545 蒸留酒と偉い人間の見分け方
マーグナに対する意趣返しで蒸留酒作りします
『
1119/刃紺淡(06/13)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、ハームー執務室
次期マーグナ領主 ハームー=マーグナ
』
「それで何でここにお前達が居る?」
私の問い掛けに何故かいるカーレーが首を傾げる。
「何でって、儲け話があるっていったらここに案内されたけど?」
見当違いな答えに私がイラついている間にサーレーが口を開く。
「カーレー駄目だよ。ここは、貴族らしく、金の神の祝福に至る語らいって言わないと」
「そっか、それじゃあ、改めて……」
言い直そうとするカーレーを遮り私が睨む。
「お前達相手にそんな貴族言葉を求めて居ない。ソーバトですら公務の参加を禁止されているお前達が他領であるマーグナに来ているんだ?」
カーレーは、一見真摯そうな表情をみせて言う。
「領主夫人の故郷に対する桜の神に至るだろう献身という白の神の道は、金の神に通じる思いからですよ」
伯母であるソーバト領主夫人の故郷のマーグナに命懸けの献身するのは、極々当然の事であると貴族の中では、通じるだろう考えだが私は、一片たりとも信じていない。
殺気を籠めた私の視線にも一切の動揺を見せない双子の後ろに控えて居た見慣れない兵士が漏らす。
「あれ、これって騒ぎしか起こさないカーレー達をマーグナに押し付けて楽しようってソーバトの文官連中の案じゃなかったか?」
すぐさまカーレーが言ってくる。
「そこにいる兵士は、教育の足らない猿と思い、その言葉は、聞き流して下さい」
「おう。俺は、猿だ! 聞き流せ!」
自分でも猿だと認める兵士を一瞥してから私が詰問する。
「他領に猿を連れて来るのは、包の神の法を損なう行いでは!」
サーレーは、肩を竦める。
「僕達は、どこぞの領地が中央の意向を無視して紙幣を他国に流通したりした後始末をして、精神的に疲労をしていますから、それを癒す愛玩動物くらいは、白の神の誘いとして包の神は、許されると思いますが?」
こっちが危険を承知で帝国での紙幣利用を当て擦って来たか。
私が大きくため息を吐いてから言う。
「そんな猿を使って当て擦りに無駄な時間を使う程に暇じゃない。ここからは、貴族言葉抜きで言って貰いたい」
それを聞いてカーレーがはっきりと言う。
「そこの兵士アランも言ったけど、ソーバトの文官は、マーグナにだったらあちき達が起こす問題を押し付けても構わないって判断した。その上で少しでも金儲けさせてれば少しは、そっちの態度が改善するんじゃないかって淡い期待もありって感じですよ」
「そこまでソーバトに嫌われていたとは、思いませんでしたな」
嫌味を籠めて言ってやるとサーレーが言う。
「そんなに謙遜しなくても良いですよ。僕達が動けば高確率で金策のネタが出来るんですから」
そこは、否定しないだが同時に確実な事がある。
「お前達が動けない主な理由は、王族の権威維持の為だ。そんな中、それを損なう恐れがあるお前達に助力させれば中央からは、睨まれるのも確かだろう」
この双子は、有能過ぎる。
それ故に王族は、双子の動きには、細心の注意を払っている。
間違ってもその発言力を強める真似を中央が関わらない形で行えば、黙って居る訳がない。
ただでさえこの双子が動けば多大な労力を消費しなければいけないというのに中央との交渉まで行うとなれば文官連中が桜の神との出逢いを早める事になる事だろう。
それが解って居るからソーバトの連中も他領に出す事さえ制限していた。
はっきり言えばもう一、二年帝国で遊び回って居て欲しかったって言うのがミハーエ王国に所属する貴族の文官達の総意だろう。
そんな状況でそれを押し付けて来たソーバトのマーグナへの苛立ちも理解している。
ソーバトが時間をかけて準備した物にマーグナが寄生して儲けを出そうとしているのだからな。
もしも私が逆の立場だったらとっとと縁を切りを領主に主張していた事だろう。
だからこれ以上この件を言い争う無益な真似は、止める事にした。
「それで儲け話とは?」
それを聞いてカーレーは、あまり乗り気じゃない風に一つの瓶を取り出す。
「これ、そっちで大量生産したサツマイモを使って作ると特殊な酒の開発だよ」
「特殊な酒だと?」
私が眉を寄せるとカーレーは、頬を掻きながら口にする。
「いやね、そっちが保存食用に大量に貯めこんであるサツマイモを使った産業なんだけどね。いくつか案があった中で何故かこっちの一族会議で賛成多数で決定したの。正直、あちき達は、あまり飲まないからお菓子にしたかったんだけどね。まあこれは、あちき達が育った国で作られた酒で、これから造る物の参考用」
