524 新型エンジンとエクセルモドキ
ラースー王女の課題
『
1118/白黄光(11/06)
帝都 皇城大庭園
蒼札皇子 ガイアス=ヌノー
』
数多くの貴族がこの皇城最大の中庭である大庭園に集まっていた。
無数の料理が並び、使用人達が急ぎながらも落ち着いた様子で酒を運ぶ。
その一つを受け取り私は、口をつける。
ここ暫くの地方回りで久しく味わって居ない高級な酒なのだが、その味を楽しむ気分には、なれない。
酔えぬ酒をただ惰性で口にしながらその時を待って居た。
暫くするとテラスに陛下が姿を見せられた。
その隣には、ミハーエ王国の第二王子リースー王子が立っていた。
腹違いの妹の夫である以上、義弟になるのだが、そんな思いは、全く抱けない。
そのリースー王子と反対側に立つのは、次期皇帝、アレキス兄上である。
大陸最大の版図を誇るヌノー帝国とその帝国にすら勝利した魔法王国ミハーエの次代を背負うその二人の姿は、まるで別世界の様にも思える。
一応は、陛下の血を引く私にもあそこい立つ機会は、あったのだろう。
だが、私は、それを捨てた。
皇位相続争いから逃げたのだ。
そうしなければ生き残れなかっただろう。
百近いとすら言われる陛下の血を引く者達が今では、両手で数える程しかいない。
それだけ激しい争いだったのだ。
それに勝ち残ったのがアレキス兄上なのだ。
そしてリースー王子とてミハーエ王国の第一王子と激しい王位争奪戦を繰り広げていた。
それを乗り越えてミハーエ王国の外交の最高権力者という立場を得ている。
あそこに立つと言う事は、そういう争いに勝ち残った証でもあるのだ。
そしてそんな場所に私がここに居る理由が居た。
ソーバトの双鬼姫、カーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトが内面を一切隠してその場に立っていた。
「なんて愛らしいのでしょうか?」
周りの貴族の女性がそう囁き、男性達の中には、その可憐さに目を引かれる者も居る。
黙って立って居れば実際の年齢より大分若く見られるが間違いなく美少女である。
しかし、騎士達の視線は、厳しい物であった。
当然であろう。
ヌノー帝国にとってソーバトの双鬼姫は、宿敵なのだから。
そのソーバトの双鬼姫がこんな帝国の催し物に主賓として出ているのには、訳がある。
貴族達が注目される中、庭園中に配置された声を周りに拡げるのに特化した木霊筒から陛下の声が聞こえて来る。
『皆の者よく聞くが良い。ここにいるミハーエ王国、ソーバト領主一族に名を連ねるカーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトは、かつての敵であったヘレクス元大将軍からの手紙を自らの手で献上しに来た。それは、我が帝国とミハーエ王国が長き争いを止め、手を取り合って新たな未来を掴もうとする事の証であろう。友好の使者であるカーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトを皆も盛大に歓迎する事だろう。さあ、ミハーエ王国からの客人に我等の歓迎の気持ちを示すのだ!』
多くの貴族達が拍手する。
当然、私もそれに加わる。
「くだらない茶番だ」
そう小声でつぶやく騎士が居た。
確かに茶番であろう。
問題の手紙は、陛下に献上された物では、なく、ヘレクス元大将軍の娘であるアッテス将軍に渡された物。
大体それが渡されたのは、半年以上前の話である。
それを態々今やっているのは、色々あってソーバトの双鬼姫を帝都に召集する事が出来たからである。
その色々を思い出して私は、ため息を吐くのであった。
『
1118/白黄光(11/06)
帝都 皇城控室
桃札持ちのミハーエ王国ソーバト領主一族 サーレー=ソーバト
』
「あのギスギスした空気は、なんとかならない?」
一足先に控室に下がって背伸びをしている僕の問い掛けにリースー王子の側近、パーセーさんがさめた表情で言ってくる。
「帝国相手に穏やかな空気を作れると?」
「それは、そう、一応は、親族でしょ?」
僕が建前を口にするとパーセーさんが失笑する。
「どちらもそんな物は、相手を利用する為の口実としか思って居ませんよ」
僕は、ため息を吐いてさっきまで居たテラスの空気を思い出す。
一言で言うならば、優雅そうに見える水鳥の泳ぎ。
水面から上の静かな様子と違い水面下では、それは、激しい争いが繰り広げられていた。
遠目からは、解らなかっただろうけどお互いに相手を牽制し合っていた。
「あそこに上がる直前まで関税の件で交渉中でしたからね」
パースーさんがそう淡々と言うがはっきりいって両国のトップクラスの二人がガチで言い争いしてるのって怖い状況なんだけどな。
「まあ、お互いに武力衝突に移行するような馬鹿な真似は、しないから大丈夫だろうけど、何をそんなに言い争ってるの?」
「旧型で良いのでマホコンの提供を求めてきている」
パースーさんの言葉に前に聞いた話を思い出す。
「やっぱり帝国は、マホコンを諦めてないか。こっちとしては、あれだけは、間違っても帝国には、渡させないね。それでもそれが交渉条件にあがる程に何かあったの?」
