526 隻腕の敗北者とフェンシングの剣
負け続きのカタハパワーアップ回?
『
1118/白練薄(12/02)
ヌノー帝国西部工業都市 ヘルマルス
玄札平民 ソウハ
』
私の目の前で信じられない事が行われている。
「そっちの野菜貰いますね」
カーレー様が野菜の籠をとると自ら持ち上げて台所に運び、その皮むきを始める。
「うーん、やっぱり鉱山の近くだと新鮮な野菜は、少ないな」
眉を顰めながら鍋をかき回すサーレー様。
御二方が作られているのは、職人達の昼食である。
何故そんな事になったかと言うと、昨日カタハと共に合流して後に、御二方が今いるヘルマルスの職人の仕事をみたいとこの町に寄られた。
そして、実際に見学された後に御礼として食事を作る事になった。
御二方の御身分を考えればそんな事をする必要は、全くない筈なのだが、身分を隠して旅をされているそうなのでしょうがない展開なのかもしれない。
それでもである。
何で御二方が料理を作られているのかが解らない。
「カタハなぜあの子達が料理を作っているの?」
あたしの問い掛けにカタハは、おかしなことを聞いた様な顔をした。
「何故って、下働きなのだから当然だろう」
「それは、一応そういう事になってるけど……」
真実を口に出来ず口籠るあたしに対してカタハが首を傾げる。
「札無しの癖に偉そうな態度をとる奴等だが、仕事だけは、真面目だぞ」
あたしは、何か激しく会話が噛み合ってない気がするのでした。
食事が終わり、食器を洗うのを手伝って居た。
最初は、あたし一人でやるといったのだが、カタハに働かせろと言われてカーレー様と一緒にやる羽目になっている。
桃札を持つほどの貴族と一緒に洗い物をするという緊張の中、カーレー様が言われる。
「カタハさんだけどまだあちき達があの双子だって思って居ないよ」
「……冗談ですよね?」
思わず聞き返すあたしに対してカーレー様は、苦笑しながらも言い切る。
「本当。まあ、人って信じたいものを信じる生き物だからね」
あたしは、思わず呑気に食後の休憩をとっているカタハをみてしまう。
「そんな事よりソウハさんは、自分の役割って理解している?」
カーレー様の問い掛けにあたしは、戸惑う。
「あたしの役割ですか? えーと雑用をこなせば宜しいのでしょうか?」
カーレー様は、首を横に振る。
「そういうのは、あちき達の仕事」
絶対違うと内心で否定しているあたしを他所にカーレー様は、カタハを視線で指す。
「カタハさんが強くなるのにソウハさんがしなければいけない事だよ」
核心的な問い掛けにあたしの中の不安は、大きくなる。
「カタハが強くなるのにあたしなんかが出来る事なんてあるのでしょうか?」
「逆だよ。ソウハさんじゃないと出来ない事だよ。試合の時のカタハさんのお母さんとの会話を人伝で聞いたけど、だいたい合ってると思う。名を持つ意味、何かを背負ってこそ得られる力。背負い、護り通したい存在にソウハさんがどれだけなれるかがカタハさんが強くなれるかどうかの鍵になると思うよ」
カーレー様の言葉は、あたしの強い衝撃を与えました。
「……それこそあたしにそんな存在になれるでしょうか?」
カーレー様は、微笑まれた。
「なれるかじゃないよ。なりたいからなるんじゃないの? あちきは、ソウハさんがそういう選択したからここに居るんだと思ってたけど?」
そうでした。
あたしは、カタハと共に居る為にここに居るんです。
「頑張ります!」
そんなあたしの答えを聞いてカーレー様が言う。
「始めだし、抽象的な話しだけでもなんだから具体的な話を少ししましょうか。カタハさんってお金殆ど持って居ないでしょう?」
痛い所をおもいっきり突かれました。
「義母様もかなり呆れて居ました。でもそれは、鍛錬に集中してあまり仕事していないから仕方ない事だと……」
カーレーさんは、また首を横に振られました。
「あのね、カタハさんってあちき達と帝国の連絡役をやってるの。それって貴重な人材でかなり報酬をもらっている。その他にもあちき達との旅の最中に盗賊退治したりして得たお金もあるから収入自体は、かなりなものだよ。問題は、それがなぜ手元に残っていないかなんだよ」
「賭け事それとも……」
妻としてあまり考えたくないですが娼館に通って居るって可能性も脳裏に過りました。
しかしあたしの想像を否定する様にカーレー様が言われます。
「風刃の力を発動させるには、魔帯輝が必要で、帝国では、それが滅茶苦茶高価だって知ってるよね?」
「カーレー様方の御国と違いまして輝集地があまりない上、基本的に国が買い上げる為、庶民に渡るのは、極々わずかですのでどうしても高くなります」
あたしは、義母様が持って居たそれくらいしか見た覚えが無かった。
「カタハは、風刃の能力を使っての鍛錬の為にその魔帯輝を平気で使ってる。日常的にそんな事をしていれば金なんか溜まる訳ないんだよ」
カーレー様の言葉にカタハと二人で旅をしていた時の事を思い出し、確かに鍛錬でも風刃の力を使って居た事を思い出し、娼館で無い事に安堵しながらもこれからの生活を考えると頭が痛くなります。
「そういう浪費がいけないと?」
あたしの問い掛けにカーレー様は、苦笑する。
「確かにそれも拙いんだけど強さって話には、あまり関係ない」
あたしは、怪訝に思いました。
「強さですか? ですが強くなる為ならそうやって常日頃から鍛錬していた方が宜しいのでは?」
