504 懐が寂しい傭兵団と暗殺組織の面子
今回ずっと傭兵ターン
『
1118/刃鳶淡(06/07)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
練札牙狼団長 オオカ=ミガール
』
「次の仕事の予定ですが」
そう仕事が終わったばかりだというのに次の仕事の話をし始める副団長に俺が言う。
「折角カブッキに来てるんだ今夜くらい楽しもうぜ」
「そんな事をしている余裕がうちにあると?」
副団長のさめた言葉に俺が舌打ちしたくなる。
「これもそれも終戦魔法戦争の所為だな。まさか帝国が負けるなんて思わなかったぜ」
俺の愚痴に対して副団長が即座に反論してくる。
「前金もあった上、人的被害は、少なかったのです、問題は、その後から帝国軍の依頼を断っている事かと思いますが?」
「傭兵の仁義も理解出来ない連中の下で戦えるか!」
俺の文句に副団長が淡々と言う。
「それでしたら、確りと仕事をしてください。団員の武具の整備のお金だって安くないんですから」
大きなため息を吐きながら俺は、副団長が見せて来た依頼を確認する。
「なんだこの死体運搬の護衛って奴は?」
「そのものずばりです。死体を運ぶ際の護衛です」
副団長のオウム返しの返答に俺が突っ込む。
「依頼内容は、聞いて居ない。何で死体を運ぶのに護衛が必要なんだって話だ」
「死体のいくつかが名が売れた暗殺者だったからです」
副団長の答えに俺は、改めて依頼を確認していくと、注意事項の中に書かれた死体の名前には、いくつか聞き覚えがあるのがあった。
「これだけの奴等の死体になるなんて同士討ちでもしたのか?」
すると副団長が声を潜めて言う。
「依頼書には、書かれていませんがそれを返り討ちしたのは、三腕らしいです」
三腕、こっちの世界でそれを示すのは、一つしかない。
「ソーバトの双鬼姫絡みかよ」
そう口にする俺の脳裏にあの敗戦が思い出される。
三腕とは、殆ど交戦していないが、傭兵仲間から嫌になる程その実力は、聞かされている。
「何にしても馬鹿な連中だ、あのヘレクス大将軍を倒して化け物の首をとれる訳がないだろうによ」
俺は、実感をもってそう口にする。
ヘレクス大将軍、あれは、正真正銘の英雄であり、それに敵う人間なんて居る訳が無かったのだ。
そのヘレクス大将軍を奸計を用いたとしても倒したソーバトの双鬼姫を敵に回すなんて考えただけで背筋が凍る。
「そんな連中ですから死体の買い手も多かった様です」
副団長が元の口調に戻ってそう口にする。
暗殺者の死体なんてと思うかもしれないが、それが名前が売れたそれならば違ってくる。
そいつにやられた奴等には、貴族や大商人も多い。
その家族にとっては、ただ殺しただけじゃすまない連中も居る。
そういった連中が死体を買い取って自分達の恨みをぶつけようとするのだ。
特に貴族の連中にすれば面子が係るから高額の商品に早変わりだ。
「恐れられた暗殺者共の死んだらただの商品って事かよ。世知辛いぜ」
俺がそう言いながらこの仕事の危険度を計る。
ここまで有名な連中の死体が揃って居るとなれば下手をすれば軍が出て来る可能性がある。
貴族の命令として非公式な任務としてだろうが、そうなれば軍とやりあう事になるが、俺達ならそんな非公式任務に就くような連中なら返り討ちいしてやれるだろう。
そうなると問題は、報酬だが、物が死体だ長期保存聞かない事からも早々に移動したいのだろう通常の護衛の倍になってる。
倍というと高額に思えるが軍との交戦の可能性を考えるとあまり美味しい依頼とも言えない。
「お前は、どう思う?」
副団長に話をふると副団長が肩をすくめる。
