしい。

「この国はどうなってるんだ?」

「一応、フランスを模範とした共和国ということになっています。ただ、この二十年は一人の独裁者が支配しているそうです」

「独裁者に盗賊団に装甲列車、そして砂漠か。とんだ場所を引退の地に選んだな。あんたの恩人は」

「故郷との絆がそれだけ強かったということでしょう」

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