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落ち目領地とハーフな双子  作者: 鈴神楽
七年目 節目帝国のフリーな双子編
536/553

536 大変な魔帯輝採掘と一騎当千を行う者

最北の国とミハーエ王国が戦争します

1119/新銀薄(02/26)

帝国北東部の町、マルデットの広場

札無し下働き カレ


「さて毎度の問題の時間です」

 サレの何時もの如くのクイズタイムにヨッシオさんが心底嫌そうな顔をする。

「またそれかよ」

「知識を深めるって事は、良い事だと思うんだ」

 サレの返しに対してコッシロさんが半眼で告げる。

「それは、否定しません。ですが、そういう問題を出すときは、殆どの場合、現実的な問題に巻き込まれる直前なんですが」

 サレは、それを無視してクイズを出す。

「さて国を維持するのに必須条件とは、何でしょうか?」

 諦めた様子でヨッシオさんが答える。

「金じゃねえか?」

「外れ、確かにかなり重要だけど、お金が無くても成立させることは、決して不可能じゃありません」

 サレの言葉にあちきが補足する。

「極端な話をすれば、物々交換でも問題ないんだから」

「優秀な人材ですか?」

 コッシロさんの答えにサレは、手でバツを作る。

「それも不正解。優秀な人材がいなくてそれを補う人数が居ればなんとでもなります」

 続いてムサッシさんがこちらをみながら言ってくる。

「統治する人間でしょうか?」

 苦笑混じりにサレが告げる。

「王国が多いこっちでは、そう思いがちだけど、僕達が居た国じゃ、政治をするのは、国民の中から選ばれた人たちで、時々凄く無能な人が成っていたけど国は、継続されてたね」

「王様の死を隠して国を継続させるなんて事も実際可能だしね」

 あちきがそう答えるとヨッシオさんが面倒そうに告げて来る。

「だったらなんだって言うんだ?」

 サレが応えようとした時、ナースーさんが答えを口にする。

「輝集地だ」

 驚いた顔をするムサッシさん達を後目に答えを取られたサレが不満気そうにしている。

「正解です」

 コッシロさんが戸惑いながらも聞いてくる。

「どういう事ですか? どうして輝集地が必須条件なのでしょうか?」

「結局の所ね、国を維持するのに必須になるのは、防衛力なんだよ。敵国からの侵略を防ぐ上で最低限必要なのは、相手の攻撃魔法を防ぐだけの魔帯輝であり、それがとれる輝集地の有無が国を維持できるかどうかを決めているんだよ」

 あちきの説明に理解を示すムサッシさん達を横目にサレが本題に入る。

「そんな訳で建国には、輝集地の有無が大きく係ってくる。そういった意味で国を維持するために必要な輝集地を確保出来たここから北にあるルーンス王国は、ディーラで最北の国になるんだよ」

 ヨッシオさんが頷く。

「なるほどな、詰まる所、今この帝国の町を襲撃してきているのは、そのルーンス王国って訳だな」

 あちきが感心する。

「素晴らしい推理だね」

「誰でも解りますよ!」

 怒鳴るコッシロさんを横目にムサッシさんが疲れた表情で言ってくる。

「避けれられなかったのですか?」

 サレが視線をぞらしながら答える。

「僕達も他所の国の状況を体感したかったからね」

 ムサッシさん達が大きなため息を吐く中、ナースーさんが冷静に告げる。

「ルーンス王国は、帝国越しだがミハーエ王国に近い位置にある。歴史を紐解けば何度か交戦記録もある国では、あるな」

 サレが頷く。

「そう。まー言ってしまえば中央に輝集地が集中するディーラの状況を考えれば輝集地が多い国ってミハーエに近い国って事になるんだけどね」

 ある種の必然って感じであるが、今問題なのは、そんな事じゃない。

「それにしてもルーンス王国も我慢強かったよね、終戦魔法戦争での帝国の敗北から今まで襲撃を堪えて来たんだから」

 そんなあちきの感想に対してサレが少し悩んだ顔をする。

「他の国と違って時間をかけて魔帯輝を貯め込めば勝てる算段があったからかもね」

 結局の所、この世界での戦争を左右するのは、魔帯輝だって事だろう。

 兵站なども重要だが、さっきも言ったが魔帯輝が無ければ相手の攻撃魔法を防げない。

 そうなったら一方的に魔法攻撃されるだけになってしまう。

 だからこそミハーエ王国は、十倍近い国土を持つ帝国と戦い続けられたんだけどね。

「それでどうなんだ? ルーンス王国に勝ち目は、あるのか?」

 ヨッシオさんの問い掛けにサレが気楽に答える。

「勝利を何処にするかでも変るんだけど、元々ルーンス王国領地だったこのマルデットを取り戻して、確保することは、不可能じゃないと思う。ミハーエ王国からの応援が到着する前に占領出来れば、そこからは、再度侵攻になるからミハーエの力を当てに出来ない以上、一定の魔帯輝供給量があるルーンス王国を押し返すのは、難しいね」

「それは、拙いのでは?」

 焦った顔をするムサッシさんあちきが問い返す。

「何が?」

「何がじゃないでしょう! ここがルーンス王国に侵略されたら御二人の身の安全が……」

 コッシロさんの言葉を遮る様にあちきが微笑む。

「たかだが数千の軍であちき達をどうにか出来ると思う?」

 深い深いため息を吐く三人を代表してヨッシオさんが言う。

「本気で死ぬほど苦労するんだから止めてくれよ」

 苦労するけど無理だとは、思わなく成って来た様だ。

「帝国軍が撤退を始めたよ。緒戦で押し切るとは、ルーンス王国も頑張ったね」

 サレの朗らかな言葉にムサッシさん達がこの後の仕事を思う肩を落とす。



1119/新銀薄(02/26)

ルーンス王国マルデット仮拠点

ルーンス王国第一王子 ギョクント=ルーンス


「我等の勝利の乾杯!」

 私は、勝利の美酒を呷る。

「流石は、ギョクント殿下! お見事な采配でした!」

「ヌノー軍の奴等は、なんと情けない顔をしていた事か!」

「我がルーンス王国軍こそが最強です!」

 勝利の高揚した空気の中、一人の側近が私に耳打ちする。

「ソーバトの双鬼姫がこの町に居ると言うのか?」

 私の言葉に周り者達の顔に動揺が走る。

 ソーバトの双鬼姫、その名前を知らぬ者は、ディーラに存在しないだろう。

 このマルデットを奪い取ったヌノーのヘレクスを打ち倒したミハーエ王国の英雄なのだから。

 その英雄がヌノー内を極秘に調査しているという報告は、前々から受けて居た。

 当然、わが国でもその動向には、注意を払っている。

 報告が正しければこの町にそのソーバトの双鬼姫がいる事になるらしい。

「既にヌノー軍と共に退避しれいるだろうな」

 私のその呟きに何人かの者が安堵の息を吐いた。

 ソーバトの双鬼姫なんて化け物に今回の勝利を台無しにされたくなかったのだろう。

 正直、ヌノー軍に協力されて居れば面倒な事になっていたのは、確かだ。

 しかし、既にヌノー軍が撤退した今、ソーバトの双鬼姫が居ようが居まいがもう関係ない。

 それどころか万が一にも居た場合、捕虜にすればミハーエ王国に対して大きな交渉材料になる。

 一先ず勝ったといえ今後のヌノーとの戦いを考えればミハーエ王国に対して何かしらの対処が必要になる事を考えれば、有益な手段である。

「もう少し早く気付いて居れば逃げる前に捕らえたものを」

 そう苦笑していると新たな報告が入って来た。

「ソーバトの双鬼姫が未だこの町に滞在していて、接敵した我が軍の者に対してヌノー帝国に組するつもりが無いから放置しろと言って来ただと!」

 私は、思わず大声をだしていた。

 その報告にざわめきが起こる中、私は、即断する。

「冗談も休み休み言えというのだ。今すぐに主力を向けろ。多少の被害は、構わないから必ず確保しろ!」

 私の指示に伝令兵が即座に動く中、側近の一人が声をあげた。

「殿下、ここは、相手の要求通りに非干渉が有効かと」

「何故だ?」

 睨みつける様に言う私に対してその側近が多少怯みながら応える。

「今回の目的は、このマルデットの奪還です。確かにソーバトの双鬼姫を確保出来れば有益ですが、その為に戦力を消耗してしまっては、本末転倒です」

 私は、苦虫を噛み潰した顔をしてしまう。

 確かにその通りであった。

 しかし、目の前に大きな成果がぶら下がっているのを無視すると言うのも業腹である。

 だからこそ私は、ソーバトの双鬼姫の戦力を報告させる。

 すると伝令兵は、酷く戸惑った表情で現れた、報告を躊躇していた。

「早くせぬか!」

 側近にせっつかされ伝令兵が報告を始めた。

「ソーバトの双鬼姫の戦力ですが、ソーバトの双鬼姫とその三腕、そしてミハーエ貴族の騎士が一人、総数六名です」

 呆けた空気がその場を支配した。

 それを振り払う様に側近が怒鳴りつける。

「馬鹿を言うな! ソーバトの双鬼姫は、ミハーエ王国の領主一族だ! 護衛がたった六人なんて訳がある訳がないだろうが!」

 伝令兵は、顔を引き攣らせながらも訂正してくる。

「正確には、本人達を入れて六名なので、護衛は、騎士を入れても四名になります」

「尚更ありえぬだろうが!」

 怒鳴る側近を他所に先程忠言してきた側近が呟く。

「あり得ぬ事では、ないのかもしれません。これまでの報告によればあくまでソーバトの双鬼姫は、極秘調査を行って居る筈です。その為、護衛も最小限にしています。だからこそ、先程の戦いにも参加せず、非干渉を求めて来たのかもしれません」

「なるほどな。ならば好機では、ないか! よし、私が自らその場に赴こう!」

 私は、外していた装備を身に着け向かうのであった。



1119/新銀薄(02/26)

帝国北東部の町、マルデットの広場

ミハーエ王国兵士 ヨッシオ


「なんていうか、毎度の事だな」

 俺は、向かってくるルーンス王国兵士を蹴散らしながら言う。

「そうね、毎度の事ね」

 コッシロも大きく頷きながら、騎士が放ってくる魔法を切り裂く。

 それを驚いた顔をで見るルーンス王国の騎士。

 まあ、普通は、あんな真似は、出来ねえだろうから当然だ。

 騎士も来ると解った所でサーレー様が武器に魔法を斬れる魔法まで付与してくれたから出来る芸当だ。

「油断するな!」

 そういとも容易くルーンス王国兵士の剣を切り裂いていくムサッシが言ってくるが、負ける気がまるでしない。

 敵の数がどれだけ多かろうがこの程度の連中じゃ、俺達三腕を突破出来ない。

 そうであればカーレー様達がその気になればその瞬間、広域攻撃魔法で一掃されて終わる展開しか予想できない。

 既に戦いと言うより相手が諦めるかカーレー様達が相手をぶちのめす事にするかのどちらが早いかの勝負にしか思えなかった。

 まあ、無駄に殺す必要もないから精々、俺達が頑張ろう。

 間違ってもナーの野郎が出張って大量殺戮に成らない様にな。

 そんな事を考えて居ると相手側に動きがあった。

 兵士の壁が開き、偉そうな奴が馬に乗ってやって来やがった。

 それを見てサーレー様が何か視線で合図を送っている。

 それを見てムサッシがため息を吐く。

「今回は、何か思惑がある様だな」

「なるほどね、だからか」

 俺も理解する。

 様は、相手のお偉いさんを引っ張り出す必要があるから敢えてここでとどまっていたって事だな。

 そうするとこっからが本番だな。

「私は、ルーンス王国第一王子、ギョクント=ルーンス。貴様らは、ミハーエ王国、ソーバト領主一族のカーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトだな!」