「うちが受けなれば軍の下っ端が受けるでしょう」
受ける必要は、無いと言う事だな。
「断っておけ。それにしても相手が大物だって事もあって有名どころが名前が並んでるな。これで『蟲毒』があったら裏社会がひっくり返るな」
俺が気楽にそう言うと副団長が左右をみてから小声で囁く。
「女郎蜘蛛の死体が軍によって既に運ばれたという噂があります」
「おいおい、あの女郎蜘蛛がかよ」
俺は、顔を引き攣らせる。
暗殺組織の中でも一、二を争う『蟲毒』、その女郎蜘蛛と言えば正体不明の女と聞いて居る。
一説には、少女の姿をしているとさえ言われているが名前を聞き始めてから十年近く経っている事から信用度が低い。
狡猾という言葉が最も似合った奴で、派手な暗殺は、無いが確実に目標をやる事で有名だ。
護衛の任務もしている傭兵にとっては、あまり聞きたくない名前として知れ渡っていた。
「お前がこんなに急ぐ理由も解った。そんな化け物共のが蠢く町に長いしたくないからな。こっちので交渉をすすめておけ」
俺は、額こそ安いが危険度の低い護衛依頼を渡す。
「明日中には、決めてきます」
副団長は、そういって早速動き出す。
「ソーバトの双鬼姫、帝国じゃ鬼や悪魔って呼ばれるそれがあの時何をしていたかっていえばな」
俺は、あの戦いを思い出す。
帝国の傭兵を使い、逃走と裏切りをされる状況、それすらも利用して領民を逃がし続けたその手腕と慈愛を思い出す。
「何にしろ、二度と関わり合いになる事は、無いだろうな」
そう俺は、楽観していた。
まさかこの瞬間に部下が何と酒を飲み交わしているとも知らずに。
『
1118/刃鳶淡(06/07)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
紺牙狼団団員 モロヘイ
』
「あそこで勝ってれば今頃娼館に居たんだがな」
俺は、博打で負けて残り少ない金で酒を飲んでいた。
俺の周りに居る連中は、懐の状況は、似たり寄ったりで娼館に行けずにいる連中だった。
「金もあっても行けないのも辛いんだぜ」
そう言ったのは、偶々隣に座っていたミハーエ王国兵士の男だった。
「金もあっても行けないって、コレに止められて居るのか?」
小指を立てて見せる同僚にそのミハーエ王国兵士が首を横に振る。
「もっと不味い。護衛の任務中に買ってたらその間に護衛対象が襲われてたんだよ」
爆笑する俺達。
「夜の町で誘われたってか? 運がないな!」
俺がそう言うとミハーエ王国兵士は、舌打ちする。
「そっちは、ちゃんと当番外れた時だ。本命は、昼間相手の罠にまんまと嵌ってだよ」
「二回もかよ!」
「相手の罠に嵌るなんてありえねえ!」
「本気で好きもんじゃねえか!」
同僚達が腹を抱えて笑っている。
そう出来るのもここでこう飲んでいるって事で護衛対象が無事だって事を理解しているからだ。
不満気な顔をしてミハーエ王国兵士が酒を呷っていう。
「『蟲毒』奴等。アジトが解ったら殴り込みに行ってやるんだがな」
一気に空気が固まった。
「お前の護衛対象、『蟲毒』に狙われたのかよ?」
俺が確認するとミハーエ王国兵士が大した事の無い様に言う。
「そうだ。確か女郎蜘蛛っておっさんだったな」
同僚達の顔から血の気が引くのが解る。
女郎蜘蛛って言えば、帝国傭兵にとっては、聞きたく名前の一つだ。
傭兵の仕事の一つにお偉いさんの護衛があるが、その女郎蜘蛛は、どんなに警護を固めようがそれをすり抜けて暗殺を成功させるって化け物の筈だ。
「お前の護衛対象って生きてるのか?」
俺が恐る恐る尋ねるとミハーエ王国兵士が当然って顔で言う。
「そうじゃなきゃこんな所で酒飲んでる訳ないだろう」
