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落ち目領地とハーフな双子  作者: 鈴神楽
七年目 節目帝国のフリーな双子編
529/553

529 飛行魔法の廃れと雪幕纏う狐

カーレー達が飛びます

1118/白紺淡(12/13)

ヌノー帝国北西部の城 ハリコッタ

碧札六将軍北西部担当 ギルンス=アーイン

雪狐スノーフォッグが大量に確認されたのは、確かなんだな?」

 休日を優雅に過ごしてから登城した私の問い掛けに副官が応じる。

「はい。これは、魔極獣の兆候かと思われます」

「それで、事前の予定通りに事は、進んでいるのだろうな?」

 私が敢えて確認すると副官は、笑顔で応える。

「はい。この報告が中央に届かない様に兵士同士の討伐情報の共有は、遮断してあります」

 この好機に笑みが零れた。

「準備をしておいた私の判断は、正しかったのだ。それをただ古いだけの連中は、スキー板など下らぬ物に予算を割く様にいってきおって!」

 私は、再三に渡り魔極獣対策の予算を削減し、スキー板を購入すべきだと文句を口にする無能共へ怒りを感じていた。

「流石は、ギルンス様! 誇り高きアーインの次期当主で在られる貴方様の判断は、神の如く正確です」

 追随してくる副官の言葉に頷きながら私が告げる。

「よし、予定通り魔極獣討伐の準備を始めろ! 私がソーバトの双鬼姫の助言を受けねば魔獣一匹倒せぬ女や若造とは、違う事を知らしめてやろうぞ!」

「了解いたしました!」

 副官がそう答え動き出すのであった。



1118/白紺淡(12/13)

ヌノー帝国北西部の城 ハリコッタの武器庫

紅札軍人 ガッテツ=シーノ


「まさか本当にこれらが必要になるとは……」

 拙者は、使われると思わなかった対魔極獣用の装備の搬出指示を行いながら呟く。

 これらの装備は、南東部や西部での魔極獣戦の際に大量に作られた物の余りを買い集めた物である。

 余り物といっても突貫車等は、決して安い物では、ない。

 それらを購入するに辺り、余剰予算だけでなく、本来ならば必須である対雪装備の予算が大幅に削られていた。

 特に北東部で活躍しているスキー板の部隊単位での購入を断念せねばならなかった時には、何度も進言したものだ。

 正直、今もそのスキー板の購入は、行うべきだと思って居る。

 だが、今は、目の前の事に集中すべきであろう。

 揃えた装備の数を確認し眉を顰める。

「しかし、実際に魔極獣と相対するとなるととても十分な数とは、言えないな」

 拙者は、揃えられた装備と実際に行われた作戦記録を見比べる。

「パチンコと呼ばれる装備は、個々の破壊力が低い以上、帝国軍が最も得意とする数に依る面攻撃が出来る事が前提になるが……」

 数字的には、可能な数では、あった。

 ただしそれには、前提が付く。

「西部の戦いでは、死亡者こそ少ないが負傷者も多い。負傷者を交代させる事を考えたら最低でもこの二倍、確実な所で五倍は、必要だな」

 拙者は、現存する装備で何処まで足止めが可能かを計算する。

「相手の性質によるが、突貫車を使えば一週間(六日)は、持つだろう。セッケツ山脈を越える鉄道で補充がされれば間に合うだろうな」

 一応の目途がついたので、それに合わせて優先して輸送の指示を出そうとした時、新たな指令書が届いた。

 それを見て拙者は、戸惑いを覚えた。

「何故に出現予測地点に近い場所に全装備を輸送するのだ? 人の身で魔獣の速度には、敵わない以上、事前に移動予測地点に分散して配置しなければ足止めが出来ない筈だぞ?」

 拙者の呟きに指示書を持って来た文官が応える。

「そんな事は、決まっているでしょう。ギルンス将軍は、その場所で魔極獣討伐を為さるからだ」

 当然だと言わんばかりの言葉に拙者が高笑いをあげた。

「これだから実戦を知らない文官は、困る。そんなふざけた事がある訳がなかろう」

 憤慨した様子で文官が言い返して来る。

「ふざけているのは、お前の方だろう。南東部と西部での実績から考えてここにある装備で十分に討伐可能だとなっている」

 尤もらしい数値を並べる文官に対して拙者は、さっきの予測を説明し、断言する。

「負傷者が出ればそこに代りが入る。その分の装備がどうしても必要になる。お前が提示した数値通りだとしても四半刻(一時間)にも及ぶ集中攻撃が必要で、最低でも三交代制になる。そうなれば必要な装備は、単純にいって三倍になってとてもここにある装備では、足りない」

 本音を言えば装備の破損や予備戦力を考えて五倍と言いたいところだが、そんな数値化出来ない物を言っても通じないだろうと考えて居たが文官は、拙者が思って居るより馬鹿だった。

「そんなのは、交代する時に渡せば済む話だろうが!」

 一瞬、引っ込みがつかなくなったか冗談なのでは、と思ったが違った。

 この文官は、本気で言って居るのだ。

「話に成らない。西部での記録を見ろ! 面攻撃を維持するためにミハーエ王国から緊急輸入したパチンコは、一度の攻撃に必要な数の八倍だ。それでも終盤には、面の攻撃が不十分で天包剣を持つ兵士がその穴を埋めたのだ。お前が言って居る事をやっていれば相手に反撃をする隙を与える事になるぞ!」

 拙者の断言に文官は、苛立ちながら告げて来た。

「お前がどう考えようとかまわない。とにかくこれは、ギルンス将軍の命令だ!」

 拙者は、苦虫を噛み潰した顔をする。

 この命令が本当にギルンス将軍から下された物だとして場合、最悪な状況を意味する。

 補佐をしてくれている者にここを預けて拙者は、抗議に向かうのであった。



1118/白紺淡(12/13)

ヌノー帝国北西部の城 ハリコッタ

碧札六将軍北西部担当 ギルンス=アーイン


「反対です!」

 ガッテツ=シーノ、私が北西部担当の六将軍に就く前から北西部に居る古株と呼ばれる老害がそう文句をいってくる。

「将軍である私の命令に逆らうというのか?」

 脅しを籠めて敢えて尋ねてやるとガッテツは、表情も変えずに言ってくる。

「戦場での命令ならば従事します。ですが未だ作戦開始前です。より確実な勝利の為の上申は、陛下も御認め下さっている事でございます」

 その様な建前を本当に口にする奴は、こいつ以外に知らない。

「魔極獣の脅威を考えれば多少の危険を覚悟の上でも早期の討伐を行うのが帝国軍の矜持である」

 私は、そう突っぱねようとするがガッテツは、引き下がらない。

「多少の危険ならばそうでしょう。しかしながら、今回の作戦では、多少の危険とは、思えません。作戦に問題があればその時点で壊滅的な損害が出る可能性があります」

 私は、睨みつける。

「帝国軍人が命を惜しと言うのか!」

 それに対してガッテツは、地図で一つの町を指さして言う。

「帝国の為ならばこの命ならば喜んで捨てましょう。しかし、足止めが出来なければ蛮族を退け手に入れてから苦労して移住して来たネツキルキに住まう三千名もの帝国国民の命を脅かす事になります。民の危険に晒す事は、帝国軍人として絶対に出来ませぬ」