 ルーンス王国王子様が偉そうに宣ってくれた。

 呼び捨てされた事にコシッロが不機嫌そうな顔を見せるが、まあ、相手にしてみれば小娘相手に敬語を使う必要がないって感じなんだろう。

 そんな相手に対してカーレー様とサーレー様は、帝国の皇族相手にもしない様な礼儀正しく頭を垂れた。

「ギョクント殿下に御言葉を頂けた事を感謝致します。あちきがカーレー=ソーバトでございます」

「カーレーと同意であります。僕がサーレー=ソーバトでございます」

 この時点で物凄くキナ臭かった。

「一応の礼儀は、知っている様だな。ならば大人しく我が軍門に降るが良い」

 偉そうな王子様のそんな言葉にカーレー様が首を傾げる。

「どうしてそうなるのでしょうか? 浅学なあちきには、解りかねますのでどうぞお教えください」

 呆れたって顔をしながら偉そうな王子様が告げる。

「当然だろう。我が軍は、三千の兵がある。この状態で汝等に逃げる術は、無い」

 カーレー様が逆の方向に首を傾げる。

「何故あちき達が逃げる必要があるのでしょうか?」

 呆れを通り越して呆然とした表情を見せる偉そうな王子様に側近が囁く。

「戦場に慣れていない故に現実と言うのが解って居ないのでは、ないでしょうか?」

 それに納得顔になる偉そうな王子様が苦笑したかと思うと語り始める。

「貴様らには、理解出来ないだろうがそこの下賎の兵士共がどれだけ強かろうと千の兵士する倒すことは、出来ない。そして千の兵が居無くなろうともまだ二千の兵があるのだ、どうしようもないであろう」

 数の絶対的な有利、通常ならこの偉そうな王子様の言う通りなんだろうがな。

 チラリと視線を向けるとサーレー様が魔法を発動させている。

 すると後方から悲鳴があがる。

 慌てた様子で偉そうだった王子様が怒鳴る。

「貴様、何をした!」

 するとカーレー様が魔法を放つ。

『新の神が定めし場を包の神と白の神の安らぎに満たす氷を結べ、氷結領域アイスエリア

 近場に居た兵士達の足元が凍り付いて、動けなくさせていった。

「こうやってギョクント殿下の兵を無力化させて頂きました」

 カーレー様の答えに怒り狂う王子様。

「許さんぞ! 殺してしまえ!」

「殿下、生け捕りにしなければ……」

 諫言する側近を睨む怒り狂った王子様。

「黙れ! 我が配下にこの様な真似をした者を見逃せるか! やれ!」

 その号令に騎士達が一斉に攻撃魔法を放った。

 これがカーレー様達じゃなければ命の危機なんだったんだろうな。

 カーレー様は、それら攻撃を大魔華双輪であっさりと打ち砕く。

 本気であの誓約器は、反則だ。

 攻撃力が高いだけじゃなく、そこ等の騎士が使える攻撃魔法や防御魔法なんて鼻歌混じりにぶっ壊しちまう。

「……まだだ! こちらの数の有利が崩れたわけでは、ない! 撃ち続けろ!」

 顔を引き攣らせた王子の指示に騎士達が応じるが、無駄撃ちだろう。

 いくら数が居ようが魔法の発動には、かなり手間がかかる。

 それに対して大魔華双輪は、ただ振るだけだ。

 カーレー様の処理限界を超えるのには、ここに居る騎士じゃ全然足りねえ。

 何度目かの魔法攻撃でそれが止まる。

 魔法を使うには、魔帯輝が必要なんだ、ただ自分の魔力だけで使える大魔華双輪と違って何度も使えば持って居る魔帯輝が尽きるのは、当然の話だろう。

「新たな魔帯輝を持って来い!」

 馬鹿王子様の馬鹿げた命令でルーンス王国の連中が慌てまくるのであった。



1119/新銀薄(02/26)

帝国北東部の町、マルデットの広場

ルーンス王国第一王子 ギョクント=ルーンス


 新たな魔帯輝の到着と同時に魔法攻撃は、再開させた。

 しかし、一向にそれが当たる気配が無かった。

「ギョクント殿下、御忠告です。これ以上魔帯輝を浪費すれば、折角占拠したこのマルデットを維持する事すら不可能になります」

 小娘、カーレーがこちらの魔法攻撃を打ち砕きながらそう宣って来た。

 それを聞いて側近達にも動揺が走る。

「で、殿下……」

「騙されるな! ああやってこちらの動揺を誘って居るだけだ。如何なる手段を用いているか解らんが、何時までも魔法攻撃を防ぎ続けられる訳がないのだ! 直ぐに限界が来るはずだ!」

 私は、そう断言すると側近の一人は、反論して来た。

「しかしながら、既に今後のヌノーとの戦いに必要な魔帯輝まで消費している状態です。これ以上、消耗しては、例えここでソーバトの双鬼姫を制圧しても意味が……」

 その言葉を私が遮る。

「意味ならある! ソーバトの双鬼姫は、ヌノーにとっても有益な盾になる! 無力化して人質にすればミハーエに敗戦したヌノーも容易に攻撃は、出来なくなる筈。その間にその身柄と引き換えに大量の魔帯輝を要求すればすべて解決する」

 そうだ、こいつらがこうやって魔法攻撃を防ぎ続けられるのもミハーエの豊富な魔帯輝あっての事に違いない。

 ならば、ここでこいつらを手にすれば今以上に大量な魔帯輝を手にして、マルデットのみならずヌノーの領地すら奪い取る事が可能になる。

 私の判断に間違がある筈が無いのだ。

 私は、そう信じて魔法攻撃を続行させる。



 間違いが無い筈だったのだ。

 なのにどうしてソーバトの双鬼姫は、無事なのだ。

 三度目の魔帯輝の補充を終えて続けられる魔法攻撃にもソーバトの双鬼姫は、まるで届かなかった。

 そして、その魔法攻撃も今まで以上に早く終わりを迎えた。

「つ、次の魔帯輝を持ってくるのだ!」

 私の命令に側近を首を横に振る。

「もう無理です! これ以上の魔帯輝を消耗すれば、ヌノーの追撃すら防げず国に帰る事も叶わなくなります!」

「馬鹿な事を言うな! この度の侵攻の為に我々が揃えた魔帯輝は、ヌノーと十度交戦しても問題ない筈だ! 足りなくなる筈がないだろうが!」

 私の絶叫に対して答えたのは、側近では、無かった。

「通常の戦争の時って意外と攻撃魔法を撃てる好機って少ないんですよ。防御魔法で防がれる無駄撃ちする事を控え、必中の時のみに撃っているのですから。さて、それを踏まえて今回ですが、どうでしたか?」

 カーレーの言葉に私は、拳を握り締める。

 こいつの隙を突く為に連続して魔法を撃ち続けさせていた。

 こうして考えてみれば魔帯輝の使用量は、通常の戦の数倍にも上るだろう。

「最早止めらぬ! 残りの魔帯輝を全てを使ってでもソーバトの双鬼姫を討て!」

 そうだ、最早当初の目的は、瓦解した。

 しかし、ソーバトの双鬼姫を討てば、十分な戦果になる筈だ。

 そう決断してソーバトの双鬼姫を睨みつける私の眼前に何かが飛び込んで来た。

 それは、私を守る防御魔法を突破して迫ってくる。

 思わず手で顔を庇う中、激しい衝撃の後、私の意識が失われていくのであった。



1119/新銀薄(02/26)

帝国北東部の町、マルデットの広場

ミハーエ王国ソーバト領主一族、サーレー=ソーバト


 僕の放った小魔華百輪が馬鹿王子の兜の上部を粉砕して、その意識を奪う。

「そこの人、ギョクント殿下が落馬する前に支えて!」

 カーレーの忠告にルーンス王国の側近の人達が慌てて馬鹿王子を支えながら馬から降ろす。

「魔帯輝をこれだけ消耗した以上、撤退するしかないよ。帝国の反撃が始まる前に逃げ帰りな」

 カーレーがそう告げ、僕が氷結領地を解くと、複雑な表情をしながらルーンス王国の連中は、撤退を始める。

 その側近の一人にカーレーが宣言する。

「この度のルーンス王国のあちき達への対応は、ミハーエ王国より正式に糾弾させて頂きます」

 撤退を確認した後、カーレーが呟く。

「こんな三文芝居をやる羽目になるなんてね」

 まったくだ。

「どんな裏があるのですか?」

 ムサッシさんの問い掛けに僕が肩をすくめる。

「簡単じゃないんだよ。ミハーエ王国の上層部も色々とあるって思って居て」

 そう誤魔化した。

 正直、ここで全部ぶちまけたくもあるが、ナースーさんって監視があるから必要以上の情報を漏らす事すら出来ない。

「ムサッシさん達には、迷惑かけ事には、申し訳ないけどね」

 カーレーの歯切れの言葉にヨッシオさんが大きなため息を吐く。

「とっくに諦めているよ」

 こうしてルーンス王国に対する面倒な作戦の第一段階は、終了したのであった。



1119/包黄淡(03/01)

ルーンス王国王城

ミハーエ王国リースー王子護衛騎士、ダースー=ダータス


「随分と敵意満々だな」

 俺の戯言に同行した文官のパーセーが静かに頷く。

「そうですね。ミハーエ王国からの正式な使者に向ける物とは、思えませんね」

 その言葉に分別ある奴等は、視線を逸らすが、多くの奴等が睨みつけてままだ。

 そうしている間に、準備が終わったのだろう、ルーンス国王が待つ謁見の間に呼び出された。

 パーセーが主とした長たらしい挨拶の最中もあの双子にその面子を叩き潰された第一王子が睨んで来ていた。

 こうして観察してみると帝国の皇太子であるアレキスより少し年上と聞いて居るが、はっきり言って話にもならない小物だ。

 そして長い挨拶も終わり、パーセーが本題を切り出す。

「この度のミハーエ王国、ソーバト領主一族、カーレー=ソーバト殿とサーレー=ソーバト殿に対する攻撃の意図を確認させて頂きたく、ミハーエ王国の外交を一任されたリースー王子の代行として参りました。どうか御答えを頂けますでしょうか?」

「ふざけるな意図も何も、私に攻撃をしてきた事への謝罪をまずは、すべきであろうが!」

 そう怒鳴る馬鹿王子を一瞥してパーセーが視線を向けるとルーンス国王が苦虫を何匹も噛み砕いた顔をしながらも答えて来る。

「ルーンス王国は、ミハーエ王国と敵対するつもりは、ない」

 そう答えるしかないだろうな。

 ここで明確な敵対意志を見せればミハーエ王国との開戦だ。

 ただでさえ帝国との戦火を交えた状態なのだ余計な敵を作りたくないだろう。

 しかし、そんな答えでこっちが納得する謂れは、ないんだ。

「しかしながら、帝国への協力の意思を否定し、非干渉を求めたカーレー=ソーバト殿とサーレー=ソーバト殿へ攻撃が行われました。これは、如何なる事情の上なのでしょうか?」