パーセーさんが真剣な表情を浮かべる。
「例の予兆、大量の同一魔獣の出現があったらしい」
予兆、それが意味する物は、そう多くない。
「こっちは、あの魔帯輝を研究したいから関与したいけど、帝国は、独占したいって所か。実際問題何処まで研究が終ってるの?」
「リーモスでの研究では、森の中限定だが幾つかの絶大な効果を持つ魔法の開発に成功している。ソーバトが手に入れたのを研究しているバーミンに至っては、それこそ様々な成果が出ている」
パーセーさんの答えに僕が肩を落とす。
「そうだったね。ソーバトじゃ自分の所で手に入れたアレすらまともに研究するだけの余力も無いんだった」
「贅沢を言うな。レースー王子の第一夫人を輩出した領地としてかなり優遇は、されているのだからな」
パーセーさんの言葉に僕は、おずおずと尋ねる。
「ターレーお姉様の怒りは、少しは、弱まった?」
パーセーさんが零下の視線を向けて来る。
「弱まる訳ないだろう。帝国の札無しの子供を救う為に勝手にガルガード王国に潜入した挙句、犯罪組織一つ潰すなんて非常識もいいところだ!」
「ばれない様に色々細工した筈なのに。どうして解っちゃうかな?」
僕は、そうぼやいてしまう。
ガルガード王国潜入に際し、僕達は、偽装工作を嫌って程にしておいた。
監視をしていた帝国の連中も騙せたそれをターレーお姉ちゃんは、中魔華十輪の僅かな角度の違いだけでこっちの欺瞞を看破した。
そこから芋づる式で全て暴露され、木霊筒で何時間も説教された挙句に『名呼びの箱』が完全使用禁止された。
直ぐにソーバトに戻れってターレーお姉ちゃんから言われていたんだけどそこに待ったをかけたのは、リースー王子だった。
まだミハーエに戻られても色々面倒が多いのも確かだった事もあり、この茶番に付き合わされる羽目になったのだ。
因みにムサッシさん達は、帝都では、別個に警護がつけられるとソーバトに呼び戻されて現在厳重注意を受けて居るらしい。
ターレーお姉ちゃん経由で重い処罰にならない様にして貰ってるけど、かなり絞られている事だろう。
「サーレーお姉様!」
そう嬉しそうにラースーちゃんが抱き着いてくる。
「元気にしてた?」
僕の問い掛けにラースーちゃんが答えて来る。
「お姉様達が居なくて寂しかったです!」
寂しさを打ち消す様に顔を擦り付けて来るラースーちゃん。
ラースーちゃんが来た方では、カーレーが自分の担当は、終わったと合図を送って来てる。
ラースーちゃんにばれないように苦笑しながらその頭を撫でる。
ここにラースーちゃんが居るのは、僕達に逢いに来たからだが、ミハーエとしての公式の目的は、別個にある。
リースー王子の帝国での活動の監査である。
クソジジイの娘でアレキス殿下の妹、ジャンスさんを妻にしたリースー王子が帝国に有利な外交をしているのでは、ないかと馬鹿な事を考える輩がミハーエ王城には、いるらしい。
帝国側したら変えて貰えるくらいならリースー王子を外してもらいたいだろう。
なんだかんだいって狡猾な帝国の外交工作を上手く乗りこなしているのだから。
ラースーちゃんが嬉しそうに僕達の傍に居るのを不機嫌そうにみてる人達が居た。
見覚えは、あまりないが顔立ちと服装からバーフスの文官だろう。
ルースーに仕える予定だった優秀な若手がこちらの予定通りラースーちゃんに仕えている筈で、僕達とは、まだあまり接点がない。
そんな状態なので王族が臣下である筈の僕達をお姉様と慕って居るのが気に入らないのだろう。
正直、そんなチンケなプライドか何かをきにするつもりは、全くないので僕は、話が通るラースーちゃんの最初の側近、マーコーさんに声を掛ける。
「マーコー殿、宿題を見せてもらいますか?」
マーコーさんが少し躊躇してからまとめてあっただろう資料を渡して来た。
躊躇された事に違和感を覚えながら僕は、資料を見る。
宿題、僕達がミハーエを出る前に準備して置いたラースーちゃんの為の課題の成果を見る。
それを確認し終えて躊躇の理由が理解出来た。
「マーコー殿」
僕の責める視線にマーコーさんが頭を下げる。
「桜の神の満ち足りに至らぬ己を恥じます」
自分の未熟の謝罪の言葉に僕がため息を吐く。
「そんな言葉は、求めて居ませんよ。理由が聞きたいのですが?」
「包の神に覆われぬ言葉だろう」
バーフス出の側近がそういって来た。
僕は、その表情を読んで理解する。
この結果は、こいつ等が原因だって。
「カーレー、ラースーちゃんをお願い」
「はいはい。ラースーちゃん、こっちで少し遊ぼうか」
空気から状況を察したカーレーがラースーちゃんを預かってくれる。
「どうしたのだ?」
聞いてきたパーセーさんに僕が即答する。
「バーフスに残っているラーサー殿と大切な話をする予定です」
「ちょっと待て! もっと詳しい事情を……」
帝国が用意した控室でするには、問題ある会話する為にリースー王子が用意してあるミハーエとの通信室に向かう僕の後をパーセーさんもついてくるのであった。
『
1118/白黄光(11/06)
ミハーエ王国、バーフス領主の城
ミハーエ王国バーフス領主一族 ラーサー=バーフス
』
「帝国からの緊急連絡ですって?」
私は、思わず聞き返してしまう。