 たった三千の下賎な連中の為に何故私が武功を上げる機会をふいにしなければいけないのだ。

「もう一度だけ言う。新たに現れた魔極獣は、最初の交戦で討伐する。これは、六将軍としての決定だ! たかが紅札が口を挟む問題では、ない!」

 私がそう命じるがガッテツが悔し気にして納得していない。

 不快な事にこの方面軍としての軍歴が長いガッテツは、騎士にもなれない様な兵士連中に慕われている。

 下手な事をされても面倒だ。

「ガッテツ=シーノ、貴殿には、重要な作戦の遅延行為をした咎で謹慎を命じる」

 私の通達にガッテツは、天を仰ぐ様にしてから頭を下げる。

「了解しました。紅札軍人ガッテツ=シーノ。将軍の命令に従い謹慎いたします」

 そういって退室していくガッテツを見送ってから私は、命じた。

「余計な事を漏らされても面倒だ。人との接触を制限しろ」

「お任せください!」

 気の利く副官が即座に応じる。

 やはり、部下とは、こうでなければいけない。



1118/白紺薄(12/14)

ヌノー帝国北西部の城 ハリコッタ

錬札軍人 ヒュマ=シーノ


「親父に会えないってどういう事だ!」

 俺がそう警護の奴に怒鳴りつける。

「ガッテツ様は、ギルンス将軍の命に逆らった咎で謹慎中につき。何方とも会う事は、許されていません」

 警護の奴の言葉に俺は、おもいっきり舌打ちをした。

「遂にかよ。前々からあの御坊っちゃんには、腹立ててたからな。いつかやると思ってたがな」

「ヒュマ様、ギルンス将軍の事をその様に申しては……」

 言葉を濁す警護の奴に対してニヤリと笑って見せる。

「おいおい、俺は、ギルンス将軍を御坊っちゃんだなんていっていないさ」

「そ、そうですよね」

 あからさまに安心した顔をした警護の奴の耳元で本音を口にする。

「心の中では、ずっとおもっていたがな」

「ヒュマ様!」

 思わず声をあげる警護の奴に背を向けながら俺が言う。

「安心しろ、もうそんな風には、思ってないからよ」

 少し離れた所で俺は、吐き捨てる様に言う。

「この状況で親父を謹慎にする奴は、大馬鹿で十分だからよ」

 片手で頭を掻きながら俺は、城の通路を歩く。

「無駄に豪華にしやがって、機能性って奴を知らねえのかよ」

 俺は、大馬鹿が六将軍になってから改築された城の様子を改めて見た感想だった。

 本来ならこの城は、六将軍が防衛線の指揮をする上の城である為、どちらかと言えば砦に近い扱いである筈なのだが、大馬鹿は、実家の金を使ってこの城を華美に飾り立てた。

 本来なら丈夫な木材で武骨な作りの筈の城門も無用な飾り彫りの為にその強度を減らし、伝令兵の行き来を優先して広めに作られた通路は、過剰に高価な置物で狭まて居る。

 挙げたらきりがない程に変わったこの城を不服に思いながらも相手が将軍だからと比較的おとなしく従って居た親父が咎を受ける程の進言をした、それは、かなりヤバイ状況だ。

 親父が何に対して進言したかの予測は、つく。

 魔極獣対策だろうが、どうもキナ臭い。

 魔極獣の兆候は、直ぐに帝都に報告する必要がある筈であり、このハリコッタと帝都には、ミハーエ王国の関与が全くない機密性の高い木霊筒中継器での連絡が可能になっている。

 だからハリコッタにその情報が到着した時点で帝都にも魔極獣の予兆が伝わった筈だ。

 そうなれば帝都から大規模な軍関係者がハリコッタに移動してくる。

 下手をすれば皇族の入城もありえるのだからその準備が始まって居てもおかしくない。

 だが、今ハリコッタでは、魔極獣討伐の準備は、進められているが帝都からの増援を迎え入れる準備する様子すらない。

「これは、万が一って事もあるかもな」

 重い溜め息が漏らしながらも俺は、親父の執務室に向かう。

 派手に飾り付けられた城内の中で数少ない飾り一つない武骨なその部屋は、親父の性格が滲み出ている。

 そこには、親父に付き従い、親父と同じ様に閑職に回された奴等が居る。

「面倒を頼まれてくれないか?」

 俺の言葉にその場に居た全員が苦笑する。

 もう俺が何を言いたいのか解って居るって感じだ。

「帝都への伝令を頼みたい」

 俺の言葉にやはりという顔をする中、若手の奴等の顔が強張る。

 帝都への伝令、本来なら俺が関与する余地のない事柄を口にする意味を理解している証拠だ。

 そんな緊張した空気の中、一番の古株が手を挙げた。

「生い先短いわしが行こう」

「……上手く行っても罰せられる可能性は、高い上、妨害工作で殺しされかねないぞ?」

 俺の確認に古株は、あっさりと答える。

「今更出世する気は、ねえさ。それにまだまだ米突きバッタ相手に後れを取る程に衰えてねえよ」

 俺は、頭を下げる。

「頼む。事と次第によっては、それが多くの帝国民を救う希望になるかもしれない」

「任せておけよ」

 古株は、豪快に笑って旅の支度を始めるのであった。



1118/白玄淡(12/19)

