549 意外な魔導書の効果と連責するトップ
大陸の危機、そして公開される真実
『
1119/金紅薄(07/26)
ミハーエ王国ソーバト領主の城 イーラー執務室
ソーバト領主の弟 イーラー=ソーバト
』
「新パソコンに旧データのコピーが終りました」
サーレーがそう言って、私の前に一台のマホコンに似た異世界道具、『パソコン』が置かれた。
これは、サーレー達が持って来ていた『ノートパソコン』と違い、こちらで使っているマホコンと同様に表示装置が別になって居る『ディスクトップパソコン』と呼ばれる物で、アーラー兄上から私への贈り物らしい。
色々と便利だから壊れるまで、はっきり言ってしまえばこの動乱期を乗り越えるのに使えと言うのだろう。
「それにしてもマーネー義母様もとんでもありませんよね、どうしたら素人が向うの世界に無い言語対応したパソコン作れるんですかね?」
カーレーが半ば呆れた様子で言うとサーレーが補足する。
「元々、マホコンの起動式盤と実行式盤は、あっちの『OS』をもろパクリだから応用が利いたみたいだよ」
だとしてもそれが容易でない事位、異世界道具事情に詳しくない私でも解る。
「アーラー兄上にしろ、マーネー義姉様にしろ、とんでもない事をするのは、何時もの事だから気にするだけ無駄であろう」
「それでなんですが、『電気自動車』に載せてあった調味料の件ですが……」
カーレーが願る様に何か言い掛けたので先制して釘を刺す。
「リュパンに下賜しておくので、食べたい料理があるのならミーロに料理法を印刷して貰って作って貰う事だ」
「えーと貴重な調味料なんで無駄がない様に慣れたあちき達が使った方が良いと思います!」
カーレーがそう主張してくるのに対して私は、即断する。
「どんだけ貴重だろうが、お前達に渡して色々な騒動の元にする訳には、いかない。それともお前達用の新しい『ノートパソコン』も王家への献上物にしたいのか?」
「それは……」
言葉に詰まるカーレー。
実際問題、アーラーの事に対する補てんとして、ウーラー兄上用とされていた『ディストップパソコン』一台を王家に献上している。
私のそれを献上しようと提案した所、ウーラー兄上は、マホコンにも慣れていない自分のを献上する事を領主決定としたためだ。
「僕達の足用の『電気自動車』も献上品にしたんですよ」
不満気な顔を見せるサーレーに私が告げる。
「アーラー兄上の考えが解らなくもないが、それでもあれは、王家の決定に反する物だ。それ相応の対価が必要なのだ」
渋々という表情でサーレーも引き下がる中、カーレーが思い出した様に口にする。
「対価で思い出しましたけど、マーナー様宛の『ディスクトップパソコン』は、ターレーお姉様預かりで良かったんですか? 『ネクロノミコン』の時の様に王城のバーミン密偵から漏れませんかね?」
「そこは、ターレー判断に任せよう。必要となればキースー国王に了承を得てから下賜される事だろう」
私は、そう答えながら、私の『ディスクトップパソコン』で今回送られてきた一覧を確認する。
主となるラクトス=ポンセットとポンセットが触れている事で一緒に移動して来た『電気自動車』に搭載されていた幾つかの異界道具。
主には、先程から話題に上がって居る『パソコン』になるが、その他にも紙の手紙がいくつかとカーレー達が強請って居る調味料等の消耗品等もあった。
当然、それらの扱いは、ソーバトとミハーエ王国の最重要機密扱いとして関われる者は、極々一部となっている。
ターレナ襲撃の件を含めて色々な後始末が現在も行われている。
「結局王家の方からは、今回の件は、目立った御咎め無しって事になっているんですよね?」
カーレーの確認に対してサーレーが答える。
「表向きわね。さっきの献上品を含んだ幾つかの条件、例えば神器の力の回復に合わせた再度異界転移と帰還による異世界道具の提供を確約させられてるよ」
正直、ソーバトとしては、神器の乱用は、避けたいのだが王家の威光に逆らえない。
「だけどターレナの方は、表向きには、かなり重大な処罰対象なのにあまり話を聞かないよ」
カーレーのその疑問には、私が答える。
「そちらも帝国に踊らされたなど公表出来ぬ故にターレナ領内の内乱扱いとされた。中央には、討伐した貴族の資産の献上、ソーバトには、被害の賠償を行う事で内々で終わらせる事になっている」
ただでさえ不安定なターレナだが、今回の件でかなりの贅肉が斬りおとされた事だろう。
贅肉といえ斬りおとした事には、違いない。
粛清を行ったソーバト同様に人員不足に悩まされる未来が予測できるがそれは、ターレナの問題である。
「ソーバトとしては、ターレナに関しては、こちらの騒動に関して非干渉を条件で被害の賠償のみで手をうったんですよね?」
サーレーが確認してくるので肯定する。
「そうだ。実際、ターレナだけでなくナーナンやマーグナからも今回の一連の騒動に関しては、探りがはいっているが、王家の威光で目立った動きを封じている」
近接領地との軋轢もあるが、更なる問題の発展の様子は、ない。
「後は、ラクトス=ポンセットを確保した帝国がどう動くかだが……」
こればかりは、予測がつかなかった。
「一応、カーレーが散々釘を刺したから異世界兵器の量産なんて馬鹿な事は、しないと筈だけど……」
不確定な未来にサーレーも言葉を濁すのであった。
『
1119/金練淡(08/01)
ヌノー帝国東方城塞都市マリトス 将軍執務室
前六将軍東方担当 アッテス=トーン
』
「ラクトス=ポンセット様、将軍着任を御悦びします」
私は、そういって前日まで私が座って居た椅子に座っている御方に頭を下げる。
「自分を退任させてここに座る私に対しての恨み言を口にしても構わない」
ラクトス将軍の言葉に私は、首を横に振る。
「いえ、ラクトス将軍は、ヘレクス元大将軍の名代としてヌノー帝国の神器『天布』を返還された御方。罰則としてその地位に在った私の地位を明け渡すのに十分な功績と思われます」
私の言葉にラクトス将軍は、苦笑される。
「ヘレクスの言った通り硬いな。だからこそ、陛下は、私をこの地位に着けたのだろうな」
「ヘレクス元大将軍がそう評価されていたのですか……」
言葉を濁す私に対してラクトス将軍は、微笑みを浮かべる。
「ああ、まだまだ若く、青い君は、将軍の地位に相応しくないとな。だが、それでも将軍の地位で頑張ろうとするだろう君の事を心配もしていた。だからヘレクスに借りもあったワシは、陛下からの話をお受けしたのだ」