「当然それが望ましい。ナースーさんなんかは、風刃に使って居る数倍の魔帯輝を平然と毎日使ったからあの強さを手に入れたと言っても過言じゃないよ」
カーレー様の説明に益々解らなくなりました。
「でしたらどういう意味なのでしょうか?」
カーレー様は、明言されます。
「鍛錬で魔帯輝を使い切ってしまうそんな処。その時に自分達の命を狙う強敵が現れたとしたら、カタハさんは、魔帯輝がない状態で戦う事になる。本人は、意識していないけど、そこで死んだらそこまでだったと思ってる筈だよ。そういういざって事を考えない命を軽視するところが弱さに繋がる」
「カタハがそんな風に考えて居るのですか?」
あたしは、口にしたその意味に苦しさすら感じました。
「そういう弱さって、自分だけだと克服は、難しい。最終的に自分が死ねば良いって思えてしまうから。だからこそ自分が死んだらソウハさんが悲しむ、苦しむ、極端な事を言えば死んじゃうって考えられる様になれば改善される訳だよ。そういう意味でソウハさんの存在は、強くなる鍵になるんだよ」
想定外なまでに具体的なカーレー様の説明にあたしは、緊張から唾を飲み込みます。
「そこが弱さになりませんか?」
あたしの疑問をカーレー様が大笑いします。
「自分の奥さん一人護れない奴が強いなんて子供だって笑い転げるよ」
「そうですが、強くなるためには、何かを捨てるしかないと。お母様も旦那の重みにならない様にと……」
そのさきの言葉を濁すあたしに対してカーレー様は、複雑な顔をされた。
「将軍だった人と比較する事態が間違えって言うのは、簡単だけど。多分そうじゃないんだよね。その人にとって国を護るって事は、奥さんを、息子を護る事に繋がると信じてたと思うよ」
カーレー様の想像ですが、きっと合って居ると思えました。
「そういう事だからこの後に買い物へいって、さりげなくもしもカタハさんが居なくなったら自分がどう思うか話してみなよ」
「解りました。カタハを死なせたくありませんから頑張ります!」
あたしは、そう宣言するのでした。
『
1118/白練薄(12/02)
ヌノー帝国西部工業都市 ヘルマルスの市
鳶札ハンター カタハ
』
「もしもカタハが死んだらあたしって知らない土地で独りになってしまうのですね」
何気ないそんな様子で買い物をしていたソウハがそんな話をしてきた。
出掛けに何かカレに吹き込まれていたからそれが影響している気もするが間違った事を言っている訳じゃない。
「そんな危険を冒さずに母さんと一緒に居れば……」
言葉の途中でソウハが言う。
「そうしたら約束を護る為にカタハも一緒だけど良いの?」
そうなのだ。
俺は、勝負の決め事として負けた際には、ソウハと一緒に生きる事を約束していた。
負けた俺は、この鍛錬の旅を諦めざるえなかった。
しかし、それにソウハが付いてきてくれる事で俺は、旅を続けられている。
「……感謝をしている」
俺の言葉は、真実だ。
ソウハの決断がなければ俺は、ヘレクス大将軍を破ったソーバトの双鬼姫を超える為のこの度を止めて居なければいけなかったのだから。
「だったら死なないでね? そうすれば何の問題も無いよ」
ソウハの言う通りの筈だ。
しかし俺の中にシコリの様な違和感が残っていた。
強さを求めるという事は、もっと純粋であり、雑事に囚われては、行けないそう思えるからかもしれない。
ソウハの為に死なないと考えるその想いが俺が強くなる上での枷になるのでは、そう心の何処かで思ってしまう。
ソウハの事は、好きか嫌いかで言えば好きだと断言できる。
物心つく前から傍にいて子供ながらに結婚の約束だってした。
そして実際に結婚もしている。
その夜の事だって色々と満足していると思う。
それでも俺は、ソウハの事よりも強さへの渇望が強くあった。
その想いがシコリとなっているのだろう。
「無理に背負わなくても良いですよ。最悪、あたしは、独りでも生き残ります」
ソウハのその言葉は、無理矢理言って居ると解らない程俺も付き合いが浅い訳じゃなかった。
ただ、その言葉が俺の中のシコリを解していく気がするのは、どうしてだろう。
ソウハ自身が俺の強さへの渇望を肯定してくれているというのに、俺の中でのソウハの重みが増えている様だ。
そんな今までは、あまり考えた事も無い事を考えて居た俺は、その男の存在に気付くのが少し遅れた。
年頃は、四十くらい大柄であり、その手には、体格に負けない大きな剣が握られている。
しかし一番にめにつくのは、垂れさがった右袖。
隻腕なのだ。
まだまだ侵攻された際の戦いの傷跡が残る帝国の国境付近であるこの周囲で隻腕は、別段に珍しい事では、ない。
ただ、普通ならばそういった男達からは、負け犬然とした空気が流れているのだが、こいつからは、まったくそういうのを感じなかった。
空気で解る。
こいつは、強いと。
「どうしたの?」
足を止めたソウハに男が近づいてくる。
俺は、咄嗟にその間に入った。
男の大剣が振り抜かれる。
俺は、風刃を抜いて、刀身の面の部分でそれを受け止めながら故意的に飛び下がった。
「しまった!」
気付いた時には、おそかった。
男の後ろにいた明らかに戦闘訓練を受けた事がある動きをする老人がソウハを羽交い絞めにする。
「何をするの! 放して!」
ソウハも必死に抵抗するが、その老人相手には、非力であった。
そして隻腕の男が言って来た。
「ソーバトの双鬼姫に伝えろ。お前等が傍に置いているこの女を人質にした。解放して欲しければ町から少しいった所にある砦に来いと。その砦でヘレクス大将軍と戦い敗れた将軍の下で戦って居た俺が待って居る。そこで俺と正々堂々戦えば勝敗に関わらず女は、無傷で開放してやる」
