054 見知らぬ戦い方と変わった卒院生
リーモス防衛戦
「トーリー様、ソーバトの部隊が到着した様子です」
側近の言葉に私、リーモスの領主の次男、トーリー=モーリスが頷く。
「解った。指揮をする騎士をここに」
私の指示に側近が私が待機する天幕にソーバトの騎士を招きいれた。
「新の神の御声が届いておりますでしょうか?」
そう定例の挨拶をして来た人物に私は、見覚えがあった。
「新の神の御声にトーリー=モーリスがありました」
「シーワー=マーンスもある幸運を神に感謝致します」
顔をあげたその人物、シーワー=マーンスは、学院では、有名であった。
中位領地であるソーバトの中でも中位の貴族でしかないのに卒業まで優秀賞を獲り続けた者として。
中央からも声が掛かる程の優秀な人材であったが今回の増援を指揮する騎士としてくるには、若すぎる気がした。
「シーワー殿、今回の騎士は、そなた以外にどれだけ来られているのだ?」
優秀賞をとったシーワーを飾りに置いて、実質は、他の騎士が指揮をとるのだろうと思っての質問であった。
「今回は、私と私の側近の騎士のみでございます」
意外な答えであった。
それは、ソーバトが今回の増援を殆ど形のみの物にして来たと言っても過言では、なかろう。
怒りに近い嫌悪感を抑えながら私は、口にする。
「ソーバトにも色々な事情がおありなのでしょうな」
厭味である。
相手もそれを理解しているだろうが、そんな物を感じさせない顔で答えてくる。
「ソーバトは、どの様な事情があっても祖国に仇なす者と戦う力を惜しみは、しません」
この状況でその言葉を口にする度胸は、尊敬に値するが、私としても領主の次男坊として結果を出さないわけには、いかないのだ。
「惜しみない力の証を見せてもらいたいものだ」
嫌悪感を隠すのを止めて口にするとシーワーが側にあった魔帯輝の収納具を開いて見せた。
「これでは、不足でしょうか?」
それを見て私は、驚いた。
そこに収められた魔帯輝は、とても騎士数人で使うには、過剰としか言えない量だったのだ。
魔帯輝は、魔法王国ミハーエでは、何よりも貴重な物である。
人員数より確実にその領地のやる気が解る指針に成り得る物である。
それ故に、ソーバトの考えが読めなかった。
騎士が数人しか派遣しないというのに、通常よりも多い魔帯輝の携帯。
考えられるとすれば、二つ。
一つは、ただのブラフ、実際に使用せずに持ち帰る算段。
もう一つは、使用した魔帯輝を全てリーモスが負担する事を見込んだ事。
どちらにしても私にとっては、デメリットにしかならない。
その事を間接的に言及して、是正しなければならない。
「この度の戦いの指揮は、私が摂る。その上で確認したい。それらを有益に使うことが出来るのか?」
ここで大切なのは、有効でなく、有益である事。
戦う上では、有効と有益は、違う。
多くの魔帯輝を使用し、多くの戦果を上げるのは、有効では、あるが有益では、ないのだ。
「残念ながら有益とは、言い切れません」
シーワーがあっさりと認めた事には、予想外だったが、認めた以上、こちらがデメリットになるやり方は、させない方向に話を進められると考えている間にシーワーが続ける。
「ですので、今回の防衛戦で使用した魔帯輝には、魔力が籠められる前の魔帯輝で代償として頂く旨を領主より一筆頂いております」
差し出された書状には、確かにその旨が書かれ、領主であるウーラー=ソーバト様のサインがあった。
正直、面倒な状況になっていた。
騎士の数からしてソーバトは、今回の防衛戦には、積極的では、ない事が解る。
しかし、魔帯輝の扱いに関しては、完全に相手の主張通り、積極性がある。
そこに領主の書状がついているのだ、下手な抗議は、つけられない。
思わず、側近の者に視線を送るが、同様に戸惑いを見せていた。