 パーセーが追及した。

 ルーンスの連中の多くが暗い顔をし、一部の者が馬鹿王子に視線を向ける。

 馬鹿王子の暴走としたいのだろうな。

 実際問題、あそこであの双子に手にしようとした事自体は、そう間違いじゃないだろう。

 ソーバトの双鬼姫を手に入れれば、ミハーエにも帝国に大きな交渉材料を持つ事になるんだかな。

 馬鹿王子の馬鹿王子な処は、サーレーが止めるまでそれに執着しちまった事だ。

 最初の魔法攻撃の所で諦めておけば少なくとも折角手に入れるだろうマルデットの確保に失敗することは、なかったのだからな。

 ここでルーンス国王がとれる手段は、そう多くない。

「その者達が真にミハーエ王国の貴族かを確認出来なかった故の事。高い攻撃力をもった帝国の手の者を放置が出来なかった。それだけの事だ」

 比較的、順当な答えだった。

 建前抜きに言えばそんな訳ないだろうと突っ込みも入るだろうが、外交の場では、それがまかり通る事がままあるらしい。

 相手側の重要人物に対して問題を起こした場合、その相手が確かにそうである確証がない限り、確認できなかったからを押し通す事が可能だと、リースーの奴が外交担当になってからターレー殿の勧めで勉強した手引書にもそう書かれている。

 ただしこれは、相手が自国との対等な交渉を行おうとしている場合に限る。

 残念な事に今回、俺達は、そんな物をしにきていない。

「それだけ? ルーンス王国は、ミハーエ王国貴族を害する可能性がある事を知りながらそれを行ったというのですか!」

 パーセーが敢えて声を荒げて糾弾する。

 ルーンスの連中がざわめくの解る。

「ミハーエ王国の使者よ、貴殿は、リースー王子の代行としてこの場に居る事を理解しているのか?」

 威圧する様にルーンス国王が告げて来たのは、こちらが感情的に反論しているからだと勘違いしているからだろう。

「無論、ミハーエ王国貴族に不当に害を成された場合、それに断固とした対応をする。それがミハーエ王国の考えであり、リースー王子とて同様であります」

 パーセーが躊躇なく断言した事に明らかな動揺の色を見せてルーンス国王が言葉に詰まった時、馬鹿王子が声をあげた。

「ミハーエ王国が我がルーンス王国との開戦すら行う覚悟があるとでも言いたいのか!」

 そんな訳が無い、そんな空気をルーンスの連中は、漂わせていた。

 だが、パーセーは、明言する。

「当然です。ミハーエ王国は、他領を侵攻せずとも、ミハーエ王国に害成す者を見逃すことは、ありません。ヌノー帝国との戦いと同様に、その相手の国に敗北させる事を躊躇することは、ありません」

 一気にルーンス王国の連中の顔から生気が抜けていく。

 侵攻しないミハーエ王国と侮っていた奴等は、失念していたのだ、ヌノー帝国という敗戦国があるという事実を。

 それでもルーンス国王は、まだ楽観しているのか言ってくる。

「若い使者よ、軽々しく戦争を口にすべきでは、ない。戦いとなれば勝とうともその負担は、決して小さなものでは、ないのだぞ?」

 こちらを躊躇させる為の言葉を紡ぐがそれに全くの意味は、ないのだ。

 パーセーは、一つの書状を取り出す。

「これは、リースー王子より預かりました、ルーンス王国と開戦した上でのミハーエ王国の行動を宣言した物です。ここでルーンス王国がこの度のミハーエ王国貴族に対する攻撃に対して全面的な贖罪が成されない場合、この宣言通りに事を成す事でしょう」

 パーセーが差し出した書状は、側近によってルーンス国王の手に届けられる。

 それを見てルーンス国王が目を見開き、その書状を落す。

 落したそれを馬鹿王子が拾い読み、声をあげた。

「ふざけるな、正面より、山を砕き、正面軍を打ち破った後にこの王都を閉鎖して降伏させるだと! そんな夢物語をミハーエ王国は、本気でいっているのか!」

 堪えきれず俺が失笑を漏らしてしまう。

 パーセーが睨んでくるが許して欲しい物だ。

 あそこに書かれているふざけた軍事計画を読めば誰だってああなるだろう。

 だか俺は、知っている、そんなふざけた軍事計画がここでルーンス王国が謝罪しない限り確実に遂行される事を。

「良いだろう、帰ってミハーエの愚か者達に伝えろ! ルーンス王国は、貴様等のそのふざけた考えを根本から叩き潰してやると!」

 馬鹿王子がそう宣言してくれた。

「了解しました。その宣言、確かにこのミハーエ王国第二王子リースー王子の代行、パーセー=バーフスがミハーエ王国、キースー国王にお伝えすると」

 パーセーが慇懃に頭を垂れるのであった。

 そして殺さんばかりの視線の中退室していく俺達。

「あそこで失笑するな、ルーンス国王がこちらの思惑に気付いて、謝罪をしてきたら、折角の準備が無駄になっていたぞ」

 パーセーが小声で文句を言ってきた。

「そう言うなって、あそこで馬鹿王子が切れなくても、そう簡単に謝罪できる空気じゃなかったろ。それよりこっからは、命懸けだぞ」

 俺は、周囲に気を張る。

 正式な使者を殺すなんて事は、そうそうないが、絶対とは、いえない。

 最悪、俺達を皆殺しにして、使者は、来なかったとこの場の事を全て無かった事にするって可能性も無くもないのだから。

「解って居る。だからこそ私がリースー王子の代行なのだからな」

 パーセーは、その覚悟をみせる。

 最初は、リースー自身がここに来ようとしていたが、それを俺とパーセーで止めた。

 止めて、代りに来たパーセーを無事に連れ帰るのが俺の仕事は、絶対にやり遂げる。

 そんな事を俺が考えて居る中、パーセーが呟く。

「仕込みの方も忘れるなよ」

「そっちは、もう始めさせてるぜ」

 俺は、そういって王城から見える先、点にしかみえない場所で既に勝つ為の作戦行動を始めている俺の部下達を見る。



1119/包黄深(03/05)

ルーンス王国国境となる大山の帝国側

ミハーエ王国兵士、ムサッシ


「さて、これからそこの山をぶっ飛ばして開戦の予定ですが、その前に最終確認。ナースー様、本当によろしいのですか?」

 カーレー様の確認に対して、ナー師範が即答する。

「アーラーなら可能なのだろう?」

 カーレー様が大きく頷きます。

「はい。うちの駄目親父なら可能ですね。ですけど、それを一騎当千をナースー様がやれる保証は、全くありません」

 一騎当千、強い騎士を指す言葉としてよく聞く言葉であった。

 実際に魔法を使い、千以上の兵士を撃退する騎士も存在する。

 しかし、この場合の一騎当千は、少し違った。

 魔法を使わずに千を超す騎士と兵士を相手にするというものだ。

 正直、不可能としか思えない。

 しかし、それが可能とする人間が居るらしい。

 それがカーレー様の父上であり、終戦魔法の草案を作りし、アーラー様だ。

 魔力無しとされながらも優れた能力で、ソーバトでは、伝説的な人物である。

 ナーヤ山に短い間だが居た事があり、その実力は、その当時から居た老師からも太鼓判を押される程である。

「あれでも一応、ダータスの領主一族だろ、よくそんな命懸けの作戦の許可がおりたな」

 ヨッシオの疑問にサーレー様が頬を掻きながら応えられる。

「立案当初は、ヨッシオさん達も含め、誓約器を使った僕達も参加する予定だったんだよ。それがカーレーがお父さんだったら一人でもやれるんじゃないって漏らしたらナースーさんがやると言い始めた挙句、ダータスが全面的に賛成して来たんだよ」

「……血縁から反対は、上がらなかったのですか?」

 コッシロの確認に対して眉を顰められるサーレー様。

「一番に賛成した上にこっちに危険があるようだったらナースーさんを犠牲にして大魔法使って下さいと強く推奨されたよ」

「どうしたらそこまで嫌われるんだよ」

 ヨッシオの突っ込みにサーレー様は、溜め息吐く。

「考えてみれば当然なんだよね。ほらダータスが大恥かいたあの時、もしもナースーさんがあっち側にいたらどうなってたと思う?」

「あそこまでの完勝は、難しかったと思われます」

 拙者の答えにヨッシオも納得の表情を浮かべる。

「結局の所、自分達が大恥かいた時に何もしなかった癖に今更って感じがダータスでは、強い。一応、リースー王子の推薦って事で無理くり了承しているけど、ダータスとしては、かなり不愉快な存在なんだよ。当然、その家族に対する当たりも悪くなる訳で、一刻も早く死んでくれって状態らしい」

 名誉の戦死、それを強く望まれていると言う事実に思う事もあるが、それをとうのナー師範が、全く気にしていない状況と言うのがこちらとしても対応に困る状況だった。

「さっさと始めろ」

 ナー師範のその言葉に諦めの表情を浮かべ、カーレー様が軽く咳ばらいをしてから説明を開始する。

「この度、ルーンス王国軍がミハーエ王国貴族であるあちき達に故意に危害を加えた事をルーンス王国によるミハーエ王国への敵対行動として判断しました。ミハーエ王国は、宣戦布告にそってこれからルーンス王国に対して軍事行動をとります。その開戦場所として、ミハーエ王国からの進軍に最も適した雪原に向かって進軍します」

「進軍っていってもここにいる六名でだろう。相手は、どんくらい集まったんだよ?」

 ヨッシオの確認にサーレー様が応える。

「潜入させていたシーワーからの木霊筒での報告だと、前回の帝国侵攻の時に凍傷で戦線復帰出来なかった兵を除く二千の兵と領土防衛の二千の合計四千がこちらが開戦地として宣言した雪原に集められているよ」

「一騎当千って話は、何処にいった!」

 ヨッシオの突っ込みに対してカーレーが肩をすくめる。

「まあ、単なる語呂だから合わせだろうからそこの所は、気にしないで。ナースー様は、了承の上だしね」

 その言葉通り、ナー師範の動揺の色は、全くない。

「それじゃあ、山を砕くよ!」

 そう宣言され、カーレー様が詠唱を始められる。

 そしてそれが放たれた。

大山崩落波マウンテンブレイカー

 目の前の大山が崩壊していく。

 それが終ると同時に以前、山越えに使用した飛行船に飛び乗り拙者達は、山の残骸の直ぐ上を飛行していく。

 その中、カーレー様が拙者達に告げる。

「これからやる一騎当千だけど、はっきり言って実戦じゃあんまり関係ない技術になるよ」

「ですが、一騎当千の実力があれば、実際の戦いでも有益では?」

 コッシロの疑問に対してサーレー様が苦笑する。

「普通に考えて魔法無しで千の敵と戦うなんて場合なんてありえないよ。今回が本当に特別なんだよ」

 確かに普通に考えればそんな大規模な戦闘で魔法が介在しないというのは、考え辛い。

「でもね、武術を追求するんだったら一度、それを体感しておくのは、良いと思う」

 カーレー様の言葉にヨッシオが怪訝そうに言う。

「随分ともってまわった言い方だな」

 カーレー様が、なんとも言えない表情を見せる。

「あちきは、武術の訓練も嫌いじゃないし、強くあろうとも思ってる。でも、あちきは、あくまで求める結果を得る為に武術を使って居るだけだからそこまで武術を追求するつもりは、ないよ。だけど、武術を真髄を求めるのならそれを知らなければいけない事なんじゃないかな?」