「そりゃそうだが、女郎蜘蛛相手に逃げ切るなんて相当運が良いな」
俺がそう口にするとミハーエ王国兵士が不思議そうな顔をする。
「何を言っているんだ、撃退したに決まってるだろう。取りあえず搾れるだけ情報をとってから息の根は、止めたがな。奴等の仲間が居るとしたら、丁度良いから襲ってきて貰いたいもんだ。俺と同僚の不満の解消に皆殺しにしてやるのによ」
こいつどんだけ物騒な事を言っているのか理解しているのか疑問に覚えているとそれを指摘する事が聞こえて来た。
「ヨッシオさん、そんな物騒な事を言わない。ただでさえ宿を三回も変えてるんだから次からは、野宿だからね」
その声の主は、一人の少女だった。
パッと見だが札を持って居る様には、見えない。
基本、札は、見える様につけるのが普通だ。
特にこんな酒場で自分の札を見せないって事は、よっぱらいに何をされても文句が言えないとされている。
そんな俺の思いをしってかしらずかその少女が頭を下げて来る。
「あちきは、この兵士さん達の下働きとして働かせて貰っているミハーエ王国からの密入国者のカレって言います」
犯罪告白されちまった。
それに対してミハーエ王国兵士が苦笑する。
「札無しって言うのは、止めてくれよ。幼女趣味の馬鹿が群がってくるからよ」
「幼女趣味ってあちきこれでも成人だよ」
カレの文句にミハーエ王国兵士は、肩をすくめる。
「よくて十五だろ? ちゃんと寝ないと背伸びないぞ」
「五月蠅いな。それより、ここの肉詰めが美味しいって聞いてきたんだから注文してよ」
カレの要求にミハーエ王国兵士は、気楽に答える。
「はいはい。姉ちゃん、肉詰めを三人前頼む」
「直ぐに!」
店の女給がそういって注文を伝えに行く中、カレも席に着いて聞いてきた。
「お兄さん達は、傭兵?」
俺は、頷く。
「そうだな。牙狼って言えばそこそこ名が売れた傭兵団だぜ」
「確か終戦魔法戦争にも参加していたよね?」
カレの言葉に同僚達の顔が暗くなる。
「おいおい、敗戦の時の事を言ってやるな」
ミハーエ王国兵士がそう注意するとカレが言う。
「でも、あの戦いに参加した傭兵の多くが盗賊落ちしてるのに傭兵を続けているって凄いと思うよ」
「まあな、うちは、元から名が売れてたからな。ただあの一件から軍からの仕事は、受けない事にしたがな」
俺がそう言うとミハーエ王国兵士が意外そうな顔をする。
「帝国の傭兵団にとっては、軍が一番のお得意様じゃねえか。それをどうしてだ?」
「さっきも言ったろ、終戦魔法戦争の時に軍の連中がソーバトの双鬼姫に雇われていた傭兵の裏切りを受け入れやがったんだ。傭兵として最低限の仁義、金で雇われた相手に刃を向けねえすら守れねえ奴等を雇う奴等に雇われちゃこっちも同じになっちまう」
俺の言葉にミハーエ王国兵士が頷く。
「俺も元傭兵だ。その気持ちは、解るさ。しかし正直苦しいだろう?」
手で金のマークを作るそいつに俺が頷く。
「まあな。それでも売っちゃならねえ誇りって奴があるんだよ」
それを聞いたカレが微笑む。
「良い覚悟だね。そういうのは、好きだよ」
「お嬢ちゃんに好かれてもな」
笑う同僚に対してカレが憤慨する。
「だからあちきは、成人してるって!」
「肉詰めお待たせしました」
女給が持って来たそれをカレが嬉しそうに食べるのを見る俺達は、和やかな空気になろうとしていた時、同僚の一人が呟く。
「そういえば嬢ちゃんの声、どっかで聞いた事あるな」
それをかわきりに他の同僚も言う。
「そういえば俺もだ」
「おいおい、そんな訳ないだろう。俺達がこんな子供と関わるなんてそうそうないぞ」
俺がそう言うとカレが半眼で睨んでくる。