私がその瓶を受け取るとサーレーが言う。
「そうそう、開発費用は、そっちもちね」
私は、サーレーの言葉に強い殺意を籠めた視線を向けるのであった。
『
1119/刃紺淡(06/13)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、領主執務室
マーグナ領主一族 オームー=マーグナ
』
軍事訓練をしていた私が緊急案件として呼び出され、領主執務室に赴くとハームーから事情が説明された。
そして問題の酒の瓶を見て領主の弟、メームー=マーグナ、父上が言う。
「半分しか入って居ないがどうしてでしょうな?」
ハームーが肩を竦める。
「参考用に提示すると公開した時、ソーバト領主に半分確保されたそうです」
マーグナ領主は、苦笑される。
「無類の酒好きのソーバト領主らしいな。色々とあるだろうが、試してみるべきだな」
領主の一言に事前に指示を受けて居ただろう側近が動く。
「かなり濃い酒の様で、極々少量、もしくは、水か氷で薄めて飲むのを推奨されていました。味の解る物に試させて、そのままのと、氷で薄めた物を用意します」
ハームーの説明通りに用意された後、原液を父上が試飲する。
「確かにかなり濃い。だがここまで濃い酒は、初めてだ」
私も飲み、軽く咽てしまう。
「もう少し酒を飲む席にも出るのだな」
ハームーは、そう言いながら涼しい顔をして試飲している。
その後、薄めたそれを飲み、領主が笑みを浮かべられた。
「そのままでは、人を選ぶがこちらなら十分に商品になろう。保存したサツマイモの処理は、こちらでも検討していた事だ。無駄な予算が掛からない様にして開発を進めさせろ」
「しかし、いまあの双子に関与させれば中央からの干渉は、さけられません!」
父上の言葉に領主は、頷く。
「間違いなく中央は、良い顔をしないだろうな。だがそれがどうした?」
父上が戸惑う中、ハームーが提言する。
「予算を掛けて開発しても中央からの横槍で利益に繋がらない可能性があります」
「そんな可能性は、潰せば良い。酒の原料に農地を割く余裕が無かった故に手をだして来なかったが酒造りは、利益が大きい産業だ。サツマイモというマーグナでも十二分に収穫が可能な原料ならば多少の無理は、強引でも通すべきであろう」
領主の決断にハームーが応じる。
「了解しました。私が監督し、きっとマーグナに利益を生む産業にしてみせましょう」
「任せたぞ」
領主の承認の元、ハームーが動くことになった。
「それでオームー、お前にやって貰いたい事がある」
ハームーがこっちを見た。
「私に何を? 酒の開発の力になれる事は、無いと思うが?」
私の問い掛けにハームーが淡々と言う。
「そんな事は、元から期待していない。それよりも大事なのは、あの双子の監視だ。開発関わる所に片割れが居たとしてももう一方が暗躍する可能性がある。そちらの監視して貰いたい」
「それこそ、私よりも適任者がいると思うが?」
私の指摘にハームーが首を横に振る。
「ただの監視ならそうかもしれないが、いざとなった時に止められるかどうかとなればお前以外に適任者は、いない」
確かに身分的にも武力的にも止めるとなれば私が一番の適任だろう。
「しかし、監視が必要なのか?」
私の当然の疑問は、即答される。
「「「絶対に必要だ!」」」
それは、ハームーだけでなく、父上、領主の三人同時であった。
『
1119/刃紺淡(06/13)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、貴賓室
ソーバト一般兵 アラン
』
「結局、俺って何でここに居るんだ?」
俺の素朴な疑問に対してカーレーが即答する。
「単なるマーグナに対する嫌がらせかな?」
ムサッシ先輩達が大きなため息を吐く。
「おいおい、ただの嫌がらせに連れて来たのかよ?」
ヨッシオ先輩のボヤキにサーレーが不機嫌そうな顔をしていう。
「はっきりとした嫌がらせでもしてないと腹の虫が治まらないんだよ。寄生しまくってる癖に自分達の事情を前面に押し出して来るからね」
続ける様にカーレーがぼやく。
「下手に順調に話が進むと嫌がらせする機会を失うからね。だからアランって相手からの突っ込みどころをつくって反論って形でチクチクと嫌がらせしてやるの」
「それにしたってもう少しやり方って物が無かったんですか?」
コシッロ先輩の呟きにサーレーが机に突っ伏しながら言う。