「はい。ただ発信者は、サーレー=ソーバト様です」
側近の答えに私は、思考する。
「リースー王子も帝都に居る状況で私に連絡をしてくると言う事は、ラースー王女関係の話ね。直ぐに行くわ」
私は、そういってこの城の中でも防諜機構が高い木霊筒通信室に向かった。
『包の神の御加護への感謝を』
会頭一番のサーレー殿の言葉の固さに私は、嫌な予感を覚えた。
「包の神の御加護への感謝を」
私の返礼を受けてサーレー殿が言われる。
『色々言う前にラースー王女の行動報告書の再確認してもらえますか?』
「包の神のお暇の願いを」
私は、そう時間を貰う言葉を口にしてから側近に問題の資料を集めさせる。
それらを少し見て、何を問題にしているのか直ぐに気付いた。
『包の神の歩みの速さを理解しますが、白の神の幹に陰りがあったのでは?』
サーレー殿が普段は、使わぬ貴族言葉で忙しいのが解って居るが見届ける義務を怠っていたのでは、といって来ている。
事態は、かなり深刻だ。
「白の神の幹への隠せぬ汚れです」
私は、素直にこちらの手落ちを認めるとサーレー殿が大きくため息を吐いてから告げる。
『バーフスは、一度失敗している。それを考えたら今回の事は、楽観視できないって理解してますよね?』
貴族言葉を抜きの本気のやり取りに変った。
「無論です。直ぐに対応を取らせて貰います」
『それでだけど、ラースー王女への戒めもこめてこっちで課題をだしますからね』
サーレー殿の言葉は、悔しくもあった。
言うなればこちらを信用されていないって事だからだ。
しかし、そう言われても仕方ない事だった。
その後、多少の話し合いが終えてから直ぐにバーフス領主の元に向かった。
状況を聞いたバーフス領主も大きくため息を吐いた。
「あの方を亡くした教訓を理解出来ない者がまだ多いようだな」
「その様に思われます。私自身、包の神の歩みの速さに監督を怠って居りました」
私は、そう自省の言葉を口にするとバーフス領主が命じられた。
「ラースー王女の側近の再選出を命じる。ただし金の神との再会は、ないと思え」
これがバーフスとしての最後の機会だと言われるのも当然の状態だった。
「桜の神に己の命運を捧げます」
私は、死力を尽くすと答えてバーフス領主の前を後にするのであった。
『
1118/白蒼淡(11/07)
ミハーエ王国、バーフス領主の城
ミハーエ王国バーフス領主一族 ラーサー=バーフス
』
「ラーサー様、どういうことですか!」
元ラースー王女の側近達が私の執務室にやって来た。
「包の神の法を損なう行いでは?」
挨拶も無い事を指摘するがその者達は、それを無視して言い募る。
「何故我々がラースー王女の側近から外されるのですか!」
バーフス領主の姪と言う上の者に対する無礼な行いを強行する時点で側近の資格など無いのですが私は、明言します。
「貴方方のラースー王女への忠義が包の神に届かぬ故です」
忠義の在り方が間違って居るという指摘にその者達は、主張する。
「我々のラースー王女への忠義は、金の神の加護に劣らぬ深さと包の神の加護に近い高さをもっております」
堂々と神の加護を比較対象にする、その言葉の軽さに私は、落胆を禁じえない。
「ならば問います。何故ラースー王女へがご判断される事を貴方方が判断して処理をしていたのですか?」
元側近達は、胸を張って応える。
「ラースー王女の手を煩わせるに値せぬ事、それを代わりに行ったまで。包の神の覆われし台座の役目でございます」
臣下として当然の事をしたまでと宣うその者達に私が宣告する。
「それが間違って居るというのです! まだ成人為されていないラースー王女にお任せする仕事の多くが教育の為の物。それを貴方達が行ってどうするのですか!」
「ですが、あの様な小事でラースー王女の手を煩わせるのは……」
そんな言葉を口にする者を私は、睨む。
「そのバーフスの甘さがあの御方を桜の神に導いたと言う事を理解していないのですか!」
「ルースー元王子がお亡くなったのは、悪辣なヌノーの者達の策略の所為で……」
その者達の言い訳を私は、遮って告げる。
「それは、要因でしかありません。その根本原因は、我等バーフスがあの御方を正しく導けなかった事なのです!」
握る手が震えているのが解る。
バーフスの、ひいては、ミハーエ王国を明るい未来に導く王に成れたあの御方をむざむざの帝国の策略で失ったその原因は、他でもないバーフスの者達にある。
あの御方に対して過保護過ぎたのだ。
厳しく指導すべき事をせずにただそこに居るだけで良いと思わせてしまった。
まるで祭りの神輿の様にあの御方を扱ってしまっていた。
その結果、あの御方は、王族として誇りだけを纏い、その身には、何も身に着けて居ない空虚な存在になってしまった。
そうなったのには、きっと軽い神輿の方が担ぎ易いと考えた愚かなバーフスの者達が居た事も関係している。
王族に諫言を口にするのは、時に命を賭す必要がある。
それをせずに自分達がやり易い様に政治を行えば我等にとって都合の良い国が作れる。
そんな唾棄すべき考えがバーフスの淀みとして噴出したのだ。
その膿の残滓は、目の前に残っている様だ。