「だから成人だっていってるよ!」
「すまんすまん」
そう謝罪する俺もその声には、聞き覚えがある気がして来た。
そんな中、副団長が店の奥に入って行こうとしていた。
「副団長は、奥でなんかあるのか?」
俺の疑問にカレが肉詰めを食べながら応える。
「多分、次の仕事の相手との交渉だよ。奥にさっき豪商が入って行ったもん」
「へーそんなのよく気付くな」
俺が感心するとミハーエ王国兵士が言う
「細かい事まで気付くんだよ。嫌になるほどにな」
そこには、言葉にしていない何かが含まれている様に思えた。
暫くして副団長が出て来て俺達を見て言う。
「酒を飲むのは、良いが程々にしておけよ。この町は、今は、危険だからな」
同僚の一人が聞き返す。
「危険って何かあるんですか?」
「ソーバトの双鬼姫が居たらしい。『蟲毒』に狙われて返り討ちにしたそうだ。他の暗殺組織の連中が三腕にやられたっていうのは、確かな情報だ。不用意に長居する訳には、行かないから直ぐに仕事を決めてこの町を出るぞ」
副団長の説明に俺達は、唾を飲み込む。
話しの内容もそうだが、そこに出て来た単語と傍にいるミハーエ王国兵士との会話に繋がりが見えたからだ。
「副団長、三腕の名前って知っていますか?」
俺が尋ねると副団長が応える。
「確か、鋭腕のムサッシ、速腕のコシッロ、剛腕のヨッシオだった筈だがそれがどうした?」
俺は、さっきカレがミハーエ王国兵士をなんて呼んだのかを思い出しながら札を確認する。
鳶色の札には、確かにヨッシオという名前が書かれてあった。
俺が顔を引き攣らせる中、同僚の一人が声をあげた。
「思い出した! 終戦魔法戦争の時に警告してきたソーバトの双鬼姫の声と同じなんだ!」
この時の俺達の気持ちを一言でいうなら、何で余計な事を思い出すんだよだった。
「いきなり何を言っているんだ?」
副団長の疑問にカレが応える。
「あちきの声が凄い偶然だけどその時に聞いた声に似てるって言いたいんだよ」
副団長の動きが少し止まった。
副団長は、声の主、カレを一度凝視してから傍に居たミハーエ王国兵士の札を確認する。
もう一度カレを凝視してから一言。
「私は、何も見てないし、聞いて居ない。お前達も変な勘違いする程に酔っぱらって居ないで早く寝るんだな」
「自己紹介しますとあちきは、ソーバトの双鬼姫を密かに護衛する為に来た三腕に拾われた密入国者のカレと言います」
カレの自己紹介を聞いてその正体に気付かない馬鹿は、居るとは、思えない。
「そ、そうか……、あの三腕に拾われたか……」
「副団長が困惑する姿なんて初めて見るぜ」
俺の言葉に同僚達が頷くが、ある意味当然なのかもしれない。
「傭兵のお兄さん達の話では、優秀な傭兵団だと聞いて、お名前が出せない主人から依頼があるのですが、話を聞いて貰えませんか?」
カレの問い掛けに俺は、内心で突っ込む。
名前を出せないって、ここまであからさまだったら言っている様なもんで、その主ってあんただろうと。
「うちは。そんな大した傭兵団では……」
副団長は、必死に断ろうとしてるが無駄な抵抗に終わるのであった。
『
1118/刃鳶淡(06/07)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
練札牙狼団長 オオカ=ミガール
』
依頼の事前交渉に行っていた筈の副団長がとんでもない奴を連れて帰って来た。
「あちきは、ソーバトの双鬼姫を密かに護衛する為に来た三腕に拾われた密入国者のカレと言います」
頭をさげたその娘の声は、あの戦いで何度も聞いたソーバトの双鬼姫のそれだった。
俺が睨むと副団長が仕方なかったんだって顔をしている。