「言いたい事は、解るがな……」

 ヨッシオも複雑な顔をする。

 これは、カーレー様の言っていた通り理由、あくまで七獣武技を始めとする武術を手段としているかどうかの問題なのだ。

 コッシロと拙者は、気を引き締め、この後の戦いを迎えようとしていた。



1119/包黄深(03/05)

ルーンス王国国境となる大山のルーンス王国側の雪原

ルーンス王国兵士 シーイス


 まだまだ深く雪が積もる雪原に俺達が居た。

「さみー! 何でこんな所で来るかどうか解らない敵を待ってなければいけなんだ!」

「そうだ! そうだ!」

 そう文句を言っている連中の多くが領地防衛組だ。

 俺を始めとするヌノー侵攻に参加してた連中は、寒さと違う震えの中、目の前の山を見る。

 この山の向う側は、ヌノーの領土であるが、基本この山がある為、侵攻しようとしていたマルデット方面と違って普段は、防衛戦力は、あまり配置されない。

 だが、今回は、違った。

 マルデットで戦ったミハーエの連中がこの山を崩して攻めて来ると言うのだ。

「いくら何でも山を崩すなんて事は、出来る訳がないよな?」

 そう尋ねて来たのは、俺と一緒に侵攻に参加した同僚だった。

 その鎧には、大きな凹みがある。

 その凹みは、俺と一緒にソーバトの双鬼姫の三腕の一人に蹴散らされた時についた物だろう。

 その時は、あんな化け物と戦わされた自分達の不幸を嘆いたもんだが、その考えは、直ぐに訂正された。

 あの時、戦わず包囲していた兵士の殆どがあの氷に足を固められ、その多くが酷い凍傷を負って一生、足に障害が残るだろうと言われている。

 脚に障害をもった兵士にまともな未来など無い。

 俺達は、普通にやられて幸運だったのだ。

 しかし、その幸運は、続くとは、思えなかった。

 何故ならば、同僚の言葉に俺は、同意できないでいた。

 普通に考えればあんな山が人の力でどうにかなるとは、思えない。

 普通なら、常識的に考えればありえない事。

 だがしかし、俺は、俺達は、知っていた、俺達のちっぽけな常識など通用しない化け物が居る事を。

 マルデットで戦ったあの兵士達は、たった三名で百近い兵士を撃退していたし、あのソーバトの双鬼姫に至っては、何百人で起こった反乱を一方的に鎮圧させた騎士達の俺達にとっては、絶対的と思って居た攻撃魔法を無効化した挙句に千近い兵士を戦闘不能に陥れているのだ。

 そんな俺達の想像が及ばない化け物が攻めて来る。

 そう考えただけで体が自然と震えるのだ。

「体が震えの所為か山まで震えて見えるぜ」

 同僚の怯えがうつったのか俺まで山が震えて見えた。

 まるで実際に山が震えている様に見えるがそんな訳が無いと自分に言い聞かせる為に目を閉じて、一度頭を下げ、呼吸を整えてから改めて山をみた瞬間、それが起こった。

 山が崩れていったのだ。

 揺るがない筈の大山が崩れ、目の前の風景が開けていく。

 その光景を誰もが言葉なく見ていたが、それが夢や幻で無いと解った瞬間、我先に逃げ出していた。

 横に居た同僚の姿は、既に無い。

 俺が逃げて居ないのは、別に勇気があった訳でも動揺しなかった訳でも無かった。

 怖かったからだ。

 あの化け物達は、本当の化け物で俺達みたいな兵士等物の数とも捉えていないのか、命を獲ろうともしなかった。

 だけど俺達の後ろで踏ん反り返る騎士達は、違うのだ。

「た、戦う! に、逃げない! だから、殺さないでくれー!」

 さっきまで隣にいた同僚の断末魔の叫び声が聞こえて来る。

 恐る恐る振り返ると騎士の槍に胸を突かれて倒れる同僚が白い雪に真っ赤な花を咲かせていた。

「ルーンス王国の兵に後退は、ない! その命を懸けて戦うのだ!」

 騎士の言葉に逃亡しようとしていた奴等の足が止まる。

 前を向けば山すら崩す化け物、後ろを向けば味方も殺す鬼。

 どうして俺は、こんな絶望的な状況にいるのだろうか。

 そんな意味のない事を考えて居るうちにそれは、見えて来た。

 まるで船の様なそれは、山があった場所を飛んで来た。

 その船が俺達の前に止まると一人の高そうな服を着た男が一人、降りて来た。

 うろ覚えの記憶が確かならソーバトの双鬼姫の傍に立っていた男だ。

 前の戦いの時には、俺達の事など本当のゴミくらいにしか見て居ないのが遠目にも解ったその男が近づいてくる。

 逃げて騎士に殺されるよりは、端から俺達をゴミくらいにしか考えて居ない化け物に向かっていった方が生き残れると俺は、剣を振り上げて斬りかかっていった。

 その男は、まるで避ける様子も無かった。

 きっと防御魔法があり、弾かれるのだろうと俺は、予想していた。

 上手くそうやって弾かれてやられたふりをすれば助かると俺は、安堵すら感じていた。

 しかし、振り下ろした剣には、何の衝撃も無かった。

 防御魔法に弾かれるそれも、何かの間違いで男に一撃を喰らわせたそれも。

 動いて居ない筈の男を俺の剣は、通り抜けたのだ。

 渾身の力を籠めた剣は、雪を貫き、固い地面に突き刺さっていた。

 引き抜こうと体を逸らしたその瞬間、強い衝撃が顎から脳天を突き抜けて行った。

 目の前が真っ白になり、全身の力が抜けていく。

 何が起こったのかも解らないまま、俺の意識は、ぼやけ、そのまま消えていくのであった。



1119/包黄深(03/05)

ルーンス王国国境となる大山のルーンス王国側の雪原

ミハーエ王国ダータス領主一族 ナースー=ダータス


「まだ力を使い過ぎだな」

 私は、その能力を発動しない状態の時無棒ジムボウでルーンスの兵の顎を打ち砕いた。

 そんな反省をする間にも次の兵がやってくる。

 今度は、避け辛い突きだ。

 大きく避ければ体力を無駄に消耗すると判断し、時無棒の回転を加速させて、倒れていた兵を盾にする。

 仲間の死体を突いて動きが止まった兵の急所を死体の脇から突き刺した時無棒で突き抜く。

 そうしている間にも両脇から別の兵が来る。

 その腑抜けた攻撃に苛立ちが沸き起こる。

 強者のそれとは、違い、数多の隙があり、そこを突いて倒すのは、容易。

 しかし、多過ぎる隙が判断を遅らせる。

 十を越した時に普通なら触れる事もない刃が私を掠ったのだ。

 更なる苛立ちが私を苛む。

 普通に相対すれば目を瞑って居ても倒せる雑魚共の攻撃に私は、危機感を覚えているのだから。

 強者との戦いは、それこそ薄氷の上を駆ける様な物である。

 僅かな気の緩みすら死に直結する。

 それに引き換え雑魚共との戦いは、まるで底なし沼で戦って居る様であった。

 やり様は、幾らでもある。

 なのに動けば動く程、行動が制限されていく。

 ナーヤ山での鍛錬の日々からくる理性が、多くの戦闘経験から導かれる勘が、これ以上の戦いは、危険だと強固に撤退を主張していた。

 だが、私の矜持がそれを許さなかった。

 一騎当千、その言葉の体現するアーラーの姿をあの特殊な道具でみせられたのだから。

 終る事ないような闘争の場をアーラーは、魔法も無しに一人で制していた。

 底なし沼に沈みゆくような状況でも一切の焦りなく勝ちに向かって静かに立つ事が出来るアーラー、奴に勝つためにもこんな所で引く訳には、いかないのだ。

 深い息吹と共に私は、苛立つ心を静め、目の前に来る闘志のみに反応していくのであった。



1119/包黄深(03/05)

ルーンス王国国境となる大山のルーンス王国側の雪原

ミハーエ王国兵士、コッシロ


「……拙い状況ですね」

 ウチの言葉をカーレー様は、眉を顰めながら肯定される。

「そうだね。あれじゃ、五百に達する前に力尽きるね」

「五百近くまでもつ時点で化け物だとおもうがな」

 ヨッシオのボヤキには、ウチも同意だったがムサッシは、違った。

「届かなければ五百を越そうと力尽きぬのでは、意味がない。そう拙者は、感じるがな」

「正解。一騎当千を出来るって前提なら、相手の数なんて意味は、ないよ。問題なのは、その戦い方を継続できない状況になることなんだから」

 カーレー様は、そう語られながら魔法の準備に入って居られた。

「交代!」

 サーレー様の要請にカーレー様が詠唱される。

『新の神が拡げし場の包の神の威光よ金の神の捧げられよ、輝無領域ノーシャインエリア

 その魔法は、カーレー様の足元まで伸びる戦場を覆う様に密かに書かれた魔法陣に反応する。

「魔力籠めが終った魔帯輝を強制発動させる魔法陣を使った魔法の実戦試験は、最低限の成果は、あったかな?」

 サーレー様がそう首を傾げられます。

 その視線の先では、味方の兵士ごとナー師範に魔法攻撃しようとしている騎士が慌てふためいて居た。

 今回の一騎当千なんて普通では、ありえない状況が起こった理由、それがこの魔法の実戦試験の為でした。

「何時までも帝国の連中の天包発テンホウハツ天包帯テンホウタイの組み合わせの前で無力化されている訳にもいかない。こっちで同様の状況を作れる魔法を使い、実践的な対応策をとっかかりだけでも立案をしないと拙い時期に来てるからね」

 サーレー様は、そう言いながら先程まで使っていた魔法に関する記録を紙へ記述を始める。

 そうしている間もただ黙々とナー師範の戦闘は、続く。

 もう少しルーンス王国軍が冷静だったら、到着直前に船から降りて身を隠していたウチ等にも気付く事も可能なのだろうが、山を崩された時点でまともな判断能力は、失われていたのだろう。

 そしてカーレー様に代わって再びサーレー様が魔法の撃ち出す。

「一度使えばその場にあるすべての魔帯輝が無効化されるんだろう? 何度も使う必要があるのか?」

 ヨッシオの疑問にカーレー様が体をほぐしながら答えられる。

「魔法陣の外から魔帯輝が運び込まれる場合もあるからね。それに発動試験は、多い方が後々の研究に役立つしね。高効率化は、ゲッティを中心にソーバトで、広域化等は、バーミンで行って、その統合をラースー王女を指揮下で中央で行われ、その成果がラースー王女の物になる手筈だから手も抜けないよ」