ヌノー帝国北西部の名も無き雪原

碧札六将軍北西部担当 ギルンス=アーイン


「大量の雪狐の奥に巨大な魔獣を確認。これが目標の魔極獣と思われます」

 伝令兵からの報告に私は、頷く。

「私に運が回って来た様だ。西部の様に突貫車を展開出来ない状況でもなく、南東部と違って有効な武器もある。私の勝利は、約束された様なものだ!」

「その通りでございます! そして手に入れた魔帯輝を陛下に献上すればギルンス将軍の評価は、一気に他の六将軍を突き放すでしょう!」

 副官の言葉に俺が掌を天に向ける。

「そうだ! 何時までも敗戦の将に大将軍をやらせておけるものか! 私こそ真に大将軍に成るに相応しいのだ!」

 天に向けていた拳を握り締め、約束された未来を思い描く中、爆発音が響いてくる。

「順調に突撃が行われている様だな」

 私は、そう呟き魔極獣討伐終了の報告を待った。

 しかし、爆発音は、暫し鳴り止まない。

「予想以上しぶとい様だ」

 苛立ちを覚える中、漸く爆発音が止む。

 それと同時に伝令兵が駆け込んで来た。

「遅い。早く倒した魔極獣から魔帯輝を回収しろ」

 私の命令に対して伝令兵は、強張った表情を見せて居た。

「どうしたのだ? お前は、魔極獣が倒れた報告に来たのでは、無いのか?」

 私の確認に対して伝令兵は、俯きながらたどたどしく答えて来る。

「突貫車での突撃は、失敗に終わりました。突貫車の大半は、魔極獣に傷を負わせる事も無く爆発しました」

 言葉の意味が理解出来なかった。

「何の冗談だ? 突貫車の自爆ならば魔極獣にも損害を出せる筈だ!」

 私がそう詰問すると伝令兵は、怯えた表情で絞り出すように告げた。

「はい。それは、間違いないのですが……今回の魔極獣は、周囲の雪で防御幕を形成しており、その防御幕もまた魔極獣と同様に通常の攻撃が通じず、突貫車での攻撃でしかそれを突破出来ない状態で、数台掛かり特攻で何とか本体に到達しますが、十分な傷を負わせられて居ません」

「だったら残りの全ての突貫車を一気に特攻させろ! それで倒せば問題ない!」

 私の命令に伝令兵が戸惑った顔で尋ねて来る。

「本当に宜しいのですか?」

「くどい! 下手に分散するより結果が出る筈だ!」

 私がそう説明するが伝令兵が口にする。

「しかし、万が一失敗した場合、足止めが困難に……」

 その言葉を遮り私が睨みつける。

「失敗など許さぬ! さっさと命じられた通りにしろ!」

「は、はい!」

 返事も半ばに伝令兵が駆けていった。

「無能な奴等だ。あんな兵士か育てられないのだから本当に老害でしかないな」

 私は、そう謹慎させた老害への罵倒を口にすると周りの者達が追随してくる。

 そして一際大きな爆発音の連発が聞こえて来た。

「今度こそやっただろう」

 私がそう口にした時、また別の伝令兵が駆けこんで来た。

「討伐の報告だろうな?」

 私の冷たい視線に対して伝令兵は、何も言えないで居た。

「まさか、倒しきれなかったと報告するつもりか!」

 怒鳴りつける私へ伝令兵が決死の表情で報告をしてきた。

「全突貫車の突貫ですが、魔極獣が雪の防御幕を集中させる事で完全に防がれました」

「お前等は、馬鹿か! 何故一か所を狙った! 分散させなければ意味がないだろうが!」

 そう雷を落す私に対して伝令兵が諦めきった顔をしていた。

「たった一枚の防御幕を砕くのにすら突貫車が必要な状況では、分散して突貫できる程の数は、ありませんでした」

「言い訳は、するな! あー、あの老害の部下は、なんと使えない連中なのだ! 何処まで私の足を引っ張れば気が済むのだ!」

 私は、謹慎中でも私に害を成すあの老害への恨み言を叫ぶ。

「ギルンス将軍、今は、それよりも魔極獣の対応をしなければ……」

 副官のその言葉に私は、苛立ちを堪えながら命じた。

「まだパチンコがある。ここは、弱くても数で押し切れる筈だ! もう老害の部下などあてに出来ない。お前が直接指揮をとれ!」

「わ、私がですか?」

 驚く副官を私は、急かす。

「老害の部下が使えないのだからしかたあるまい! さっさと行け!」

「了解致しました!」

 副官が慌てた様子で出て行った。

「私は、なんと不幸なのだ! 部下達は、尽く無能なのだからな」

 そう己の不幸を嘆くのであった。



 暫くした後、伝令兵がやって来た。

「副官は、どうした?」

「魔極獣攻撃の指揮をとって居られたのですが、突然後は、任せたと後退されました」

 伝令の不可解な報告に私は、眉を寄せた。

「何だと? 副官は、こっちには、戻って来ていないぞ?」

 私の疑問に答える事無く伝令兵が本来の報告を始めた。

「魔極獣へのパチンコ攻撃ですが、普通の攻撃と異なり雪の防御幕に損害を与えられておりましたが、所詮は、小石程度の攻撃な為、効果が薄く魔極獣本体に傷を負わせられておりません」

「出来ぬという報告は、要らない! 無事に魔極獣を倒すまで続けろ!」

 私がそう厳命するが伝令兵が抗弁してきた。

「既に数を生かした面攻撃に綻びが生まれ始めて居ります。ここは、一度撤退して立て直しを図るべきかと」

「五月蠅い! お前達は、ただ私の命令に従っておればよいのだ!」

 私の叱責に伝令兵は、無言で退室していくのであった。



「まだ終わらぬのか!」

 あれから一刻(四時間)経つが倒したという報告が届いてこなかった。

 確認に行かせた者達も戻って来ていない。

「何だというのだ! ただ私の命令に従ってたかが魔獣の一匹を倒す、それだけの事が出来ないというのか!」

 私は、そう口にしながら陣取っていた天幕から出てみたのは、異様な光景であった。

 自陣を覆いつくすような負傷兵の山、逃亡しようとする兵士達とそれを押しとどめようとする我が側近達、そして既に私の視界の前面を覆いつくさんばかりにその巨体を見せる雪の様な白い大きな狐の魔獣。

「撤退だ! 私が後退する時間を死んでも稼げ!」

 私は、そう命じるとここまで来るのに使った自走車に駆け込み、急いで発進させるのであった。



1118/白玄光(12/24)

ヌノー帝国北西部鉄道の通る町 ヌイルキ

札無し下働き カレ


「あっちに居る時は、ホワイトクリスマスって風情を感じたけど、ここまで雪が積もっているとそんなもんは、皆無だね」

 あちきの呟きにサレが懐かしそうに言う。

「ホワイトクリスマスだと売れ残りの食べ物が格安で売られる事が多かったからうれしかったな」

「そだね。捨て値で売られていた七面鳥の丸焼きを買い込んで一カ月やりくりしたのを思い出すね」

 あちきも昔の事を思い出す。

「なんていうか本気で貧乏してたのだな?」

 ヨッシオさんが同情してくるのであちきが言う。

「貴族なんて一部の例外を除けば普通に働くって発想自体が無いからね」

 駄目親父は、本当に働かなかった。

「当然だ。貴族というのは、働く下々を護る為にあるのだからな。一緒に働いて居ては、護りに成り得ない」

 ナースーさんの言って居る事も解らなくもない。

 貴族の一番大事な仕事は、領民を護る事。

 だからこそ一番に求められるのは、それを出来るだけの力。

 それを育む為には、やはり領民と同じ様に働いて居ては、難しいのも事実なのだから。

「その義務が無かった駄目親父が働かない理由にならないですけどね」

 あちきは、そうぼやくのも仕方ない事だと思いたい。

「それにしてもどういう事ですかね?」

 サレが思案顔でそう尋ねて来るのであちきが応じる。

「だね。ガイアス殿下の方からあちき達に会いたいと鉄道があるこの町を指定してくるなんて」

 実は、あちき達は、朝まで鉄道から少し離れた町に居た。

 そこで報告を上げた際にこの町で会いたいと言うガイアス殿下の伝言を受け取ったのだ。

「刃の刻の四半刻後(十三時)には、到着するとあったって事は、返信前から移動していると思うからかなり急ぎの案件なんだろうけど、僕が知る限り、そこまで急ぐ案件は、無かった筈だけどな」

