057 多忙な政と年貢の納め方
夏も終わりに近づきました
「イーラー叔父様、もう直ぐ桜の旬ですね」
姪である、サーレーのその言葉への嫌な予感をこの領地の政を取り仕切っている、領主の弟である私、イーラー=ソーバトが感じている現実は、問題なのかもしれない。
「確かに、桜の旬は、忙しくなる事は、避けられないだろう」
私の言葉に作業をしている者達の顔が青褪めた。
現状でも十二分に忙しいのだ、これ以上に忙しくなるとなれば血の気も引く思いだろうが、間違いない現実なのだ。
桜の旬、それは、多くの農産物の収穫が行われる。
当然、農村からの年貢の回収と管理が行われる。
それに伴い、寒く、狩りも商業もし辛い白の旬や新の旬に向けての篭りの準備で大量の物資が動くのだ、暇である訳がないのだ。
「桜の旬は、通常作業を優先しますから皆さんの仕事は、それほど増えないはずです」
ターレーの言葉に希望の光を見せる臣下達を横にサーレーが口を開く。
「収穫と年貢についてですが今まで通りのやり方で問題ないと考えていますか?」
やはり言って来たか。
ある程度は、予想は、していた。
今までも既存のやり方の問題点と改善点を挙げてきている。
難しい物も多いが、幾つかの改善点は、既に実行に移している。
それだけ有益な提案なのだが、それを成す為には、手間隙がかかるのだ。
それを体験している者達が見出していた光から絶望の視線を向けてくる。
だが、そこに恨みの視線は、無い。
何故ならば、それらが手間隙かけただけの意味がある行為だと納得できる物だからだ。
それだからこそ、私も聞かないわけには、行かない。
「土地に対し、年貢を納めさせるやり方は、妥当だと考えているが」
「年貢の量も安定して、管轄している者達も楽なやり方だと思います。ですが、これには、問題がいくつかあります。例えば凶作の時等です」
サーレーの指摘に頭痛を感じる。
「領地を治める者にとって一番聞きたくない言葉をあっさり口にするな」
凶作で十分な収穫が無ければ年貢も集まらず、下手をすれば冬の間に餓死する領民が多く生む事になるのだ。
口をするのも憚れる言葉である。
「一番良策なのは、収穫の全買取を行い、農民の生活を保障するのですが、それだけの予算なんてありませんね」
「そんな夢の様な事をしている国があるのか?」
私の問い掛けにサーレーが苦笑する。
「ない事もないですが、殆ど失敗例です。安定だけでは、人間が上手く行かないみたいです。競争心やより良い生活をしたいという欲望が必要なんでしょうね」
「そういう物なのかしら?」
ターレーが否定的な意見をあげるが私は、肯定する。
「人間等、そんな物だ。現実的でない意見だけが答えじゃないだろう?」
私が促すとサーレーが頷く。
「年貢をお金でも納税可能にするんです。これの利点は、二つ、年貢の運搬する手間の軽減と凶作等の際に副業でも納税を可能にする事。二番目の理由が強く、最終的に人間は、食料さえ確保しておけば死に辛くなりますから」
「問題もある、金で納税させるとなれば、当然、販売を行ってからとなるぞ?」
私の指摘にサーレーが頷く。
「そこは、商人を利用するんです、普段から少しでも早く商品を抑えようとしているのですから、噂を流して焚きつければこっちが言わないうちに動きます。まあ、その際に農民が馬鹿を見ないように阿漕な商人は、取り締まる必要がありますけど」
「それは、気をつけないといけませんね。昨年も年貢を納めた後の農作物を騙して買い叩いた商人が居ました」
ターレーが実例を思い出している事だろう。
商人達は、自分たちが利益を出せれば良いだろうが、領民を治める私達は、違う。
領民、特に農民は、領地の国力の基礎だ、それが一方的な搾取され、やせ衰えれば、領地の力が落ちるのと同義なのだから。
突然の提案は、何時もの事だが、気になる事があった。
「何か情報があったのか?」
サーレーが視線を臣下の者達に向ける。
「ここから先の話をこの外で話した場合、厳罰に処する」
私の言葉に臣下の者達に緊張が走る中、サーレーが口にする。
「マリュサからで、商人が一部の作物が凶作って情報と掴んだそうです」
「厄介な事になったな」
私は、苦虫を噛んだ顔をしている事だろう。
凶作というのも困りものだが、それよりも厄介なのがその情報が既に商人に流れているという事だ。
商人達は、利益の為に買占めを行い流通を滞らせる事がある。
「下手な買占めで買い叩かれる前に多くの商人を呼び寄せて、適正価格で流通させる方が良いと思ったからです」
サーレーの提案は、最もな事だ。
これは、早々に手を打たなければいけない。
「ターレー、マリュサを呼び出し、詳細を報告させろ。問題の土地に、視察の者を順次送れる準備も忘れるな」
「直ぐに」
立ち上がると、一礼の後に退室していくターレー。
事、トラブル対応に関して言えば、配下の能力を十全に理解し、機転も回るターレーは、この領地で一番信用が置ける。
サーレーの場合は、多くをどうにかしようと無理な方法を選択しがちだが、ターレーは、確実な方法を選択する安定感があるのだ。