それだけいって去ろうとする隻腕の男に対して俺が怒鳴る。
「そんな必要は、ない! ここで俺が取り戻す!」
そういって風刃を手に一気に間合いを詰める。
風刃の能力を使うのが一番確実なのだが、今は、魔帯輝がなかった。
隻腕の男は、大剣を振るってくるが、所詮は、片手。
その軌道は、単純で避けやすい。
俺は、一振り目を避けて更に踏み込もうとした時、衝撃を喰らって居た。
俺は、何故か仰向けで倒れて天を見ていた。
何が起こったのか解らないが体が動かない。
「伝言役が居なくなっても困るからな」
その言葉と共に隻腕の男達は、立ち去っていく。
そんな中、俺は、意識を失うのであった。
『
1118/白練薄(12/02)
ヌノー帝国西部工業都市 ヘルマルスの市の横道
ミハーエ王国鳶札兵士 コシッロ
』
「あの男の腕前ってどうみる?」
何故かカタハ達を尾行をしていたカーレー様の言葉にウチは、少し悩んでから答える。
「少なくともカタハでは、勝てる相手では、ないですね」
カーレー様が眉を寄せて言う。
「そうだね。正直、正面からまともにやりあったらあちきでも危ないよ」
「助けないのですか?」
ウチの確認に対してカーレー様は、苦虫を噛み殺している様な顔で言う。
「純粋に助けるだけなら不可能じゃないと思うけど、色々とそれじゃ拙いと思うんだよね」
その視線の先には、倒れているカタハが居た。
ウチは、ため息を吐く。
「そういう事まで気にしますか?」
カーレー様が苦笑しながら言う。
「人は、ただ死ななければ生きているって訳じゃないからね。さて回収に行くよ」
そういってカーレー様は、倒れて動かないカタハの元に向かうのでした。
『
1118/白練薄(12/02)
ヌノー帝国西部工業都市 ヘルマルスの安宿
鳶札ハンター カタハ
』
痛みの残滓の中で俺は、目を開けた。
「ここは?」
「泊っている宿です。カレとウチで運びました」
コシッロさんが冷めた声でそう告げて来た。
「そうか……! ソウハは、どうなってる!」
あの状況を思い出した俺の言葉に対して部屋の入口に来ていたカレが言う。
「サレがもう砦に張り込んで見張ってる。正面からの挑戦者だけに余計な怪我もさせてなければ辱めもしていないよ」
「直ぐに助けに行く!」
立ち上がり風刃を手に取る俺に対してカレが冷たい視線を向けて来た。
「独りで行くつもり?」
「当然だ。今回の事は、俺の責任だ! 絶対に俺独りで解決する!」
俺の宣言に対してカレは、淡々と告げて来る。
「魔帯輝が無く、その能力を使えない風刃で?」
そうだった。
今手元には、魔帯輝が無かったのだ。
「魔帯輝を借りる事は、出来ないか?」
俺の言葉にカレは、必要としている魔帯輝を見せながら言う。
「貸すのは、良いけど。どうせ通じないよ」
「そんな訳が無いだろう。隻腕で風刃の力を防ぐのは、困難な筈だ」
俺の主張をカレは、鼻で笑った。
「どうやって負けたのかも解って居ないのによく言い切れるもんだね」
「それは……」
俺は、その答えをもっていなかった。
「傍目から見たら簡単。つっこんで来たカタハさんの顎を蹴り上げたんだよ」
カレの説明に俺は、驚く。
「馬鹿なそんな気配は、無かったぞ!」
俺の言葉にカレが鷹揚に頷く。
「そだね。普通ならば顎に届くような蹴りをするなら事前動作が必要だよ。だけどそれが無かったよ」
「そんな事が可能なのか?」
戸惑う俺に対してナースーさんが言ってくる。
「太ももの力だけで十分な打撃力を生み出す筋力とそれを打ってもぶれない軸足があれば可能だ。隻腕というのは、体勢を維持するのが大変なのだ。その鍛錬の中で身に着けた技術だろう」
信じられない事実だった。
「驚きだが、それでも事前に知って居れば対処できる!」
俺の主張に対してカレが呆れたって顔をしてきた。
「あのね、そんな小技なんて正直どうでも良いの。本当に注意すべきなのは、大剣を振るった後にそれだけの事が出来る驚異的な身体能力とそれを使いこなす技術なんだよ。はっきり言ってあげる。少なくとも今のカタハさんでは、勝てる相手じゃない。最低でもヨッシオさんくらいの能力が無ければね」
「そんなことは、やってみなければ解らないだろうが!」
そう俺が主張を変えないでいるとサレが部屋に戻って来た。
「やってみなくても解るよ。相手は、セキワさんって言って、庶民出でありながらヌノー帝国になる前、ヘルマレス王国時代の将軍の直属の部下だった。その腕前は、その国でも指折りだって言われてた。ヌノー帝国から侵攻の際に将軍を護る為にヘレクス元大将軍と戦い利き腕を失った。その後のこの国の将軍がヘレクス元大将軍との一騎打ちで負けてその命と引き換えに部下と王族の助命を願い、叶えられた。多くの兵士が帝国軍に取り込まれる中、利き腕を失ったセキワさんは、放置された。しかし、そこから血反吐を吐くような鍛錬で今の力を得た。そんなセキワを応援する連中がこの町には、多くいてカタハが再戦を望んでもセキワさんまでたどり着くことも出来ないよ」
「随分と詳しい事情まで解ったのだな?」
怪訝そうに聞くナースーさんだったがムサッシさんが苦笑する。
「何時もの事ですよ。それでヨッシオが居ないと言う事は、向こうに置いてきたのですか?」
サレが頷く。
「そう。予測通り、人質って事もあって手荒な真似は、されていないけど念のためにね。それでどうするの?」