巧妙な罠に掛かったそんな気がする中、対面は、終わらせ、退出させる。
その夜、私は、側近を集めて対策を練っていた。
「ソーバトの欺瞞を看破する良案は、無いか?」
私の言葉に側近達も顔を濁らす中、嘗ては、祖父に仕えていた騎士が進言してくる。
「トーリー様、あちらがあくまで積極的であると主張するのでしたら、侵攻が一番激しい戦場を望み、そこで討ち死にさせるのです。さすればヌノー相手の防衛戦の成果のみが誇りのソーバトです。恥を隠す為に新たな騎士を早急に派遣してくることでしょう」
「それでは、戦線を崩す事になり、私の失点にならぬか?」
私の疑念にその側近が即答する。
「端からソーバトの戦力を数にいれておかぬように他のリーモスの騎士に伝令しておきます。若様の顔に泥を塗るような真似は、この私がさせは、しません」
老獪とは、よく言ったものだが、今は、頼もしく思える。
「すまぬがよろしく頼むぞ」
この妙案に他の側近達の顔も明るくなり、軽口が出る。
「ソーバトの騎士も若くして命を落とすことになるとは、なんと不幸な事か」
「自業自得というものだ」
「そうそう、あやつ、所詮は、低い地位でありながら学院では、大きな顔をしていたのだ、その罰があたったのだ」
鬱憤を晴らす様に次々と出てくる言葉、それは、何気なく口にしているが、本音なのだろう。
格下である筈の者が自分たちよりも優秀とされている事が許せなかったのだろう。
かくいう私もシーワーが成績通りの人間とは、思えなかった。
何度か遠めであるが、その行動を見た事があるが、一言で言えば雑種の犬が精一杯、血統書付きの犬に張り合っている風にしかみえないのだ。
知らない人間からすれば、同じ犬と思えるかもしれないが、血統書付きの犬とは、それだけ品種改良された犬なのだ。
具体例をあげるならば、狩りに特化した血統書付きの犬に雑種の犬が狩りで対抗しようとしても、基本能力が違いすぎる。
皮肉なのは、それを本人が知っていて、それに反発するように無駄に対抗心を燃やしている所だ。
その結果が悲惨な結末を迎えるとも知らずに。
翌日、私の前に現れたシーワーに私は、戦う戦場を告げる。
戦場を理解できる人間ならばそれが死亡宣告だと解るだろう。
幸か不幸か、シーワーには、それが理解できる筈だ。
「まさかと思うが、否とは、申すまい?」
前日にあれだけの大言をしたのだ、今更、命惜しさに拒むことなど出来まい。
優越感を覚えながら私は、最終勧告を行うことにした。
「今なら新たな増援が来るまで待つことも可能だぞ?」
積み木で積み上げられた誇りを捨てて増援要請をするかもしれないと思いながら私が見たシーワーの表情は、昨日のそれと同じであった。
「最前線とは、ありがたきことです」
側近達が驚愕し、側近の一人が小声で呟く。
「虚勢だ。虚勢を張っているだけだ」
私もそう思いながらもシーワーの顔を見た。
そして昨日は、気付かなかったシーワーの変化を知る。
学院時代にあった、あの無駄な抵抗心を感じさせた雰囲気が全く無いのだ。
自分より魔力に優れた貴族を見る時に見せていた暗い感情が感じられない。
逆に余裕すら感じさせた。
その上、その表情には、抑え切れない歓喜すらあるのだ。
「本当に良いのだな?」
最終確認をとる私にシーワーが即答する。
「はい。一刻も早く戦場に赴きたいものです」
私達は、混乱の中、シーワー、ソーバトの増援部隊を送り出した。
「生き残れるわけが無い!」
天幕で報告を待つ中、側近が苛立ちを籠めてそう口にしながら報告を待っていた。
他の側近も落ち着かない様子であった。
普通に考えれば、どうしようもない状況である。
そして第一報が伝令兵から成された。
「ソーバトの増援部隊が、チェーラ部族の陣形を打ち砕き、ミハーエ軍が押しております」
完全に想定外の結果であった。
愕然とする側近達の中からいち早く冷静さを取り戻したのは、昨日の進言をしてくれた側近であった。