「尋ねましょう。貴方達がラースー王女に側近で居られたのは、どうしてだと思って居るのですか?」
私の問い掛けに元側近の一人が自信満々に答えて来た。
「無論、私達のそれだけの能力があったからです」
なんという愚かさでしょうか。
この者達は、何も理解していないのです。
「その様な事は、最低条件でしかありません。貴方方が側近で居られたのは、単にソーバトの配慮でしかないのですよ」
「何故中位領地の名前が出て来るのですか?」
そう口にする時点でこの者達に現実という物が見えて居ない事が確認できてしまう。
「ソーバトがただの中位領地だと本当に思って居るのですか?」
私の言葉に元側近が当然とばかり顔をします。
「そうでしょう。高い魔力をもった貴族の数や文官や魔法研究者の数ですらバーフスどころか上位領地に遠く及ばないのですから」
ミハーエ王国にとって最も重要視されるのは、魔力。
その次に魔法研究である。
バーフスにおいては、高い能力をもった文官の人数も重要視されます。
そういった意味では、元々武闘派中位領地のソーバトは、バーフスからみれば完全な格下の存在でしょう。
「それなら少し仮定を論じましょう。元々ソーバトの価値は、ヌノー帝国に対する盾であり、中央の準備が整うまでの時間を稼ぐのがその役割と思われていました。帝国の脅威が軽減した今、その魔力を籠める貴族を全て他領で受け入れるとした場合、どんな問題が残ると思いますか?」
元側近達は、嘲笑う様に口にする。
「そんな、魔法研究も碌に出来ない領地など無くても何の問題もありません」
その余裕な態度をとれる神経が本当に羨ましい。
「それは、現状を踏まえて間違いない判断だと断言できますか?」
私の確認を元側近達は、肯定する。
「はい。ソーバトなど無くともダータスや上位領地になったマーグナがあれば何の問題もありません」
「それでは、今中央で進めている鉄道網計画は、どうやって継続するのですか?」
私の指摘に元側近達は、戸惑います。
「何でそれを今話題にされるのですか?」
本気で言って居るとしたら正気を疑いたくなる発言です。
こんな者達をラースー王女の側近にしていたという自分の愚かさが憎いです。
「現在ミハーエ王国において鉄道施設技術は、ソーバトが独占しているのです。万が一そのソーバトが無くなればそれを続行できると思って居るのですか?」
私がそう告げると元側近達は、お互いを見合いそして言い訳を口にする。
「今回の問題に鉄道網計画は、関係ないと思って居たのです」
それが言い訳になるとどうしたら思えるのかが私には、理解出来ません。
「レースー王子の王国軍構想において重要な要素である鉄道網計画を考慮しない人間をラースー王女の傍に置くことが出来ると?」
ここまで言えばもうこれ以上の説明は、不要の筈です。
そして話を切ろうとした時、元側近の一人が睨みつける様に言ってきます。
「レースー王子の第一夫人であるターレー様から圧力が掛けられたのですよね? だからあの双子のやり方を否定する私達を排除したいのでしょう!」
「それは、糾弾のつもりですか?」
私は、淡々とそう聞き返すとその元側近が言葉を続けた。
「違うというのですか! それは、確かにレースー王子の第一夫人を蔑ろには、出来ませんがそれでラースー王女の教育方針を歪める理由には、ならない筈です!」
私は、視線を向けると他の元側近達もそれに同意を示していた。
「私が言った事を覚えて居ないのですか? 貴方方がラースー王女の側近で居られたのは、ソーバトの配慮なのです。元から自分達に益が少ない人間を側近から外したいのでしたらどうにでも出来たのですよ。そこにバーフスの思惑など関与する余地がない程に」
「どういう意味ですか?」
元側近が理解出来ないって顔をするので私が自分の罪を告白を始める。
「私も当初、ソーバトのもっと言えばカーレー=ソーバト殿とサーレー=ソーバト殿がラースー王女の側近からバーフスの人間を排除し、自分達の言いなりになる様にしようとしていたと考えていました」
「実際にルースー元王子の件までバーフスの人間がラースー王女の側近に選ばれなかった筈です!」
元側近達の不満の声に私が苦笑する。
「もしもその当時からラースー王女の側近にバーフスの人間が入って居たとして、貴方方がラースー王女の側近に成れたと思います」
「それは、当然そうなる筈では?」
元側近の一人がそう口にするが、流石に気付く人間もいた。
「いや、もしそうなっていたら、ルースー元王子が亡くなった後に側近に組み込まれる人間は、減っていた筈だ」
「あの御方の凋落は、あの時点で既に既定事項となっていたのです。そして、そうなった場合の受け皿としてソーバトは、ラースー王女にバーフスの側近を入れさせない様に助言していた。あの御方につく筈だった優秀な人材を受け入れる席を空けておくためにです」
私は、それに気付いて居なかった当時の自分を思い出します。
今、改めて当時の状況を考慮すればそれがバーフスにとって一番被害が少ない対処だったと確信できるだけに自分の視野の狭さに憤りを感じぜずには、居られません。
「詰り、元からバーフスの意思など関係なくソーバトは、ラースー王女の側近を選別出来たというのですか?」