 サレが怪訝そうな顔をする中、約束の時間よりも三十分早くガイアス殿下がやって来た。

「御足労に感謝する」

 一礼したと思うとガイアス殿下は、直ぐに本題に入って来た。

「この町からセッケツ山脈を越えた先に現れた魔極獣討伐を頼みたい」

 あちきは、予想外の要求に頬を掻いて居るとサレが不機嫌さを隠さず嫌味を口にする。

「凄いですね。僕の方には、一報すら入ってないなんて。帝国の情報隠蔽度は、一気に跳ね上がったんだね」

 きっと嫌味で返してくると思って居たがガイアス殿下は、どこか悔し気に口にする。

「帝都に魔極獣確認の報告が来たのは、三日前なのだからな」

 あちきは、物凄い違和感を覚える中、サレの顔が一気に真剣になる。

「今、魔極獣確認って言いましたか?」

「そうだ。魔極獣確認の情報が入ったのが三日前だ」

 ガイアス殿下のその言い方であちきもその異常さに気付て質問する。

「まさかと思いますけど、帝都でも魔極獣の予兆を確認していなかったんですか?」

「帝都にその報告がされたのは、一週間(六日間)前だ。至急に確認をやって三日前に魔極獣を確認した」

 憤りを押し殺すような説明にサレの表情が一気に冷たい物になっていた。

「詰り、北西方面軍からの正式な報告が無かったって事ですよね? 第一報は、密偵ですか?」

「いや、北西部面軍の経験の長い兵士。ただ、途中謎の襲撃を受けて到着が遅れてたみたいだがな」

 ガイアス殿下の答えにサレが斬り込む様に尋ねる。

「謎の襲撃ですか?」

「ああ、謎の襲撃だ」

 ガイアス殿下の答えにあちきが呆れる。

「今更取り繕わないで下さいよ。どう考えてもそれって、情報を隠蔽しようとしたギルンス将軍が事態を帝都に報告しようとしていた真っ当な兵士を強襲しただけでしょう」

 ガイアス殿下は、無言を通す。

 まあ立場上、言えない事だろうけどね。

 状況をまとめてみよう。

 魔極獣の発見、それ自体は、大事だけどこれで五例目だ。

 問題は、その予兆を知りながら帝国軍の北西部、ギルンス将軍が隠蔽し、単独討伐し失敗した事。

 帝都は、今回完全に後手に回った状況である。

 それでもサレが不信を抱いている。

「僕達に討伐を依頼するなんて随分と諦めが良いですね。討伐に失敗し、多少の被害が出たとしてももう少し単独でやるかと思いましたよ」

 あちきも同感だった。

 馬の魔極獣の時だってあれだけ被害を出しても独力の解決をしようとしてたんだ、多少の被害では、それを断念するとは、思えなかった。

「……死傷者数五千、事実上の壊滅状態だ」

 ガイアス殿下の言葉にその場に居た誰もが言葉を失った。

 数値こそ馬の時もかなりの数だったが、その時は、帝国軍は、十分な準備を済ませていた。

 周囲からの補充兵等を用意して居た事だろう。

 だが今回は、そんな準備が無い状態でいきなり五千の兵が失われた。

 帝国にとっては、兵力の空白地域が生まれてしまった事になる。

 とても放置が出来ない状況で、魔極獣の魔帯輝独占という利益より防衛線の再構成を優先しなければいけない状態になっている筈である。

「それって魔極獣の足止めが出来ないって事じゃない!」

 サレの怒声にあちきも慌てる。

「呑気に話している状況じゃないでしょ。正確な地図と魔極獣の動向を早く」

 あちきの要求に渋い顔をするガイアス殿下をサレが睨む。

「正確な地図って軍事情報の開示を渋りたいんだろうけど、このままじゃその地図で防衛が行えなくなるよ」

 ガイアス殿下は、諦めた様子で指示を出すと卓上に地図が広げられる。

「今回の魔極獣は、大量の雪狐と共にこの地点からセッケツ山脈にそって東に進んでいる」

 確認されたそれぞれの日時からサレは、移動速度と予想進路を計算する中、あちきが地図の上にある記述を確認する。

「魔極獣の予想経路上に村や町と思われるのがあるけど、そこは、どうなっているの?」

「小さな村と町だった事もありギルンス将軍の命令に従わず戦力を維持していた部隊が避難させた」

 ガイアス殿下の言葉にあちきが安堵の息を吐く中、サレが焦り始めていた。

「ガイアス殿下、この地図に無いセッケツ山脈を越える新規の鉄道は、ありませんか?」

「この地図が最新だ。セッケツ山脈を越える鉄道は、魔極獣の進行方向では、ここにしかない」

 ガイアス殿下が示したのは、かなり東の地点である。

「……間に合わない」

 サレがそう口にしながら一つの町を指さした。

「このネツキルキって町の避難は、可能ですか?」

 ガイアス殿下は、首を横に振った。

「三千人規模の町だ、女子供も居るのだ雪の中の避難は、不可能だ」

「荷物を制限して魔極獣の通過の間だけ一時避難する訳には、行きませんか?」

 サレの問い掛けにガイアス殿下は、再び首を横に振る。

「可能だったとしても三千名もの民間人を護衛するだけの兵がその場には、居ない」

 そうだった、こっちの世界は、魔獣が居る。

 女子供を護ろうとすればそれ相応の数の兵士が居る。

「何でもっとこっち側に鉄道がないのかな」

 あちきの愚痴に対して必死に方法を探しながらサレが答えて来る。

「帝国の鉄道の主目的は、戦線への兵士の移動と補給だよ。三千もの人間が居る様な町は、戦線から離れていて鉄道の優先度が落ちてるんだよ」

 あちきは、改めて地図を見る。

 地図の上では、今いるヌイルキとネツキルキは、そう離れ居ない。

 しかし、その間には、大陸有数の高さを誇るセッケツ山脈が立ち塞がっている。

 普通にその雪山を越えようとしたらタイムロスが多すぎて魔極獣が先に到着してしまう。

 回り込むとするとかなり遠回りで、セッケツ山脈を越える鉄道は、ネツキルキよりかなり東にあってこっちも遠回りになってしまう。

「トンネルでもあればな」

 あちきの呟きを聞いてサレがガイアス殿下に顔を向ける。

「セッケツ山脈に削って良いですか?」

「……どういう意味ですか?」

 思わず聞き返すガイアス殿下にあちきが説明する。

大山崩落波マウンテンブレイカーって魔法を使えば削るくらいは、出来る。山脈自体は、無くせなくてもかなり時間短縮になるんですよ」