「ヘレクス元大将軍にラクトス将軍が借りをですか?」
想定しなかった言葉に私が戸惑っているとラクトス将軍は、語る。
「ヘレクスは、ワシが居た世界では、軍事評論家として名前が売れていた。そんな奴がワシが護るべき国から国外追放になった内乱でのワシが率いていた軍の正当性を主張し、今も広めてくれている」
大枠の事情は、父上の手紙から知って居る。
「しかし、それで実際に何かが変わる訳では、無いと思われますが?」
ラクトス将軍は、静かに頷かれた。
「その通りだ。有名であってもただの軍事評論家でしかないヘレクスが何を主張した所で嘗ての部下が国に戻れる訳でも護りたかった国が救われる訳でも無い。それでも、国王、国、国民を護ろうと戦ってくれた者達、特にその戦いで命を失った者達の汚名が雪がれる切っ掛けになる。敗残者で当事者であったワシには、出来ない事であり、唯一の救いと言える事なのだ」
国を失った者、その末路。
それを理解しているつもりでしたが、ラクトス将軍の瞳の奥を窺う事は、私には、出来なかった。
「知っているだろうが、ワシの国の内乱には、周囲の大国が裏で動いていた。少しでも大国に不利な主張をすればヘレクス自身の立場どころか命の保証すら危うい。それでもヘレクスは、誓ってくれたのだ。その命がある限り、内乱を正当に評価し続けると」
「父上にとって『天布』を陛下に返還する事は、命を捨てるに値する事なのです」
私は、そう断言するとラクトス将軍は、微笑まれる。
「羨ましい事だ。そこまで心酔出来る主を敗戦で失わずに済んだと言う事は」
「それは……」
私は、言葉に詰まる。
私達は、敗戦した。
場合によっては、陛下のその首を差し出す事になっていたのかもしれない。
それを回避出来たのは、ミハーエ王国側がそれを望まなかったそれだけ。
もしも他の国に負けて居ようものなら陛下の命は、失われていただろう。
「さてと感傷に耽るのもここまでにしておこう。貴殿等は、ワシが将軍である事に納得していないだろう」
ラクトス将軍の言葉に傍に居た騎士達は、一瞬言葉に詰まってしまった。
「陛下が認められた御方です。我等に異存は、ある筈がありません」
父上の直属の騎士でもあったラクレス=ドーン殿の言葉にラクトス将軍は、苦笑する。
「そういう建前は、戦場では、不要だ。心の底から従えぬ将軍の元で戦うのは、どちらにとっても不幸な事だ」
ラクレス殿は、沈黙するが、他の騎士達は、同意する空気を醸し出していた。
「だからこそ、ワシは、示そう。ワシの指揮で動いた兵士でお前達を敗北させる将軍としての力量を」
「ラクトス将軍! 将軍は、まだこちらの世界に慣れておられない。どれだけ数を集めた所で攻撃魔法を使える騎士には、勝てません!」
私がそう主張するがラクトス将軍は、泰然と答える。
「それだけの絶対性を覆す、それが出来てこそ将軍の地位に居る必然性が生まれるというものだ」
こうしてラクトス将軍が率いる兵士数千とラクレス殿を中心した騎士二百名の模擬戦が行われる事になるのであった。
『
1119/金鳶淡(08/07)
ミハーエ王国ソーバト領主の城 イーラー執務室
ソーバト領主の弟 イーラー=ソーバト
』
「新たに東方担当の六将軍となったラクトス=ポンセットが三千の兵で、二百の騎士を模擬戦で破ったとの報告だが、どこまで信じられる」
私の問い掛けに眉を顰めていたサーレーが告げる。
「伊達や酔狂じゃ、一国の将軍を任されてなかったって事です」
「二百の騎士、それが使う攻撃魔法の前には、たった三千の兵士では、意味が無いと思うがな」
私の正直な感想に対してサーレーが戦車と呼ばれる異界の兵器を見せてくる。
「あっちの世界には、魔法が無い代わりにこういう生身では、一方的に殺されるだけの代物があるんです。そして同時にそれを揃えられる大国と武器もろくに揃えられない小国との争いも。因みにどうなると思いますか?」
「大国が圧勝するに決まって居ると思うが?」
即答する私に対してサーレーが首を横に振った。
「地理の利を生かした小国の防戦に大国が尋常にならない被害を出し続ける泥沼の戦争になりました。ゲリラ戦法と呼ばれるその戦い方を圧倒的な攻撃力を持つ騎士に対して使ったみたいです。具体例を一つ」
そういって説明されたのは、敢えて通じぬ弓で攻撃した後、業とゆっくりと後退しながら分散。
功を焦って攻めいった騎士が事前に地面に仕込んでいた罠に掛かるといった物だった。
「口で説明すれば簡単ですけど、これを実戦で使える程に熟練しているって事ですよ」
サーレーが半ば投げやりに言う。
「詰る所、自分達には、真似できないって事だな」
私の指摘に少し拗ねた表情を見せるサーレー。
「あっちは、本物の将軍で、僕達は、一般人なんです!」
元貴族で兵士達の指揮もとっていたアーラー兄上に育てられたサーレー達が一般人とは、思えないがそこは、指摘すべてきは、ないだろう。
大きく深呼吸をしてからサーレーが新たな報告書を出して来る。
「それよりも問題なのは、その戦いに使われた魔法具です」
報告書を一読し、私は、怪訝に感じた。
「威力も小さく、とても懸念する魔法具とは、思えないが?」
サーレーは、報告書のある数値を指さす。
「問題なのは、威力とかじゃないんです。ここですよ」
「数万個だと! 兵士が使う魔法具をどうやってこれだけ作ったのだ!」
驚きの声が出てしまった。
「シールー、帝国で試験運用している鶏肉工場がどういう物か理解出来ていますか?」
サーレーが敢えて問うとシールーが即答する。
「鶏をまるで工業製品の様に作る工房だと理解して居ります」
サーレーが肯定する。
「大枠合ってる。ここで問題になるのは、この世界での一般的な工房と工場の違い」
「規模の違いでは、ないのですか?」
シールーの意見にサーレーは、訂正を入れる。
「一般的には、そうだろうけど、僕は、こう思って居る。職人が動くのが工房で製品が動くのが工場だとね」
それを聞いて私が補足する。
「詰り、工房では、職人が動きながら製品を作っていくが、工場では、製品の方が職人の間を移動していると言う事だな?」
鶏肉工場の仕様で気になって居たのがそこだ。
解体や加工場所が別に存在し、それぞれに専門の職人が居る形になっていた。