「嫌がらせに無駄な労力を使う気は、しないんで。それよりも、今回の本題を忘れないでね」
「それは、十分に承知しています」
ムサッシ先輩が真剣な表情を浮かべる。
「本題って何なんだ?」
俺の疑問にカーレーが少し考えてから言う。
「アランは、素で居てくれれば良いんだけど一応教えておくよ。帝国の元将軍の一人が密入国している恐れがあるんだよ」
「元将軍様が密入国なんてするのか?」
俺が不思議そうに言うとサーレーが苦笑する。
「元将軍だから密入国するんだよ。絶対に何か企んでる。その兆候を掴んだ所でソーバト側の国境は、正式な警戒と非公式な警戒その上、発見者に賞金を出すって餌をぶら下げた無制御な警戒までしたから突破される可能性が低い」
「そうなるとマーグナ方面からの国境越えが考えられるからね。表向きは、酒造って事にして調査しに来たんだよ」
カーレーが酒造の計画書を指さす。
「うーん、あっちが警戒してるんだったらそれこそ、第三国からの遠回りの密入国だってあるんじゃないか?」
俺の指摘にムサッシ先輩達が驚く中、サーレーが口笛を鳴らす。
「良い着眼点。当然そっちも警戒して貰ってる。特にカイキ連合経由の海路に関しては、ナーナンが責任もって網を張ってるね」
「他の方面も一応には、監視は、あるけど。本命は、マーグナ経由だね」
カーレーの説明に俺が尋ねる。
「本命って言うだけの根拠があるのか?」
「当然。密入国するだけなら他のルートでも良いかもしれない。でも、密入国した上で何かしらの行動を起こそうとするならミハーエ国内の協力者との連携が必要不可欠。そういった意味で今帝国の連中と一番関係が深いマーグナが本命になるって訳」
断言するサーレー。
「関係が深いって、マーグナって直接帝国と戦っていたんだよな? 怨みが山盛りじゃないのか?」
俺がそう尋ねるとカーレーがあっさり肯定する。
「ソーバトでもそうだけど、マーグナでも平民だけじゃなくて騎士の間でも半ば公然と帝国に援軍を送って居るマーグナ上層部を批判しているね。でもね、同時に今のマーグナの庶民の生活が維持できているのは、帝国の御蔭でもあるの」
サーレーが地図を取り出し、帝国からマーグナ経由で王都に向かう様に指を動かす。
「帝国からの低価格の資材、農産物がマーグナ経由でミハーエ王国に輸出されてるんだけど、それによる雇用が馬鹿に出来ない上、問題視されてる帝国への援軍さえ、軍事物資の消費、購入と言ったマーグナの既存利益に繋がって居るからね」
カーレーが苦笑する。
「口では、散々文句を言って居てもマーグナの人達は、帝国利権を失う馬鹿は、しない。その良い証拠に帝国民の襲撃数がソーバトよりも少ないぐらいだからね」
「本当に驚きだよな。ソーバトは、上の連中がそういった行為を激しく嫌悪してるから、厳しく対処してるって言うのに減らないと問題になってるっていうのにな」
ヨッシオ先輩が掛け値なしで驚いた顔をしてる。
「マーグナの方が厳しく対応してるんじゃないのか?」
俺がそう言うとサーレーが手を横に振る。
「規制どころか黙認してるよ。それでもソーバトより低いのは、さっきカーレーが言った様に生活を維持する為に必要だからだよ」
「間違った事じゃないんだけど釈然としないわね」
コシッロ先輩の言葉にムサッシ先輩が淡々と言う。
「人間、誇りだけでは、生きていけない。それは、上の連中より下の人間が強く理解しているそれだけだ」
俺は、ほほをポリポリとかきながら口にする。
「まあ、色々とあるんだな。そんで俺は、何をしてれば良いんだ?」
「嫌がらせも済んだし、遊んでて良いよ。ああ、何か面白い物みつけたら見に行くから教えてね」
カーレーの気楽な言葉に俺は、あっさり応じる。
「任せておけ! きっとカーレーがびっくりするようなもん見つけてくるぞ!」
「こいつらに下手な事を伝えるのは、止めろ!」
ヨッシオ先輩が怒鳴るのであった。
『
1119/刃紺平(06/15)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、開発室
ソーバト領主一族 サーレー=ソーバト
』
「これは、何なんですか?」
マーグナの研究員の言葉に僕は、蒸留器を軽く叩きながら答える。
「液体って基本、色んな成分が含まれている。だけど薬等を作るには、不要な成分も多い。そういった時にその成分を排除する方法がいくつかあるの。その一つがこれ」
「不要な成分を排除ですか?」
良く理解出来て居ない研究員に僕は、サツマイモを発酵させただけの原液を見せる。
