七の二
地下は細長い造りの部屋だった。洋灯が下がった部屋の向こう十五間離れた位置の天井まで五本の自動滑車が伸びていて、今、滑車は五つとも扇たちの目の前にあった。火薬中毒者がぼろぼろのフロックコートを着せた等身大の藁人形を持ってきた。鉄製の胸当てをつけて、その上に火薬中毒者は憎々しげかつ勝ち誇ったように勢いよく『電気主義者』と殴り書きした。久助と火薬中毒者は五人の電気主義者を苦労して持ち上げて、滑車に引っかけた。久助が胡桃の握りのある槓桿を引くと、蒸気機関につながれた滑車はあっという間に五人の電気主義者を十五間離れた位置まで引っぱっていった。電気主義者たちのぶらさがる後ろには砂嚢が積みあがっていて壁を塞いでいた。
久助はこの施設を射撃実験場、火薬中毒者は処刑場と読んでいた。
「とりあえず、おれと火薬中毒者でこれはと思うのを用意したぜ。どれを持っていくかは試しに使って決めてくれ」
彼らのそばには上の階にあったものと同じ作業台が置いてあった。ただし、その台の上には絵の代わりに、さまざまな大きさの銃火器とさまざまな口径の実包がずらりと並べてあった。
「まずはこれ」
そういって久助は長く大きなライフルを取り上げた。
「泣く子も黙るシャープス・ライフル。元々は紙製薬包と雷管を使ったが、操作の簡略化と、より強い実包を装填するために金属薬莢式に改造した。引き金のまわりの用心金がレバーになっていて、これを操作して、薬室を開け、そして閉じる。アメリカじゃ、こいつでバッファローっていう牛を強くしたみたいなでかい生き物を撃つんだが、それじゃ面白くないので、ちょっとした工夫を加えてみた。火薬中毒者」
「はい」
火薬中毒者が特殊実包なるものをポケットから取り出した。
「これはぼくが考えた小銃用五〇口径特殊実包一号です。見ていただければ分かりますけど、弾丸が鋭く尖っていますね。そうです。改良型弾薬の全力を鋼鉄板の貫通に費やした徹甲弾です」
「扇どの、試しに使ってみては?」
泰宗が進めたが、扇は顔をしかめた。銃などこれまで縁がなかったし、刀や絞殺用の鉄線なら分かるが、銃となるともはや機械の一種だ。
薦められるまま、特殊実包一号を装填したシャープス銃を手にした。銃を見るのは初めてではないが、知っていることと言えば、筒のどっち側から弾が発射されるのかくらいだった。
「目の前の照準が照先で銃口の上についてるのが照星です。その二つと的が一直線上に並ぶように狙ってください。あと、かなりの反動が来ます。腕を伸ばして肩で反動を受けてください」
言われたとおりにして、扇は引き金を引いた。
思い切り肩を突き飛ばされたような衝撃を受けて、後ろに引っくり返りかけた。そのまま頭をぶつけずに済んだのは、後ろで泰宗が念のために控えて、倒れてきた扇の体を支えたからだった。
久助が懐から真鍮製の折り畳み式望遠鏡を取り出して、ぶらさがった電気主義者を見た。
「おっ。命中してる。火薬主義者、的をこっちに戻してくれ」
滑車が滑って、扇たちの目の前に戻ってきた。鉄の胸当ての左胸の部分に一寸大の穴が開いていて、穴の向こうを覗くことができた。
「電気に未来をたくそうとした愚か者はみなかくのごとく」
「これなら、軍艦の装甲もぶち抜けるぜ」
好き勝手な感想で浮かれる久助と火薬中毒者に扇が冷や水を浴びせる。
「その前に肩が壊れる」
扇は外れた関節をごきんと鳴らして、元に戻した。わずかな隙間にもぐりこんだり、縛られた状態から抜けるために関節の外し方と戻し方を覚えていたからいいものを、もしそうでなかったら、一週間三角巾暮らしだ。
「これはわたしが使ったほうがよいようですね」
泰宗が言った。扇としても異論は無い。半次郎のように頑丈か、泰宗のように上背のあるやつが使うべき銃だ。
「でも、扇さんに銃の使い方を習わせるんですよね?」