 大きくため息を吐くヨッシオ。

「半ば家出してきた筈だって言うのに、色々と仕事を押し付けられてるな」

 カーレー様は、苦笑されながら言われる。

「苦労してもいい相手だから苦労している。そうじゃなければとっくの昔にチューラ部族も支配していない未踏の場所にでも行ってたよ」

「追いかけるのが大変だから絶対に止めてくれ」

 これ以上ない位に本気でそう告げるヨッシオにウチも同感であった。

 そんな中、ムサッシが呟く。

「戦い方が変わった……」

 カーレー様がナー師範の方に視線を向けるのに合わせてウチもそちらを見る。

 そこでは、先程より明らかに鈍い動きで攻撃を避け、攻撃の頻度も減ったナー師範の姿があった。

「限界に近いのかしら?」

 ウチの予測をカーレー様は、否定する。

「違う! あれは、肉体操作が反射を凌駕し始めたんだよ!」

「なんだそれ?」

 首を傾げるヨッシオに対してウチは、眉を顰める。

「師範の中では、実在すると言われている領域よ。ただ、ウチもまだ見た事がない」

 頭を掻きながらヨッシオが声を荒げる。

「説明になって無いだろうが! 肉体操作が反射を凌駕するってまるで意味が解らんぞ!」

 カーレー様は、軽くヨッシオの腕を捻る。

 ヨッシオは、正に反射的にそれに対応して体勢を調整する。

「今のが反射的行動。武術をする時、よく言われるのは、考えるな感じろ。頭で考える前に体が反射する様に動く様になれって感じの事なんだけど、武術には、その先があるんだよ。それが完全なる肉体操作」

「それって普通の事じゃないのか?」

 納得行かない様な顔をするヨッシオに対してウチが首を横に振る。

「指先の僅かな動きまで自分の意思で完全に操るなんて真似は、人間を止めて居る言われていたナーヤ山の最上位師範でも不可能。どうしたって意識に上がらない動きっていうのが存在するわ」

 カーレー様は、両手の十本の指、全てで違う文字を空中に描くなんて信じられない真似をしながら告げられる。

「これを体全体でやってる様なもんだからね。常人には、どうしたって不可能。だけどそれが出来ないと自分が思い描く最適化された行動がとれれない。指一本の動きのずれすらなくそれを成す事で一切の無駄の動きを消失させる事が出来る様になる……」

 そこで一度言葉を切ってからカーレー様が肩をすくめる。

「って話を駄目親父から何度か聞いたけど、人間としてまともじゃないよ。間違いなく人間の枠組みを踏み外し始めてるよ」

 その説明を聞いてムサッシが真剣な表情で尋ねる。

「拙者にもあの領域に届くでしょうか?」

 カーレー様は、首を傾げる。

「あちきに聞かれても解らないよ。第一、少し遅かったよ、体力を消耗し過ぎている。千は、超すだろうけどそこが限界だね」

 その言葉が正しいのを示す様に徐々であるが押され始めた。

 それでも向かって来た兵士の殆どは、死んでいく。

 カーレー様が肩を回し始めます。

「それじゃ、このまま見殺しにも出来ないし、そろそろ介入するよ」

 サーレー様が輝無領域ノーシャインエリアの影響から逃す為に態々名呼びの箱にいれたままだった魔帯輝の袋を取り出してカーレー様に投げて来る。

「まずは、防御魔法。その後、ムサッシさん達が時間を稼いでいる間に、大魔法でこの場での戦いを終了させるよ」

「了解しました」

 ムサッシのその言葉に応じる様にウチとヨッシオも戦闘準備を終え、そして三千近い敵軍に向かっていくのであった。



1119/包蒼淡(03/07)

ルーンス王国王城

ルーンス王国第一王子 ギョクント=ルーンス


「それでは、四千の兵がたった六名に撃退されおめおめ逃げ帰ったという訳だな!」

 私の言葉に雪原での防戦指揮をとっていた前回の敗戦を散々言ってくれた貴族に尋ねる。

「それは、しかしその……」

 私は、肩をすくめて、侵攻に参加した兵と共に参戦していた側近に視線を向けた。

「ミハーエの連中は、本当に山を吹き飛ばし、突撃してまいりました。緒戦、前回後ろで待機していた騎士の単身で攻めて来たのですが、その一人が凄まじく強く、数百の兵を投入しても討てませんでした」

「兵士ごと魔法で討てなかったのか?」

 私の疑問に側近は、幻術で惑わされた様な表情を見せる。

「それが、開戦と同時に全ての魔帯輝が勝手に使用済みの状態になっていました。後方に退避させたそれも戦場に運ぶと直ぐに同様な状況になってしまうのです」

 苛立ちを覚えながらも私は、口にする。

「魔法に関しては、ミハーエの連中の掌の上か。それで実際どれだけの兵が残った?」

 側近は、言い辛そうな顔をしていたが覚悟を決めて口にする。

「単身の騎士だけで千名を殺され、その騎士が疲れ果てて好機と反撃をしようとした我々の周囲の雪が上空に撃ちだされた太陽の様な炎の熱で溶かされ行動を制限され、その雪解け水が激流の様に動き、多くの者が重傷負い、負傷が軽い物も武装の大半を失っております。王都での防衛線に万全な状態で参戦出来るのは、その激流に飲み込まれなかった千名程度かと」

 私は、痛む頭を振って気を取り直す。

「元より王都に残していた二千の兵がまだ健在だ。王都を守る城壁は、強固で魔法対策も十分。不愉快だが、守り徹して、貴族をせっつき、その兵を集めて攻城戦をしているミハーエを叩く」

 沈んでいた側近達の顔に生気が戻る。

「流石は、ギョクント殿下です! それならば負けません!」

 その態度に怒りを覚え私は、吠える。

「喜ぶな! こんな作戦ならミハーエの連中は、簡単に撤退できる! その上で三千近い兵を失わせた事を声高らかと周辺国に伝えれば、我が国がミハーエに負けたと言われるのだぞ!」

「しかし、我が国は、被害が出て居りますが、王都は、守りきれますそれでしたら……」

 側近の一人の言葉を私は、切って捨てる。

「馬鹿が、実際に都が落されるまで戦争する国などそうそうない。戦争の勝ち負けは、どれだけの損害を相手に与えたかで決まるのが通例だ。まあ例外は、あるがな」

 私は、帝都を人質に取られて敗戦に追い込まれたヌノーを脳裏に浮かべる。

 それだけに今回のミハーエのやり方が納得いかなかった。

「奴等は、なんでこんな面倒な事をしているのだ?」

「面倒な事ですか? 人数こそ少ないですが、こちらの意表を突いた凄まじい戦術と思われますが?」

 首を傾げる側近に対して私は、ため息を吐く。

「馬鹿をいえ、元からミハーエの連中は、真面目に侵攻する必要は、ないのだ。ヌノーの連中を脅した様にこの王都に大量の兵士を送りつければそれでこの戦争は、勝てたのだ」

 側近達のようやく戻った生気が一気に抜け落ちていくのが解る。

 はっきり言ってしまえば、ミハーエと戦争をした時点で王都に全戦力を集めもしなければ負けるのは、最早周辺国の共通認識だろう。

 それでも我がルーンス王国を含む多くの国々が危機感を抱いて居ないのは、単にミハーエが領土を狙って侵攻して来ないという通例があるからでしかない。

 それが今回、あのソーバトの双鬼姫に手出しをした事で我が国は、戦争状態に陥った。

 相手から進軍行程が明示されていると言うのに王都に二千の兵を残したのも万が一にも終戦魔法アーラーを使われた時の対策である。

 色々と気になる事も、気に入らない事もある。

 しかし、それでも今やらなければいけない事がある。

「ミハーエが王都に迫る前に近くの貴族達に伝令を放て! 遅延した者には、国難を蔑ろにする売国奴として処罰されると同時に伝えるのを忘れるな! 残った三千の兵とミハーエの魔法に対抗する騎士達を一つにまとめ上げるぞ!」

 私は、残り少ない時間を感じながら行動を開始した。



1119/包蒼淡(03/07)

ルーンス王国王城にほど近い森

ミハーエ王国兵士、ムサッシ


「明日には、王都を攻めるよ」

 カーレー様の言葉にコッシロが手を挙げた。

「その事なのですが、ほんとに我々だけで王都攻めをするつもりですか?」

 第三者が聞いたら信じられないだろうが、元からそういう計画であり、ルーンス王国側に通達した行軍予定表にもカーレー様とサーレー様が率いる小数での王都攻めとなっている。

「そんな訳ないじゃん。完全なハッタリだよ。元から今回のルーンス王国との戦争には、リースー王子配下の多くの人間が動いているんだよ。そうじゃなきゃ、雪原の敵軍を覆う程の魔法陣なんて敷けていないよ」

 サーレー様は、そう苦笑される。

「あくまで表向きに戦うのは、我々の様に見せてミハーエ王国の魔法の力の誇示する目的なのだろう」

 前回の戦いでの極度の疲労が癒え切れていないナー師範は、つまらなそうに言う。

「ですからもう一回一騎当千させろなんて無理ですからね」

 サーレー様がそう釘を刺されるのは、当然な事なのですが、ナー師範は、それが納得いかないという顔をされます。

「実際、もう一回やったってまた途中でへばるだけですよ。駄目親父曰く、本当に一騎当千が可能な力があれば、相手の数に意味は、無くなるそうですよ」

 カーレー様が棘のある言葉を口にするとナー師範が不機嫌そうな顔のまま、離れた場所に移動し、鍛錬を再開し始めてしまう。

「あんな様子だから王都攻めでは、ナースー様の力は、あてになりません。ですからムサッシさん達には、例の作業をしている最中のあちき達の警護を確り頼みます」

 カーレー様の言葉に拙者は、応じる。

「それは、心得て居ます。ですが、本当に作戦通りに行くか不安もあります。実際に王都を確認されたダースー様からの資料を見る限り、その護りは、完全かと」

 カーレー様は、頷く。

「そうそう、王都全域を完全に防壁に覆われて居る上、比較的豊富な魔帯輝によって対魔法攻撃能力も高い。例えミハーエ王国から精鋭の騎士と兵士達、数千を連れて来ても落すのは、難しいよ」

 続ける様にサーレー様が言われます。

「元が王都だけに十分な食料等の備蓄もある。少なくとも王都を攻め落とされたら自分達の地位を失うだろう貴族達が応援に来る時間は、十分に防戦を続ける事は、出来るだろうね」

「ますます解らんぞ! どうしてそれだけあっちに有利な条件が重なっているのにお前達は、勝てると確信するんだ?」

 ヨッシオの疑問は、拙者やコッシロも同じだった。

 それに対してカーレー様がはっきりと答えられた。

「戦争、それもこういった籠城戦で攻めるのは、相手の心なんだよ。実質的な被害がどれだけ小さかろうと自分達の未来が見えない戦いは、続けられない。それをこれから証明するんだよ」

 そう言い切ったカーレー様だったが、何故かサーレー様と意味ありげな視線を交わされていた。

 その様子を見てコッシロが小さく呟く。

「……今回の作戦を考えたのは、サーレー様じゃないのかもしれない」

「おいおい、こんなふざけた作戦を他の誰が考えるんだよ? 実際、現場に居るんだからサーレー様が考えたに決まってるさ」

 ヨッシオがそう反論するが、何故か拙者も今回の王都攻めは、サーレー様の発案でない気がしてくるのであった。



1119/包蒼平(03/08)

ルーンス王国王城

ルーンス王国第一王子 ギョクント=ルーンス


「ミハーエの魔法攻撃が始まりました!」

 新の神の半刻(六時)、まだ空に白みがある中、寝室へ飛び込んで来た側近からの報告に私の眠気が一瞬で消滅した。

「防壁に被害は、出ているか?」

 城の魔法研究者達は、いくらミハーエでも防壁に施された防御魔法は、簡単に崩せないといっていたが、相手は、これまでこちらの常識を無視した攻撃をしてきた連中だ油断は、出来ない。