「成分の中で重い物は、下に。軽い物は、上に上がって来てる。この時に上の部分だけをとれば軽い成分の物だけを取り出せる。そういう作業が不要成分の排除になる訳。そんでこの装置は、成分によって違う沸点、気体になる温度差を使うの。今回酒で必要としている成分は、他の成分より沸点が低い。だからそれに合わせて温度で温める事でその成分だけが気体となって上昇する。基本気体は、液体より体積が大きいから押し出される様に上層部のパイプから液体を満たした箇所から移動する。その際に冷やす事で再び液体に戻る。戻った液体は、元の液体より酒に必要な成分の割合が多くなるって訳」
出来るだけ簡単に成分の分解方法と蒸留の仕組みを説明したけど、半数以上の人が理解していない。
まあ、こっちの世界に無い考えだから仕方ない。
それでも魔法研究に関わって居る人もいるからある程度理解している人もいるから実際にやって見せる。
出来上がった液体と元の液体を見比べさせる。
「元の液体より澄んだ色になりましたね」
研究員が感心する中僕が言う。
「でも、一回や二回じゃ完全じゃないから、これを複数回繰り返すんだよ。頑張ってね」
単純作業を投げ渡す僕であった。
『
1119/刃紺濃(06/16)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、開発室
次期マーグナ領主 ハームー=マーグナ
』
「それで、その蒸留が終ったのがこれなのか?」
私は、差し出された液体と元になってであろう原液を見比べる。
「確かに原液とは、色からして違うな。これに酒の元を咥えて時をおく事で酒になると言うのだな?」
確認する私に対してサーレーは、高さが一炎長(一メートル)程ある箱を取り出す。
「ハームー殿、先のルーンス王国の戦後処理が大変だった事をご存知ですか?」
全く関係ない事の様に思えたが他人事では、無かったので頷く。
「無論だ。表向きこそお前達のみで戦ったとされるが、その下準備の魔法陣を描いた騎士達の帰還の為にマーグナもかなりの労力を割かれたからな」
正直な話し、ルーンス王国なんぞの為にそんな労力を割かなければいけなかったのは、本当に納得いかない話であったが、王族からの厳命である以上、従うしかなかった。
「あの戦争の主権自体は、帝国も譲ったけど、賠償問題に関しては、もめにもめたのも知ってますよね?」
ルーンス王国との戦争においては、その戦争する権利すら帝国との協議が行われている。
侵攻までされた以上、帝国にも面子がある故、こちらからも妥協を促すだけの代償を提供していた。
だが争点になったのは、サーレーも口にした賠償についてだった。
戦争というのは、とにかく金が掛かる。
人員の回収しただけのマーグナですらかなりの出費を強いられていて、ルーンス王国の王都を囲む様に魔法陣を描くのに掛った費用が莫大過ぎてとうていルーンス王国には、支払いきれない額になっていた筈だ。
我が国への賠償自体は、帝国と同様に分割方式をとる事にしてあったが、もめる原因になったのは、ルーンス王国から帝国への賠償である。
当初予定していた賠償額を支払えば間違いなくルーンス王国は、衰退するのが確定していた。
それに待ったをかけたのが外交担当されるリースー王子だった。
我が国としては、徹底的に痛めつけて、二度と逆らわないだろうルーンス王国には、帝国の足枷の一つとして末永く存続する事が望ましかった為、帝国に対して賠償額による負担を減らす様に交渉をしたのだ。
それに対する帝国も皇太子が出張って来た。
帝国としては、我が国が手に入らない以上、多くの輝集地があるルーンス王国を手に入れたいという思惑もあり、弱体化させる為にも賠償額の減額は、有り得なかった。
賠償を実際に行う当事国であるルーンス王国を抜きにした賠償額の熾烈な交渉がここに発生した。
「聞いた話では、諜報員がこちらと帝国と合わせると三桁は、死亡または、行方不明になっているらしいな」
マーグナからだした諜報員も最低で十数名の死亡が確認されているから他人事では、無い。
「賠償交渉の為の情報収集には、多過ぎる犠牲に思えますけどね」
サーレーの甘い言葉を私が突っ込む。
「三桁の死者を出さず交渉に失敗して出る損失、その金額だけでもどれだけの領民が飢え死ぬと思っている?」
実際問題、マーグナとて無事に賠償をむしり取って貰い、戦費を補填して貰わなければ町の一つが飢え死ぬほどの財政負担が発生する。
サーレーは、不満気に言う。