元側近の言葉に私は、心底深いため息を吐く。
「それを認めなければいけないバーフス領主一族の気持ちが貴方方に解りますか?」
存在意義の根本を揺らがす程の衝撃でした。
否定したくともそれが無意味だと理解出来ない程には、私達は、愚かでは、無かった。
理解し、その上で最善を模索するか無かった。
今回の目の前の者達の事を含めて私達は、どれだけの借りをソーバトに、あの双子にしているのかを考えるだけで胃に穴が空く思いです。
「貴方達の文官としての能力だけは、認めて居ります。ですから今後は、帝国との交渉においてその力を発揮されと、白の神の行いが、金の神の道を作るであろう」
最後にとって付けた様に期待すると言葉を加えました。
本来なら罰し閑職に据えるべきなのでしょうが、この間のカージヤの馬鹿が起こした問題に再発防止の為にも人手が必要なのです。
空気も読めず、古いバーフス気質であろうが、能力があるのですからせめて確認作業にでも使っておくことにしようと決めて居ました。
当然、ここまで言い負かされた元側近達には、逆らうだけの意思を示すことは、ありませんでした。
『
1118/白蒼淡(11/07)
帝都 皇帝執務室
蒼札皇子 ガイアス=ヌノー
』
「あの双子から頼まれごとをされた」
陛下のその言葉にその前に立たされたアレキス兄上と私は、間違いなく面倒な状況になると理解出来た。
そんなこちらの気持ちなど一切構わず陛下は、話を続ける。
「あちらの事情を簡単に説明すれば、新三権制度の一角を担う予定のラースー王女の教育係が下手を打った。それで本人の意識改革の意味も含めてヌノー帝国相手に課題として政治的判断をさせる事にしたという事だ」
アレキス兄上が渋い顔で応じる。
「諜報部からの報告が来ていた件ですね。何処の国にも神輿を軽くして楽しようとする愚か者が多い」
その言葉通り、帝国とてそういった輩が多くいた。
そしてそんな輩に担がれた者達は、全員後継者争いから脱落している。
「ミハーエの事情は、解りました。それでは、私達は、協力したふりだけをすれば宜しいのですか?」
私の問い掛けに陛下が微笑する。
「ふりでなく実際に協力する」
「それだけの代償が得られるのですか?」
アレキス兄上の当然の様に確認すると陛下は、二つの資料を提示して来た。
「代償は、協力内容に含まれている。一つは、新型魔力発動機。もう一つは、事務会計代理計算機と呼ばれる装置の最新型だ。そのどちらかをミハーエから提供するにあたりこちらから対価を提示する。それをお前達がそれぞれが行いどちらが奴等にとって有益かを判断させるそうだ。なかなか奮った試験では、ないか」
奮ったどころじゃない。
国益に直結する高度に政治的判断が要求される、熟練の外交官とて二の足を踏む案件だ。
資料を確認しながらアレキス兄上が口にする。
「どちらもこちらにとっては、かなり有益な物です。このどちらを選ぶのですか? それとも私にそれを選べと?」
陛下が肩をすくめる。
「どちらでも構わぬ。さきほども言ったが協力する。お前等が一つずつ担当しその試験の場で交渉し合うのだ」
「詰り、皇太子が交渉する物を帝国が供与すると言う事ですか?」
私が確認すると陛下が鋭い視線を向けて来る。
「同じ事を言わせるな。あちらに協力するのだ。真剣にやれ。最終的に負ける事があるとしても拮抗した勝負にならない訳がないな?」
陛下が何を言いたいのかが嫌でも解ってしまう。
それが出来なければ皇族として不適当だと言いたいのだ。
アレキス兄上は、淡々と話を続ける。
「この件ですが、最小の対価で最大の利益を得る形で進めると言う事で問題ありませんか?」
帝国側として当然の判断に対して陛下が首を横に振った。
「対価は、相手側に不自然さを感じられない限り最大にだ。これは、建前上は、ラースー王女の試験だが、その実、あの件の事前交渉の一環。リースー王子としては、この件で大きくこちらに貸しを作りそれを交渉の第一歩とするつもりだろうな」
あの件とは、現在帝国西部のランダー鉱山での洞蜥蜴の大量発生だ。
通常では、ありえないと言われるその数から魔極獣の関与が想定されているのだ。
大量の犠牲者を生んだ蒼極馬との戦いであったがそれによって手に入れた魔帯輝を用いた研究は、帝国多くの恩恵をもたらしている。
帝国としては、今回も独力で解決し、取り出された魔帯輝を独占するべく極秘裏に動いていた。
「帝都に潜む鼠の駆除が完全では、無かったと言う事ですね?」
アレキス兄上が忌々しそうにそう口される。
「リースー王子やソーバトの双鬼姫の情報網は、侮れん。そこを追求するのは、止せ。問題は、今回の事前交渉で下手に大きな借りを作らない事だ」
「かといってあからさまな貸しを作る様な事も望ましくないというのが帝国の現状ですな」
アレキス兄上が思案する様にそう口にされた。
ミハーエとの交渉、それは、他の国々とのそれとは、大きく異なる。
通常、破綻と同時に戦争開始する前提の強気の交渉が行える。
しかしミハーエ王国だけは、別である。
相手に終戦魔法がある限りこちらの勝ち目は、薄い。
少なくとも通常の交渉破綻からの戦争突入は、望めない。
「最初からこの相談に応じなければ良かったのでは?」