「帝国側に通達して、とっとと処分させるのが真っ当な対応だな」
ナースーさんの答えに俺は、慌てる。
「待ってくれ! そんな事をしたらソウハが……」
「そんな物を私達が気にしなければいけない理由があるのか?」
そう告げるナースーさんの目には、妥協の色が無かった。
しかし、カレがあっさり言う。
「安心して良いよ。ソウハさんは、見捨てない。ただ助けてこの一件を終らせるだけなら直ぐにでも出来ると思うけど、カタハは、それで良いの?」
何が言いたいのかは、解って居る。
「俺自身の手で決着をつけたい」
俺のその要望は、その場の空気を一気に冷たい物にしたが、サレが頷く。
「そうなるだろうと思って居たよ。コシッロさん、すまないけどサーレー様と一緒に三日ほど人質になって貰って良い?」
「ウチだけでは、駄目ですか?」
嫌そうな顔でそう尋ねるコシッロさんに対してサレが断言する。
「駄目。サーレー様が人質になるって事が大事なんだから」
「それを私が見逃すと思って居るのか?」
ナースーさんがそう口にするとサレが近づきなにか耳打ちすると渋々と受け入れた。
「勝算を提示出来るんだったら三日後の勝負って事で話を進めるけどある?」
問い掛けて来るカレ。
「正面からやりあえば……」
俺の言葉を途中でカレが否定する。
「何の根拠にもなって無いよ。そんなんで三日もソウハさんを危険に晒せないね」
「俺がそんなに弱いと言いたいのか!」
俺は、思わず怒鳴っていた。
「それは、三腕やそこのナースーさんより弱いのは、認める! だが、そんな片腕の奴に正面から戦って負ける訳がない!」
俺の主張に対してカレは、冷たい視線を向けて来た。
「現実って奴を教えてあげる。表にでな」
その言葉に応じて外に出た俺に対してカレは、木刀を持って前に立っていた。
「正面からの戦いならそうそう負けるつもりは、無いぞ!」
俺がそう宣言した瞬間、衝撃が走り俺は、倒れていた。
倒れた俺を見下ろしカレが告げる。
「これが現実だよ。カタハさんは、実戦って言うのが解って居ない」
痛みに顔を歪めながら立ち上がる俺に対してナースーさんが言う。
「お前がカレに意識を集中した瞬間にサレに背後からやられたんだ。その程度の不意打ちも処理できないで、いくら吠えた所で負け犬の遠吠え程にも意味が無い」
「もう一度聞くよ。勝算は、あるの?」
カレの言葉に俺は、握った拳から血を垂らしながら絞り出す様に告げた。
「……何も出来ずに負けた俺に勝算なんてない」
それが現実だ。
あの戦いだって真っ当な戦いだった。
それで負けているんだ、正面から戦えば勝てるなんていうのは、戯言でしかない。
そんな事は、俺にも解って居た。
それでもそう言わなければ居られなかっただけだ。
「理解しているならそれで良し。勝つには、幾つものやり方がある。一つは、カタハさんがやっているように自分の技をひたすら磨く事」
カレは、そういってから今度は、ムサッシさんを指さす。
「ムサッシさんみたいに戦いの中で更なる強さを見つけ出すやり方もある。多分、セキワって人に勝つには、そういう強さが必要だけど、今は、時間がない。だからあちき達のやり方。自分で出来る方法で勝ち筋を得るのが一番近道でしょう」
そういうとカレは、荷物持ちだからと持たされていると言って居た『名呼びの箱』から不思議な武器を取り出す。
「これは、競技剣術と呼ばれるあくまで一対一での正面からの対決で使われる道具。はっきりいって武器というのもおこがましい代物だよ」
カレは、そういってその先端部分を掴むと通常なら刀身に当たる部分を大きくしならせた。
「フェンシングって呼ばれるその対決において必要なのは、先端で相手を突く事のみ。だから刀身もなければ固くもない。戦場じゃ使い物にならない道具だよ」
「そんな物を取り出して何を……」
俺の言葉の途中でカレは、それで突きを放った。
その突きは、素早く俺の服の数か所を切り裂いた。
「ただね、突きの精度と速さにおいては、群を抜く物を出せる」
「面白い技だ」
興味がそそられた顔をするナースーさんを半ば無視してカレが続ける。
「今のカタハさんがセキワって人に勝つには、一点特化、突きで残された腕に傷を負わせて戦闘不能にする事が最善だよ」
「なるほど。隻腕の者が相手ならばその腕さえ潰せば勝てるという事ですか」
納得顔のムサッシさんにカレが頷く。
「そういう事。最初の一撃でそれを成して勝つ。それが一番確実な方法だよ」
俺は、とても武器とは、思えぬそれを凝視する。
「それを使えと言うか?」
カレは、肩をすくめた。
「あちきに言わせれば相手に勝つ為に自分の技を濁らせる愚行だね。こんな手段に縋らず、あちき達にソウハさんを助けてさせて自分は、自分の技を磨く方がソーバトの双鬼姫に勝つという目的には、近道だね」
「何が言いたいんだ!」
思わず怒鳴る俺に対してカレが淡々と告げる。
「難しい話じゃないよ。セキワって人に勝つ事に拘るなら自分の技を濁らせて足掻く事になる。そんなみっともない真似をしたって言うのに負けるって情けない結果すら考えられる。その上でカタハさんがどうしたいか? 選択肢は、大きく分けて二つ。自分の目的を考えて今の下らない拘りを我慢するか、無様でも挑む事かだよ。ああ、今まで通りのやり方でやって負けるって選択肢もあるか。まあ、どれを選んでもソウハさんは、あちき達が助けるから安心して良いよ」
何が正しい道かは、直ぐに理解出来た。