「じゃあ、二つ目のやつだな。こいつは小型ミトレイユーズ砲だ」
戦国時代の抱え大筒のように見える銃だった。その銃身は蜂の巣のようで小さな銃口がいくつも開いていた。
「口径は三〇口径と小さいが、銃口が三十七個ある。ゼンマイを応用した撃鉄を使ってるから、弾を込めてゼンマイを巻いて引き金を引いたら最後、三十七発の弾が途切れることなく発射される。さ、撃ってみろ」
「どうして、おれがこんなこと……」
「だって、鳥取に行くんだろ? あそこじゃみんなが銃を持ってるから、刀だけで行こうものなら、あっという間にお陀仏だ」
「鳥取?」
一体、鳥取に何のようがあるのだ? と疑問の視線を泰宗に送る。泰宗は困った様子で微笑んで後で説明すると言った。
小型ミトレイユーズ砲を十五間先のぶらさがる電気主義者に向けて発射したが、銃そのものが釣り上げた鰹のように激しく躍りまくるので、銃口があらぬ方向へ向かないように必死になって踏ん張らなければいけなかった。
弾が撃ちつくされた。滑車が引き寄せられ、電気主義者の被った被害が明らかになった。三十七発のうち十八発は胸当てで跳ね返ったが、残り二十九発は鉄の胸当てを貫き、うち七発が背骨に見立てた藁人形の中心棒まで届いていた。
今度は何とか倒れずに銃の反動を制することができたが、肩がひどく痛くなる一方だった。
「本当はどこかに銃身を据えて使うんだ」
「そうなら、そうと前もって言え」
「いや。こいつを立ったまま使ったらどうなるか見てみたくてな」
「おれで実験するな」
「そう拗ねるなよ、扇。三十七発全弾を胸に命中させてるんだ。お前、才能あるぜ。もし、敵が三十人わっと襲いかかったら、こいつの引き金を引いて右から左へ薙いでやれ。皆殺しにできる。ただし、再装填に時間がかかるのが難だ」
「これも泰宗が使えばいい」
「じゃあ、次の銃だ」
また大きめの拳銃を持ってきた。ただ、それは回転式の拳銃なのだが、銃身の下により口径の大きな銃身があった。
「アレクサンダー・ルマット博士発明のルマット回転式拳銃。見てくれ、この銃身を。四一口径の拳銃弾用銃身の下に六五口径の散弾用銃身がくっついてる。普通の回転式は銃身は一つだが、こいつは二つあるってわけだ。いかした設計だろ? 実にいかしてる。ただ、もちろん、このままじゃ芸が無いので、改造させてもらった」
久助は銃の留め金をパチンと外して銃身を折った。九発の弾丸を込める輪胴の中心に大きな薬室が口を開けていた。
「こんなふうに銃身を折って弾を再装填できるようにした。元々は一発ずつ銃口から弾丸と火薬をつめて押し込んで雷管を取りつけなきゃいけないんだけど、そんなトロくさいことしてられないだろ? もちろん、銃身を折る方式にすると、銃自体の強度が落ちるんじゃないかという懸念はある。でも、おれの改造はそんなヘマはしない。接合部分は特に硬い鋼鉄を一寸の三百分の一の単位の精度で組み合わさるようにしているから、特殊実包の発射にも耐えられる」
「また特殊実包か」
「そう呆れないでください」
火薬中毒者がまた実包を取り出した。一号のように長い薬莢ではないが、弾頭が真っ赤に塗られている。
「二号は焼夷散弾です。これを食らったら、めらめら燃えます。ささ、どうぞ手にとって見てください」
扇はとりあえず、ルマット銃を手に取った。鈍器のように重い銃だったが、銃身を折る機構は実に滑らかに作動し、簡単に弾が装填できた。
「撃鉄の上についている出っ張りを上げれば、撃鉄が中心銃身用に切り換わります。まあ、撃ってみてください」
拳銃弾の反動は大きいが耐えられないほどではない。撃鉄を教えられた通りに切り換えると、この重い銃はとてつもなく大きな火球を吐き出した。的の電気主義者がごうごうと煙を巻き上げて激しく燃えている。