「冗談ですよね?」

 顔を引き攣らせて確認してくるガイアス殿下に対してサレが怒る。

「今が冗談を言って居る時ですか!」

「それを王都が許すと思うか?」

 ナースーさんが淡々と指摘した通りまずターレーお姉ちゃんが許可を出す訳がない。

 ターレーお姉ちゃんの許可が無ければいくらあちき達でも必要な魔帯輝を集められない。

「こっちの許可があれば、帝国の魔帯輝を強制徴収すればギリギリいける筈だよ」

 かなり強引な提案をしてくるサレに悩みまくるガイアス殿下だが、あちきは、サレの肩に手を置いて落ち着かせる。

「どちらにしろターレーお姉ちゃんが許可しなければ『名呼びの箱』が使えず、魔極獣との戦闘が不可能だよ」

 サレも理解しているから沈黙する。

「既に五千の被害が出ています。陛下には、出来るだけ最速とだけ言われて居ります」

 ガイアス殿下のその言葉にサレが言う。

「覚悟している五千と無辜な三千の命が同等だと?」

「それは……」

 答えられないガイアス殿下。

 あちきは、ある考えを提示する。

「飛行魔法なら間に合う可能性がある」

「確かに飛行魔法で山を飛び越えて行けば可能だけど……」

 尻すぼみになるサレに不思議そうな顔をするコシッロさん。

「何かその飛行魔法に問題があるのですか? 間に合うのだったらそれを使えば良いと思いますが」

「魔帯輝の件でしたらこちらで対価を支払いますが」

 ガイアス殿下も賛同を示す中、ナースーさんがはっきりと言う。

「馬鹿を言うな、お前達が帝国で飛行魔法を使う等、大山崩落波を使うよりありえない話だ」

 理解していない人が多いのであちきが説明を始める。

「飛行魔法って言うのは、ミハーエ王国では、ずいぶん昔に作られている魔法で一回だけ帝国との戦争で猛威を奮ったんだよ」

「一回だけってどういうことだ?」

 ヨッシオさんの疑問にサレが質問で返す。

「どうして魔法絶対のミハーエ王国で魔法防御を施した兵士の運用が始まる前から兵士が戦場の大半を占めていたと思う?」

「それは、敵の攻撃魔法から魔法行使者である騎士を護る……」

 言って居る途中でムサッシさんは、気付いた様だ。

「空に浮かんで兵士という壁が無ければ騎士を狙いたい放題という訳ですな」

 ガイアス殿下の正解にあちきが告げる。

「そういう事。軍事利用できないとしたら後は、移動にだけど、ミハーエ王国だったら新刃の門って転移魔法具があるから制御が難しい飛行魔法をいちいち使う貴族は、居ない。魔法も有効性が見いだされなければ廃れる。あちき達は、趣味で簡単な研究してたんだよ」

「詰り飛行魔法は、戦争中は、逆に的になるから使えず、新刃の門より使い勝手が悪いから使われて居なかったって事ですよね。だったら今回は、何の問題もないのでは?」

 コシッロさんのその純粋な処は、変らないで欲しいと思う。

「馬鹿を言うな、帝国の連中がソーバトの双鬼姫を始末する好機を見逃すと思うのか?」

 ヨッシオさんの指摘にコシッロさんが反論する。

「ですが、この状況で流石にしないですよ」

 あちきもそうだったら良いと思うが少なくともこのままでは、ターレーお姉ちゃんは、説得できない。

 だから別のルートから斬り込む。

「ガイアス殿下。そういう事なのであちき達が飛行魔法を使って居る間の襲撃を帝国軍として阻止するという確約を皇帝陛下にして貰えないでしょうか? その確約が頂けた所であちき達は、飛行魔法でネツキルキに移動、町に到達する前の魔極獣を向かい撃ちます」

「解った。今回の損害の件でギルンス将軍は、謹慎中だが、代りに指揮している紅札軍人ガッテツ=シーノに命じて襲撃は、絶対にさせないようにさせれる筈だ。準備を始めていてくれ」

 そういってガイアス殿下が帝都との連絡を取り始める中、あちきがムサッシさん達に言う。

「今の約定は、帝都経由でリースー王子にターレーお姉ちゃんを説得してもらう為の方便。狙われる危険度は、下手をすれば上昇する。そんな状況だけど向こうでの行動を考えてついてきて貰える」

 ムサッシさんが即座に頷き、コシッロさんは、納得いかない顔だが拒否せず、ヨッシオさんが仕方ないって顔で頭を掻いている。

「ナースー様は、ついてこなくても宜しいのですよ?」

 サレの言葉にナースーさんが失笑する。

「それこそありえないな。いざとなればお前達を倒してでも止める為に私が居るのだからな」

 何気にこの人が今回の作戦の一番の難所なのかもしれない。



1118/白玄光(12/24)

ヌノー帝国北西部の城 ハリコッタ

碧札六将軍北西部担当 ギルンス=アーイン


「全ては、無能な部下達の責任では、ないか!」

 私は、苛立ちをそのままに近くにいた側近を殴り飛ばす。

 倒れた部下の頭を踏み躙りながら私は、不満を口にする。

「それなのにどうして私が謹慎させられなければいけないのだ!」

 私がそんな不当な扱いへの怒りを募らせているとドアが叩かれ、部屋の外で待機していた兵士が報告して来た。

「ガッテン様から通達項目書類が届いて居ります」

「老害がこの六将軍の私に通達だと! なんと生意気な!」

 私は、そういってその書類を床に叩きつけ、何度も踏み躙った。

「腹ただしい!」

 私は、怒りのままに女官に注がせた酒を呷っていると側近の一人が通達を読み始める。

「ソーバトの双鬼姫が魔極獣討伐の為に飛行魔法でセッケツ山脈を飛び越える。その障害の排除を皇帝陛下の名の元に排除する任務を行うとの事です」

「何故だ! 何故私の管轄の場所でだけソーバトの双鬼姫の討伐を許すのだ!」

 私は、通告書を何度も何度も引き千切ってから再び踏み躙った。

 激情のままに動いた所為か少し疲れた。

「どうせ私は、謹慎中だ。関係ない!」

 そういってソファに座った時、良案が浮かんだ。

「そうだ。私は、現在謹慎中でもしもソーバトの双鬼姫が死んだとしてもその責任は、代行している老害の物となる。そして非公式であったとしてもソーバトの双鬼姫を討てば、今回の失敗など問題にならない功績となろうぞ!」