俺の目的は、あくまでヘレクス大将軍を撃退したソーバトの双鬼姫を破り、自分の強さを証明する事。
だからセキワって奴に勝つ為に折角磨き上げた技を濁らせるなんて馬鹿げている。
それでもソウハを助ける為なら一考の価値があっただろう。
しかし、三腕にナースーさんがいるこいつらならば極々簡単にソウハを助け出せるだろう。
選択肢なんて決まっている様なものだった。
なのに俺は、選べずに悩んでいた。
悩む必要なんて何もない筈なのに沈黙する俺をカレ達は、急かさず待って居た。
そして俺が告げる。
「その技を教えて貰いたい」
どうしてこんな馬鹿な事を言っているのか、自分で自分が信じられない。
それでも俺は、その道を選ぶのであった。
『
1118/白練薄(12/02)
ヌノー帝国西部工業都市 ガットデス砦
札無し無職 セキワ
』
ヘルマレス王国が対帝国用に建てた砦の一つの部屋に俺が居る。
その部屋は、帝国に統治された後、ヘレクス大将軍に落とされた腕の処理が終わってからずっと寝泊まりをしている。
金が無い訳では、ない。
元ヘルマレス王国の元兵士から援助を受けられているからだ。
最初は、ただの同情だったのだろう。
しかし、今は、違う。
あのヘレクス大将軍を破ったソーバトの双鬼姫との対決し、勝つ事を切望し、密かに協力してくれている者が何人もいる。
多くの者が帝国軍に所属してこの地に居ないが、それも仕方ない事だったのだろう。
孤児だった俺を拾い育てて下さった将軍、その命を賭して救われた以上、無駄に死ぬわけには、いかず、憎い帝国の奴等の後塵を受けながらも兵士を続けるしかなかった。
その気持ちは、俺にも解る。
それでもその心の中にある矜持の為にも示す為の機会が出来たのだ。
その期待の大きさは、用意された魔帯輝からも解る。
本来なら帝国軍の一部でしか用意出来ないそれをこの戦いの為に十分な量が用意されたのだから。
俺がこの部屋で残りひたすらに鍛錬を続けた意味、ヘルマレス王国の最後の意地を見せる為に俺は、ここで待って居た。
「本当に助けにくると思って居るのですか?」
捕らえた女の問い掛けに俺は、正直に答える。
「解らない。少しでも可能性があるから試しているだけだ」
「ソーバトの双鬼姫が帝国にこの事を訴えれば、貴方は、命を狙われますよ!」
女の言葉を俺は、肯定する。
「そうだろうな。そうなったら別の方法を考えなければいけないな」
「怖くないのですか?」
女が不思議そうにそう尋ねて来たので俺が苦笑する。
「怖い? 何を怖がれと? 帝国軍の襲撃か? 俺が怖いのは、このまま何も出来ず朽ち果てる事。ヘルマレス王国の誇りを示す為に行動できるのであればこの命は、一切惜しくない」
そう、もしもソーバトの双鬼姫が応じず、帝国軍の奴等が襲ってくるのなら戦えば良い。
そこで死ねるのなら将軍の後を終えるのだ、何一つ恥じる事は、ない。
「安心してください。帝国は、不干渉を貫く筈です」
そう言ったのは、まだ俺の右腕があった頃は、軍の下働きをしていた今回の情報をもってきた男だった。
その顔をみれば解る、俺を利用する事しか考えて居ない屑だと。
こんな男の言う事など最初から信じてなどいない。
嘗ての同僚達に最低限の確認をとり、僅かなリにも可能性があると踏んだからこそ行動をおこしたのだ。
「おいセキワ、ソーバトの双鬼姫が来たぞ!」
今回協力してくれている年齢から帝国軍も退役した先輩が驚きながらもそう伝えて来た。
「……本当ですか?」
元下働きが信じられないって顔をしている。
「お前が言った事だ、何故驚く?」
俺は、白々しく聞いてやるとそいつは、慌てる。
「それは、その……」
やはりこいつは、俺を嵌めて何かしようとしてたな。
しかし、こいつが何を企んでいるかなんて関係ない。
今は、やってきたソーバトの双鬼姫と戦うだけだ。
そう思い、愛剣を手に立ち上がる。
そして待って居るとソーバトの双鬼姫の一人と思われる小娘とかなり腕がたつ女剣士がやってきた。
片割れの小娘が無邪気とも言って良い表情で言ってくる。
「取引をしにきました」
「取引なんて不要だ。お前達が戦えば勝敗に関係なくその娘は、返してやる」
俺は、そういって剣を突き付けるが片割れの小娘は、平然とした顔で続けて来る。
「勝負をするのは、かまわないけど、その前にその人の旦那さんが貴方と再戦したいそうです。三日後にその人に勝てば僕達は、ヘレクス元大将軍と戦ったのと同じ条件で貴方と戦います。どうですか?」
「意味が解らない! なんでそんな事をしなければいけないんだ! ただの時間稼ぎだろうが!」
元下働きの怒声に対して片割れの小娘が首を傾げる。
「時間稼ぎって何でですか? 時間を稼いで僕達に何か有利な事があると? そんなもんは、ありませんよ。その気になれば帝国軍なんて関係なし、三腕とお目付け役の貴族だけで全滅に出来ますから」
「自分達が出るまでもないというつもりか?」
俺の詰問に片割れの小娘は、あっさり頷く。
「ミハーエ王国貴族が居るんですよ? 外から魔法攻撃で終わりですよ」
信じがたい話だが、まだ将軍が生きていた頃に何度かミハーエ王国に侵攻した帝国軍が砦を魔法で潰されたって話を聞いた事がある。
「お前達に利があるとは、思えないがな?」
横で聞いて居た先輩の疑問に片割れの小娘が苦笑する。
「そうなんですけどね、多少なりとも縁があった人間がその矜持の為に戦うって言うなら協力したくなるんですよ」
「矜持か……」
俺は、そう呟き、人質から聞いた問題の男の素性を頭に浮かべる。