「それでそのカレが牙狼傭兵団に何の用で?」
俺は、相手の嘘には、突っ込まず尋ねてみた。
「明かせぬ主からの依頼なのですが、少し保険的依頼をお願いに来ました」
あんな紹介で主が明かせないとか言っている本人がその主だろうと突っ込みたい要求を堪え尋ねる。
「保険的な依頼、つまりまだ起こって居ないという意味ですな?」
実は、こういう依頼は、傭兵団には、時たま来る。
まだ実際に戦闘になって居ないが戦闘になりそうな状況の場合、実際に戦闘になった時に備えて戦力を押さえて置くのだ。
大抵は、本契約程の金は、出ないが、傭兵団を留め置く程度の金は、支払われる。
自称カレは、頷く。
「我が主は、この町に本拠をもつ暗殺組織に狙われ返り討ちにしました。本来なら早々にこの町を離れるべきだったのですが、色々ありましてまだ滞在している状況です。今後更なる大規模な襲撃も想定されますが後数日程、離れられないので、もしもその間にそれが在った場合、牙狼傭兵団の皆様には、民間人の護衛をお願いしたいのです。戦闘が行われなくても大金貨十枚(一千万円)、戦闘になればその戦果に応じての支払いをお約束できます」
そういって実際に大金貨を差し出してきた。
「自分達の護衛は、宜しいのですか?」
俺がそう尋ねると自称カレは、隣に控える三腕の一人を見る。
「あちき達には、彼等が居ますから」
改めてそいつを見る。
噂半分に聞いて居たが、若いくせに間違いなく一流だ。
俺は、このいきなりの依頼を考える。
色々というのは、多分女郎蜘蛛絡み、軍に引き渡した事に伴う政治的やりとりの関係で滞在が伸びてるのだろう。
そうしている間に面子を潰された暗殺組織の連中がなりふり構わない襲撃の準備を進めているとしたら、周囲を巻き込む様な襲撃は、十分想定される。
そうなれば俺達がそれに巻き込まれる可能性は、高い。
こんな事ならここで遊ぼうなど考えず帰りの護衛も受けて置けば良かった。
「三日後には、次の依頼でこの町を離れますがそれまででしたら」
俺の言葉に自称カレの顔がほころぶ。
「それは、良かった。よろしくお願いします」
そのままお帰りなされる。
無論、団員に密かに尾行させる。
「宜しかったのですか? 暗殺組織がその面子を掛けた襲撃となればかなり危険が伴うかと?」
副団長の言葉に俺が肩をすくめる。
「本人の護衛だったら断わって居たさ。周囲への被害を防ぐっていうなら陽動程度だろう。第一、俺達が離れる前にそれがおこれば否応にも巻き込まれる。その戦いに金が付いたと考えた方が精神衛生上良いだろう」
渋い顔をする副団長。
「そうですが……、暗殺組織の襲撃準備が間に合わない事を祈りたいですな」
「全くだ。無駄な事をして周りに迷惑を出さないで貰いたいもんだ」
俺は、強く同意するのだった。
『
1118/刃鳶薄(06/08)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
紺牙狼団団員 モロヘイ
』
「何で俺達がこんな事を……」
同僚が愚痴る中、俺達は、日が昇ったばかりのカブッキの町の見回りをしていた。
その面子が昨日の酒場に居た連中の事を考えれば副団長の意趣返しなのだろう。
「愚痴るなよ。実際に戦闘になるとしたらその予兆を掴めるかどうかで生き残れるかどうかが決まるんだからよ」
俺の言葉に渋々と言う感じで同僚達も周囲を警戒する。
俺達は、夜の夜中に集められ、このカブッキが危険な状態である事を知らされた。
中には、直ぐにここを離れるべきだと主張した奴も居た。
それが正解だと俺も思ったが、そこに立ちはだかるのが金の話だ。
傭兵団として行動するには、金が要る。