「お待ちください! その様な事をされれば皇帝陛下の言葉に逆らった事になります!」

 側近の余計な言葉に私は、失笑する。

「そんな物は、幾らでも誤魔化しようがある。さあ、セッケツ山脈近くの部隊に連絡をとれ!」

 私は、この危機の中で訪れた好機に乗る為に動き出す。



1118/白玄光(12/24)

ヌノー帝国北西部のセッケツ山脈の上空

鳶札兵士 ヨッシオ


「おい、これ本当に大丈夫なのかよ!」

 俺は、湖に浮かぶ手漕ぎ船の様な物に乗せられて空に居た。

「安心してコウクウリキガクと飛行魔法の合わせ技だから滅多に落ちないから」

 カーレー様の言葉にナーの野郎が言う。

「滅多な事があったら落ちると言う事だな」

「ナー師範、怖い事を言わないで下さい!」

 コシッロが半泣きで言う中、ムサッシは、周囲の警戒を緩めていない。

「やはり襲ってくると思うか?」

 小声で俺が聞くとムサッシが苦虫を噛み潰した様な顔で答える。

「考えたくもないがその可能性を否定しきれないのは、確かだが」

「本当に帝国軍の連中は、何を考えて居るんだかな」

 俺は、ムサッシと反対側の警戒をしながら呟く中、船に衝撃が走った。

「嘘……」

 信じられないって顔をするコシッロ。

 そらみろという顔をしているナーの野郎。

 苦々しい顔をしながらも現実を受け入れてサーレー様が動き出す。

「小魔華百輪で出来るだけ防ぐから確り掴まってて!」

 投擲された小魔華百輪が空中で激しい光を生む。

 多分それが襲撃者の魔法とぶつかりあってるところだろう。

 光は、かなりの数に及ぶがそれでも船への衝撃は、少しずつだが増え始めた。

「王都は、帝国が確約を護る前提で許可をだしたのだ。こうして破られた以上今回の魔極獣討伐自体の再検討が必要だ。直ぐに着地して襲撃者を掴まえて帝国との交渉の駒にするのが最善だぞ」

 ナーの野郎の言い方は、気に入らないが、言って居る事は、間違って居ない。

 帝国の連中がこっちとの約束を守らないというのにこっちだけが相手を助けてやる必要なんてない。

 俺やムサッシがそういう意思を籠めた視線を向けるとカーレー様がナーの野郎に言う。

「取引です。あちきの代わりのこの船の魔力供給をお願いします。無事にセッケツ山脈を越えられたら他者に漏らさない条件で特別な手段で送って貰ったアーラーお父さんとマースー先生の戦闘記録をお見せします」

「意味があるものだろうな?」

 ナーの野郎の確認にサーレー様が言う。

「見て事前に対策の準備が出来るかどうかで勝率が大きく変る筈ですよ」

 ナーの野郎は、あっさりとカーレー様に代わって船に魔力を籠め始める。

 そして自由になったカーレー様は、大魔華双輪を器用に使って防御に参加するのであった。



1118/白玄光(12/24)

