068 下女の家族と下女にお茶を淹れる貴族
コショカの仕事はじめ
「コショカ、もう一度、言ってくれ?」
ウチの父親、米問屋『ダマイ』の主、ダションが確認してくる。
「耳が悪くなりましたか? それともボケですか?」
ウチの言葉に親父は、立ち上がって怒鳴る。
「どっちも違う! お前の言っている事が信じられんだけだ」
ウチは、失笑する。
「親父も耄碌したな。ちゃんと説明しただろう、あの祭のゲームは、お城の求人テストみたいなもので、それに合格したから領主一族の直属の下女になる事になったんだってな」
歯軋りしながら怒りを堪え座りなおした親父が睨んでくる。
「祭のゲームの話は、解った。だが、問題は、そこでは、ない。何で下女なのだ? もっと他にも役職があっただろう?」
ウチがあっさり頷く。
「まあな、でも色々と話した結果、下女の方が動きやすいって事から下女として働く事にした」
「動きやすいってどういう事だ!」
いきりたつ親父にウチは、ニヤリと笑う。
「例えば米の流通を裏から支える手伝いとかかな?」
親父の顔から一気に親父の色が抜けていく。
「どういう意味だ?」
ウチは、唇に指をあてる。
「詳しいことが言えると?」
苛立ちを誤魔化すように机を指で叩いてから親父が言う。
「お前、自分がどれだけヤバイ橋を渡ろうとしているのか解っているのか?」
「多分、親父が考えているよりヤバイだろう。そんだけのあの二人は、切れるぞ」
ウチの返答に親父は、思案した顔になる。
「アーラー様の娘か……」
まだまだ子供だったウチには、解らなかったが親父は、何かしらの影響を受けていたのかもしれない。
「解った、許そう」
そう口にした親父にウチは、一枚の紙を見せる。
「見たら燃やしてくれよ」
親父は、それを見て顔を強張らせ直ぐに燃やす。
「お前、本気で命懸けになるぞ」
「解ってるさ、でも面白い事になると思う。あの二人ならウチが考えもしなかった事をやってくれそうな気がする」
ウチの答えに親父は、深い溜息の後に告げる。
「紙に書かれた事には、応じる。ダマイにも十分に利益がある事だからな。そうでなくても領主一族との繋がりを作れるのは、大きいからな」
そして親父の部屋を出ると店の後継者で優秀と言われている兄貴、タジョンが真面目な顔をして立っていた。
「話は、聞いていた。何のつもりだ?」
「何のって散々穀潰しって言われてたから、ちょっと働きに出るだけ」
ウチが惚けると兄貴は、声を荒げる。
「惚けるのは、止せ! お前に下女の仕事が勤まるわけが無いだろう」
直球できたな。
「失礼ね、ウチだってやれば下女の仕事くらい出来る」
抗議のふりをすると兄貴が近くにあった急須を指差す。
「お茶を淹れてみろ」
ウチは、適当にお茶の葉を入れてお湯を入れて湯飲みに注ぐ。
「これで良いんでしょ?」
顔を抑える兄貴。
「全く駄目だ。それでよく下女をやろうと思ったな」
正直、何がおかしいのか解らない。
「そう? まあ、雇って貰えたんだからやってみる」
そう気楽に答えるウチの肩を兄貴が掴む。
「お前は、自分の立場の恐ろしさを知らない! お城に上がれば理不尽な事は、幾らでもある。下手をすれば何も悪い事をしていなくても殺されても文句一つ言えないのだぞ!」
「家には、迷惑かけないようにするから安心して」
ウチの言葉に兄貴は、怒鳴る。
「そんな事は、言っていない! お前の事を心配しているんだ!」
普段は、甘い兄貴がやけに突っかかってくると思ったらそこか。
「ウチは、ウチの生き方をしたいの。ウチは、このままじゃ、ウチとして生きていけない。だから城に行くの」
ウチは、正面から答えると悔しげな顔をして兄貴が言う。
「もしも、何かがあったら言ってくれ。全力でお前を助ける」
本当に甘い兄貴だ。
ウチは、微笑む。
「大丈夫。ウチのご主人様は、変わり者だけど、下を切り捨てる人間じゃないから」
こうしてウチは、城に上がった。
「良いお兄さんじゃん」
家での話をするとカーレーがそういってお茶を淹れてくれた。
「ありがとね。それで、とりあえず何からやってく?」
何かの資料を纏めていたサーレーが質問してくる。
「まずは、例の件について細かく動いて貰いたいんですが?」
「領地の外からの備蓄米の買い付けの件は、親父も凶作絡みで準備していたから問題無い筈だよ」
ウチの答えにカーレーが苦笑する。
「外からお米を商人に買わせて、それを改めて城で買い上げるなんて面倒な事をしてるよね」
「城で直接それをやったら、他領地に弱みを見せる事になるからでしょ?」
ウチの確認にサーレーが頷く。
「そうです。ですから、こっちの影を悟らせない様に細心の注意を払って下さい」
「了解、それにしてもお茶ってそんな淹れ方するんだ」
ウチが感心するとカーレーが胸を張る。
「任せて、こうみえても色々体験してきたから家事は、問題なく出来るよ」
ウチが苦笑する。
「どっちが下女だか、解らないわね」
「元から、下女の仕事なんて期待していませんから。マリュサさん一人に頼りっきりになっている城下との繋がりの強化の為の増員ですよ」
サーレーの言葉にウチは、頷く。
「マリュサさんが城と繋がりがあるのは、薄々気付いてたけどね。まあ、頑張らせてもらいますわ」
そんな中、一人の執事が入ってくる。
「そちらの仕事も頑張ってもらいますが、礼儀作法と下女の仕事の習得もやってもらいます」
「どちら様?」
ウチが尋ねるとサーレーが答えてくれる。
「イーラー叔父様の側近のキールーです」
言葉が一瞬で下々に対するそれに変化した。
流石は、場慣れしてる。
ウチも咳払い一つして、見よう見まねの礼をする。
「この度、こちらに下女として働かせて頂くことになりましたコショカです。どうかよろしくお願いしたします」
「十点だ。全然駄目だ。仮にも城の下女となるのだ、もっと確りとした礼儀を身に付けさせねばならないな」
キールーの言葉にウチは、カーレー達を見るが、視線を反らされた。
これは、逃げる訳には、いかないみたいだ。
ウチは、花嫁修業でもするつもりでそれを受ける事にしたが、数時間後には、この仕事に就いた事を軽く後悔したくなったのは、仕方ない事だと思う。
前回のミーロに続き、今回は、コショカの仕事初めです。
マリュサの後継者って立ち居地で、色々と立ち回る予定。
次回は、祭ゲームで集まった人材に対する評価回です