「十人の作業員が居るとして、同じ物を作る際には、全員に最後まで作らせるよりそれぞれ違う作業を担当させて作る方が多くの製品が作成出来るんです。これって向うの世界の封建制度を破戒する産業革命の一端を担う大量生産の手法で僕達は、近い物は、提供してましたがそのものずばりを採用しているのは、鶏肉工場だったんですけどね」
サーレーは、複雑そうな表情をみせるのも理解が出来た。
知識として産業革命と言う物を知っている。
向うの世界では、民主化運動の先駆けとして持て囃されているが革命と名がついているのは、伊達では、無い。
その産業革命によって幾つもの既存のやり方が通用しなくなり多くの者が職を失った。
革命というのは、多少の際は、あるが痛みが伴う物なのだ。
「兵士の使う魔法具の工場、確かに無視できない存在だ」
私の言葉にその場に居た者達の顔が歪む中、サーレーが苦虫を噛んだ顔をする。
「それを提案出来たのは、両方の世界に詳しい人間だと思われます」
名指しをしていないがアーラー兄上がこの件の発案に関わって居ると考えて居るのだろう。
「何故、帝国に力をつけさせるような事を」
私の呟きにサーレーは、悩みながら口にする。
「新大陸発見、何故かそこに強く懸念を感じてるとしか……」
サーレー自身、答えが出ない問題なのだろう。
そこにカーレーが飛び込んで来た。
「新大陸捜索船の一隻の船員が全滅したって報告です」
「まさか未知の疫病!」
サーレーが慌てた様に言うのも当然だ。
もしそんな物が拡がろうものなら被害が出るか解らないのだから。
カーレーが首を横に振る。
「当初は、それも疑われたけど、死因は、はっきりしていた。全員が輝集地に長期間滞在した時になると言われる魔力過多による死亡だよ」
魔帯輝を産みだす輝集地、そこは、莫大な魔力が偏在する場所であり、そこで長期間作業をした場合、人の身でも魔力が過剰になって死亡する事がある。
「海底に輝集地がある海上で長期間滞在したと言うのか?」
私の疑問にカーレーは、眉を顰める。
「問題は、そこ。問題の船から望遠鏡で遠目ですが新大陸が発見されました」
サーレーが顔を引き攣らせていた。
「まさかコレを予見してたの?」
誰が何をと尋ねる必要は、無い。
「アーラー兄上ならありえる話だ。危険も伴うが詳細な調査を。解って居ると思うが少しでも身体に異常が出る様なら即座に避難するのだぞ」
私は、そう釘を刺しながらも調査指示を出すのであった。
『
1119/金鳶平(08/09)
名も無き海域
ソーバト領主の姪 サーレー=ソーバト
』
「大陸は、あるのは、間違いないね」
向うからもってきた双眼鏡で確認するカーレー。
「なんというか、魔法の使い放題だね」
僕は、輝集地でしか使えない筈の魔帯輝を使わない魔法を幾つか試射する。
その殆どが成功している時点でこの場所に魔力が満ちている事が確定している。
「サーレー、狙撃であの大陸を狙える?」
カーレーの問い掛けに僕が頷く。
目視できるのなら、重力や空気抵抗を受け辛い魔法なら到達可能な筈だ。
狙撃補助用の魔法具を構えて僕は、詠唱する。
『新の神の許しの中、包の神に守られし、刃の神の力を持て光の弾丸。長距離光弾』
遠距離専用魔法。
威力こそそれ程じゃないけど、鏡でもない限り確実に何らかな痕跡を残せる筈だった。
「結界に阻まれたよ」
カーレーの報告に僕は、次弾を放つが結果は、同じだった。
カーレーの顔が強く引き攣って居る。
「もしかして最悪の状況って奴じゃない?」
「ラースーちゃんを引っ張り出して早々に確定させるべきだろうね」
僕は、そういってターレーお姉ちゃん経由でラースーちゃんを連れて来る段取りを始めるのであった。
『
1119/金鳶深(08/11)
ミハーエ王国王城 特殊案件用会議室
ミハーエ王国第一王子 レースー=ミハーエ
』
「今回の件は、本当にラースー王女が赴く必要があったのですか?」
ラースーの後見人でもあるラーサー殿の問い掛けに我が第一夫人、ターレーが申し訳なさそう顔で答える。
「王族に危険が伴う行為をさせる事になった事は、白の神の鍛錬の足らぬ事を恥じます。ただ、金の神の道を窺う為に必要な事でした」
自分達の力量不足を謝罪しながら必要な事だと主張されてラーサー殿も渋々という様子で納得された。
「それよりも今回の件、初期段階で私達が揃う必要があったのですか?」
弟でラクトス=ポンセットの件で帝国に脅迫紛いの交渉までしている最中のリースー王子の言葉に第二夫人のマースーが言う。
「あの義妹達が自分達からこっちを呼び出してるんだただ事じゃないと思わない」
そう、今回の会合の発起人は、ターレーのあの妹達なのだ。
ただで済むとは、思えなかった。
その問題の妹達は、大量の資料を手に入ってくる。
「そう言う事は、下の者にやらせなさい」
ターレーの注意にカーレーが資料を配りながら言い訳をする。
「次からそうします。今回は、急ぎなので」
資料を配り終えた後、簡単な挨拶を交わして私が宣言する。
「ここにミハーエ王国最高提案会合を始める」
現行、最高権力者である父上、キースー国王に提案する重要案件を三権で話し合う会合で、この場での決定に否を出せるのは、キースー国王のみである。
「最初の報告として予測された通り、このディーラ以外に大陸がある事が確認されました」
そういって海図でその場所が示された。
「そう離れた場所でない」
私は、口にした事実に引っ掛かりを覚え、リースー王子は、複雑な表情を浮かべる。
「確かに大陸を一周するよりも短い距離、発見されて居なかったのが不自然ですね」
「発見というか到達されていなかったのには、明確な理由があります。強固な結界で行き来きを遮断されています」
カーレーの言葉にラーサー殿が驚く。
「結界、だれがそんな物を?」
「人では、ないと思われます。発見からこちら様々な手段で解除や破壊、突破を試みましたがその全てが無駄に終わりました」
ため息混じりのカーレーの答えに私が問う。
「魔法の選択に問題があった可能性は、無いのか?」
結界魔法にも色々な種類がある。
物によっては、攻撃魔法を逆に吸収して強固になる場合もある。
逆に性質がまるでかみ合わず効果を出ない場合も考えられた。
「無効化、反射、吸収どれも行われていません。ただ純粋に固いんです。泥で作った剣で鋼鉄の盾に殴りかかってる様な感じというのが一番近い感じです」
「お前達が全力出してもなのか?」
信じられないって顔をするリースー王子に私も同意だった。