「理屈としては、解りますけど。もう少しやり方があったというのが僕の本音です。まあ、ここで議論しても意味がありませんから、本筋に戻りますけどそんな賠償金交渉の際に帝国側が出鱈目な要求を出して来ました。それは、リースー王子が交渉内で語った例え話、ルーンス王国は、末永く生かしてこそ大いなる利益足り得るという奴を引用した物で、熟成が必要性がある証明を早々に提示して貰えるかって事でした」
「なるほどな、交渉術の一つ、無理難題の要求か」
私が苦笑する。
交渉において時に絶対に不可能な事を要求する事がある。
今回の様に熟成が必要ならば当然時間が必須であるのに関わらず早々に結果を見せろというのがそれだ。
要求が通るなど最初から想定していない。
この場合、リースー王子の発言の正しさの証明を言い訳に不可能な要求をし、それが出来ないと言わせる事で有利に交渉を進めようと言う物であったのであろう。
「既に熟成済みの物の提示では、現状での搾取でも変らないって帝国側からの捻じ込みに僕達がこれ、誓約器『金の波強き箱』を使って答えました」
そういってサーレーは、酒の元を加えた液体をその箱に入れて魔力を籠める。
「この誓約器は、魔力を籠める事でそれに応じて箱の中の時間を加速させると言う物で、誓約としては、加速させた時間、ミハーエ王国に有益な仕事を行うって事です。よし出来た」
サーレーが箱から取り出したそれを差し出してくる。
側近の一人に促し毒見をさせてから私が試飲する。
「あの酒に近い味わいが出ているな。しかし、そんな誓約器を作る奇跡鋼をどうやって確保したんだ」
「帝国の前の北西部担当将軍が隠していた物をチュメイ将軍から北西部軍からの詫びの証として贈呈されました」
サーレーがあっさりと答える。
確かにソーバトの双子は、前の北西部担当将軍と騒動を起こしていた。
あの男とは、何度か交渉をした事があるが、はっきり言って無能だった。
地理的な事情で一番多くの応援要請を受けて居て最低限の礼儀は、確りと心得ていた北東担当のギガンス将軍の従兄弟とは、思えない愚か者で、本当のギリギリまで要請をせず、したらしたらで馬鹿状態をした挙句、現地での対応は、無礼千万と派遣した騎士達からの評判は、最悪であった。
チュメイ将軍に代わってからは、正反対で、最適な場面に要請があり、現地での対応も十分、こちらの被害も少ないといった物でソーバトの双子が引き抜きを考えるのも頷ける優秀さであった。
そんな元北西部担当将軍に対する愚痴とチュメイ将軍を引き抜けなかった事への慚愧を少し口にした後にサーレーが言う。
「僕達が居る間は、これを預けておきますのでそっちで適切な熟成期間の策定に使って下さい」
「桜の神の巡り合いに喜びを感じいります」
そんな感謝の言葉を口にして受けるのであった。
その夜にもソーバトの双子が親切過ぎた事をもっと注意しておくべきであったと後悔する事になるのであった。
『
1119/刃紺濃(06/16)
ミハーエ王国 マーグナ領都の酒場
元帝国南西担当六将軍 ハバンス=ニーニン
』
マーグナの領都の裏道にある酒場、そこを私は、身を潜めていた。
表向きは、帝国の元商人の隠居として、御供と共に旅をしているが顔を知って居る者も居る以上あまり派手な事は、出来ないのだ。
「時が来るまでご隠居には、田舎町で身を顰められて居られた方が宜しいと思われますが?」
御供に扮した諜報員の提案に私は、苦笑する。
「まだまだ甘いな。そんな事をすれば双鬼姫に直ぐに気付かれる」
「どうしてですか田舎であれば監視の目が薄い筈です」
反論する諜報員の反論に私は、斬り込んで問う。
「それでどうやって私に現状を知らせるのだ?」
「当然、身分を隠した者を伝令に……」
諜報員の言葉を遮る私。
「事が帝国の未来を左右する事柄だ。より精密な情報のやり取りが必須。田舎町でそんな事をどんなに隠蔽工作をした所で目立つ。多くの人間が動く領都でなければ事前準備は、進められないのだ」
私の答えに押し黙る諜報員を他所に今回受け取った情報を精査する。
「それにしても双鬼姫がマーグナに来ているか……」
「領主の城に潜ませた間諜の情報では、ソーバトからの嫌がらせの一環とだと」
諜報員の話に違和感を覚えた。
「確かに双鬼姫が動けばそれを受けた側は、過大な仕事を負わせられる。マーグナの収益向上もソーバトの利益に繋がるが。やはり不自然だな」
「ソーバトとマーグナの関係を考えらば不自然な処がないと思われますが?」
諜報員の言葉を私は、肯定する。
「確かに両者の関係を考えればありえる話だろう。だがな事がソーバトの双鬼姫が関わって居るとなれば王族の意向も関わってくる。双鬼姫が表立って動けない一番の理由は、王族を立てる為だ。王位後継者争いで目立ち過ぎた双鬼姫は、王族が強い警戒を抱いている。その双鬼姫が他領への貢献する様な事は、王族、特に双鬼姫の姉、ターレー第一王子第一夫人が許すとは、思ぬ」
