083 王子に仕える槍と我侭な木剣
学院での武闘鍛錬の様子です
俺の名前は、ダースー=ダータス、魔法王国ミハーエのダータス領主の息子の一人だ。
領主を継ぐ兄貴と違い、俺は、王族の護衛騎士として中央にいくつもりだ。
その護衛相手は、同じ年のリースー=ミハーエ。
現在の所、第三王子だが、その強い魔力と人格で必ずや次期国王に成れると考えている。
だからこそ、俺自身も強くなり、何人からもリースーを護れる騎士になろうと頑張っている。
その為、初日の講義が終わって直ぐに、武闘の館に併設された広場で鍛錬を続けている。
正直な話を言えば、ただの訓練と言うならば、この学院生活は、マイナスでしかなかった。
領地に居れば優れた騎士は、幾らでも居るが、在院生だとまともにやりあえる人間は、皆無。
模擬戦をしてためになると思った相手も去年卒業したソーバトの次期領主、オーラー殿ぐらいだった。
それとて今年の俺だったら圧倒できる自信があった。
そんな事を考えて居ると、新入生が一人やって来た。
王族への挨拶の時に見た見た事がある、ソーバトの領主一族の一人、オーラー殿の弟、コーラー殿だった。
木剣を持って素振りするコーラー殿を見て感心し、俺から近づき声を掛けた。
「新の神の御声が届いておりますでしょうか?」
慌てて振り返りコーラー殿は、姿勢を整え、こちらが上級生な事に気付き、敬意を籠めて答える。
「新の神の御声にコーラー=ソーバトがありました」
「ダースー=ダータスもある幸運を神に感謝致します」
挨拶を終えてから改めて告げる。
「その年でそれだけの技量をもつとは、流石は、オーラー殿の弟君だ」
嬉しそうにするコーラー殿。
「ダースー様にそういって頂けるのでしたら光栄でございます。ダースー様の事は、兄上から何度も聞かされています。自分を抜かせば武闘に関しては、学院で一番強かったと」
「オーラー殿にそう言って頂けたのなら光栄だ。ただ、残念なのは、今年、戦えない事ですかな」
俺は、正直にそう答えた。
「出来ましたら一手、お願いできますか?」
コーラー殿の言葉に私は、手に持った槍を見せる。
「俺は、槍の使い手だが宜しいかな?」
「問題ございません」
コーラー殿の言葉に俺は、好感を持てた。
武闘を携わるもの、こうでは、無ければいけない。
模擬専用の木製の槍に変えて構える。
「刃の神に恥じぬ戦いを」
「刃の神に恥じぬ戦いを」
誓いの言葉と同時にコーラー殿は、鋭い踏み込みから、一撃を放ってくる。
それを受け止めて俺は、嬉しくなる。
「見事な腕だ。これは、卒業する頃には、良い戦いができるかもしれない」
そう思わせるだけの技量があった。
その後も、何度か打たせて、力量を測る。
とても新入生とは、思えない技だったが、だが、それでも俺には、まだ程遠い。
木剣を受け止めてから力尽くで大きく押し返し、槍の間合いをにすると、即座に連続突きを放つ。
何発かは、弾き、避けるが、そこまでが限界だった、木槍の刃がコーラー殿の喉下に当たる。
「参りました」
「良い戦いであった」
そう言って俺が善戦を褒めた時、横から声が掛かる。
「どこが良い勝負なんですか。良い様に弄ばれていただけじゃん」
その声の方を向くと一人の少女が居た。
新入生としても小さな少女、中々見栄えが良い少女だったが、こちらも見覚えがあった。
コーラー殿と同じソーバトの領主一族、あのアーラー様の娘、確かカーレー殿と言った筈。
カーレー殿は、コーラー殿に近づいていって告げる。
「果敢に攻めるのは、良いけど、最後の方は、通じない焦りで攻撃が荒くなって居た。通じないなら通じないで、攻撃の精度を上げる事で相手の攻撃を牽制する事も出来るんだからね」
その言葉は、正確にあの戦いを捉えていた。
「言われるまでもないわ!」
反発するコーラー殿を尻目にこちらを見てカーレー殿が頭を下げる。
「新の神の御声が届いておりますでしょうか?」
それから始まる一連の挨拶を終えて俺が尋ねる。
「カーレー殿も武闘を?」
「あちきは、まだまだ未熟な腕前です」
そう答えるカーレー殿言葉に嘘偽りは、感じられなかった。
「そうか、鍛錬、頑張ってくだされ」
そう答え、俺は、その場を後にした。
離れながら俺は、アーラー様の伝説を思い出す。
学院に不動の記録を残した天才、魔力なしという一転を除けば、間違いなく学院史上最高の成績を残した貴族。
こと、武闘においては、絶対を誇っていたダータスに土を着け続け、遂には、その汚名を返上する事が出来ないまま学院を卒業されてしまった。
興味が無いといえば嘘になる。
しかし、相手は、少女で新入生、とてもでは、無いが模擬戦を挑む訳には、いかない。