私の率直な意見に対して陛下は、苦笑する。
「そんな楽な選択肢が敗戦国の帝国にあると?」
臣下の者達の殆どが苦々しい顔をする。
結局の所、どんなに対等と嘯いた所でミハーエ王国は、戦勝国であり、ヌノー帝国は、敗戦国である。
交渉の場は、あちらの思惑が優先されるのだ。
その事前交渉の場として提供されたのが今回の件であり、それをこちらが不利だからといって拒む事が出来ない。
正確に言えばここでそれを拒めば恐らくミハーエ側は、更に厳しい場での交渉を求めて来る。
それが理解されて居られるからこそ今回の件を承諾されたのでしょう。
そうして陛下から通告が続けられる。
「帝国側からの対価は、それぞれ二つの四つ。それは、アレキス、お前が用意しろ」
「了解いたしました」
アレキス兄上は、そう了承の旨を伝えるがこの時点で私の不利がはっきりしている。
アレキス兄上が用意した対価を使って勝負をするのだ私にとって有利に働くとは、思えない。
だからといって容易く負けたとなれば私の帝都での発言力を大きく失う事になる。
勝てないし、勝っても拙い、その上大負けすら許されない。
はっきり言ってしまえば今回の一件は、私にとっては、不利益しか生じない。
だからといって辞退しようものなら下手をすれば居場所を失う。
陛下は、自分の子供だろうが、帝国に有益でない皇族を残しておくほどお優しくない。
「……了承致しました」
私もそう答えるしかないのであった。
『
1118/白蒼薄(11/08)
帝都 会議室
ミハーエ王国ソーバト領主一族 カーレー=ソーバト
』
帝国とミハーエ王国の文官が対面した状態で席に着いている。
そこに今回の主役が現れる。
一斉に文官達が立ち上がる中、アレキス殿下とガイアス殿下が帝国側で少し離れた位置にそれぞれ移動をすませ、その後、ラースーちゃんがやってくる。
こっからは、長々と貴族的なやり取りが行われる。
正直、それだけで一時間近くつかっているのは、時間の無駄だと思うんだけどその間にもお互いの文官達の牽制が始まっている。
因みにミハーエ側の文官は、アレキス殿下とガイアス殿下のどちらにどんな専門分野の文官がいるのか探って居る。
逆に帝国側は、ラースーちゃんに対して影響力が高い文官を探っている。
「それでは、よりよい両国の関係の為のお話をしましょう」
そうラースーちゃんが切っ掛けをつくりようやく本題に入る。
「ご提供を予定されている新型魔力発動機ですが、帝国としても鉄道の更なる活用を含めて大いに期待しております。それが帝国の大いなる利益、ひいては、ミハーエ王国の利益に繋がると確信して居ります」
アレキス殿下は、魔力発動機の方になったか。
帝国は、下手をすればミハーエ王国より鉄道走行車が多いからな。
新型の魔力発動機は、次代の皇帝としても欲しいのだろう。
「事務会計代理計算機は、帝国の膨大な事務作業を大幅に軽減する上で必須になってくるかと思われます。それ自体が利益を生む事は、なくともそれによって効率化された全ての事業での増益を見込めます。その範囲は、留まる事がなく、広大であり、ミハーエ王国に対する支払額を大幅に上げる事でしょう」
ガイアス殿下は、ジカコンか。
エクセルモドキのこれだけど、マホコン技術が多大に含まれているからリースー王子からの極々限られた提供以外は、してこなかったからな。
サーレーの予測では、この先五年に増益を考えたら間違いなくこっちの方が上だとしてる。
まあ、ここら辺は、単なるジャブであり建前、ミハーエ王国にも帝国側の利益が行くので是非って感じな雰囲気にしている。
「双方ともミハーエ王国の利益になるのは、解りました。しかし、私が受けて居るのは、そのどちらを提供すれば良いかの判断です。現状では、少し難しいですね」
ラースーちゃんが困ったふりをする。
はっきりいえば、対価無しにそれが提供されるなんて帝国側だって考えて居ない筈。
どちらにどんな対価をもってくるかがこの交渉の重要な個所になるだろうな。
そしてそれを正確に判断してラースーちゃんが決断できるかがあちき達から出した特別課題。
バーフスの連中に仕事を任せてた事をサーレーにねちねちと説教されて反省しているラースーちゃんとしては、ここで一発良い所を見せたいから頑張ると言ってたっけ。
「魔力発動機の核をご提供して頂ければ、それを用いた鉄道走行車を提供数に応じた台数の提供をお約束できます」
アレキス殿下がいきなり目玉商品を出してきたって感じだな。
同時にこれは、ミハーエ側に多くの新型魔力発動機のブラックボックスの提供を促せる帝国としては、有効な手段だろうけど、これってかなり諸刃なんだよね。
「提供の時期は、どうなりますか?」
ラースーちゃんも気付いてる。
「核部分の提供から三旬(半年)以内には、確実に」
アレキス殿下は、淀みなく応えているけど横に居る文官が顔を引き攣らせている。
かなり無理やりの期間を口にしているな。
純粋な製造自体に一カ月かかるそれを半年で相手に側に渡してたら、数次第では、帝国内での供給がままならなくなる。
ミハーエ王国単体で考えるならこの対価の評価は、高いけどその後の帝国側の利益等からの賠償支払い額の増加率を考えると微妙な感じになる。