それこそ魔力が王族を超え、魔法の知識、技術も共に優れた双子が揃ってとなれば王族が勢揃いしても難しいだから。
普段、カーレーに喋らせているサーレーが声をあげた。
「誰がとか、どんなとかここでは、後回しにしなければいけない現実が目の前にあります。大陸発見直後に起こった魔力過剰に因る調査船乗組員全滅の危機がこのディーラ大陸に迫って居るって事です」
一気に緊張が高まる中、カーレーが該当資料を示しながら告げる。
「ラースー王女にお願いした所、魔力は、結界の向こう側、新大陸より溢れ出している様子で、その危険域は、加速度的に広がって居ます。最悪半年、改善されなければどんなに遅くなっても一年以内にディーラ大陸に到達。そうなった場合、どう頑張ってもその後一年も掛らず大陸の人類は、亡びるでしょう」
言葉が出ないという説明というのは、こういう事を言うのだろう。
そんな状況でもラーサー殿は、必死に資料を確認し、その予測が間違いない事を確認している。
「対処方法の算段は?」
感情を押し殺してのリースーの問い掛けにカーレーが答える。
「原因である新大陸に手が出せない限り遅延は、出来ても解決は、不可能。結界突破にバーミンのマーナー様の協力と王族の全面的な支援を要請します」
「即座にキースー国王に進言し、即座に行動を開始しよう」
私がそう即答する中、ラーサー殿は、青褪めた表情で口する。
「なんて事……」
絶望的な状況の中、マースーが呟く。
「アーラー様は、これを予見していたのね」
そうだった、こうしてこの状況を知り得たのは、ターレーの父親、つまり私の義父にあたるアーラー様が新大陸探索を強固に要請して、渋るこちら側に対して過剰とも思える対価を差し出してまで行った結果なのだ。
「駄目親父の言っていた事にこんな言葉があります。不自然な事を不自然だと理解しろと」
「不自然な事が不自然だなんて当然の事じゃないかしら?」
ラーサー殿がそう問い返すとサーレーが首を横に振る。
「それがそうでもないの。例えばラースー王女が毎朝果汁を飲むけど一昨日牛乳を飲んだそれをどう思いますか?」
「偶々じゃないのかしら?」
そう答えるラーサー殿にカーレーが指を向ける。
「それが不自然を見抜けないって事。大した事じゃないって見逃す僅かな差異。それが何れ大きな問題になる場合があるんです」
「因みにラースー王女が牛乳飲み始めたのは、侍女の一人が牛乳を飲むと背が伸びるなんて民間伝承を教えた所為です。探ってみたらその侍女は、反改革派の貴族の手先でしたよ。改革派の情報を得る為なのか少しでも気に入られようとそんな話をしてたみたいです」
サーレーの説明にラーサー殿が憤る。
「あれだけ周りの人員には、細心の注意をしろと言っているのに。白の神の刻まれし我等が行いを謝罪します」
「金の神に届く行いをもって許す」
私が許しを与える中、ターレーが口にする。
「二つの世界に対して深い知識を持つアーラー様だから気付けた違和感だったのでしょう」
「帝国すら足らないのだから新しい輝集地を求めて新大陸を探すのは、当然な事なのにそれがされて無かった。そこが不自然と思わなかった自体が不自然。結界の強固さも踏まえれば神の関与が想定されます」
カーレーの説明に私は、正に圧倒的という神獣との戦いを思い出す。
「これは、試練なのかもしれないな」
私の言葉にカーレーは、頷く。
「結界の突破こそ神々が与えた次の段階への大きな壁なんだと思いたいですね」
私達は、それに同意するしか無かった。
『
1119/金紺深(08/17)
ミハーエ王国王城 六神の間
ソーバト領主の姪 カーレー=ソーバト
』
「全然繋がらない!」
あちきがイラつきを抑えながら六神の間を停止状態にする。
再試行の為の魔帯輝配置が行われる中、駄目元で封印された魔導書『ネクロノミコン』を読むサーレーの元に向かう。
「こんな時に限ってどうして繋がらないんだろうね?」
あちきの愚痴に対して本から顔を逸らしもせずにサーレーが言う。
「こんな時だからじゃない? 神様にとっては、この世界の試練を他所の世界の人間を関わらせたくないと思うのが当然じゃん」
「駄目親父は、元々は、こっちの世界の人間じゃん!」
あちきの反論に肩を竦めるサーレー。
「元だよ。僕達が元あっちの世界の人間と同じようにもう転移した先の世界で生きるしかないんだよ」
そうだった。
あちき達は、既にこっちの世界の住人。
だからこの大陸、如いては、人類の滅亡の当事者なんだ。
「にしても、パソコンがあったからといってもマーナー伯父って凄いよね。正に神業を曲がりなりにも自分達の物差しに当てはめるんだから」
サーレーが感心した様に言うがあちきは、苦笑する。
「確かに凄いと思うけど、戦破光クラスを一億発連発すれば結界の突破が可能と正確な計算式をもって提示出来てもそれって実行できんでしょ?」
サーレーが頭の中で計算しながら答える。
「アレを放てるのって、王族と僕とカーレー、それにターレーお姉ちゃんも入れて、どう見積もっても十人前後。その十人が休まず放ち続けて二時間、二百発も放てれば上等じゃない」
サーレーらしくないかなり甘い計算だ。
「それでも五十万分の一だね。最終手段として最適化された魔法の開発しているらしいけど、正攻法だと無理だろうね」
あちきの判断にサーレーがため息を吐く。
「これがこの世界の魔法進化の遅さが原因だったら致命的だね」
言うなれば、クラスアップ前提のボスにクラスアップしないで挑む様な物だからだ仕方ない。
「そうだったとしたら縛り攻略と行かないとね」
あちきがそう告げるとサーレーが苦笑する。
「縛り攻略は、長い研究の成果が大半なんだけどな。少しでも情報を増やさないとね」
そういって『ネクロノミコン』の読み込みを再開する。
あちきももう二桁を越えた六神の間の再起動を行うが携帯電話は、繋がらない。
「また失敗か。次をやるか」
そういって停止しようとした時、サーレーが切れた。
「もう、ノーヒントでの攻略なんてクソゲーだよ。ヒントを寄越せ!」
ここで冷静になれっていってもどうせまた切れるだけなのであちきも便乗する。
「そうだそうだ! 攻略ヒント無しなんて制作者の手抜きだ。あちき達は、ヒントを要求する!」
サーレーもあちきもこんな事をしても何の意味も無い事くらい解ってる。
だけど、ストレスの発散のつもりで叫んでただけだ。
なのだが、予想外の事象が起こった。
『ネクロノミコン』が爆発四散したと思うとその紙片は、人の形を取り始めた。
