051 真夏の武闘大会と馬に乗らない騎士
小説だと馬に乗らない騎士って多いですよね?
「ムサッシ、アイスクリーム、食べる」
領主の城の一兵士でしかない拙者は、カーレー様が差し出された冷やし菓子を見て思わず尋ね返す。
「これは、貴族にしか供されない菓子だと記憶していますが」
カーレー様は、手をパタパタさせる。
「安心して、これは、管理外のあちき達の秘密で作った奴だから見つからない限り咎められないから」
大きく溜息を吐く。
「拙者の記憶の間違いが無ければ、勝手にそれを作ったのが原因で、この武闘大会の天覧役を受ける事になったと思いましたが?」
カーレー様は、眉を寄せる。
「フッジイが新作をあんなに早く領主一族に出すとは、予想外だったよ。サーレーも性格把握が十分じゃなかったって反省していた」
「詰まり、勝手に作った事は、反省していないからまたやったのですか?」
拙者の突っ込みにカーレー様があっさり頷く。
「そんなとこ。それより、溶ける前に食べちゃいなよ」
改めて差し出されたそれを拒むのが正しい選択なのだが、拙者は、そこまでストイックになれなかった。
「頂きます」
よく冷えたそれは、熱戦が繰り広げられていた真夏の闘技場の暑さを忘れさせてくれる。
「あちき思うんだ、真夏の武闘大会は、害悪なんじゃないかな?」
そういって視線を送った先には、熱で倒れた観客が寝かされた日陰があった。
「イーラー叔父様も減らそうと言っているんだから、この金の神の旬の武闘大会は、無くすべきだよ」
「そうなると一部の参加者が困る事になります」
拙者の言葉にカーレー様が首を傾げます。
「どういう事? 武闘大会なんて年四回もあるんだから一回くらい減ったって大した影響が無いとおもうけど?」
「金の神の御目溢しを使ってしか参加出来ないものもおります」
拙者の答えにカーレー様が納得する。
「金の神の旬、碧の淡から鳶の光の半旬(およそ7/13から8/12)、暑さ対策で長期休暇をとる事が許されている時期だったっけ。確かに長期休暇とれそうな日程でやっている武闘大会って今回のだけか。減らすとなるとそこら辺もフォローしないと駄目か」
真剣に考え始めるカーレー様。
ナーヤ山で修行していた頃は、多くの兄弟子が武闘大会の有料化を貴族が私腹を肥やす為の悪法だと言っていたが、それを提案したイーラー様は、そんな事をしていなかった。
それどころか、その予算で武闘大会の治療施設の充実などを行っていたらしい。
七獣武技の聖地、ナーヤ山は、この魔法王国ミハーエとウェーフ神国の境に位置する。
元々、このソーバトの出身であったから武闘大会に出て、城勤めになったが、実際の所、国への、ソーバトへの忠誠心は、強くなかった。
それどころか、魔法第一で七獣武技を軽視するミハーエに対しては、兄弟子達同様嫌悪すらあった。
カーレー様とサーレー様が特別って訳もあるが、武闘大会の決勝でカーレー様と戦った関係でなにかと接触する機会が多い領主一族の方々は、基本、領民の生活を大切に考えている。
旗取り戦で解った事だが、兄弟子達が嫌悪する貴族は、確かにソーバトにも居た。
それが旧主流派と呼ばれる貴族だ。
旧主流派の貴族にとっては、武闘大会魔法なしのでの優勝などゴマ粒程の価値も無く、雑兵の一人としか見られていなかった。
逆に現領主派の貴族、特にあの後、サーレー様の臣下として仕えるシーワー様等、拙者の剣を見て主力になれる力だと称えてくれる程だ。
この流れが生まれたのは、極々最近らしい。
それまでは、旧領主派が我が物顔をしていた。
その流れを変えたのは、間違いなく、この目の前で悩む少女である。
色々と問題も起こすが、既にこの領地に必要不可欠な存在だ。
このソーバトに生きる者として、一兵士として命懸けで護る価値がある存在である。
そんな事を考えているとカーレー様が言って来る。
「そういえば、今回の魔法なし部門の優勝者の女性のコシッロってムサッシの知り合いなの?」
拙者は、即答する。
「はい、同じ師匠についた者です。しかし、何故でしょうね?」
「七獣武技の鍛錬をしていたのなら、武闘大会に出るのも不思議じゃないんじゃない?」
カーレー様の問い掛けに拙者は、疑問を口にする。
「コシッロは、ダータスの出身なのです。あそこは、ソーバト以上に武芸に理解がある領地。ダータス出身の兄弟子達の多くがダータスで兵士をやっていて弟弟子の職場斡旋には、協力的で雇用側の貴族にも理解があったと聞いています」
「そうなると確かにソーバトの武闘大会にでるのは、不思議ね。ソーバトの武闘大会は、実力試しより、兵士として雇われる為の自己アピールの場所だもんね」
カーレー様も不思議がりました。
「そうだ、騎士団の人と会って、スカウトの話をしている筈だから行ってみようか」
「良いのですか?」
拙者が確認するとカーレー様が気楽に言う。