いくら危険だからって仕事もその予定も入れずに傭兵団を動かせる程、懐は、あったかくないのだ。
逆に上手く行けば実際の戦闘無しでも収入があるとなれば傭兵団としては、この依頼を受けない理由が無かった。
そんな中、嫌な物を見つける。
壁の一部が焼け焦げた宿屋だ。
「おいここって……」
同僚の言葉を俺が続ける。
「自称カレが泊まっていた宿だよ」
焼け焦げた範囲は、小さい事から考えて襲撃は、失敗したのだろう。
もし成功してたらこんな静かな訳が無い。
「このまま襲撃がないっていうのは、無理そうだな」
俺の呟きに同僚達が皆、苦虫を噛んだ顔をする。
そのまま見回りを続けていると、おかしな物があった。
広場の傍に寝っ転がる少女達だ。
まあ、周りに浮浪者もいるからそれだけをみれば浮浪者の一部とも思えただろうが、その顔は、昨夜見た顔だった。
欠伸をしているヨッシオがこっちに気付く。
「おーこんな朝早くからご苦労さん」
「何でこんな所に居るんだよ!」
俺の突っ込みに目をこすりながら起きた自称カレが応える。
「また周りの迷惑を考えない暗殺者が来て挙句に陽動だって宿に火をつけたの。幸い、直ぐに鎮火させたけど、宿は、追い出されちゃったんだよ」
宿としては、いい迷惑だろうな。
「実際に何時までこの町に居るんだ?」
俺の問い掛けに自称カレが眠そうにしながら応える。
「明日中には、向こうから非公式の使者がくるからそれさえ終わればその日の内にも出る予定だよ」
「そうなると今夜が山場か」
俺のその予測は、的中する事になる。
『
1118/刃鳶薄(06/08)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
練札牙狼団長 オオカ=ミガール
』
宿の部屋で待機している俺の所に副団長がいままで集まって来た情報を報告に来た。
「ソーバトの双鬼姫は、明日には、この町を出る予定ですが、それは、暗殺組織側も承知している様です。通常より高い金額で人や物が集められています」
俺は、舌打ちをしてから言う。
「今夜の襲撃は、避けられないな。そんで規模は、どれくらいになりそうだ。こっちの出番が無ければ良いんだがな?」
副団長は、首を横に振る。
「正攻法というのもおかしいですが、普通の暗殺では、無理だと悟った連中は、隠蔽工作抜きで数で襲撃仕掛けるつもりで、間違いなく関係ない人間にも被害がでるでしょう」
俺は、頭を掻く。
「お偉いさん同士の殺し合いなら周りに被害が出ない様にやって貰いたいもんだ。まあ、仕事として受けた以上は、きっちり仕事して、稼がせて貰おうじゃないか! 団員全部に通達! 襲撃が始まったら遠慮するな! ソーバトの双鬼姫がらみだ軍からだって文句がでねえ! やられる前にやっちまえってな!」
俺の指示は、そうして団員たちに通達されるのであった。
『
1118/刃鳶薄(06/08)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
紺牙狼団団員 モロヘイ
』
俺は、自称カレが半ば買い取った町のはずれの潰れかけの宿が見える位置で待機していた。
「このまま来なければ楽で良いんだがな」
同僚の誰かの呟きに誰もが頷く。
「残念だが、そうそう楽は、させて貰えないみたいだぜ」
俺がそういって指す方向では、明らかに堅気で無い連中が問題の宿に向かって居た。
戦闘が始まる。
「俺達は、助けなくて良いのかよ?」
事実上の雇い主への襲撃に対して同僚が疑問を発するが俺が一言。
「あんな襲撃に巻き込まれたいか?」
同僚の誰一人として首を縦に振らなかった。
そして想定されていたが、住人に飛び火する。