『汝らは、知恵を求める者か? 我こそは、真の魔導書、知識の集合体、アルアジフなり』
サーレーが口をパクパクさせているが、こういう場合、ノーリアクションは、拙い。
「はい。あちきは、知識を求める者です!」
あちきが率先して手をあげるとアルアジフが告げる。
『何が知りたい?』
あちきは、即答する。
「この大陸を隔離する様に張られた結界について。出来れば解除の仕方も」
自分でいっておいてなんだが、こんな偶然で呼び出した魔導書が知ってるとは、思って居ない。
それこそなんかのヒントが得られればと聞いてみたのだが。
『魔法進化特化世界、第二段階解放の試練の結界の事だな?』
アルアジフは、それっぽい名前を口にした。
「もしかして知ってるんですか?」
サーレーが驚いた顔をして尋ねるとアルアジフが頷いた。
『私は、神々によって知識を求める者に与える為に産みだされた存在。当然、神々の試練に関する知識もある』
思わずガッツポーズをとるあちきとサーレー。
そこから詳細過ぎる説明が六神の間の稼働限界まで続くのであった。
『
1119/金紺深(08/17)
ミハーエ王国王城 特殊案件用会議室
ミハーエ王国第二王子 リースー=ミハーエ
』
「まずは、謝罪から。王族から借用していました『ネクロノミコン』を喪失してしまいました」
カーレーがそう謝罪から始めた。
ターレー義姉が複雑そうな表情をする中、レースー兄上が問う。
「事情があるのだろう?」
カーレーが頷く。
「はい。駄目親父と連絡を取る為に六神の間を稼働している中、魔導書『ネクロノミコン』が人型をとり、知識を与えてくれました。その代償として、触媒となった『ネクロノミコン』は、消失しました」
「本が人の形になったというのですか?」
驚くラーサー殿に対してサーレーが答える。
「多分だけど人型なのは、見かけだけ。神々が知識を人に与える為の依り代として魔導書があり、対話の為に人型になれるだけだと思う」
「神の仕掛けという訳か。それならば仕方あるまい。それでどの様な知識を得られたのだ?」
レースー兄上が消失の問題を無視して本題に入る。
「今、問題になって居る結界について解りました。ネクロノミコン、人型の時は、アルアジフと名乗って居ましたが、あれの話では、結界の先の大陸は、こちらの大陸より多くの魔力が偏在し、その影響を遮断する役目の物らしいです」
「影響を防ぎきれていないと思うが」
私の指摘に対してカーレーが頬を掻く。
「そこが問題で。この世界は、俗に魔族進化特化世界に属し、その世界では、最初に簡易に魔法を使える魔帯輝を与えられ、それを必要としない魔法行使と共に魔極獣が現れ、それを全て倒して特別な魔帯輝を全種類揃える事で結界を解除されて、魔力に満ちた新大陸が解放されるという段取りなんですが、この世界では、魔帯輝を使用しない魔法の開発が行われなかった事から魔法進化が遅れている世界になり、失敗の世界として処理される瀬戸際みたいです」
「し、失敗の世界……」
目を見開くラーサー殿。
真剣な顔で受け止めるレースー兄上。
そして苦笑するマースー義姉。
「言うなれば最初は、大変だろうから補助具与えて進化を待ってたのに、いつまで経っても補助具離れが出来ない出来損ないって判断され、処分されるかどうかの瀬戸際だって事ね」
他人事ならば納得できる理屈だが当事者としては、納得したくない話だ。
「……瀬戸際では、あるがまだ可能性が残って居る。そういう事だな?」
レースー兄上の言葉をカーレーが肯定する。
「はい。一部の人間ですが魔帯輝を用いない魔法を使い、魔帯輝を使用しない誓約器や神器の模造品、そして再生型魔帯輝が魔極獣を動き出す切っ掛けになりました」
「そこまで言われれば理解出来る。魔帯輝を使わない魔法も誓約器もミハーエ王国がだけだ。だからこそ一番にここで魔極獣が現れ、誓約器の模造品や再生型魔帯輝を大量に消費し、広大なヌノー帝国でも次々と現れた」
私の指摘にサーレーが頷く。
「だからこそ、帝国での魔極獣の発見が後半に行くほど早かったのだと思います」
「残り四体の魔極獣を倒せば、結界を突破できるのだな?」
そう確認するレースー兄上に対してカーレーが渋い顔をする。
「はい。結界消滅に使用される魔力で今の危険状態も回避され、新しい魔力に満ちた新大陸が解放されます。ですが、大きな問題があります」
「確かに魔極獣が強いみたいだけど、誓約器を投入すれば倒せない事は、ないでしょ」
マースー義姉の気楽な言葉に対してターレー義姉が告げる。
「戦えれば可能性があるでしょう。ですが、問題なのは、その前段階です。さっきの話通りならば、魔極獣が呼び出すには、魔帯輝を使用しない魔法かそれに類する物がある一定以上必要になります。その条件を満たした場所は、かなり限定されています」
首を傾げるマースー義姉を見て私がはっきりと言う。
「言うなればミハーエ王国とヌノー帝国以外の場所に居るだろう魔極獣を呼び出すのが困難と言う事ですよ」
「ついでに言えば、他国に対して魔極獣を討伐出来る戦力を投入するって事は、その国への侵攻と思われてもおかしくないですよ」
サーレーの補足にラーサー殿が主張する。
「しかし、人類の終端を防ぐ為です。理解される筈です!」
レースー兄上が視線を向けて来るので私が答える。
「無理でしょうな。元よりこの世界終末の危機すら他国では、知られても居ない。それをこちらから言って戦力を派遣した所で侵攻としかみられません」
「だとしたらどうするのですか?」
ラーサー殿の問い掛けにカーレーが大きく深呼吸をしてから答えた。
「駄目でも、無理でもどうにかするしかない。そうしないと大切な人達を失うから。皆で幸せになる為に知恵を貸して下さい」
そういって頭を下げるカーレーを見て私は、気付いた。
「もしかしたら初めてかもしれないな」
「何がだ?」
尋ね返して来るレースー兄上に対して私は、はっきりと答える。
「カーレー達から助けを求められるのがです。助けられるのは、常に私達であり、彼女達は、何時も助ける側だった気がします」
意外そうな顔をしていたレースー兄上だったが暫くして肯定する。
「そうだったかもしれないな」
「妹達にとっては、ミハーエ王国、ソーバトですら帰る場所では、無かったのでしょう。でも今は、違うのよね?」
ターレー義姉の言葉にカーレーとサーレーは、恥ずかしそうにしている。