ただ、銃が重い。扇は自分の戦い方の持ち味は素早さだと思っている。こんな重い鉄の塊を腰に下げていたら、満足に戦えないだろう。これも泰宗のものになり、泰宗は右脇の下にもう一丁吊るせるように革の装身具に銃嚢を増やした。
「次は特殊実包第三号だ」
「その特殊実包はあといくつあるんだ?」
「これで最後です」
「それはどんな弾なんだ?」
「一言で言うなら、首チョンパです」
「……なに?」
久助が説明を代わった。
「ノコギリ状になった長さ一尺の針金がぐるぐる巻きになって実包に詰まってる。その針金の両端に錘がついていて、発射するとぐるぐるまわりながら、飛んでいく。当たると首や腕がスパンと跳ね飛ぶ。胴に当たれば刀でざっくり斬ったような傷ができる。こいつはちょっとした工夫の逸品だ」
扇のジトッとした目線が二人の技術者をねめつけた。
「……お前ら、普段からこんなことばかり考えて生きてるのか?」
「はい」と火薬中毒者。
「そうだぜ」と久助。
どうしてこいつらはそれをこんなふうに誇らしげに認めることができるのだろう? 扇は呆れながら、双銃身の散弾銃を受け取った。
「まあ、撃ってみれば分かる」
二つの撃鉄を上げて、引き金を一気に引いて、二発の切り裂き弾を発射した。一つは電気主義者の左足を膝から切断し、もう一発は右脇腹から左胸へと針金がざっくり切り裂き、食い込んだ。
「これも――」
「これ以上は持てませんよ。扇、それはあなたが持ち歩いてください」
「そんな露骨に嫌な顔するなよ」久助が言った。「持ち運びしやすいように担い革をつけてやる」
「しかし、参りましたね」泰宗が新しい銃を銃嚢に納めて言った。「扇どのにも一丁、回転式を持たせたいとおもっていたのですが」
「あと残ってるのは、これだけだな」
久助が取り出したのは銃身が長い回転式拳銃だった。
「海軍用コルト回転式拳銃。いわゆる、ネイヴィ・コルト。三六口径。六発装弾。本当は雷管式だったのをコルト社が金属薬莢を使えるようにした」
久助の説明はぞんざいで、火薬中毒者もあまり熱意を示さない。その理由を尋ねると、この銃は市販されているものと同じで、二人による改造が施されていないというのだ。
それを聞いて、扇はこの銃を持ち歩くことに決めた。
久助と火薬中毒者は店を出て行く扇にしつこく付き纏い、そんなつまらない銃で本当にいいのか、もっと他にも試作段階のすごいのがある、それも試してみるべきじゃないのか、と小型の大砲のような代物や命中すると弾丸が体のなかででんぐりがえりを打って、内臓をめちゃくちゃにする六角形のつくしんぼみたいな弾丸、拳銃の銃口に差し込んで発射できる小型榴弾などあれこれ持ち出した。久助と火薬中毒者が言うには、これらの武器は世界で用いられる平均的銃器となるように運命が定められていて、いずれ勃発するであろう世界戦争はこれらの新兵器が使われるらしい。
それが事実だとすると、世界の未来は暗黒に閉ざされているといってもいいだろう。
二人を振り切り機械町を後にすると、扇は泰宗に詰め寄った。
「そろそろ説明してもらおう。おれを機械町に連れて行ったのは久助と火薬中毒者のいかれっぷりを見せるためじゃないんだろ?」
「そうですね。あなたには話さなければいけません」
泰宗は道の向こうの遊廓を縁取る灯を眺めた。
「昔、白寿楼の用心番をしていた人が亡くなったのです」
「――殺されたのか?」
「どうやら、そのようです。あの方が白寿楼をやめたのは七年前です。故郷の鳥取に戻って、ホテルを開くと言っていました」
「ホテル?」
「ええ。旅籠でも宿屋でもなく、ホテルです」泰宗は思い出し笑いをしながら、「洋式の本格的なホテルを建てるのが夢だと言っていましたっけ。とても西洋にかぶれた方で、わたしが洋装をするようになったのも、銃を使うようになったのも、その方の影響です」
「恩人の仇討ちか?」
泰宗はうなずいた。
その目に映った遊廓の光は車輪のようにまわり出し、過去の言葉と面差しが目の奥で甦った――。