私は、政治的やり取りにおいては、双鬼姫よりも危険度が高い恐るべき少女の顔を思い浮かべる。
「その事なのですが、どうして王族は、そこまで双鬼姫を危険視するのですか? 領主一族といった所で継承権も低い筈。戦力としてならともかく、政治的な事を考えらば王族が危険視する存在とは、思えませんが?」
諜報員の感想に私は、報告書の一枚を見せる。
「王位継承者争いの時の立ち回りもあるが、特に怖いのは、これだ。新種の酒を熟成させる誓約器、その物自体は、凄いが他の誓約器の桁違いの性能を考えれば大した事は、ない。だがその応用には、無限の可能性がある。帝都の誰もが考えなかった事をされた。言うなれば現体制の上層部が想定できない鬼手をうってくるのだ。双鬼姫自身に野心が無かろうが危険視されるのは、しかたあるまい。そしてそれ故の今回の任務だ」
欺瞞を嵩ね引退を前倒しにしてまで私がミハーエ王国に潜入したのも全ては、ヘレクス前大将軍が送ってくる双鬼姫の秘密を知るだろう人間の確保の為だ。
そんな事を考えて居ると一人の少年兵がこちらを見ていた。
話は、聞かれていない筈だが、何故こちらに注目されたのかが解らない。
「あの兵士様、私共が何か失礼を致しましたでしょうか? もしそれならばお詫びを致します」
下手に出ながら小金貨一枚(十万円)を差し出す。
こんな少年兵だ、これだけの金を差し出されれば冷静さを失う事だろう。
そう私は、考えていたがその少年兵は、平然と言ってくる。
「いやそういう訳じゃねえよ。もしかしたらあんたがカーレー達が探している将軍様じゃないかって思っただけさ」
聞き捨て出来ない名前がでて、反応しようとする諜報員達を指で机を叩く合図による暗号で抑えながら私は、故意に大袈裟に驚いた顔を見せる。
「カーレー様とは、あのソーバトの双鬼姫様の事でしょうか?」
少年兵は、あっさりと肯定する。
「まあな。あいつ等は、マーグナに協力するふりして、姿を消したって元将軍? 探しているらしいからな」
違和感の正体は、それか。
今回の協力は、表向きの口実。
実際は、私を捜索する為にマーグナに来ていたのだ。
しかしそうなると目の前の少年兵は、不自然な存在である。
そんな裏事情を知って居るにしては、カーレーを呼び捨てにしている。
貴族の変装にも見えない上、私の勘違いでなければ帝国の血も流れている筈。
どうしてそんな少年兵がこんな所に居るのだ。
「そうすると貴方様もその捜索をなされているのですか?」
私は、確認に対して少年兵が肩を竦める。
「俺は、そういった捜索が苦手だからな。元々、俺は、マーグナに対する嫌味の為に呼ばれただけだから捜索の間は、好きにしてて良いって言われてるんだよ」
今の言葉からこの少年兵は、三腕に近い、双鬼姫個人が重用している兵士だと解る。
双鬼姫は、無礼とも思える態度を貴族相手に使うが、その大半が計算しつくされた政治的一手であり、この少年兵は、そういった一手の一つとして使われたのだろう。
そして使い終わった駒なので自由にさせていた。
だからこそ、私の警戒網にも引っ掛かる事無くここで巡り合ってしまった。
今回の遭遇は、私にとっても、双鬼姫にとっても想定外の物だ。
こんな会話を交わしている間にも部下達は、静かに少年兵を始末する準備を始めている。
だが、私は、迷っていた。
これが双鬼姫の想定内の事ならば当然の様に消された後の対処もされている。
消せばそこから私にたどり着かれる。
だが、想定外ならばその時間は、かなり遅れる事だろう。
それならば消す事が最善解とも思えた。
しかし、気になったのは、カーレーと呼んだ少年兵の表情だ。
あの三腕ですら帝国での旅の最中、欺瞞工作をしている間に呼び捨てしていてもその態度には、敬意が見られた。
この少年兵からは、それがないのだ。
言ってしまえば若さ故の思量の浅さなのだろうが、浅からぬ関係を感じさせる。
もしも双鬼姫が感情的な部分に触れる相手だとしたならば、ここで消すのは、拙い。
双鬼姫は、政治的我慢も出来るが、同時に感情的な敵対心を押し殺さない。
政治的な対応をした上で敵対者を確実に攻めてくる。
消したら最後、関係者に対して政治的譲歩を行いながらも確実にこちらを追い詰めて来る可能性が高い。
ここで判断を間違えれば間違いなく面倒な事になる。
「ところでどうして私がそんな偉い人間だと思われたのですか?」
判断基準を得る為に私が話を振ると少年兵が言ってくる。