「話に加わらなければ大丈夫だよ。そういえば、こっちの騎士って馬に乗らないんだよね」
カーレー様が不思議な事を口するので歩きながら聞き返す。
「騎士が馬に乗らないのが不思議なのですか?」
カーレー様が頷かれる。
「あちきが育った所だと騎士は、馬に乗るものなの」
「どうしてそんな事に? 馬に乗るのは、伝令兵や庶民の早馬屋くらいでしょう」
拙者が常識を口にするとカーレー様が頬を掻く。
「まー戦争のやり方の違いと言っても良いんだけど、技術があまり発達する前は、馬に乗って戦場を駆け抜けるのが主流で、戦功を上げた者が騎士として貴族になって居た時代があったんだよ。だからあちきが言っている騎士とミハーエで言っている騎士は、正しい翻訳じゃないらしい。正確に言うとこっちの騎士は、貴族戦士、魔法戦士って言うのが正しいってサーレーが言ってたね」
そう言えばカーレー様は、異国の出身だった、こちらの言葉に堪能だが、時々意味が解らない事を言ったり、全く理解できない単語を口にする事があるが、騎士って言葉がそんな事になっているとは、思っていなかった。
「なんでそんな誤訳をしたかっていうと、あちき達に言葉を教えた父親が騎士みたいなものだって、対応する言葉を全部騎士で教えてたからだったりする」
「そうだったのですか、しかし違和感がありますね、騎士が魔法戦士ですか?」
首を傾げる拙者にカーレー様が続ける。
「騎士って言葉が持つ意味が違うんだから仕方ないね。こっちの騎士が馬に乗らない理由もはっきりしているけどね」
「それは、馬なんかに乗っていたら良い的にしかなりませんからね」
拙者がそう口にするとカーレー様が苦笑する。
「こっちの世界でもいえる事だけど、実際に馬に乗る騎士の減少は、鎧を貫通出来る遠距離攻撃が可能になったから。それまでは、高速で動け、高い位置から攻撃できる馬は、有益だったんだよね。馬の維持費や鎧等に金が掛かるから貴族で無いと維持できないけどね。まあ、こっちだと大距離移動の基本は、新刃の門であり、戦場での移動は、兵士が先行、盾になる兵士が居る場所に騎士が行って魔法攻撃だから馬の必要性が全く無いからね」
「そういえば笑い話でありましたね、馬に乗った騎士って話が」
拙者がふと思い出す。
「何それ、聞かせて!」
カーレー様が興味をもたれたので話す。
「昔、怠惰な騎士が居て、歩くのも面倒くさがり、馬に乗って移動していたそうですが、戦場でも同じ様に馬に乗っていました。その結果、盾役の兵士が居るのにも関わらず、馬に乗った騎士は、敵の魔法で首を刎ねられて戦死したそうです。兵士達の間で伝わる話です」
大笑いするカーレー様。
「良いわ、その話し最高!」
何がそんなに面白いのか解らなかったが喜んでくださったのだったら構わない。
そうこうしている間に、騎士団とコシッロが話しているだろう部屋の側まで来ていた。
「ですから、ウチが望むのは、前々回の優勝者との対戦です!」
コシッロの怒鳴り声が聞こえ、騎士団の人が色々と言っているが、コシッロの血気は、あがる一方だった。
「えーと、前々回の優勝者って確か、ムサッシって事になっているよね」
カーレー様に確認され、拙者は、苦虫を噛んだ顔をしてしまいます。
「……はい、カーレー様が偽名で参加した事を隠す為に公式には、拙者が優勝した事にして、カレという仮想の人物は、準優勝した事になっています」
「マリュサもそういう話を流して、真実の隠蔽を図ってるらしいけど、やっぱりまだあちきが優勝したって覚えている人が多いんだね」
そうなのだ、コシッロが怒鳴っている理由、それは、前々回の優勝者、カレとの戦いを望んでいるからである。
騎士団としては、その事実を認める訳にも行かず、前々回の優勝者は、あくまで拙者であり、準優勝のカレは、年齢も若い事もあって修行の旅に出たという説明をしている。
「嘘は、止めて下さい。兄弟子の一人が確かに言っているのです、前々回の決勝でムサッシが敗れたと。そのムサッシが優勝したなんて嘘をなんで吐くのですか!」
「騎士団としては、真実を認める訳には、いかないって事だね。ここは、ムサッシが説得するって事でどう?」
カーレー様にそう聞かれて渋々頷くとカーレー様は、部屋の外で待機していた騎士に話しかける。
その騎士は、カーレー様の登場に驚きながらも拙者の事を了承するのであった。
こうして拙者は、嘘の優勝に対する言い訳という武人としては、不本意な事をする事になるのであった。
騎士を馬に乗せようかもと思いましたが、誤訳って事にしました。
えーと理解しづらいと思いますが、この小説の中の騎士は、日本語に約すと貴族戦士や魔法戦士って事になります。
馬に乗った騎士って誤訳故の爆笑話って事にしてあります。
こっちの世界だと、ただ騎士の癖に馬に乗って的になった馬鹿の話しなんです。
次回は、コシッロとの対決です