「魔帯輝だけは、豊富だったのだ、強大な攻撃魔法を使って、切り崩したのかもしれない。だが、それだけでは、戦線を維持できない」
その答えに側近達も同意する。
「そうか、そうに決まっている。強力な魔法で一時的に陣形を砕こうと、数名の騎士では、後が続くまい」
「直ぐに、周囲を囲まれて逃げることも叶わず死ぬだけだ」
そう言いながら冷や汗が流れていた。
難しい顔をして黙っていた進言してきた側近に近づく。
「何を考えている? 想定外の状況に困惑しているのか?」
その側近は、首を横に振った。
「戦場で想定外の事など幾らでもあります。それでも長い経験の中で似たような事があるのですが、今回に関しては、どうも勝手が違いすぎます」
そして嫌な予感は、的中し、次々と伝わる報告は、常にソーバトの増援部隊の活躍だった。
どんなに仮定を立てても成立しない筈の結果だけが伝わってくる。
私は、覚悟を決めた。
「戦場に出る。護衛を頼む」
「若様!」
制止しようとする側近を私が即断する。
「この様な解らない状態のままで済ませるわけには、行かないのだ!」
護衛を引きつれ、私は、戦場に出た。
そして、ソーバトの増援が、シーワーが何をしているのかを目撃した。
「そんな馬鹿な事があるのか?」
シーワーは、連れて来ていたソーバトの兵士達に防御魔法を掛け続けていた。
防御魔法で守られた兵士達は、魔法攻撃もしてくるチェーラ部族の戦士達と正面からぶつかり合い、そして蹴散らしていくのだ。
信じられない事にシーワーは、一切の攻撃魔法を使っていなかった。
先行する兵士に対して防御魔法を使うまたは、チェーラ部族の渾身の魔法攻撃を逸らす、それだけを続けていたのだ。
普通は、有り得ない戦い方だというのに、ソーバトは、難敵であるチェーラ部族の戦士達を打ち破り、増援がくるまでの間に詰め寄られていた戦線を一気に後退させていくのであった。
その日の戦闘は、そのまま優勢のままに終わりを迎えた。
ソーバトを、シーワーを迎えたミハーエ軍の騎士達の反応は、複雑であった。
あんな戦い方は、騎士の誇りに沿うものとは、考えられないからだ。
しかし、その反面、ソーバトが出した戦果は、揺ぎ無いものだったのだ。
報告に来たシーワーを私は、糾弾する。
「あの様な戦い方をして騎士として恥ずかしくないのか!」
シーワーがあっさり頷く。
「はい」
「馬鹿な! 自らは、攻撃を行わず、一般の兵士の為に防御魔法を使うなど、信じられない事だ!」
声を荒げる私に対してシーワーが淡々と告げる。
「騎士にとって一番大切な事。それは、敵から味方を領土を、領民を護る事。それを効率的にできる方法を選ぶ事に何の躊躇が必要なのでしょうか?」
側近達は、信じられないものを見る眼でシーワーを見る。
理屈的には、シーワーの言っている事は、正しい。
理屈では、理解できる。
しかし、それが納得できるかどうかという事になれば全く別だ。
誇り高き騎士が盾代わりの兵士の為に防御魔法を使ってやるなどありえない話なのだ。
ほぼ間違いなく、ここに戦場に居るミハーエの騎士の大半が同じ考えのはずだ。
そして、私は、確信した、目の前に居るシーワーは、学院に居た時のそれとは、全く別物だと。
学院に居た頃のシーワーであれば例え死ぬことになろうともその様な事は、しないだろう。
「私は、そんな戦い方は、認めぬ!」
私の言葉にシーワーが苦笑する。
「それでどうしますか? トーリー様は、確かに私達のソーバトからの増援の指揮権がありますが、それは、あくまで戦闘の開始と撤退、そして範囲のみ。方法については、我々が指示を受ける理由がありません」
シーワーの言葉通り、他領の騎士や兵士の戦い方に口を出す権利は、無い。
その様な事を許可してしまえば、増援に来た他領の者達を自領の者の盾として使うことも可能になってしまうからだ。