アレキス殿下としては、純利益よりも軍事にも使える鉄道走行車の増産を急ぎたいんだろうな。
「ジカコンをご提供頂ければ、帝国内でのミハーエ王国商人の特別課税の減額も行えると思われます」
ガイアス殿下は、そうきたか。
一応条約提携国って事があり悪い扱いを受けて居ないミハーエの商人達だけど、帝国商人の保護の件を含めてそれなりな徴税額が増額されている。
それを減額するというのは、帝国側としては、かなり思い切った政策の様にも思えるけど、これには、裏があるんだろうな。
「そんな事をしたら帝国の方々がお困りになるのでは?」
ラースーちゃんの指摘にガイアス殿下は、感銘を受けた表情を見せる。
「帝国の民草の事までご配慮頂けるとは、流石は、ラースー王女。その尊き御心には、敬意を禁じ得ません。しかし安心してください。当然、その分帝国側の商人にも減税を行う予定です」
軽く視線を向けるとサーレーが暗号で教えてくれる。
『帝国側とミハーエ側の両方の商人に同じ様に減税すればそれだけ商業活動が活発化して徴税額も増えるって算段だね』
なるほどね、税金でもいうのもおかしいが薄利多売商戦って奴か。
増えた手間に関しては、ジカコンでカバーするとなれば有益な手段。
あちきならこれは、高く評価するんだけど、ラースーちゃんの反応は、いまいちっぽい。
一応は、サーレーと商売の大切さって奴を教えているけど王族のラースーちゃんには、今みたいな直接的な徴税額減少というのは、あまり好印象が湧かないんだろうな。
一発目は、アレキス殿下がやや有利って感じだね。
ここでアレキス殿下が勝負を決めに出る。
「新型魔力発動機による鉄道走行車の増台が決まれば帝国側の主導による帝都からミハーエ王国王城までの鉄道施設も可能になると思われます」
大きく出て来たな。
鉄不足もありミハーエ王国での鉄道施設は、どうしてもレースー王子主導の国境派兵用路線の充実が優先されてる。
そこに帝国主導、詰り予算や資材の大半を帝国持ちで新たに鉄道を敷くとなれば大きな魅力だ。
ただし文官の数人が顔を青褪めさせている事から予算としては、かなりとんでもない。
『採算をとるのに最低で十年は、いるね』
サーレーが半ば呆れた様子で暗号を送ってくる。
そんなもんを約束するんだ文官も青褪める訳だ。
「そうなれば私も帝都に来易くなりますね」
嬉しそうな表情を浮かべるラースーちゃん。
単純な移動時間的に言えば今の様に王城からソーバト領主城に新刃の門で移動後、国境に繋がる新刃の門に馬車移動して帝都に最も近い新刃の門で移動、鉄道で帝都入りの方が早い。
だけど、その間には、護衛などのいろいろの雑務が入ってかなり面倒な事になる。
そこを行くと鉄道走行車一本で行けるとなれば警護の面でもかなり負担が減るだろう。
因みにラースーちゃんが帝都に来たい理由は、帝国で漫遊中のあちき達に会う為だったりする。
かなり押し切った様子のアレキス殿下を横目にガイアス殿下が勝負に出た。
「ジカコンを使えるとなれば帝国は、賠償額決定金額を当年の物に出来ます」
「本当ですか!」
ラースーちゃんが本当に驚くのも当然だ。
帝都に収められる税額の割合で決定するその年の賠償支払い額だけど、現在は、二年前のを使ってる。
考えてみれば当然の話だが、莫大な税計算をそう簡単に出来る訳がないのだ。
しかし、もしも出来るとしたら年々徴税額が増えている帝国のその金額は、莫大な物になる。
割合による支払いを受けて居るミハーエだって予算に余裕がある訳では、ない。
帝国の破綻を防ぐ為の仕方ない処置なのだが、それが増えるとなればミハーエ王国としては、全面的に受け入れたい。
アレキス殿下の案は、確かに物質的で考えが浅い人間なら受けそうだが、結局の所、帝国側からの提供を受ける形になる。
それなら元から決まってる賠償支払い額の増額の方がミハーエ王国としては、受け入れやすいのは、間違いない。
最後でかなりまくり返したって感じだね。
「無論です。帝国の文官は、優秀ですから」
そう笑顔で告げるガイアス殿下の両脇の文官がお腹を押さえている。
もし実行されたらあの人達は、ジカコンを使った地獄の不眠不休作業を行わせる事になることだろう。
悲しきは、中間管理職、さぞ胃が痛い事だろう。
ガイアス殿下の表情からしてこれで持ち札の提示し終わった筈だ。
ラースーちゃんも思考に入る。
あちきの予測としては、僅かな差でガイアス殿下の勝ち。
決め手というか勝負を分けたのは、対価の種類。
対価として得られるのが鉄道絡みのアレキス殿下と違ってガイアス殿下のそれは、受け取ってからの自由度が違うからね。
あちきは、サーレーの合格基準を超す答えがラースーちゃんが出せるかと興味津々で待って居た。
しかし、ラースーちゃんが答えを出そうとした時、アレキス殿下がまるで思い出したかのように言う。
「そうでした。新設の鉄道のミハーエ王国区間の利益は、全てミハーエ王国の物としてください」
ガイアス殿下と大半の文官が驚きの表情を浮かべた。
それだけとんでもない対価である。
本来なら鉄道の利益は、施設した者が得る。
実際にソーバトは、主導で建設した鉄道での収益の多くを得ている。