ヌノー帝国北西部の町 ネツキルキの近く雪原

錬札軍人 ヒュマ=シーノ


「ソーバトの双鬼姫がセッケツ山脈を飛び越えてやってくるっていうが本当かね?」

 俺がそういってセッケツ山脈の方をみる。

「信じられませんが、そうでもして来てもらわないとどうしようもありませんよ」

 親父の部下の一人がそういって小数ずつの避難を始めているネツキルキを見る。

 現在、多少腕に覚えがある男達を加えた女子供を数少ない兵士達が護衛して魔極獣の進路から外れた仮設避難場所に移動させている。

「一度に避難させられるのは、二十人が限界だ。三千人を避難なんて間に合わないぜ」

 俺のボヤキに親父の部下の一人が辛そうに言う。

「その二十人というのも何時まで続けられるか。こちらの兵士は、不眠不休で働き続けて居ます。体力の限界を訴えて来る者のいます」

「馬鹿は、休み休み言えって言っといてくれよ。ここで呑気に休んで居たらネツキルキの町は、全滅だ。そんな事を言って居る間にもお客様だ!」

 俺達の視界に雪狐の大軍が見えて来た。

「魔極獣には、勝てなくても雪狐共だったら倒せる! ここで押し留められれば魔極獣自身が来るまでは、避難が続けられる踏ん張りどころだぜ!」

 そう鼓舞し、俺自身も剣を振り、秘蔵の再生型魔帯輝を使って攻撃魔法を放つ。

 途切れる事が無いような戦い、だがそれでもこちらの攻撃が通じ、足止めは、出来ている。

「これならもう少し時間を稼げ……」

 俺の言葉は、途中で止まった。

 他の雪狐とは、別物の巨大な雪狐、一目で解るそれが魔極獣だと。

「怯むな! やることは、変らない! 少しでも非難する時間を稼ぐんだ!」

 俺は、そういって魔法を放つが全く効いて居ない。

 何十本の矢も、突撃の勢いを載せた槍の穂先も、全力を籠めた剣の刃も、全てが弾かれる。

「最後の突貫車を出せ!」

 故障中だった為に残されていた唯一の突貫車を突っ込ませる。

 だが、それは、報告にあった雪の幕を張られて防がれてしまった。

「随分と好き嫌いの激しいお客さんだ! 良いぜ、俺の命と引き換えにここで遊んでいってもらうぜ!」

 俺がそう叫んだ時、それが落ちて来た。

 目前を小舟が雪原の上を滑って横切った。

 思わず空気が凍る。

 俺達どころか魔極獣すらその小舟を見ていた。

 そして、小舟から何人もの人間が降りて来た。

「死ぬかと思ったぞ!」

 中でも一際大きな男が怒鳴ると小柄の少女が言い返す。

「死ななかったんだから文句は、後にして。今は、あの人達への事情説明した後、周りの雪狐達の邪魔を防いで!」

 そう叫んだと思うとその小柄の少女は、魔極獣に突き進み、その手に持った二つの輪っかを振り下ろす。

 魔法すら弾き返した魔極獣の前足に大きな傷が出来た。

「おいまさか、あれがソーバトの双鬼姫かよ!」

 俺が驚いている中、船から降りて来た男の一人が声を掛けて来た。

「お待たせしました。これからカーレー様とサーレー様が魔極獣との戦いに入ります。出来ましたら周りの雪狐が戦いの邪魔出来ない様にする事に協力をお願いします」

「それは、構わないが随分と乱暴な登場だな」

 俺の指摘に痩身女性が来て言う。

「貴方方がそう言いますか? ウチらは、そちらの妨害を振り切って来たのですよ!」

「妨害って何の事だ!」

 意味不明な言葉に俺がそう怒鳴り返している間も魔極獣とソーバトの双鬼姫の戦いは、続いていた。

 魔極獣は、最初の一撃から警戒し、あの雪の幕を何重にも纏い防戦している。

 帝国の北西方面軍を正面から蹴散らした魔極獣相手にたった二人で押していた。

「これなら勝てるぞ!」

 俺がそう叫んだ時、最後に小舟から降りた男が言う。

「そうかな? 激しい攻撃を続けているがそれは、魔力が限界の近い証拠だろう。このまま防がれ続ければ負けるぞ」

 それを聞いて最初の大男が怒鳴る。

「あの襲撃さえなければもっと魔力を温存出来たって言うのによ!」

「さっきから襲撃と言って居たが空を飛んで来たのだろう? そんなお前達を襲撃する様な奇特な奴等が居たのか?」

 俺の問い掛けに説明して来た男が告げた。

「本来なら居ないでしょう。居たのは、おそらく帝国皇帝の襲撃をさせるなと言う言葉を無視して、ソーバトの双鬼姫を討つ好機だと勘違いした愚か者ですな」

「あの大馬鹿か!」

 俺は、力の限り叫んでいた。

 男が言う様な愚か者を俺は、知っている。

 親父を謹慎とし、独断先行で五千の帝国軍を失い、そして三千の帝国民を護る為に来たソーバトの双鬼姫の邪魔をする様な奴は、奴しか居ない。

 目の前の魔極獣との戦いを見てれば解る。

 邪魔さえなければソーバトの双鬼姫は、俺達が背負うネツキルキを護れた筈だったのだ。

 こうしている間にもソーバトの双鬼姫の攻撃の威力が落ちていくのが解る。

 それでもソーバトの双鬼姫は、諦めずに戦って居た。

「どうしてそこまでするんだ?」

 俺の呟きに痩身の女性が問い掛けて来る。

「三千もの無辜な命を護る為、それ以外に理由が必要ですか?」

 単純だがそれこそ正しい行いだろう。

 その正しい行いをしているソーバトの双鬼姫だが、その一人が攻撃の隙を突かれて弾き飛ばされる。

 一緒に来た連中に緊張が走ったが、弾き飛ばされた一人も直ぐに立ち上がり攻撃を再開していた。

 俺は、親父の部下達に声を掛けた。

「命を俺にくれないか? あの町を護る為に正に飛んできてくれたあいつ等を逃がしたいんだ」

 自分でいっておきながらとんでもない事だと思う。

 帝国軍人に宿敵とも言えるソーバトの双鬼姫を助ける為に命を捨ててくれといっているのだから。

 しかし、親父の部下達は、あっさりと応じた。

「構いませんよ。元々少しでも時間稼ぐ為に捨てる命だったんだ、ソーバトの双鬼姫が来て出来た時間の代わりだと思えば有意義な使い道ですぜ」

「ありがとう」

 俺は、そう頭を下げた後に小舟で来た男達に言う。

「俺達が特攻してあの魔極獣の動きを止める。その間にあんたらは、ソーバトの双鬼姫を連れて逃げてくれ」

「おいおい、それで良いのか?」

 大男の言葉に俺が頷く。

「最初からそうして時間を稼ぐ予定だった構わないさ。ただ一つだけ伝言を頼んで良いか?」

 俺の伝言を聞いて説明して来た男が強く応える。

「その言葉、カーレー様とサーレー様に確かに伝える」

「そうか。頼んだぞ。それじゃあ、いくぞ!」

 俺は、そういって最終兵器の所に向かうのであった。



1118/白玄光(12/24)

ヌノー帝国北西部の町 ネツキルキの近く雪原

桃札貴族のミハーエ王国ソーバト領主一族 サーレー=ソーバト


「前回の無限回復も厄介だったけど、この無限盾っていうのも面倒だね」

 カーレーが攻撃を続けながらそうぼやく。

「無限って訳じゃない。同じポイントで何度も使わせれば雪が減って盾になる幕を張れなくなる筈だよ」

 僕の言葉にカーレーが苦笑する。

「それをするだけの魔力残ってる?」

 僕は、静かに首を横に振った。

 襲撃がなければ、航空力学を使って最小限の抵抗で進める様に改造した小型船を飛ばし続ける魔力をカーレーに担当して貰って、余力がある僕が相手の出方に合わせて追い詰めて、カーレーが止めを刺す段取りだった。

 それが予想以上に過度な襲撃に僕まで魔力が尽きかけている状態。

 限られた攻撃回数で敵の防御を破る為に魔力を振り絞って攻撃を続けているが連続して作られる雪の幕を突破出来ないで居た。

「だけどまだ諦める時間じゃないよ!」

 カーレーは、呼吸を整える。

「そうだね。あの幕を張っている間は、あっちも攻撃できない。あっちが攻撃してきた瞬間を狙って攻撃を集中すれば行ける筈」

 僕がそう応じるが実際は、難しい事は、解って居る。

 魔極獣達は、間違いなく知恵がある。

 馬の魔極獣が二台目の突貫車を避けた時からそう感じていたが、今回の戦いで確信した。

 こちらの魔力が限界だと察知している以上、さっきの様なこちらが攻撃出来ないタイミングでなければ向こうも攻撃して来ない。

 どうにかだまくらかして攻撃を誘導しないと。

 その方法を考えて居る時、突貫車が横を通り過ぎていく。

「まだ残っていたの?」

 カーレーと少し驚いている時、それに気付いた。

 魔極獣が発生させた雪の幕を直前で回避していった。

 そんな事は、遠隔操作の突貫車には、出来ない。

「まさかあれって……」

 僕の呟きに近くに来ていたムサッシさんが答えてくれる。

「はい、馬の魔極獣の時に使われた人が乗る突貫車です」

「俺達に襲撃仕掛けた大馬鹿野郎が兵士の命なんて気にしないからと数を揃える為に買ってたんだとよ」

 カーレーの傍に駆け寄りながらヨッシオさんがいった。

 僕は、目の前を行く五台の突貫車を見て叫ぶ。

「止めて! 五台で突貫したところでそいつは、倒せない!」

「彼等も承知の上です。その上でカーレー様達を逃がす時間稼ぎの為にその命を賭してくれるのです」

 ムサッシさんの説明にカーレーが怒鳴る。

「何であちき達を助ける為に帝国軍人が命を懸けるのよ!」

「奴等からの伝言だ。『こんな事を頼める謂れは、無い事は、承知の上で頼む。魔力が回復したらあの魔極獣を倒して一人でも多くの帝国国民を救ってくれ』って事らしいぜ」

 ヨッシオさんがそう伝言を口にする中、突貫車が魔極獣を僕達から護る様に張ってあった幕にぶつかって崩壊させていく。

 防御の幕を失った魔極獣が慌てて後退しようとするがそんな事は、させない。

「カーレー!」

 僕のその一言だけでカーレーには、十分だった。

 僕は、雪狐の魔極獣と同じ紺の魔力を帯びた五セットの小魔華百輪を撃ち放った。

 幕の展開させるがそれ自体が同種の魔力である僕の小魔華百輪の加速に力を貸し、魔極獣に突き刺さった。

 同種の魔力故にダメージは、皆無。

 だが、これの目的は、全く違う。

 カーレーが大魔華双輪に紺の魔力を籠めて突っ込むと、突き刺さった小魔華百輪の紺の魔力と共鳴して、カーレーの体ごと大魔華双輪を引き寄せ、その勢いを用いて大魔華双輪は、深々と魔極獣に突き刺さる。