落ち目だったソーバトを活性化し、ルースー兄上からの内乱、ヌノー帝国との決戦、そして私達の未来を切り開いたあの戦い。
その全てにおいて常に先頭に立ちながらそれでも助けるという立場にあった。
特に国の在り方を変えたあの戦いにおいて一番の活躍をしながらも手に入れたのは、表舞台に出る事の禁止通達のみだった程だ。
そんな双子が今、助けを求めてきている。
それが何故だか嬉しい気もした。
「それでは、話そうかミハーエ王国、しいては、この大陸を救う方法を」
私の言葉にレースー兄上が続く。
「そうだ。何時までも異世界の知恵に頼るだけの私達では、ない。自分達の力で未来を切り開いて見せる」
「それでは、始めましょう絶望的なこの状況を覆す明日への道の作りを」
ターレー義姉のその一言を開始とし数日にも渡る会議が行われる事になるのであった。
『
1119/金玄平(08/21)
ミハーエ王国王城 国王執務室
ミハーエ王国国王 キースー=ミハーエ
』
「これが私達が考えたこのミハーエ王国、ディーラ大陸を救うための提案です。どうか御裁断を」
そう告げるレースーの後ろには、リースーとラースーが居た。
私は、手にある提案書に今一度目を落とす。
その内容は、容易に受け入れられる物では、無かった。
新大陸発見とそれにともなう謎の船員全滅からの一連の報告は、既に受けて居た。
その原因がこの世界における人類の時間制限による物だとも。
重鎮の一部は、荒唐無稽だと否定しているがそれが真実であろう事は、国王として理解していた。
世界には、人智を越えた神が描いた筋書きが存在すると。
それに沿えない者達は、排除される。
嘗てミハーエ王国の力を過信し、大陸征服を行おうとした当時の国王の様に。
私は、漠然とした感覚であったがその気配を感じていた。
国王を継いだ時にその感覚が強くなり、前ソーバト領主が討たれソーバトが切り取られそうになった時にほぼ確信に至って居た。
自分もまた神の筋書きから外れているという事を。
その感覚に変化が訪れたのは、間違いなく異世界から来たソーバトの双子の存在。
ソーバトの双子が何処か停滞していたミハーエ王国の空気を動かし始めた。
今なら断言できる。
ソーバトの双子は、神による梃入れなのだと。
折角出来た神の筋書きに戻る機会、それを逃す訳には、いかない。
「この提案を承認する。早急に必要な処置をとり、大陸国家連合会議をこのミハーエ王城で行おう」
「キースー国王、王都に敵国を招き込めば攻め落としてくれといっているような物ですぞ!」
側近の一人がそう叫んで居た。
多くの側近がそれに同意する様に頷く中、私は、我が護衛騎士グースーに問う。
「私や王族に危険が及ぶ事があるか?」
グースーは、即答される。
「キースー国王が必要とされ、成される事を行うと言うのであれば私達がその命を捨てて護るだけ。刃の神の盾となるだけです」
刃の神の盾、絶対に打ち破れないそれになるとグースーが断言するのだ、私が怯む必要は、ない。
「包の神の元、全てを行うのだ」
命令違反を許さない絶対命令を私が下してからレースー達に告げる。
「お前達も何をしている。急ぐのだ、桜の神の華が散るまで時間が無いのだぞ」
「「「新の神、包の神、刃の神、金の神、桜の神、白の神、全ての神の御名の元に絶対の忠誠を誓います」」」
レースー、リースー、ラースーがそう宣言して動き出す。
他の側近達も即座に実行の為に執務室を後にさせた。
唯一残ったグースーが尋ねて来る。
「人類の危機というのに嬉しそうですな?」
私は、微笑む。
「解るか。たった一つの王冠を被る者しか残らない筈の子供達が手を取り合ってミハーエ王国の未来を切り開こうとしているのだ。嬉しくない訳がない」
そして小さくため息と共に言葉が漏れる。
「ここにルースーが居ればもっと良かったのだがな……」
口にしても意味のないつぶやきだ。
「今の一言は、聞かなかった事にしてほしい」
グースーは、何も答えない。
自分は、何も聞いて居ないという意思表示だろう。
『
1119/桜黄淡(09/01)
ミハーエ王国王城 大陸国家連合会議室
ヌノー帝国皇太子 アレキス=ヌノー
』
「キースー国王は、随分とおもいきった事をした物です」
私の言葉に横に座るヌノー帝国の皇帝である父上が苦笑する。
「その必要があったと言う事だ。お前とてミハーエ王国からの親書を読んだだろう。あれが全て本当ならこれでも回りくどい位だ」
「終戦魔法を使って大陸各国の首都に直行し、ミハーエ王国王都と繋がる『新刃の門』を作るというのが回りくどいですか? 下手をすればミハーエ王国が王都と王族の全てを失う状況です」
私の指摘に対して父上は、淡々と告げる。
「国の存亡に固執して大陸そのものが全滅しては、意味が無いだろう」
ミハーエ王国から親書に書かれていたのは、新大陸発見とその到達を阻む結界、そして漏れ出す魔力による大陸の滅亡の危機。
そして、その危機を回避する為に必要なのは、十体の魔極獣の討伐による神の試練の突破。
ミハーエ王国やヌノー帝国に潜んでいたそれは、討伐された今、その他の国々にいる魔極獣残り四体を探し出し討伐する。
それをする為に大陸中の国々の最高権力者にこの大陸国家連合会議の出席を要請してきた。
設置された『新刃の門』は、その為の手段。
それがどれ程危険な行為などかは、他の国々も理解しているだろう。
それ故に切れ者と聞くカイキ連合の連合議長ハーマン=コウやウェーフ神国の新教皇マミナ=シーリンもこの場にいる。
だが同時に他の国々からの顔ぶれは、いくつか落ちる。
ヘレンス王国からは、表舞台には、出る事の少ない第二王子ケント=ヘレント。
ルーンス王国からは、失態を犯して次期国王の座も危ういギョクント=ルーンス。
他ルガード王国を始めとする国々もほぼその程度顔ぶれが出席をしている。
流石に魔王大国ミハーエからの要請を完全無視する愚かな国は、居ない様だがどこの国も猜疑心を隠そうとすらせずにこの場にいる。
それは、護衛の筈の騎士達の殺気をみれば一目瞭然だ。
事と次第によっては、この場は、凄惨な戦場にもなるだろう。
そんな緊迫した空気の中、ヘレンス王国のケントが近づいて来た。
「お初に御目にかかります。私は、ヘレンス王国第二王子ケント=ヘレントと申します」
「この状況で我々に声を掛けるとは、大した度胸だな。私がヌノー帝国皇帝ゼムウス=ヌノーだ」
父上がそう告げるとケントは、薄っぺらい笑顔で告げて来る。