鉄道を敷かずにその上を走る鉄道走行車の利益だけを受け取れるとしたらその利益は、無視できない。
自己の対価である自由に動かせる資金の無さをこんな形で補うなんて普通は、ありえない。
第一、ガイアス殿下が驚き過ぎだ。
『これって多分アレキス殿下の独断。あのクソジジイの承認無しだよ』
鋭い視線を見せながらそう伝えて来るサーレーの方にラースーちゃんが戸惑いながら視線を向けてしまった。
かなりの減点であるが、サーレーは、素早く暗号を送る。
『独断だけど皇太子の発言だから信頼して良し』
ラースーちゃんが眉間に皺を寄せて深く悩みだすのであった。
『
1118/白蒼薄(11/08)
帝都 皇帝執務室
蒼札皇子 ガイアス=ヌノー
』
「対価の数を増やして良いと言った覚えは、ないのだがな? まさか、施設の件に含めるから増やしていないと言うのでは、ないだろうな?」
微笑を浮かべた陛下の問い掛けに対してアレキス兄上は、堂々と応える。
「無論です。ですが、対価を増やしては、いけないとも聞いておりません」
お互いの視線がぶつかり合った後、陛下が告げられる。
「責任は、確りととるのだぞ」
「お任せください。帝国区間での需要の拡大を行い十分な収益を上げてみせます」
アレキス兄上がそう宣言されてこの件が一応に終わったのを確認した後、アレキス兄上の側近でもあるイカルスが呟く。
「それにしても意外な結果でした。まさか、ラースー王女があの様な判断をなされるとは……」
私もそれには、同感であった。
「確かに。まさか、両方共に提供するといってくるとは、思いもしませんでした」
カーレーもやってしまったって顔をしていたから間違いなく課題としては、不合格だったのだろう。
「ミハーエは、ラースー王女の判断を了承するでしょうか?」
アレキス兄上の言葉に陛下が苦笑された。
「仮にも王族の決断だ、そうそう覆さないだろう。ところでお前達は、ラースー王女の課題の合否が気にならないか?」
「それは、確かに気になりますが帝国にそれを伝える必然性は、無いと思われます」
私のその答えに対して陛下が手を叩く。
「必然性が無いとしても付き合わされたのだ、結果をしる権利は、ある」
するとサーレーとリースー王子が現れ、私達を驚かす。
「それでは、聞かせて貰おうか」
陛下の要求にサーレーが渋々という感じで告げる。
「アレキス殿下の最後の対価の確認をして来た事は、大きな減点だけどギリギリ合格って所ですよ」
「判断する課題で、どちらも選べないという結果でか?」
陛下の詰問に対してサーレーが話始める。
「上に立つ人間の一番の仕事は、提示された選択肢を判断し、その結果に責任を持つことだとよく言われますが、これは、正確では、ないと思います」
「決断力こそ求められる筈だが?」
アレキス兄上が促すとサーレーが続ける。
「限られた選択肢の中から最善の物を選ぶのは、中間の者の仕事。組織の最上位に居る者達に必要なのは、その組織にとって必要な条件を満たした選択肢を自ら作り出してでも選ぶ事です」
「選択肢を自ら作り出すだって?」
私が思わずそう繰り返すとサーレーが頷いた。
「いくら選択肢に無いからといって国を亡ぼす選択肢を選ぶ王は、いません。どんなに荒唐無稽だとしても国を継続させる条件を満たした選択肢を選ばなければならない。今回の課題で一番重要視されたのは、提示された選択肢に囚われずに選択が出来るかどうかでした」
「ミハーエ王国としては、どちらを提供しても構わないというなら両方を提供しても問題ないとラースー王女が判断出来た事を評価しての合格ですが、これで満点の評価をえる選択が解りますかな?」
リースー王子が補足すると共に挑む様に尋ねて来られ、陛下が視線を向けられるとアレキス兄上が迷わず答えられた。
「両方共に選択せず、更なる対価を得る次回に繋げるだろう」
「正解です。国同士の交渉を一度で決める自体が異例です。結果が同じだとしても一度間を空けてから決断した方が正しい判断をつけられる。あそこで選択した時点で選択肢まだ囚われているって事ですが、そこは、まだ成人前と言う事での甘い採点です」
サーレーがしかたないって顔でそう説明する。
正直、私にとってラースー王女の課題の合否等どうでも良かった。
問題は、与えられた選択肢を超えた選択肢を得るという課題の内容だ。
陛下の指定を越える対価を追加する事で両方の提供を受ける事に成功したアレキス兄上。
帝国の姫であるジャンスを妻にとる事で更なる力を得てミハーエ王国内で自分の権力を得ているリースー王子。
三人の王位後継者のどれも選ばずにミハーエ王国に新たな制度を生み出したソーバトの双鬼姫。
常日頃から課題の上を行くだろう選択をしている者達が目の前にいる。
そして私は、その者達と相対して生きて行かなければならない。
自分の未来がどれだけ過酷な物になるかと思わず天を仰ぎたるのであった。
帝国とミハーエ王国って本気でバチバチやりあってます。
国同士の信頼とか助け合いって言葉なんてありません。
どちらも自国の利益を最大限に求めて動いています。
そんな荒波でテストさせられたラースーちゃん、ご苦労様でした。
次回、鉱山内での魔極獣退治です