「「これが残りの全魔力だ!」」

 カーレーが紅の魔力を大魔華双輪に注ぎ込んでいる所に僕の紅の魔力小魔華百がぶつかった。

 紅の魔力が激しい炎をまき散らし、そして魔極獣が倒れていった。

「ごめん、後は、お願い」

 それを見届けた所で僕は、カーレーと共に意識を失っていった。



1118/白銀平(12/27)

ヌノー帝国北西部鉄道の通る町 ヌイルキ

蒼札皇子 ガイアス=ヌノー


「お前に会いたいとソーバトの双鬼姫からの要望だが、何を言われても大人しく受け入れて貰いたい」

 私の言葉に紅札軍人ガッテツ=シーノは、粛々と受け入れる。

「了解して居ります。陛下より下ったソーバトの双鬼姫を襲撃させないと言う命令を遂行できなかった以上、その場でこの首を差し出す事になろうとも構いません」

「すまない」

 私は、そういうしか無かった。

 ギルンス将軍の独断専行から始まった今回の魔極獣の一件は、魔極獣が被害を予測されていたネツキルキの直前で倒された事で峠を越えた。

 しかし、問題は、山の様に残っていた。

 その中でも大きいのがソーバトの双鬼姫からの要請があった襲撃を防ぐという確約の不履行だ。

 表向きこそ第三者からの襲撃という風に謳って居るそれが、実際は、帝国軍からの襲撃をさせないという約定だった。

 それをギルンス将軍は、破ったのだ。

 言い訳のしようもないこちらの手落ち。

 これがアレキス兄上との話であがった際には、ギルンス将軍への極刑とそれに伴うアーイン家の断絶すら提議された程だ。

 しかしながら確たる証拠がないという事で不問とされている。

 そんな不条理な結果の尻拭いにガッテツは、命を差し出す覚悟を決めているのだ。

 事前に会合場所に来ていたソーバトの双鬼姫は、何時もの余裕を見せた態度でなく、神妙な面持ちであった。

「この者が要望にあったガッテツ=シーノだ」

 その言葉を聞いてカーレーとサーレーは、席を立ち、そして頭を下げた。

「本来ならば自ら足を運ぶべき所をこちらに来て頂き申し訳なく思って居ます。今回の一件であちき達が力が足りなかった為、貴方の御子息と部下の失わせてしまいました。それを謝罪させて下さい」

 カーレーの意外過ぎる言葉に私が驚く中、ガッテツが告げる。

「頭を上げて下さい」

 カーレー達が頭をあげるのを確認してからガッテツが続ける。

「その謝罪ですが受け入れる訳には、行きません」

 私が訂正をさせようとするとサーレーが視線でそれを止めた。

「そちらのお怒りは、重々承知しております。簡単に許されるとは、思って居ません。ただ今回は、謝らせて下さい」

 カーレーがそう真摯に告げるとガッテツがはっきりと宣言した。

「許す許さないの問題では、御座いません。我が息子も部下も私の常日頃から指導した帝国民を護る為にその命を賭せという言葉に従っただけの事。その責任は、全て拙者だけのものであり。それは、例え貴女方が桃札を持つ御方であっても渡す事が出来ない物です。どうかご納得下さい」

 その言葉を聞きカーレーとサーレーは、かなり驚いた顔をしていたが直ぐに応じた。

「大変な失礼な事をしました。帝国軍に貴方のような方が居る事を羨ましく思います」

 そういって視線を向けて来るカーレーに私は、問い掛ける。

「今回のそちらから要請があった確約の不履行の件ですが、どの様な賠償を求められますか?」

「魔極獣から民を護ろうと死力を尽くしていた帝国軍に第三者からの襲撃を防ぐ余力が無かった。あちき達は、そう納得していますのでミハーエ王国としての物は、リースー王子と交渉して頂ければそれに従います」

 カーレーは、そういって個人的な賠償を放棄した。

 正直に言えばこれは、大いに助かった。

 今回の確約の不履行の件でソーバトの双鬼姫が明確に帝国軍を敵としていたのならばただで済むとは、思わなかったからだ。

「ただ一つ宜しいですか?」

 安堵していた私にカーレーが先ほどまで無かった凍える様な気配を纏い聞いて居た。

「何なりと言ってください」

 私がそう促すとカーレーが淡々と言う。

「今後、あちき達に襲撃してくる者達に関しては、容赦なくこちらで処分するとお考えください」

 背筋に悪寒が走った。

 ソーバトの双鬼姫は、言外にこういっているのだ。

 次に襲撃してくれば相手が六将軍だろうと始末すると。

 帝国軍自体は、敵とみなされなかったが、ギルンス将軍は、間違いなく敵とみなされたのだろう。

 その言葉に対して私は、陛下より渡された一つの許可書を差し出す。

「ヌノー帝国皇帝陛下ゼムウス=ヌノーが書かれた許可書です」

 サーレーがそれを受け取り小さくため息を吐いた。

「今後、僕達への襲撃した者は、札の色に関わらず僕達の一存で如何様に処分しても構わないと言う許可書ですか。まるで僕達がこういうと予測していたみたいですね?」

 一応の疑問形になっているが予想していたと確信しているのだろう。

「私程度では、陛下の御心を理解しきる事は、出来ません」

 私は、そう誤魔化した後、今回の討伐に掛かった予算等の細々とした話を終えて会合を終えた後、立ち去ろうとするソーバトの双鬼姫に対してガッテツは、頭を深々と下げた。

「拙者の息子と部下の死を意義ある事にしてくださった事をただただ感謝します」

 それを聞いたソーバトの双鬼姫は、敬意と哀れみが合いまった複雑の表情を浮かべるのであった。

久々に思いっきりのクズを書きました。

それだけにガッテンやヒュマの軍人としての潔さが際立ちます。

最後に双子が感じていたのは、何処までも誇り高きその気高さへの敬意と自分の実の息子の死に対して感謝しなければいけない親への哀れみです。

次回、ヘレクス大将軍を退却させた男登場です

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