「それがミハーエの連中は、防壁には、攻撃を行って居りません?」

 側近のおかしな報告に私は、眉を寄せる。

「防壁に攻撃してないだと? まさか偵察に出ていた兵士達への攻撃か?」

 防壁の外への偵察に出した兵などそう多くない、それに対しての攻撃魔法を態々報告してくるとは、思えないが確認してみた。

「いえ、防壁の外側に氷の壁を作り出しているのです」

 側近の報告に私が声をあげた。

「氷の壁だと!」

 私は、急ぎ、一番高い監視の塔に上がり、防壁の確認をする。

 すると報告に在った様に防壁の外側に氷の壁が生まれていた。

「奴等は、何をしたいのだ? あれでは、こちらの防衛力を高めるだけだぞ!」

 私がそう怒鳴って居ると監視をしていた兵士の一人が恐る恐るという様子で近づいてきた。

「恐れながら報告したき事がございます!」

「一兵が殿下に直接報告など許される訳が無かろうが!」

 側近の叱責に下がろうとした兵士を私は、止める。

「許す。どの様な報告があるのだ?」

 すると兵士が氷の壁を指さし告げて来た。

「あの氷の壁は、未だその高さを増しております。このまま伸び続けた後に王都側に倒れたら大惨事になると思われます」

 その言葉に側近達の顔が一斉に引き攣っていった。

「直ぐに魔法を使える者を集め、あの氷の壁を溶かさせろ!」

 私の命令を復唱する間も惜しみ側近達が駆け出していった。



 一刻(四時間)後、会議室で待って居た私の元に報告が上がる。

「王都全域を覆う様に展開された氷の壁に対して騎士を中心とした炎の魔法を使える者達が向かい、解凍を実行して居りますが、解凍しても直ぐに新たな氷の壁が生み出されて居ります」

 報告を口にした騎士も疲労の色が濃かった。

「王都に集めた騎士達が溶かすよりも早く氷の壁を作るとは、ミハーエの連中は、どれだけの騎士を投入してきているのだ!」

 机を強く叩きつける程の怒気を放つ私に対して騎士の報告が続いた。

「それが、氷の壁を通して確認する限り、ソーバトの双鬼姫の二名とその警護の三腕しか確認されておりません」

「冗談も休み休み言え! 騎士だけでも三十、炎の魔法を使えるだけの平民も含めれば百を超すのだぞ! それをたった二名で勝っているというのか!」

 私の絶叫に怯えながら騎士は、はっきりと答える。

「は、はい……氷の壁が再築される状況から考えても間違いないかと思われます!」

「視認できているのなら攻撃も可能なのでは?」

 会議に参加していた貴族の一人が口にした疑問に騎士は、首を横に振る。

「矢及び投石等の攻撃は、三腕が防ぐ上、魔法攻撃に関しても氷の壁を解凍を最優先としておりまして、簡単な物しか行えない状況で、威力の低い攻撃魔法では、三腕で防がれてしまいます」

 単純な攻撃魔法ならともかく威力の高い攻撃魔法となれば紅の魔帯輝を使う物が大半だ。

 氷の壁の解凍を最優先とする現状を考えればとても選択できない。

「解凍を多少遅らせても構わないから攻撃できないのか?」

 貴族が更に言い募るのに対して私は、苦虫を噛んだ様な思いで告げる。

「私の失態を繰り返しになるだけだ」

 下手な攻撃魔法では、ソーバトの双鬼姫には、通じない。

 魔帯輝の無駄遣いで終わってしまう可能性が高いのだ。

「予定を変更して攻撃に出る。どれだけ被害が出ようと今は、ソーバトの双鬼姫の排除を最優先とする。準備を始めよ」

 私は、兵の消耗を覚悟に攻撃を命じたが、報告に来た騎士が首を横に振った。

「氷の壁が門も閉鎖してこちらか攻撃を仕掛ける事は、出来ません」

「なんだ……と?」

 私は、慌てて机の上に拡げられた地図に描かれた氷の壁の配置をみた。

 王都を囲う様にといった所で実際に王都を囲いきるだけの氷の壁は、存在していない。

 しかし、氷の壁が特に厚くあるのは、王都から出入りをする為の門の所ばかりだった。

「ミハーエの連中は、我等を閉じ込めながら氷の壁を成長させて、一気に潰しきるつもりか! そんな事は、させんぞ! 門の所を集中的に溶かさせろ! 穴が空いた所で一気に王都の外に兵を出してソーバトの双鬼姫を討つ! 討伐には、私が直接指揮をとる!」

 私は、そう命じて自らも出る準備に入る。



 半刻(二時間)後、私は、氷を解かす事が出来ない騎士全てと残った兵士の中でも優れた能力を持った者を集めて王都で一番大きな正門の前で氷が溶けて穴が空くのを待って居た。

「門の前の氷の壁に穴が空きます!」

 その報告に私が号令をあげる。

「王都を出て、ミハーエ王国への攻撃を行う! この戦いでソーバトの双鬼姫を討てねば王都は、氷の壁で潰される事だろう! しかし、私がそんな事を許したりは、しない! さあ、我がルーンスの精鋭よ! その力を示せ! 出撃!」

 私の号令に押し出される様に兵士達が一気に門を通り、空いた氷の壁の穴を通り抜けようとした時、それが起こった。

 穴が空いた氷の壁が崩落したのだ。

 その崩落は、通り抜けようとした兵士達の多くを生埋めにした。

「直ぐに氷を退かして救出しろ!」

 私がそう命じると兵士達は、一斉に氷を退かそうとするが、そこに崩落の第二陣が襲い更なる被害がでてしまう。

 言葉も出ないというのは、こういう事なのだろう。

 まるで全てが運命が私に害を成していると思える程だ。

 氷の壁の崩落が完全に収まったのを確認して、崩れた氷を退かし、兵士達の救出が終ったのは、四半刻(一時間)後になり、その頃には、新たな氷の壁が私達の行く手を阻む様にそそり立っていたのであった。



1119/包蒼平(03/08)

ルーンス王国王城

ミハーエ王国ソーバト領主一族、カーレー=ソーバト


「あそこまで的確な時間差で落下するかな」

 あちきは、新たな氷の壁を作ってからルーンス王国の追撃を凌ぎ逃走しながら呟くとサーレーが嫌悪感たっぷりの笑顔になる。

「それだけリースー王子の要望を忠実に答えた中央の魔法研究者達が優秀だったって事でしょ。ソーバトとして本当に羨ましいよ」

 あちきは、ため息を吐く。

「ナースーさんも居ないんだから無理に遠回しな嫌味を言うのは、止めようよ」

 すると不愉快さをあからさまにしてサーレーが愚痴る。

「実行するのは、僕達なんだからもう少しこっちの流儀に合わせたやり方にさせろ! 僕だったら貫通する直前に崩れる様にして心を折る形式にしてるっていうの!」

 かなり離れたというのに命中コースにあった矢を薙ぎながらコッシロさんが尋ねて来る。

「しかし、あの氷の壁を作られたのは、カーレー様とサーレー様なのでは?」

 あちきは、必死の解凍作業で薄くなっていた別の氷の壁を氷結領域アイスエリアで補強しながら説明する。

「本来の目的は、帝国との緒戦で使った防御用の氷魔法の簡易化でね。蒼の魔獣の素材で描いた魔法陣を用いる事で誰が使っても魔法陣にあった氷の壁が作れるっていうのが本来の在り方、そういった主旨でゲッティさんに開発してもらって中央の献上したの。それをリースー王子は、今回のルーンス王国攻略用にと大胆な魔法陣の改造をしたんだよ。その結果がマルデットの兵士の足止めであり、今回の王都を封鎖した氷の壁なんだよ」

「気のせいか否定的な口調に聞こえるぞ」

 ヨッシオさんの指摘にサーレーが即答する。

「実際に否定的なの! こんな氷の壁を作るのにどれだけの蒼の魔獣素材が必要だったと思う? こんな魔方陣を相手に気付かれない様に雪の下の地面に描くなんて馬鹿げた作業するのにどれだけの人員が必要だと? その人員を終戦魔法で送り込んだ事も考えたら、真っ当に戦争した方が費用も双方の損害も絶対に少ない筈なんだよ!」

「えーとミハーエ側の被害は、無かったのでは?」

 コッシロさんのフォローに対してあちきが突っ込んでおく。

「こんな非公式作業が発覚したら大変だと、発見された人は、敵に捕まる前に処分されててね。その数が百近いって報告がターレーお姉ちゃんの所まで来てるんだよ」

 顔を引き攣らせるコッシロさん。

 王都の目前でこんな不審な作業をしているんだまるで気付かれない訳がない。

 ルーンス王国の人達もまさか厳しい国境警備を終戦魔法で突破したミハーエ王国の工作員だなんて思っても居なかっただろし、その目的がこの目の前にある氷の壁を作る為の事前準備だったなんて夢にも思わず、不審者を発見してもミハーエ王国との関連を結び付けられなかったのだろうから、きっと処分された人達は、犯罪組織か、帝国の密偵と誤認するだろうと正体が発覚する前に処分されたって話だ。

「数的には、実際に戦うより少ないかもしれないけどさ、何か納得いかないんだよね」

 あちきは、感情的な言葉を口にする。

「お察しいたします。しかし、そうなりますと拙者には、少し解りかねない事があります。今回の戦争自体なんで御停めに成らなかったのですか?」

 ムサッシさんの声にあちき達を責める色は、無かった。

 信じて貰って居るって事だろう。

 その信用には、応えたいので本来は、話す必要も無ければ、話せる範囲でもない話をあちきは、始める。

「ルーンス王国のマルデット襲撃は、かなり事前に察知していたんだよ。それは、帝国側でも同じでね、緒戦の敗北は、あるいみ撒き餌で、それでルーンス王国が貯め込んだ魔帯輝を掃き出させるのが目的の筈だったの。当然、ターレーお姉ちゃんには、近づくのを禁止されてたんだけどね」

「ミハーエ王国としてもルーンス王国の動向は、知りたいって言うのがあったから僕がマルデット入りして、軽く接触して逃げ出そうって線でターレーお姉ちゃんと交渉していたの」

 サーレーの補足にコッシロさんが沈痛な表情を浮かべる。

「ターレー様の心労を考えると何も言えません」

 サーレーは、敢えてそれを無視して続ける。

「そこに割って入って来たのがリースー王子。今回のルーンス王国との一連の事柄は、リースー王子が筋書きを書いているんだよ」

 驚きの表情を浮かべムサッシさんが恐る恐るという感じで尋ねて来る。

「拙者達が聞いて宜しい話なのでしょうか?」

 あちきは、あっさりと首を横に振る。

「まず許されないね。この事実を知ってるのは、それこそ中央貴族のほんの一握りとソーバトとダータスの一部の人間だけだもん」

 頭を強くガリガリとすることで吹っ切ってヨッシオさんが言う。

「元から極秘塗れの生活、今更話せない事の一つや二つ増えた所で構わねえよ。そんで、どうしてリースー王子がそんな戦争仕掛ける様な真似をしてるんだ? まさかこのルーンス王国の領土が欲しいって言うのか?」

 あちきは、肩をすくめる。

「それこそまさかだよ。ミハーエ王国は、領土を求めた戦争は、しない。これは、国是であり、あちき達も同感。領土が広ければ広い程良いなんて良いのは、単なる偶像。その証拠が広くし過ぎて終戦戦争時点で領土の拡大が行われなかったら国としての運営すらままならない帝国が良い例だね」