元スマホット王国の将軍の息子で、家宝の剣をもってソーバトの双鬼姫に勝つ為にまずは、その三腕を超す為と一緒に旅をしている男だった筈。
あるいみ俺と同じ目的を持って居るといっても良い。
そんな男にとってあっさりと俺に負けたままでは、居られる訳がない。
「確実にソーバトの双鬼姫と戦える保証が欲しいな」
俺が駄目元で言うと片割れの小娘が応じて来た。
「そういうと思った。僕と護衛の三腕の一人がソウハさんと一緒に人質になるよ。そうすれば勝負を反故される可能性が低いでしょ?」
「正気か?」
俺は、思わずそう聞いてしまったが片割れの小娘が笑みを浮かべた。
「大丈夫でしょ? だって貴方が戦いたいのは、ソーバトの双鬼姫であってその片割れじゃないんだから、僕達が危害を加えられる恐れなんてないでしょ?」
理屈的には、そうなのかもしれないが、そう割り切れる事に俺は、ある意味敬意すら感じた。
「当然だ。ならば三日待とう」
俺がそう答えたのであった。
『
1118/白練平(12/03)
ヌノー帝国西部工業都市 ヘルマルスの安宿の中庭
札無し下働きカレ
』
「納得いかない!」
あちきの言葉に隣で昼寝していたヨッシオさんがこっちを見る。
「何が納得いかないんだ?」
あちきは、カタハのフェンシングの練習相手をしてくれているナースーさんを指さす。
「何で一日であちきより上手くなってるのかが納得いかないの!」
「一流は、全てに通じるって言葉がある。そういう事だ」
ナースーさんは、平然といってくれるけど、完全な競技剣術と化したフェンシングの技なんて七獣武技とは、かなり相性が悪い筈。
実際にあちきだって駄目親父のパトロンしてた金持ちの女子大生の練習相手した時に散々悩まされたんだ。
それを一日で越されたらやっぱり納得いかない。
それでも事実は、無視できない。
師範の経験があるナースーさんが相手する事でカタハさんの突きがどんどん良くなっていく。
不貞腐れながらもその様子をあちきが見ていると休憩の時にナースーさんがあちきを指さして告げる。
「昨日もそれが言った様に、こんな突きを習得した所で本来の戦い方には、使えない。それどころか下手な癖がついて折角の技が鈍るぞ」
カタハさんは、突きの練習では、無用で庭の隅に置かれた風刃を悔し気な表情で見る。
「それでも、俺は、負けたままじゃいられないんです」
そう答えたカタハさんは、再び練習に戻る。
「実際の所、勝ち目は、低いと思うぞ」
実際に相手を見て来たヨッシオさんの言葉にあちきも普通に頷いた。
「セキワさんって、間違いなく捨て身の強さって奴を体現してるからね。ヨッシオさんでもまともにやりあったら勝つのは、難しいんじゃないかな?」
「俺だったら、まともにやらず逃げ勝つがな」
ヨッシオさんの答えが正解だと思う。
「そうだね。ああいう前進しか出来ない戦い方なら、敢えて弱みを見せて進ませてそれ以上進めなくなった所を後ろから討つのが一番簡単なやり方だよね」
同意するあちきに対してヨッシオさんが半眼で言う。
「詰り正面からやりあって勝てない相手への喧嘩を吹っ掛けさせたって事か?」
「まさか、一応だけに勝ち目は、あるよ。まあ一割未満のだけどね」
あちきがそう告げるとヨッシオさんが呆れたって顔をする。
「一割も無いのを勝ち目って言うかよ」
「でもね、多分カタハさんが強くなるには、これをやり遂げないと駄目だと思う」
あちきの予測にヨッシオさんが眉を寄せた。
「どういう事だ? お前は、こんな勝負しないほうが目的に近づけるみたいな事を言ってただろうが?」
あちきは、それを肯定する。
「そうだねこんなことは、遠回りだというのは、確か。だからこそ必要なんだよ。強さを求めるのに近道なんてない。カタハさんの強さは、このままだと頭打ちになる。更なる強さを得る為には、遠回りだろうと強さに幅をつけていくしかないんだよ」
ヨッシオさんが苦虫を噛んだ顔をする。
「そこまで解ってあんなやりとりしてたのかよ。随分とお節介を焼いているな?」
「ソウハさんを焚きつけたからね。少しは、お手伝いしないとね」
あちきの答えにヨッシオさんが諦めって表情をして昼寝に戻っていくのであった。
『
1118/白練深(12/05)
ヌノー帝国西部工業都市 ガットデス砦
札無し無職 セキワ
』
「お待たせしました!」
そういって気楽そうな表情でやってきたのは、人質じゃない方のソーバトの双鬼姫だった。
その後ろには、最初に人質にした女の男、カタハが真剣な表情でこっちをみている。
「最初に言っておこう。。お前がどれだけの思いでここに来たかは、しらないがお前との戦いは、ただの準備運動でしか過ぎないとな」
その言葉通りに用意した魔帯輝を使うつもりのない俺をカタハは、睨み返して来る。
「それは、こちら同じだ! お前に勝ち、そして三腕にも勝ち、ソーバトの双鬼姫に勝って、俺は、ヘレクス大将軍より強い事を証明してみせる!」
俺は、高笑いをあげる。
「良い気合いだな! しかし、それに見合う力がなければ虚しいだけだ!」
俺は、大剣を構えるとカタハは、前回持って居なかった細身の武器を構えた。
「父親から受け継いだ剣は、どうした?」
俺の問い掛けにカタハは、宣言してくる。
「お前程度には、これで十分なだけだ!」
虚勢だということは、表情で解る。
しかし、態々武器を変えて来た意味を俺は、決して軽視しない。
ヘレクス大将軍に敗れた若かった時とは、違う。