「出撃をさせぬ事は、出来る」
私の答えにシーワーは、同意をしめす。
「その通りでしょう。しかし、自領の騎士や兵士も戦うなら、増援に来た他領の騎士や兵士を遊ばせる指揮をトーリー様が行われるつもりですか?」
痛い所を突いてくる。
戦い方が気に入らないからと戦線から遠ざける等、個人の我侭としか受け止められない、間違いなく私の汚点となるだろう。
逆に現状、私は、チェーラ部族との戦線を押し戻したソーバトへの指揮を行った事で、第一功にすら挙がるだろう戦果を出している事になるのだ。
容認出来ない戦い方だという以外、私にとってほぼ最高の状況と言っても過言では、ない。
「今日は、戻れ。明日の指揮は、明朝、改めて行う」
「了解いたしました」
シーワーは、泰然とそう答えて天幕から出て行った。
「あやつ何を考えているんだ!」
猛烈な反発が側近達から出る中、沈黙していた策を出した側近が口にする。
「あの者は、以前からあのような者でしたでしょうか?」
私は、大きく首を横に振る。
「違う。優秀であったが、あくまで一貴族でしか無かった。今のような領主一族である私と正面から向き合える人間とは、思えなかった」
かつてのシーワーなら、下から睨み返すような視線を送ってきたことだろう。
「あの雰囲気には、心当たりがあります。あれは、心酔する王や領主を得た貴族の物です。その者にとって心酔する御方以外は、ただの駒でしかなく、そこに嫉み等は、存在しません」
側近の言葉に私は、戸惑う。
「それほどに変わるものなのか?」
側近は、深い思いを籠めて口にする。
「はい。私も同じでしたから。解ります」
仕えていた祖父の事を思い出しているのだろう。
「侮れない者になったと言う訳だな」
その後、私は、半ば自棄に近い指揮でシーワーが率いるソーバトの部隊を最前線に投入し続けた。
しかし、それは、私の戦功を挙げる事にしかならなかった。
その結果、ここ数回の侵攻の中で一番早い撤退を行わせる事になった。
異常なまでの戦績に私は、シーワーを個別に呼び出した。
「今回の戦果、素晴らしい物であった」
シーワーは、礼儀に沿った態度で応じる。
「トーリー様にそういって頂けれる幸運を刃の神に感謝します」
その態度、顔つきを見て側近が言った言葉の正しさが理解できる。
この者にとって私、下手をすれば国王ですら、真の敬意の対象では、ないのであろうと。
「二つ聞かせて貰いたい」
「答えられる事でしたら、お答えいたします」
シーワーの言葉に私は、質問を口にする。
「何物があの様な戦い方を考えたのだ?」
「我が主です」
即答したシーワーの顔には、これ以上ない程の賛美があった。
「貴殿の主とは、領主なのだな?」
「当然です」
シーワーは、言い淀みをしなかった。
ただ、それだけだ。
直接その答えを聞けば解る、本当の主は、領主では、無い。
「解った。今回の戦果に対する御礼は、我が領主からそなたの主たる領主に贈られる事であろう」
「ありがたきお言葉です」
シーワーがそう言って場を後、私は、口にする。
「あの者の主、ソーバトの領主の弟、イーラー様は、優秀と聞いているが、違うだろうな」
私の独り言に学院でも共にする側近が思わず口を入れてくる。
「しかし、他にそれだけの人が居るとは、思えません。次期領主候補のオーラー様とて、シーワーは、敬意をはらっていなかった筈です」
それは、私も感じていた事だ。
これ程までに人を変える存在、それに私は、興味があった。
「この次の学院生活、ソーバトの情報収集に力を入れる必要があるな」
そう予定を立てるのであった。
シーワー、大活躍。
そして、学院登場人物を地道に増やしていっていますが。
まだまだ秋のイベントや冬のイベントが残っている。
本当に何時になったら学院にいけるのだろうか?
次回は、新戦法の評価回です