「お話が聞こえ、少し気になった事がありまして」
「気になった事だと?」
私が問い返すとケントは、頷いた。
「はい。ゼムウス陛下は、この度のミハーエ王国のやり方すら回りくどいと申されました。もしもゼムウス陛下ならどうなされていたのかと興味がそそがれましたのでお尋ねに参りました」
本当に良い度胸をしているが父上が答える謂れは、ない。
だが、父上は、答えた。
「簡単だ。最初の終戦魔法で全ての国を征服すれば良い。そうすればこの様な会議を開く無駄な時間を使わずに済む」
「流石は、覇王と呼ばれる御方だ。しかし、そんな貴方もミハーエ王国には、敗れたのですよね?」
そう口にするケントを私が睨む。
「何が言いたい? まさかと思うがミハーエ王国に敗れたヌノー帝国など大した事がないとでも言いたいのか?」
ケントは、肩を竦める。
「まさか、その様な事は、思ってもいません。しかし、帝国を破るミハーエ王国からの今回の通達、どんな裏があるのかと……」
言葉を濁しているがケント自身は、今回の事をあまり信じていない様子であった。
「ミハーエ王国の親書を疑うのは、自由だが、その結果大陸が亡びる可能性がある事だけは、忘れない方が良いだろう」
私は、そうとだけ返す。
招集を行った人物、ミハーエ王国、キースー国王が会議室に現れるのであった。
『
1119/桜黄淡(09/01)
ミハーエ王国王城 大陸国家連合会議室
ソーバト領主の姪 サーレー=ソーバト
』
「ここで嘘ぴょーんって言ったら殺し合いが始まるね」
カーレーの笑えない冗談に周りの騎士が睨んでくるが僕には、わかる。
普段から無表情でキースー国王の傍に控えて居るグースーさんですら、表情にだしていないが緊張しているのが解る。
はっきり言えば、最悪そういう事があり得るって軽口を装った警告。
そしてこっち以上に緊張しているというか、ギスギスした空気を殆どの国の代表が纏ってる。
さっきのカーレーの言葉じゃないけど、些細な言葉さえ殺し合いの引き金になりかねない。
そんな状況の中、堂々と僕達の前を歩いていたキースー国王が席に着く前になんと頭を下げた。
周囲がざわめく中、キースー国王は、頭を下げたまま口を開く。
「人類の危機にここに集まってくれた事を私は、この大陸に住む全ての者に代わって感謝する」
そんな言葉に他国の代表たちが戸惑う中、帝国のクソジジイだけは、高笑いをあげた。
「流石は、曲者揃いのミハーエ王国の国王だ。頭を下げながらも自分が人類の代表である事を主張してくる。下手な事を言えば人類の敵にされる訳だな」
それに同調する様にカイキ連合ハーマン議長が言う。
「そうなるでしょうね。少なくとも私が知る限り、ミハーエ王国からの親書に偽りは、ありません。丁度良い機会ですからここで宣言しておきましょう。新大陸の発見とそれを発見した調査船の船員の全滅は、間違いない事実です」
帝国とそこに対抗する為の複数の国連合の代表の言葉に他の国の人々の殺気は、薄れた。
まあ、薄れただけでなくなった訳でも無く、猜疑心が無くなった訳じゃないけど。
キースー国王が頭を上げ席に着く。
「それでは、大陸国家連合会議を始めたいと思う。最初に確認したいのだが、ミハーエ王国からの親書は、読み十分な理解をされたと思って良いか?」
ここに来ている以上、あの親書の内容が理解出来ていないって人は、居ないと思いたい。
チューラ部族の代表は、少し怪しいけど、そんな僕の予測と違って、一度会った事があるヘレント王国の第二王子のケントさんが手を挙げた。
「いくつか確認したい事があります。何故ミハーエ王国は、新大陸を探索をしていてのですか? どうやって大陸に魔力が到着する時期が解ったのですか? 何より問題の結界が神の試練だという根拠が知りたいですね」
前回も思ったけど度胸がある。
今言った事は、親書でも解らない箇所。
口頭で説明した所でそう簡単に納得が得られない事柄でもある。
だいたい国同士のやりとりの場でどんな証拠だってあまり意味が無い。
自分達が信じたい事を信じようとするし、自分達が確認しない限り信用しない。
だからこそ国際会議なんてもんは、長々続き結果が出ないって事が大半なのだ。
それが悪いわけでは、ない。
この人達は、その背中に正に数えきれない人数の人を背負うっている。
そう簡単に信じて居ては、駄目なのだ。
だけど今回は、そんな悠長な真似は、出来ない。
だからこちらには、奥の手がある。
キースー国王は、全員が見える場で複雑に絡み合った腕輪の塊を出す。
それに手を当てて宣言する。
「この腕輪、『連責の輪』を着け、神の結界突破を行う責を担わん」
そうしてから『連責の輪』の一つをとり自分の手につける。
その後、クソジジイの方を向く。
「ヌノー帝国皇帝よ、貴殿も同じ覚悟があるのならこの腕輪をして貰いたい」
クソジジイが躊躇なくその連責の輪を着けてから問う。
「この腕輪には、どんな効果があるのだ?」
キースー国王が例の指示を出しながら告げる。
「この腕輪を着けた者の間では、嘘や誤魔化しは、出来なくなる。証明の為の死刑囚も用意してある」
そういって連れて来られたのは、一人の元貴族である。
怯え震えるそいつが何をやったのかというならばこの状況で帝国に対して情報を売ろうとしていたのだ。
何れ伝わる情報といった所でタイミングが重要であり、人類滅亡が懸かった状況でそんな小金稼ぎをする奴が許される訳もなく、ここで見せしめにされる事になった。
「キースー国王、どうかどうか御助けを!」
なさけなく命乞いをする元貴族に対してキースー国王の指示の元、連責の輪が嵌められる。
そしてキースー国王が問う。
「お前が帝国に対して情報を漏えいしようとした事は、事実か?」
「それは、誤解です!」
元貴族がそう答えた瞬間、連責の輪が輝く。
「なるほどな。つまり、この腕輪を着けた者からの問い掛けに嘘を吐けばそうやって光るのだな。しかしそれだけでは、あるまい?」
流石のクソジジイが即座に理解して来た。
「試してみるが良い」
キースー国王が促すとクソジジイは、簡単な質問をしていく。
「お前は、男か?」
「お前は、女か?」
「年は?」
その間素直に答える元貴族だったが、クソジジイの質問がそんなレベルで済む訳がない。
「ターレナの情報を帝国に漏らした事もあるな?」
「それは……」
元貴族が躊躇すると連責の輪が淡く光り、輝きは、徐々に強くなっていく。