一度、力の全てを失って、泥を啜る思いで力を取り戻してきた。
自分の強さも弱さも十二分に理解している。
奴の狙いは、俺の残った腕を潰す事。
その為の最速の一撃を放つ。
それ故の突きに特化した武器なのだろう。
「もうお互い準備万端みたいだね。それじゃあ、この金貨が地面に落ちたら決闘の開始ね」
ソーバトの双鬼姫がそういって投げ上げた金貨が、太陽の光を反射しながら地面に落ちていく。
金貨が地面に跳ね返り、再び地面に落ちる前にカタハの武器は、俺の左腕に突き刺さろうとしていた。
敵ながら大したものだと思うが、それだけだ。
俺は、自らの体をずらし胸でそれを受け止めた。
「……馬鹿な?」
困惑の表情を浮かべるカタハ。
当然だろう、普通ならばより急所の筈の胸の方で攻撃受けるなんて馬鹿な真似は、しない。
だが俺は、違う。
この腕を失えばその時点で戦闘力を失ってお終いだ。
ならばより強固な防具をつけられる胸部で攻撃を受けてから反撃するだけだ。
俺の振るう大剣がカタハに迫る。
その時、ソーバトの双鬼姫が声をあげた。
「風刃を忘れているよ!」
そういって投げられたその剣をカタハ、突きにも劣らない後退をして受け取った。
それを成した事にカタハ自身が驚いているとソーバトの双鬼姫が告げた。
「難しい話じゃないよ。突きをし合う練習は、当然戻りの練習にもなる。意識してなかっただろうけど、突きの直後の後退も速くなってるんだよ」
「躱したのは、見事だと褒めてやろう。だがそれでどうなる。武器を変えたからと勝ち目があると言うのか?」
俺がゆっくりと前進をしながらそう告げるとカタハが苦虫を噛んだ顔をする。
俺に勝つ為にしてきた特訓が無駄に終わったのだからそうだろう。
所詮は、付け刃でしか無かったと言う事だ。
「準備運動で体力を使う訳には、いかない。終わらせて貰う」
俺は、そのまま大剣を突き出した。
大剣の刃がカタハの腕を抉った。
「カタハ!」
男の負傷にその女、ソウハが悲鳴をあげた。
だが、カタハは、違った。
腕を抉られながらも残った手で俺の足を切り付け、間合いを空けた。
「この程度の傷など意味がない!」
俺は、痛みを無視して踏み出したがカタハは、大きく下がると同時にその剣に力を籠めた。
そこから風の刃が放たれて俺を襲った。
俺は、それを紙一重で避けた、次の瞬間、カタハの剣が俺の左腕を捕らえていた。
俺の最後に残った手から大剣が落ちた。
「こんな所で負けるとは……」
悔しさに膝をつく俺にソーバトの双鬼姫が近寄り語る。
「こんな所だから負けたんだよ。もしもこれがあちき達との勝負だったら、さっきの風の刃は、最初の一撃の様に胸部で受けて更に間合いを詰めて攻撃してた筈。次のあちき達との勝負の事を考えて傷を減らそうとしたそれが敗因だよ」
「くそう! 何で俺は、一番大切な戦いの前に負けちまうんだ!」
俺が天に向かって叫ぶのであった。
『
1118/白練深(12/05)
ヌノー帝国西部工業都市 ガットデス砦
鳶札ハンター カタハ
』
傷を負った腕を押さえながら俺は、呟く。
「俺は、勝ったのか?」
自分の勝利に実感が無かった。
「次の対戦に意識をとられた相手に武器の差での勝ちだ。とても実力で勝てたとは、いえないな」
ナースーさんの言葉を否定することは、出来なかった。
「カタハ、大丈夫!」
ソウハが泣きそうな顔でそう叫んでくる。
「大丈夫だ。お前こそなんにもされなかったか?」
俺の問い掛けにソウハが怒鳴る。
「馬鹿! そんな事をいってないで早く治療をしないと……」
ソウハの言葉は、途中で遮られた。
「呑気な話は、ここまでだ。この娘の命が惜しかったら武器を捨ててもらおうか!」
ソウハを掴まえていた男がそういってその首筋にナイフを当てていた。
「止めろ! 俺は、負けたのだ、大人しく解放しろ!」
セキワの言葉に男が失笑する。
「最初からお前が勝てるなんて誰も思ってないさ。必要だったのは、ソーバトの双鬼姫を殺した下手人としてのお前だったのさ!」
男の言葉と同時に周囲から武装した連中が現れた。
「こんだけ数で包囲すれば小娘の二人ぐらい殺せるさ。ソーバトの双鬼姫には、非公式な賞金が山の様に掛かっていてな。それで俺達は、帝国を出て贅沢に暮らすんだよ!」
「ふざけた連中だ!」
睨む俺とセキワをその男は、見下した様子で見る。
「人質をとっておいて正々堂々の戦いだ? 笑わせるなよ! この世は、結局最後に生き残った者が強者なんだよ!」
そんな言葉に対してカレが首を傾げる。
「一つ聞いて良い。今の話だとセキワさんを下手人にする必要なくない?」
男は、舌打ちする。
「時間稼ぎだよ。帝国の連中だって自分の国で条約締結国の貴族が殺されたとなれば犯人を掴まえなければいけないだろうが。それを躱す為の案山子になってもらう予定だよ」
カレは、手を叩く。
「なるほどね。随分と帝国軍を馬鹿にしてたわけだ?」
その言葉に男が激昂する。
「そうだろう! お前達みたいにこんな決闘を許すガキに負けた連中なんて馬鹿の集まりだろうがよ!」
『随分と好き勝手いってくれるな?』
その声は、どこか肉声と違った。
その声は、何故か人質になっているサレの所から聞こえて来た。
「アナッス将軍、後の始末は、お任せしますね」
『帝国を荒らす野盗の始末、言われなくても直ぐにすませる』
その声、サレの懐に入っていた木霊筒からの声に応える様に周囲を包囲していた奴等の外側に帝国軍が現れた。
目を見開く男にカレが説明する。