こういったトラブルの時にその安定感こそが重要なのだ。
「凶作か、物によるが、折角盛り返した勢いが殺がれる事になりかねない」
頭が痛い問題だが、こればかりは、抗いようが無い。
「凶作自体は、もうどうしようもありません。ですから副業をどうにかしましょう。幸い、今年立ち上げた幾つかの製造業があります。その手作業を凶作の農民に振り分けるられる様にしては、どうでしょうか?」
サーレーの提案を私が応じる。
「早々に対応できるようにしよう。それと先ほどの金による納税も、今回凶作の土地に採用する。そうすれば税の減額が抑えられる筈だ」
領民の暮らしも大切だが、領地運営も大切なのだ。
ようやく掴んだこの流れを手放すつもりは、ない。
「シールー、早々に対応する法を作成する資料を集めるのだ」
「はい。直ぐに」
シールーも直ぐに近年の年貢と納税に関する資料を集め、適正な形の検討に移る。
ここに至り、臣下の者達は、顔を蒼くしている者は、居ない。
そんな余裕すら無いのだ。
「一刻も早く、今の仕事を終え、凶作に対する対応に移るぞ」
私の号令の元、臣下の者達は、慌しく動き出すのであった。
その日の深夜、ターレーが纏めた資料を読む。
「米か、小麦よりは、良いが、備蓄としては、押さえて置きたかったのだがな」
私の言葉にターレーが現在の備蓄の資料をみせてくる。
「小麦、米共にヌノー帝国からの侵攻が無かった為、備蓄量は、多くありませんでした」
戦時ならば、優先的に備蓄に回すのだが、財政難の中、備蓄を最低限にして金にしていたのだ。
財政に余裕が出来た今、備蓄に例年より多く回す予定だった事もあり、今回の凶作の影響は、大きい。
「小麦の備蓄量を増やすか? いや、そうすれば、領内に回る小麦が減りすぎて価格の高騰に繋がる。ここは、他領からの買い付けも視野にいれねばならぬか」
魔帯輝の譲渡という強みがある今、強いの交渉が行えるから選べる選択肢では、ある。
だが食料問題を他領に知らせるのは、あまり良策とは、言えないのも確かな事だ。
しかし、米の収穫量の減少という現実に対処するには、何かを諦める必要がある。
選択肢としては、備蓄量の予定より減少、領内の物価の高騰、他領からの食料買い付け。
どれも問題点があるが、どれかを選ばなければいけない。
そういった判断こそ私の仕事なのだろう。
熟考する中、執務室にカーレーがやって来た。
「イーラー叔父様、凶作が予想される農地への視察ですけど、あちき達が同行させてもらっては、いけませんか?」
「多少の改善では、焼け石に水だと思いますけど」
サーレーの一言でカーレーの思惑は、解った。
自分たちの知識で凶作をどうにか出来ないかと考えているのだろう。
今更の梃入れは、確かに焼け石に水にしかならない可能性もある。
しかし、ここでは、多少でも収穫量が増やすのが大切なのだ。
問題は、この二人を視察に出すという事だ。
間違いなくトラブルを起こすだろう。
お目付け役が必要なのだが、現状、ターレーを動かすのは、難しい。
そんな時、執務室のドアがノックされた。
「イーラー様、こちらにカーレーとサーレーが居ませんでしょうか?」
その声の主は、エーレーであった。
面倒そうな顔をするカーレーとサーレーを見て私は、思いつく。
「エーレー、入れ」
その一言にターレーが驚く。
ターレーと違い、私の仕事には、あまり興味を持たず、貴族内での社交にその能力を発揮しているエーレーを執務室に入れた事は、殆ど無かったからだ。
挨拶をしてエーレーが入ってきて、カーレー達を見て嬉しそうにするのを見て私が声を掛ける。
「エーレー。お前に頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
行き成りのことにエーレーも驚いている中、私が頼みを口にする。
「カーレーとサーレーが農地の視察に行くのだが、その保護者が必要なのだ。お前にそれを頼みたい」
「喜んで!」
即答するエーレーに嫌そうな顔をするカーレーとサーレー。
保護者と言ったが、実際の所は、お目付け役だ。
もっと的確言うなら重しと言う所だろう。
ターレーの様な監視は、出来ないだろうが、常時、側にいて注視しているのだ、この双子もあまり突飛な事は、出来なくなる。
「視察先が決まり次第、早々に行ってもらう」
「はい。カーレーちゃんとサーレーちゃんと旅行だなんてなんて楽しみなのかしら」
浮かれるエーレーにサーレーが指摘する。
「旅行でなく視察なんですけど」
そんな指摘など気にする事無く、妄想に耽るエーレーに多少不安を覚えたが、双子を野放しにするよりは、ましと判断する事にして、凶作に対する対応を続けるのであった。
領地経営に欠かせない年貢のお話。
当然、凶作って事もあります。
ストレートに小麦を凶作にするって事も考えたのですが、それだとインパクトが強すぎる為、米を作っていることにしてそっちにしました。
そして久しぶりのシスコンエーレーの登場。
波乱の予感がぷんぷんします。
次回は、エーレー同行の農地視察です