「躊躇も出来ぬか。そろそろ終わりにするか。お前は、帝国にマホコンの部品を全て答えよ」
クソジジイの問い掛けに元貴族の顔が一気に強張り、そして輝きが一気に強くなっていく。
「瞬情報結晶に光影盤、それと……」
危険を感じた元貴族が答えの途中で連責の輪の輝きが限界を超えた。
次の瞬間、元貴族の体が胸が膨らんで倒れた。
「今の様にある一定以上の虚言や誤魔化しを続ければ心臓が破裂して死に至る。これは、目的を達成せずに外そうとした時と目的を達成出来なかった時も同様である」
キースー国王の説明にアレキス殿下が声をあげる。
「そんな危険な物を着けさせたのか!」
激昂するアレキス殿下と違い、クソジジイは、平然としている。
「別に構わんだろう。これだけの保証があればこの腕輪を着けている限り、虚言で騙される事も無くなる。この試練の為だけに用意されたのが勿体ない位有意義な物だ」
そしてキースー国王が告げる。
「これを着ける事を強要は、しない。だがつけない以上は、こちらの言葉を疑った上での反論は、認めない。ここでの発言は、全て真実として扱う事とさせてもらう」
多くの人間がおよび腰になるなか、ケントさんは、平然と連責の輪を着けた。
「それでは、改めて質問させて貰います。何故新大陸を調査し、大陸の到達時間が解り、結界が神の試練だと解ったのですか?」
それに対してキースー国王は、即答する。
「終戦魔法を作ったアーラーが懸念を抱いていて、ミハーエ王国の王族ですら乗り気でない物を強く要請してきた為行っていた。大陸到達時間に関しては、我が娘、第一王女ラースーが魔力を視認する能力を持って居る事を利用して観測して計算した結果だ。最後の神の試練とは、アーラーの所に行ったその妻、マーネーから送られてきた魔導書を触媒とした特殊召喚によって知識を持つ者が呼べ、そこから得た知識だ」
「ほーあのアーラーか、それほどの切れ者だったのだ、失った事は、国として大きな損失であったな」
クソジジイの嫌味に対してキースー国王が肯定する。
「そうだ。ソーバトの前領主を恨むほどの損失であった。だが、その代わりに得た者もある」
クソジジイ達の視線が僕とカーレーに注がれる。
「着けない訳には、いかないでしょう」
そういってハーマン議長が着けるとそれに続く様に何人かが着けていく。
その流れが終った時には、着けていない方が少数派になって居た。
実際の話、一応は、話し合いの場って事になってるけど帝国とミハーエ王国が賛同している時点で他の国々が表立って反論する事は、出来ない状況なのだ。
力で従わせる事も不可能じゃないけどそれだと余計な手間がかかる。
その為の仕掛けが連責の輪である。
これを着けた事で公平さをアピールしてる。
着けなくてもそしてそれを着けないという負い目を負わせる事で会議を有利な展開に進ませる事が出来る。
これを考えたリースー王子は、本気でこういうやりとりが上手い。
これから本格的な話が始まると思われたその時、そこまで連責の輪を着けていなかったウェーフ神国のマミナ教皇が着けて神託を口にし始めた。
「力尽くでない話し合いの場になった場合に伝える様に託されました聖女が下された神託を伝えます。神々は、決して見捨てては、居ない。新の神は、試練を越えるのに必須と思われる魔力を視認する力を人に託しました」
ラースーちゃんの事だろう。
「包の神は、戦いの先を見通す力を持つ覇王の力を与えました」
そういったアミナ教皇がクソジジイを見る。
僕が必死に頑張っても勝てないのは、神のギフト持ちだったからか。
「金の神は、この時代にその声を聴く巫女、聖女をお与えくださいました」
祈る様なポーズをとるアミナ教皇。
「桜の神は、癒しの力を持つ神童と英雄の贄と呼ばれる次代に強い魔力を産むための魔力無しアーラー殿を」
アミナ教皇の言葉にミハーエ王国内の人間が皆驚く。
実際、ターレーお姉ちゃんにしても僕やカーレーの魔力が強大なんだからそれが効果があったのは、確かだろう。
それにしても英雄の贄って酷い扱いだなと思いながらカーレーを見るとかなり不機嫌そうな顔をしてる。
なんだかんだいってカーレーは、お父さんの事を尊敬してるから仕方ないか。
「白の神は、沈黙を守りましたが、その代わりに刃の神は、劇薬を投じました」
アミナ教皇の視線が僕達に向けられる。
「異界に行ったアーラー殿が異界の英雄の贄との間に産んだ、絶大な魔力と異界の知恵、アーラー殿の知識と技量を持ったソーバトの双子。それこそが試練を超す為にこの大陸に投与された劇薬です」
会場全体がどよめく中、クソジジイが高笑いをあげる。
「刃の神のとんでもない劇薬を投与された物だ。まさに劇薬、効果が絶大だが、その副作用がどれだけ大きかった事か!」
それにこの場にいた多くの人間が頷いた事には、異議を申し立てたい。
そんな空気の中、アミナ教皇が神託を続ける。
「新大陸への試練、結界突破は、正に神の試練。それを見事に超えてこの世界の人類が新たな段階に進む事を神々は、望まれております。力を合わせ、この神の試練を乗り越えましょう」
聖女の神託、こちらのシナリオに無かった事が更なる加速となり、この後の魔極獣探索の段取り、発見された魔極獣討伐上での合意等が次々と固まっていった。
この後、話し合いの結果を自国に持ち帰り、そこでまた激しい反発を受けるだろうけど、帝国とミハーエ王国という二強が率先して動く中、人類滅亡回避、神の試練突破への道を反発する事は、難しいだろう。
会議終了後、僕は、アミナ教皇に尋ねてみた。
「さっきの神託ですけど、もしもミハーエ王国が力尽くで従わせようとした場合、告げずにどうするつもりだったのですか?」
それに対してアミナ教皇は、淡々と応えて来る。
「その場合は、各国の信徒を中心に我がウェーフ神国が中心とした神の試練突破を行って居たでしょう」
「それが可能だと?」
僕の指摘にアミナ教皇は、苦笑を浮かべる。
「力尽くで得た紛い物の結束で神の試練に挑むよりは、何倍も増しでしょう」
「……そうかも」
僕も納得してしまうのであった。
遂に神の試練が登場人物達に明らかにされました。
どこか他人事って空気があった双子が自分達の為にって動き出した一歩ってところです。
アルアジフは、実は、全く別のシリーズで既に登場済です。
あの姿は、ただの端末であり、本体は、神の世界にある知識の集合体です。
次回は、第七の魔極獣登場。
火口に居座る獅子の圧倒的火力とどう対処するのか?