「酒場に入って直ぐにあんたがそこそこやると思って少し殺気を向けたんだ」
確かに僅かに殺気を向けられたが私は、下手に反応するのは、危険と周りの人間を抑えさせた。
「戦う時に偉い奴を人質にする戦法の訓練の時にカーレーに偉い人間とそうじゃない人間の区別の付け方を聞いた事があるんだ。カーレーは、色々あるが一番簡単なのは、殺気を向けられた時の対応だって言っていた。偉くない奴、自分で戦う連中は、殺気を向けた相手を一番に探るが、偉い連中は、自分の周りの人間に気を配る。直接戦うかどうかの差でその差が生まれるって教わったんだよ」
双鬼姫らしい単純明快の判断方法だ。
しかし、解った事がある。
この少年兵は、私が捜索対象だと確信していない。
ならば手は、ある。
「ははは、私は、そんな偉くありませんよ。耄碌した私では、対処できないのでこの人達にいざという時頼もうかと思って居ただけです」
私は、誤魔化しに入る。
「そうなのか?」
案の定、少年兵は、悩みだす。
「何でしたら、一緒に城にお伺いして、カーレー様にお会いしましょうか? そうすれば貴方様は、確認できる上、私は、あのソーバトの双鬼姫に会えます。どちらにとっても最良な対応だと思います。少しばかりこちらの利益が多すぎますかな? 必要でしたら紹介料に先程見せた以上の金を用意いたします!」
前のめりにそう提案すると少年兵は、手を横に振る。
「止めとく。一応マーグナの連中には、秘密でやってる事らしいからな。出来るならあんたらもこの事は、言わないでくれよ」
「それは、残念です。ですが、ソーバトの双鬼姫が損になる様な事は、しないと誓いましょう」
私は、そう渋々という雰囲気を出すと少年兵は、飲んでいた酒を呷って言う。
「そんじゃ、この後、気になっていた見世物に行くんでな」
少年兵は、酒場を去っていった。
「絶対に相手に気付かれない様に尾行しろ。だが、間違っても手を出すな」
私の指示に諜報員の数名が動く。
「双鬼姫が直接捜索に乗り出した以上マーグナに居続けるのも危険だ。ターレナの仮拠点に移動する」
これも攪乱工作の一つだ。
本命は、また別にあるが、口に出来ない。
ソーバトの双鬼姫の手がこちらの人間にまで伸びて居ない保証が無いのだ。
油断は、出来ない相手だと再確認されているのだ、一切の手抜かりは、出来ない。
私は、直ぐに行動を開始するのであった。
『
1119/刃紺濃(06/16)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、貴賓室
ソーバト一般兵 アラン
』
「って事でその芸人が小魚を飲み込んで出すんだ。面白い芸もあるもんだな」
俺が今日見た見世物の話をするとカーレーが面白そうに言う。
「何処でも同じような芸は、生まれるね」
「何処でもってカーレーの故郷にもあるのか?」
俺が尋ねるとカーレーが頷く。
「そう。まあ、その手の大道芸って全く関係ない所でも似たような物があるもんだから当然だよ」
「そうなのか。そんじゃ帝国にもあるのか?」
俺の呟きに大量の資料の確認していたサーレーが適当に言ってくる。
「探せばあるんじゃない?」
「そう言えば、帝国で思い出したが。今日、裏道の酒場で帝国からきただろう偉そうな爺さんが居たぞ。もしかしたらカーレー達が探してる奴かと聞いてみたら違ったらしい。なんせ向うから会せてくれたらお金を払うっていってきたからな」
その俺の言葉を聞いてサーレーの慌ててこっちを向く。
「ちょっと待って。お金を払うってどのくらい?」
「最初によくあるいちゃもんの類だと思われて差し出された小金貨以上だっていってたな」
俺は、そう答える。
実は、マーグナでうろうろしているとそういう、帝国の商人に対していちゃもんつけて金をとろうとする兵士とのやりとりに何度か遭遇したから最初のやりとりもそれと勘違いされたと考えて居た。
「何処の酒場! 直ぐに場所を教えて!」
サーレーが大声を出すのに俺は、首を傾げる。
「おいおい、もし本当に探している奴だったら自分から金を出してまで会いたいなんて言わないだろう」
「ハバンス元将軍だったらアランの性格を読み切って敢えて踏み込んだって可能性が高いんだよ。そうだとしたらもう手遅れだね」
カーレーの言葉にサーレーが舌打ちする。
「一歩で遅れた。どうしてくれようか!」
「こうなったら逃走経路の調査の継続だけ指示して、捜索自体は、マーグナに丸投げして、牽制するしかないよ」
カーレーの提案にサーレー肩を落とす。
「どうせ欺瞞情報を山の様につかまされるだけだよ。相手が故意に流した情報なんてあるだけ判断の邪魔なのに!」