「でしたらどうしてリースー王子は、戦争を仕掛けたのですか?」

 コッシロさんが理解出来ないって顔でそう尋ねて来るのでサーレーが小さくため息を吐きながら答える。

「ミハーエ王国の外交的弱点の克服が主な理由。国外との貿易を殆どしてこなかった時には、大きな問題にならなかったんだけど、国是である領土侵犯を行わないって言うのが他国との交渉の時に不利に働くからね」

「良く解りませんが、どうして侵攻しないのが不利になるのですか? 実際に戦争すれば帝国にも勝つ力を示している以上戦力的に侮られる事は、ないと思いますが」

 ムサッシさんの真っ当な意見にあちきが指を交差させて言う。

「模擬戦で考えてみなよ。様は、ミハーエ王国って絶対に自分から手を出さない専守防衛の国なんだよ。そんな状態だから交渉をする他所の国してみれば、どんな無茶な要求をした所で攻められる恐れがない。最悪、先制攻撃は、こちらが出来るって余裕をもって対処されちゃう。それが国同士の交渉の場合、ミハーエ王国にとっては、大きな負担となるわけ。だからリースー王子がこういう好機が来ないかと待って居た所でサーレーとターレーお姉ちゃんとのやりとりを察知して割り込みして来たって訳」

 サーレーが続ける。

「要は、ルーンス王国は、色々と都合が良かった。一つ目には、僕達の事で戦争を仕掛ける尤もな言い訳があった。二つ目に終戦魔法を使って派遣した人員を帝国経由で比較的楽に撤退させられる。そして最後がルーンス王国が選ばれた一番の理由なんだけど、ある程度の魔帯輝確保量がある事。輝無領域ノーシャインエリアの実戦試験の為には、それが重要だったんだよ」

 そんな説明を聞いてムサッシさんは、改めて問い掛けてくる。

「それを聞いて確信しました。この戦争を回避しなかったのには、カーレー様方にも理由があるのですね?」

「王族の威光に逆らわなかっただけなのでは?」

 コッシロさんの指摘に対してあちきが口にする。

「確かに王族からの命令には、あちき達は、逆らわないね」

 コッシロさんがやっぱりって顔をする中らあちきが続ける。

「でもね、当初の予定では、命令通り罠を張るけど上手くルーンス王国側でその罠を回避させて誤魔化す算段してたよ」

 コッシロさんの驚きの顔を他所にヨッシオさんは、やっぱりって顔をしている。

「お前達だったら気に入らない命令を素直に聞く訳ないな」

 サーレーが頷きながら説明を続ける。

「その為にも情報が必要だったから、更なる調査をしてもらっていたある事実に気付いたの。それがルーンス王国の帝国への反抗戦の為に用意した魔帯輝の数がこちらの想定よりもかなり多かった事」

「そんな事が解るんですか?」

 意外そうな顔をするムサッシさんにあちきが当然という顔で答える。

「輝集地の数なんて言うのは、それまで使用して来た魔帯輝の数からある程度推測できる。それさえ解ってしまえば輝集地からの産出量予測なんていうのは、ミハーエ王国の最も得意とする分野だよ。でそれが誤差を超える範囲で多かったって事で重点的な調査が行われた。ところで輝集地の場所って知ってる?」

「知る訳ねえだろう、あれって最重要機密だろ?」

 ヨッシオさんの言葉にあちきは、頷く。

「ミハーエ王国内の輝集地の正確な場所を全て把握しているのは、国王とその護衛役だけ、その他には、それを示した地図の場所をしる側近が一人居るだけ。ソーバト内の輝集地だってウーラー伯父さんとイーラー叔父さんしかその場所を知らない。次期領主のオーラー兄上にも機密にされてる程の情報だしね」

「だけど採掘は、行わなければいけない。その作業員は、ミハーエ王国の場合、まるで関係ない所から新刃の門で連れて来られて、その際に使用した魔帯輝は、移動直後に確実に破壊するって決まりがある程に徹底していて、帝国は、膨大な再利用型魔帯輝の魔力補給か死ぬまで輝集地労働かを選択なんてなってるね」

 サーレーが補足をいれ、あちきが本題に近い話に戻す。

「詰り、魔帯輝の採掘量を増やすのは、かなり困難な事なの。気になって色々と調べたけど理由が探り当てられない。何かあちき達の知らない方法があるのかもって考えて居た時に全く違う線からその答えが解ったの。例の皮技術みたいな有益な能力を持つ集落の人達が居ないか調査していた人達がルーンス王国から独りで逃走して来た人を匿っていた集落と遭遇したの。その半死半生の逃走者の話では、ルーンス王国は、帝国に追いやられた集落の人達を自国に招き入れ、輝集地で指定した量の魔帯輝を採掘すれば王国内での自由を認めるって約束をしたらいんだよ」

「まあ、その量って言うのがかなり呆れた量で、それを短期間で達成しようとしたらそれこそ女子供も総出で採掘作業をしなければいけなかったでしょうね」

 サーレーが信じられないって顔で言うとコッシロさんが納得してしまった顔で言う。

「なるほど、そうやって魔帯輝を集めたんですね」

 ヨッシオさんが半眼で睨む。

「お前、何を聞いてたんだ? 本当に自由になるんだったらどうしてその逃走者がいるんだよ!」

「それって……」

 まだ答えに至って居ないコッシロさんの代わりにムサッシさんが答えを口にした。

「ルーンス王国の連中は、魔帯輝を採掘させるだけさせてから皆殺しにしたのだ」

 コッシロさんの目が見開き、ヨッシオさんがこちらに攻撃仕掛けて来るルーンス王国兵士を視線に明らかな殺気が籠る。

「ルーンス王国を放置し、帝国との戦いを続けさせたら、その悲劇が繰り返されるのが目に見えてたからリースー王子の計画に乗る事にしたんだよ」

「ようやく腑に落ちました」

 その言葉通り、落ち着いた顔をするムサッシさんを見てあちきが語る。

「だからと言ってあちき達がした事で多くのルーンス王国兵士が死んだ事を正当かしたりしないよ」

「ルーンス王国の連中は、自業自得だろう。弱い連中を利用するだけ利用して殺すなんて最低の真似をしたんだぞ!」

 ヨッシオさんの主張に対してあちきは、首を横に振る。

「例え、それが相手にそれ相応の罪が有ろうとそれを捌く権利は、その被害者にしかない。あちきとサーレーは、この先の被害者を減らしたいって自分の都合でルーンス王国兵士の命を奪った。その責任から逃げる事は、しないよ」

 真っ直ぐそう言い切るとサーレーも強く頷く。

 するとムサッシさんが応じて来た。

「それは、拙者達も同じです。ですのでその責任は、五等分して下さい」

「何を勝手に言ってるんだ!」

 ヨッシオさんが文句を言うとコッシロさんが睨む。

「貴方は、責任を背負うつもりがないって言うの?」

「四等分だ。その俺達がその三つだ。ただ指示しているだけで五分の二は、取り過ぎだぜ!」

 ヨッシオさんの言い方に笑みが漏れ、苦笑ながらにサーレーが言う。

「指示してただけって事前に色々と準備で忙しく動いてたんですからね!」

 そんな下らないやり取りで殺伐とした空気が和む中、ルーンス王国王都を囲う氷の壁は、高くなっていく。



 そして夕日の中、ルーンス王国側からの氷の壁の撤去を除く、無条件降伏が告げられるのであった。



1119/包蒼濃(03/09)

ヌノー帝国皇城 新設軍議場

蒼札皇太子 アキレス=ヌノー


『ルーンス王国側からの降伏宣言後、ソーバトの双鬼姫の名呼びの箱を用いたミハーエ王国王城との書簡のやりとりで正式にルーンス王国が正式のこの度の戦争に敗北した事が確定しました』

 ギガンス将軍のそうミハーエ王国とルーンス王国との戦争の報告を締めた。

 その様子に陛下が笑顔を浮かべていた。

「ルーンスの譲る件は、対価として遠離会合鏡エンリカイゴウキョウを六組確保出来た事で許容範囲としよう」

 その一言にイカルスを始めとする文官達に安堵の息が漏れた。

 ルーンス王国よるマルデット侵攻からの一連の騒動は、ミハーエ王国との交渉された上で起こった事である。

 マルデット侵攻自体は、帝国でも予測されていた。

 それ相応の戦力を投入すれば防衛は、可能とされていたが、問題が無い訳でも無かった。

 ルーンス王国は、純粋な領地に対する輝集地の割合が高い国である。

 当然、それは、魔帯輝の保有数にも比例する。

 潜入させている間諜からの報告によれば、帝国との戦争を一年通して行える量が保有されているとさえあった。

 それが真実とすれば長期戦の考慮しなければならないが、一国の対処に多くの兵力を投入しておける程、帝国軍にも余裕は、ない。

 その為、一度マルデットを侵攻させてから相手の戦力を引き込んでからの殲滅戦を想定していた。

 しかし、そこに割って入って来たのが、ミハーエ王国のリースー王子であった。

 ソーバトの双鬼姫が万が一そこに居てルーンス王国より襲撃を受けた場合、反抗戦をする優先権をミハーエ王国に譲ってほしいと言って来たのだ。

 即座に帝国側からは、拒否の意思を伝えるとその対価として何度かミハーエ王国管理下で使用して来た遠距離との顔を合わせた会議を可能にする魔法具があげられた。

 それが六つ、それが何を意味しているかなど考える前でも無かった。

 現状の様に六将軍を帝都に集結させる事無く軍議が行えると言う事だ。

 帝国防衛の観点からみればこれがどれだけ有益な事かなど会議に掛けるまでもない事であった。

 特に六将軍を帝都召喚の度に多大な作業が発生する文官達は、大いに支持をした。

 イカルスは、言っていた。

『マルデット一つでそれが手に入るなら安い買い物では、無いですか』

 私もそれ自体は、否定しない。

 だが、そういう問題でも無いのがこの事案であった。

 自分の守護する領地に侵攻を受けておきながら反撃も出来ない事をギガンス将軍が納得するか。

 それ以上、帝国に対する屈辱的な状況を陛下が容認するかが大きな問題になっていた。

 その答えが今の一言であったのだ。

「それで観戦部隊は、十分な働きが出来たのだろうな?」

 私の確認をギガンス将軍が肯定する。

『はい。ただ、ミハーエの連中とほぼ隣合わせの状態の観測で現地は、かなり重い空気だったと報告があります』

 トレウス将軍が苦笑する。

『まーそれは、重い空気だったでしょう。何せミハーエの連中にしてみればルーンスなんて小物なんて元から対帝国軍の試しでしかなく、それを肝心の帝国軍に観測されているのですか』

『一応の協定関係がある以上、お互いに相手を排除出来ないですからね、表向きは……』

 チュメイ将軍の言葉にギガンス将軍が報告する。

『観戦部隊の幾つかが消息不明になっております。襲撃を受けて無事に生きのびた部隊は、一隊のみですが、相手が氷の壁を作ったのに使用したであろう素材の入手には、成功しました』