近くの住人が襲撃に気付き、様子をみにきてしまったのだ。
「家で大人しくしてろよ!」
俺は、そう怒鳴りながら興奮から見境の無くなった襲撃者の前に出る。
振り下ろされた手入れもろくにされて居ない剣を盾で受けてからそいつの胸を貫く。
「ここは、危険だ! 直ぐに逃げろ!」
俺がそう叫ぶが、危険は、ここだけじゃなかった。
襲撃の増援だ。
同僚達も駆けつけ、その増援を蹴散らし、住民を護っていく。
そのままこの騒ぎは、拡大していくのであった。
『
1118/刃鳶平(06/09)
ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ
練札牙狼団長 オオカ=ミガール
』
襲撃が終った翌日、俺は、軍の施設に呼び出しをくらっていた。
「何度も言っているだろう。俺達は、依頼で住民を護っていただけだ」
俺の主張に町の警備隊長が睨んでくる。
「誰がそんな依頼をしたんだ!」
「さあな、身分は、明かせないお偉いさんの下働きがもってきた仕事だからな」
俺の答えに警備隊長が怒鳴る。
「ふざけるのは、止めろ! 俺だって名前を聞いた事ある傭兵団、牙狼がそんな訳の解らない依頼を受けるか!」
いきりたつそいつに俺は、同情する。
「そういってくれるな。俺だって普通ならこんな依頼を受けない。ただな、その依頼を持ってきた奴の横に三腕が居たんだよ」
三腕、その一言に警備隊長の顔が強張る。
帝国軍にとっても三腕が指す奴等は、他に居ない。
そして三腕が係っているって事は、その主であるソーバトの双鬼姫が裏に居るって事を暗喩していのだから。
「お前達は、ソーバトの双鬼姫の依頼を受けたって言うのか?」
緊張した面持ちで尋ねて来る警備隊長に対して俺は、はっきりと告げる。
「知らんよ。相手は、主は、明かせないって言ってたんだからな。間違ってもそれを追求するなんて馬鹿な事は、しなかったんだよ」
重苦しい沈黙の中、そいつの部下が何かを伝えた。
「確認がとれた。帰って良いぞ。ただし、間違っても今回の依頼にこれ以上深入りするな」
警備隊長の警告に俺が素直に頷く。
「勿論だ。とてもじゃないが一傭兵団で係れる相手じゃないからな」
俺が宿に戻ると自称カレが居た。
「今回は、本当にありがとうございました。そこの副団長さんから戦果を聞いて支払いは、済ませておきましたのでご確認ください」
俺が視線を送ると副団長が頷く。
「いえいえ、こちらも儲けさせて貰いました。また機会がありましたらその時は、よろしくお願いします」
社交辞令を口にすると自称カレが笑顔で応える。
「はい。そのときは、よろしくお願いします」
そう言い残して自称カレ、暗殺組織のなりふり構わぬ襲撃を無傷で撃退したソーバトの双鬼姫の一人、カーレー=ソーバトは、去って行った。
「本当に面倒な依頼だったな」
俺が安堵の息を吐くと副団長が言う。
「次の依頼ですが、今回の襲撃の影響で多少日程がずれるそうです」
「構わないさ。あんだけの襲撃をしたんだ、もう一度あんな真似をする余力なんてないさ。今回の報酬が入ったし、団員には、特別報酬を払って遊ばせてやれよ」
俺は、そう太っ腹なところを見せると副団長が言う。
「所で先ほどの言葉ですが……」
俺が手を大きく横に振りながら言う。
「単なる社交辞令に決まってるだろうが。二度とソーバトの双鬼姫絡みの依頼など受けるかよ」
そんな俺だが、この後、その社交辞令を口にした事を激しく後悔する事になるのだった。
終戦魔法戦争で出て来た傭兵団が主役の話でした。
まあ、一度カーレー達に目をつけられた以上、平和な生活は、無理でしょうね
次回、もう一回カブッキが舞台です