「放置も出来ない。少しでも行動を阻害される事を期待しよ」
カーレーがそう慰めるのであった。
『
1119/刃紺濃(06/16)
ミハーエ王国 マーグナ領主城、領主執務室
次期マーグナ領主 ハームー=マーグナ
』
「カーレー=ソーバトから配下の兵士が城下町の酒場で警戒対象であったハバンス元将軍らしき人間を目撃したという話がありました」
カーレーに監視をしていたオームーからの報告に父上が応じる。
「それが本当ならば明確な協定違反になる。即座に確認を行え」
父上の命令にオームーが応じる。
「包の神の恵みを捧げる事を誓います」
成果を出すといってオームーは直ぐに退室した後、私が眉を顰める。
「領主、今回の話は、不自然では、ありませんか?」
父上は、平然と語る。
「不自然では、無かろう。この報告から考えてソーバトの主目的は、ハバンス元将軍の捜索だったのだろうからな」
私は、目を見開く。
「まさか、しかし、そう考えれば誓約器をあっさり貸し出したのも納得出来ます」
自分達が騙されて居た事に憤りを感じていると父上が言う。
「気にするな。元から双子が揃って来た時点で何か裏でやろうとしている事自体は、予測が出来た。そして、捜索を行っていたのも報告を受けて居る」
「何故放置されたのですか? あきらかにマーグナを軽視したやり方です!」
私の疑問に父上が揺るがない眼差しで答える。
「マーグナにとって不利益にならないからだ。逆に双子という大札を中央がきる程の対象の把握にも繋がった。中央との交渉の際に有益な情報になるだろう」
改めて考えてみればはっきりしていた事だった。
今、ソーバトの双子が表立って動くには、中央、王族の了承が必要になる。
単なる嫌がらせで了承が得られる訳が無かったのだ。
「ハームー、お前は、これまで通り酒の開発を行い、ソーバトの双子の足止めを続けろ。私は、その間に今回件に関わる情報を集める」
「包の神の恵みを捧げる事を誓います」
私がそう了承の言葉を口にした後、確認する。
「ハバンス元将軍の捜索は、ソーバトが中心に動いています。それを中央が了承するとなると理由は、双子の秘密を王族が何かしら掴んでいるという事でしょうか?」
「王族には、ターレーがいるからな。事と次第によっては、その情報を横抜きする必要もある。その時は、お前だ」
父上の言葉に私は、敢えて何も言わない。
今の話は、王族に対する反意すら疑われる行為であるからだ。
だからそれを肯定する事を口には、しない。
しかし、必要になれば私がその役割を全うするだろう。
『
1119/刃玄光(06/19)
ミハーエ王国 マーグナ領都の広場
ソーバトの三腕、剛腕のヨッシオ
』
目隠しをしたカーレー様が手に持ったナイフを投げる。
その先には、壁に固定されたアランが居た。
投げられたナイフは、一本で終わらない。
次々とナイフが投げられる度に観客が声をあげる。
全てのナイフが投げ終えられた時、壁に固定されていたアランは、ナイフによって拘束が切り裂かれ自由になっていた。
カーレー様は、観客に頭を下げる中、解放されたアランが脱いだ兜を手に持って回ると硬貨が入れられていく。
一仕事終えたって顔で戻ってくるカーレー様に一緒に護衛をしているコシッロが眉間に皺を作りながら問う。
「何でこんな大道芸をする必要があるんですか?」
カーレー様は、平然と答えて来る。
「欺瞞工作の一つ。あちきが派手に動けばこっちに意識が集中して、逃走経路を調べてる人たちの仕事がやり易くなるからだよ」
「それをやるんだって普通の貴族なら表通りの店で買い物をするなりだろうが」
俺の突っ込みにカーレー様は、一言。
「そんなのあちきらしくないじゃん」
思わず納得しそうになる俺とコシッロを他所にアランが嬉しそうな顔をして帰ってくる。
「おい、小銀貨(千円)まではいっているぞ!」
カーレー様は、してやったりという顔を見せる。
「それを使って派手に屋台巡りだ!」
「おー!」
アランは、それに気楽に応じる中、俺とコシッロは、殺意すら感じるマーグナの監視役達に同情するのであった。
うーん、今後の展開は、メンドイです。
この大陸の破滅する未来の発覚って大イベントがあるっていうのに、その前にラスボスの登場、異世界からの来訪者の取り合いってイベントをこなしておく必要があるんですよね。
どちらも発覚後だと困るので書かないといけないんですが、ここからクライマックスって所で悩ましいって感じです。
次回は、ラスボス誕生秘話、カーレーが予言してたトレウス将軍がやらかしです。