「ソウハさんに目をつけた時点で真っ当なヘルマレス王国の人達だけの犯行じゃないってあたりは、つけていたんだよ。そんでサレが人質として潜り込む事であんた達の素性を探ったって訳。そんで解ったのが護っていた人たちすら獲物とする野盗に成り下がった屑なヘルマレス王国の兵士崩れとそいつらに討伐にくる帝国軍の情報を流していたあんたって構図。因みにあんたは、侵攻前は、帝国に情報を漏らして紺札を手に入れて今の帝国軍がらみの仕事に就いたって話だよね?」
「ひ、人質がいるんだぞ!」
顔を引き攣らせて必死に人質の存在を主張する屑の腕がコシッロさんの剣で地面に落ちた。
「この屑は、殺しても構いませんよね?」
それに対して人質として拘束されていた筈のサレは、平然と拘束から抜け出して、自分を掴まえていた老人に言う。
「そいつは、裏切られていた貴方達に渡してあげるよ」
「宜しいのですか?」
老人の問い掛けにサレは、苦笑する。
「こんな屑の一匹や二匹じゃ帝国への貸しの一つにもなりませんから構いませんよ」
「感謝致します。それとですが……」
老人がセキワの方を見る。
「まずは、傷を治さないとね」
カレがそういって俺とセキワに回復魔法を掛けた。
「ヘルマレス王国の民を傷つけた輩に利用され、敗れた俺を治しても意味がないだろう。もう好きにしてくれ」
どこか破れかぶれのセキワに対してカレが言う。
「だったら帝国軍に所属して欲しいんだけど良い?」
それに対してセキワは、はっきりと告げる。
「今更帝国の奴等に尻尾を振るくらいならこの場で自決するだけだ」
それに対して老人と共にやってきたサレが尋ね始める。
「そういえば元ヘルマレス王国の将軍の息子が今度帝国軍に入るって話だけど色々大変だよね?」
老人が悔しそうに言う。
「はい。正直、将軍に恩がある優れた者達の多くは、ヘルマレスの周辺に配属されて居りません。逆に将軍に恨みが多い者が多いのが現実でして、軍を辞めて居なければ私がその防壁になれたのですが……」
「いまだったら将軍の息子と同じところに配属出来る様にソーバトの双鬼姫から要求できるんだけどな」
カレが白々しい視線を向けるとセキワが戸惑いながら老人を見る。
「先輩、将軍に子供がいたというのは、本当ですか?」
老人は、頷く。
「将軍が亡くなった後に御生まれになったのだ。さっきも言った様に敵も多いので出来るだけ秘密にしてきたのだ」
「生き恥を晒す覚悟は、ある?」
カレの言葉にセキワが断言する。
「将軍への恩に報いる為ならば幾ら生き恥を晒す事になっても構わない!」
俺の預かり知らない所で話がトントン拍子で進んでいく中、ソウハが飛び込んで来た。
「もう、心配したんだから!」
「危ない目に遭わせた。俺がもっと強ければこんな目には……」
俺の言葉を遮りソウハが微笑む。
「どんな事があってもあたしは、カタハの傍に居る。だから強くなるのを諦めないで」
その言葉を聞いて俺は、この戦いをした意義を始めて感じるのであった。
『
1119/白練深(12/05)
ヌノー帝国西部工業都市 ガットデス砦
紺札兵士 セキル
』
「これは、これは、敗軍の将軍の息子さんでは、ありませんか」
そういって僕に近づいてくる年配の軍幹部の人達。
その目的は、はっきりしていて僕に対する嫌がらせだった。
聞いた話では、この人達は、僕の父親から冷遇を受けて居たらしく、その仕返しらしい。
正直、顔も見た事もない父親の事で面倒だなとおもうのだが、同時にその父親は、心強い味方も与えてくれていた。
「あの人の悪口とは、良い度胸をしてやがるな!」
そういって割り込んで来たのは、新規開発の武器の訓練場として利用されているこのガットデス砦で最強と噂の高いセキワさんだ。
札は、鳶札と周りに居る人達より下だけど、砦では、誰も逆らえない存在で、みんな逃げて行った。
「来るのが遅れてすいません」
頭を下げるセキワさんに僕は、苦笑する。
「助けてくれた鳶札の先輩に頭を下げられたら僕が困りますよ」
「そうは、いってもセキル殿の父上には、返しきれない大恩がありまして、それを考えればとてもとても」
そういって恐縮するセキワさんに僕は、尋ねる。
「そういえばセキワさんは、あのソーバトの双鬼姫と会った事があるって話を聞いたんだけど、どんな人でした?」
帝国軍の中では、悪魔とも化け物とも言われるソーバトの双鬼姫の噂は、それこそ星の数ほどあるけど、実際にあった人は、殆ど居ない。
前々から興味があったその事を聞くとセキワさんが情けなそうに話し始める。
「滅んだヘルマレス王国の武威を示そうと挑もうとしたんですが、その前に負けちまいましてね」
「それじゃあ、どんだけ強いかは、解らないのか」
少し残念だと思っているとセキワさんが不思議な笑みを浮かべながら言う。
「それなんですが、その敗北の後、模擬戦を何度かやらせて頂きましたが、独り相手にするのが精々、伊達にセキル殿の父上を破ったヘレクス元大将軍を撃退していません。何より命を狙った俺を許してこうしてセキル殿の傍で働けるように取り計らう器の大きな御方でした」
「そうなんだ。だったら僕も感謝しないといけないね」
僕は、セキワさんとそんな会話をしながら軍の仕事を続けるのでした。
フェンシングが弱いって訳じゃないです。
言うなれば拳銃では、ライオンを狩れないって感じですかね。
戦場向きじゃないって意味です。
今回の事でカタハも戦い方に幅が出来る筈です。
そんで次回から北西部にうつります
次回、氷室を使った金儲け