 ハバンス将軍が声高に告げる。

『ミハーエ王国へ正式に抗議を出すべきだあろう!』

「不要だ」

 即断する陛下を魔法具越しに不満げな視線を向けるハバンス将軍の行動に他の将軍の表情が動く。

 アッテス将軍は、驚きの表情を浮かべた。

 トレウス将軍は、何かを察した様子。

 アナッス将軍は、一瞬だけ視線をハバンス将軍に向けるがその後は、敢えて反応を殺している。

 チュメイ将軍は、一切の反応を見せない。

 一番の当事者であるギガンス将軍は、淡々とした様子であった。

 そもそも、今回ギガンス将軍には、ポセント大将軍より先程の素材の入手を含め、多くのミハーエ王国対策の必要な情報収集の命令が下っている。

 ルーンス王国への反撃の件も含めても更に重要視しなければいけない事があったと言うのがギガンス将軍の状況だったのだ。

 六将軍の反応を見てもある程度は、先程のやり取りがミハーエ王国からの間者に対するハバンス将軍退任を正当かさせる為の茶番である事も察している事だろう。

 そんな中、ポセント大将軍が指示を出す。

「ソーバトの双鬼姫もまた山崩しの魔法を実際に使える以上、ミハーエ王国との国境線の山の防御魔法の魔法具の更なる拡充を行う必要がある。侵攻の危険度が高い場所より順次行うのだ」

『了解しております。ミハーエ王国のあの魔法は、純粋な破壊力だけで山を崩していなく、連鎖的破壊である以上、その連鎖を食い止める防御魔法さえあれば確実に防げる事は、過去の事例からはっきりしていますから』

 アッテス将軍がそう応じる。

 ミハーエ王国のあの山崩しの魔法は、人智を越えた大魔法と思われがちだったが、実際は、違う。

 過去の記録によれば今回と同じように侵攻順路を作ろうと使用したそれを単純な防御魔法で完全に防げたのだから、備えさえあれば問題ない話である。

『それよりも今回の件で問題にしなければいけないのは、やはり魔帯輝を強制発動させる魔法でしょうな』

 チュメイ将軍の発言にアッテス将軍も同意する。

『確かに。ミハーエ王国との立場を覆す為に必要な再侵攻の際に有益な攻撃手段である天包発テンホウハツ天包帯テンホウタイを無効化させられる可能性がありますからな』

「魔法王国と呼ばれるミハーエにとって魔帯輝を使えなくさせられる状況がそれだけ問題だという事の照明でもあるが、対策を打たれるのに非公式に干渉すべきかどうかだな」

 ポセント大将軍の問題提起に対し、ギガンス将軍が報告をあげる。

『不確実な情報ですが、その魔法については、ミハーエ王国のラースー王女がその開発を統括するという話題が口にされた節があるそうです』

『ラースー王女ですか……、そうなると後ろ盾になるのは、実質ソーバトの双鬼姫になりますね』

 トレウス将軍のその言葉を口にした理由は、はっきりしている。

 下手に干渉すればソーバトの双鬼姫が動いて痛い目を見る事になる。

 そんな事は、今回のルーンス王国の件を挙げなくてもこの場に居る人間ならば誰もがその身で実感させられている事だった。

 その為、六将軍も答えに困る状況である中、陛下が視線をこちらに向けられた。

 私は、判断しろとの意味として発言する。

「魔法研究への干渉は、不可能では、ないがそれにを行う事の不利益を考慮すれば、少なくとも今回のそれに関しては、座視しよう。解って居ると思うが無視するわけでは、ないぞ」

 その言葉にトレウス将軍が即答する。

『了解しております。相手への干渉こそ行わなくとも、それに対しての監視、間諜は、絶やさない様にしておきます』

 私の意図を察した様だ。

 帝都としても行っているが、ミハーエ王国に面したアッテス将軍の東方軍を始めとして、各方面軍は、独自の諜報網でミハーエ王国の情報を収集している。

 その動きの中に今回の件を含めさせておくことが重要なのだ。

 私の決断を踏まえて陛下が口を開かれた。

「今回の一件におけるミハーエ王国の思惑をお前は、どう捉えている」

 私は、今までの報告を再度頭に巡らせてから答える。

「主目的は、やはりリースー王子主導の他国へのミハーエ王国の軍事力行使能力の誇示でしょう。ミハーエ王国は、他国に対して率先的な侵攻を行わないと思われる外交的な欠点の解消を狙った事でしょう。それと同時にある一定以上の魔帯輝をもつ軍隊に対しての魔帯輝強制発動魔法の運用試験。これは、仮想ミハーエ王国に仕立てた物であり、今後起こり得るだろう帝国の再侵攻に対する備えの一つと思われます。他にもいくつかの試験運用を行っていたと考えて居ます」

 陛下が強く頷く。

「ほぼ間違いない。義理の息子であるリースー王子は、やはり優秀である。鎖国状態であった時ならば防衛力のみの誇示で十分であっただろうが、他国との外交を推し進める以上は、侵攻能力の誇示も必要になろう。そういった意味で今回の事は、リースー王子にとっては、本当に都合が良い相手だったのだろうな」

 最後の都合の所に強調されているのは、どう考えても今回の事は、リースー王子による裏工作の結果が大きく影響与えている為だ。

 はっきりいってしまえば、ソーバトの双鬼姫がマルデットでルーンスの連中に攻撃された事自体、回避できた事であり、そうなる様にソーバトの双鬼姫を止め置いた上でルーンスに情報が漏れる様にされていた。

 実情を知らない第三国がみればルーンス王国が他国の貴族を不当に捕獲としようとして反撃され、自国貴族への不当な扱いに抗議したミハーエ王国が報復戦争を行った風に捉えられる。

 だが、実情をしっていれば正反対である。

 帝国へ国の威信をかけて侵攻をしていたルーンス王国の目の前にソーバトの双鬼姫という餌を置き、喰いつかせた所を自国に都合の良い様に処置したのだ。

 ルーンス王国側としてみれば完全に嵌められたのだ。

『ルーンスの連中には、同情したくなりますな』

 トレウス将軍が冗談混じりにそう口にするとアッテス将軍が警告する。

『これは、軍議の場だ発言には、気をつけろ。ルーンス王国は、我が帝国に剣を向けて来た敵国だぞ』

『これは、私としたことは、口が滑りました。大いに反省し、ギガンス将軍に深い謝罪の意を伝えたいと思います』

 わざとらしい謝罪の言葉と共に頭を下げるトレウス将軍に対してギガンス将軍が即答する。

『気にして居りません。実質的にルーンス王国は、侵攻してきましたが敵とは、とても言えませんでした』

 陛下が苦笑される。

「本当におかしな話だ。実際に統治した町を攻撃され、撤退させられた相手よりもその侵攻を失敗に導いたソーバトの双鬼姫が属するミハーエ王国の方が遥かに帝国にとって、大きな脅威なのだからな」

 その言葉には、誰も反論が出来ず、ただ苦虫を噛んだ顔をするだけであった。

 陛下に促される様に私がこの会議の締めに入る。

「ルーンス王国に関しては、マルデットへの軍の再配置を行い、外交官を通じた今回の事に対する賠償の要求のみとする。軍部は、ギガンス将軍からの情報を元に帝国として、更なるミハーエ王国対策を最優先課題として動く様に」

「大将軍としてその旨を了承いたします」

 そうポセント大将軍が応じてこの会議自体は、終了した。

 六将軍が使っていた軍専用木霊筒網を独占使用状態を順次開放する。

 これは、ミハーエ王国との時もしていた事だが、木霊筒に制限をかけなければ盗聴用の木霊筒を用いて情報を抜き出せる為である。

 これを恐れ、軍の木霊筒網に関しては、ミハーエ王国製の高性能なそれでなく、帝国で複製した木霊筒を使用している。

 その中、未だ繋がっていたチュメイ将軍の表情が気になった。

「何か今回の軍議で気になった事がありましたか?」

 私の問い掛けに対してチュメイ将軍は、少し躊躇した後に答えて来る。

『ソーバトの双鬼姫が何故今回のリースー王子の策謀に協力したのかが納得いかないのです』

 正直、それは、私も感じていた。

 ソーバトの双鬼姫は、臣下達の中では、好戦的ともとられているが実際の所は、敵側の被害すら気にする処があるのだ。

 今回の様な自分達から攻撃を仕掛け、大きな被害をださせるのは、ソーバトの双鬼姫が好む展開とは、とても思えなかった。

「王族に強制されたともとれるがな」

 私の意見に対してチュメイ将軍は、曖昧な言葉を返してくる。

『その可能性も高いですが、あの双子ならばそれを上手く躱す事も決して不可能では、無かったと思われます』

 チュメイ将軍の考えは、ある一定の妥当性が見受けられと私が考えて居ると陛下が面白そうに言ってくる。

「ソーバトの双鬼姫が動いたのは、ルーンス王国が目先の事に囚われ、蛮行を行ったからだ」

 文官の一人が極秘扱いの資料を持って来たので目を通す。

 そこには、輝集地の魔帯輝採掘でルーンスの連中が行った蛮族虐殺について書かれていた。

 確かにこれを知ればソーバトの双鬼姫ならばルーンスの連中に被害がでるのも了承して動き、再発防止を行うだろう。

「ルーンス王国は、北の逃げた者達を使い潰していたのだ」

 直接的な表現を抜きで伝えるとチュメイ将軍が僅かに不快感を匂わせる顔を見せた。

 敢えてそれ以上言葉にせず、木霊筒の解放が行われた。

 そして私は、今回の軍議を元に帝都の各部門に新たな指示を出す為の処理に入るのであった。



1119/包蒼濃(03/09)

帝国北東部の町、マルデットの広場

ミハーエ王国兵士 コッシロ


「もう一度、一騎当千をやれる様にして貰いたい」

 ナー師範からの要求をサーレー様は、即断する。

「絶対に駄目です!」

「どうしてだ、お前達なら決して不可能では、なかろう」

 尚も追いすがるナー師範に対してサーレー様が完全拒否の態度をみせる。

「出来る出来ないの問題じゃありません!」

 そんなやりとりが続くのを見ていたウチが呟く。

「やっぱり、無暗に戦いを起こしたくないんですね」

「それもあるけど、一番は、今回の一騎当千の件でナースーさんの親族から正式な抗議まで来てるから、あちき達としては、受けるって選択肢は、なしだね」

 それを聞いてムサッシが頷く。

「そうでしょう。色々言って居ても家族を危険に晒して平気な人間は、いません」

 それを聞いたカーレー様が眉を寄せて難しそうな顔をされるのを見てヨッシオが尋ねる。

「何か違うのか?」

 カーレー様は、ナー師範を指さして答えられた。

「どうして見殺しにしなかったって抗議されたんだよ」

「……へ?」

 思わずウチが間抜けな声を出す中、カーレー様が続けられた。

「今回、あちき達が助けなければ間違いなく死んでて、そうなれば名誉の戦死に成ってこれ以上の悪評は、防げたって」

 ウチが言葉を無くしているとヨッシオが断言する。

「よーく、理解出来た」

「今のを?」

 まだ納得がいかないウチの言葉にヨッシオが強く頷く。

「貴族様の考えは、俺なんかが全く理解出来ないって事がな」

「全くだよ」

 そう間違いない大貴族のカーレー様が頷くかれるのをウチは、なんとも言えない顔でみるのであった。

長かった。

当初の予定では、最初の王子との交戦だけだったのですが、ミハーエの対外政策の表現と一騎当千なんていれたもんでひたすら長くなった。

結局の所は、ルーンスの連中の自業自得。

早々にカーレー達を諦めておけばこんな見え見えな罠にかかる事が無かった筈ですから。

次回、コンテナのサイズについて

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