そんな事を考え振り返ると、そこに面倒な奴が現れた。
ルーズー=ターレナ、ターレナの次期領主。
魔力も高く、そこそこの実力を持っているのは、確かであるが、俺に言わせれば中途半端なのだ。
なにより、実力以上に高いプライドがあり、少々目障りな存在でもあった。
「ソーバト程度が誇る武闘等、私の前では、無力だとしれ!」
そうコーラー殿を挑発している。
そう言えばルーズーは、オーラー殿にまるで勝てないままであった。
それなのに事あるごとに勝負を挑んでいた。
時には、俺との勝負の直後、疲れていたオーラー殿に勝負を挑んだ時は、流石に俺が止めたが、今度は、その弟、コーラー殿をターゲットにしたのか。
年齢以上の技量をみせるが、まだコーラー殿には、勝てない相手、俺が仲裁に入ろうとした時、カーレー殿が前に出た。
「コーラーは、今、戦ったばかり、代わりにあちきが相手を致します」
一瞬、不愉快そうな顔をみせたがルーズーは、ニヤリと笑う。
「良いだろう」
こうして二人が戦う事になった。
木剣を構えたルーズーは、自信たっぷりに告げる。
「安心しろ、手加減をしてやるからな」
それに対してカーレー殿は、木刀を構え淡々と宣言する。
「刃の神に恥じぬ戦いを」
不快そうな顔を見せながらもルーズーも宣言する。
「刃の神に恥じぬ戦いを」
勝負は、一瞬であった。
油断しきったルーズーが反応できないうちにカーレー殿の木刀が木剣を弾き、返す刀で首筋に当たっていた。
完全に勝負ありだ。
「今のは、無しだ!」
ルーズーの言葉に俺は、厭きれ返った。
あれ程完全に負けておいて、無しだなんて事がある訳が無い。
「ゆ、油断していたのだ! だからもう一度勝負だ!」
そんな都合の良い話が通じる訳が無い。
そう思っていたがカーレー殿は、弾いた木剣を拾って渡してまた構えなおす。
「それでは、続きをどうぞ」
「そうだ、それで良い!」
目を輝かせて、今度は、自分から斬り込むルーズー。
そこそこ鋭い斬り込みだが、それだけだ。
カーレー殿は、冷静にその剣筋に木刀を構え、受け止めていく。
「どうだ、どうだ、どうだ!」
完全に受けられているというのも気付いていないのか、勢いのままに木剣を振り続けるルーズー。
カーレー殿が一瞬、コーラー殿を見た。
「余所見をしていると怪我をするぞ!」
そういったルーズー殿の木剣を受け止めたカーレー殿は、全身のバネを使って押し返す。
大きく間合いが開いた所で、連続突きを放つ、必死に防ぐルーズー殿の努力も空しく、木刀の先端が喉元に触れた。
今の攻防の意味を理解できた者がこの場にどれだけ居るのだろう。
カーレー殿は、先程の俺とコーラー殿の試合を再現してみせたのだ。
少なくともコーラー殿は、それを理解して悔しそうな顔をしている。
さもあらん、同年代の従兄妹に自分の至らぬ所を見せ付けられ、指導を受けたような物なのだから。
最早疑いようが無かった、カーレー殿は、コーラー殿より強い。
ルーズー等は、問題外なレベルに居る。
止まっていたカーレー殿の木刀を弾き、ルーズーが木剣を振るう。
「まだだ! 勝負は、まだついていない!」
見苦しいとは、この様な事を言うのだろう。
ここまでされてまだ実力差が解らないとは、盆暗にも程がある。
止めに入ろうかもと思ったが、俺は、傍観する事にした。
面倒になった訳では、なく、この時点でルーズーの事は、本当にどうでも良くなって居ただけだった。
今は、カーレー殿の実力を測る。
それだけが目的だった。
そんな事を考えているとカーレー殿の手から木刀が弾き飛ばされた。
「貰った!」
寸止め等全く考えていないルーズーの木剣に対してカーレー殿は、一歩踏み込み、相手の手首に肩から体当たりをして動きを封じる。
次の瞬間、木刀が落ちてきてルーズーの脳天に命中する。
完全な不意打ちにそのまま倒れて気絶したルーズーを見てカーレー殿が口にする。
「不幸の事故がありましたのでこの戦いは、無かったって事で」
それを聞いて周囲が呆然とする中、俺は、爆笑するのであった。
気付いている人も居るかもしれませんが、基本家と性別によって名前の二文字目が決まっています。
ソーバトの領主一族だと、男性は、ラー、女性がレー。
そのルールで行くと今回でたダースーと王子のリースーが被るのですが、これには、ダータスの立ち入りが関係していて、ダータスは、王家に側に居て同時に決してその領分を侵さないという事で同じ文字を持つことを許されているのです。
因みにダースーが言っていたオーラーとの実力差ですが、カーレーと戦う前の物なので、今でも大差無いか、オーラーの方が伸びているって感じです。
次回は、ダースーとカーレーと戦いです




