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落ち目領地とハーフな双子  作者: 鈴神楽
七年目 節目帝国のフリーな双子編
503/553

503 殺せる者と殺せない者

注意、この話の中で双子が人を殺します

1118/刃桃薄(05/20)

ヌノー帝国の南東、ダーン城の離れの塔

桃札貴族嫡男 テレウス=ダーン


『弱いね!』

 そういって見降ろす小娘が居た。

「俺は、弱くねえ!」

 小娘は、大笑いする。

『何を言ってるの、一発で気絶したじゃない!』

 俺は、立ち上がれないままその言葉に拳を振るわせていた。

『そんなに弱いから将軍の座を弟に盗られるんだよ』

 呆れた顔をする同じ顔をした小娘が居た。

「盗られた訳じゃない! 大体トレウスは、将軍など務まるものか!」

 もう一人の小娘は、肩をすくめる。

『知ってるわよ、『NOBUNAGAの野望』は、一人では、何時も滅亡させられるからトレウス将軍にやってもらってたんだって』

「あんな遊具で何が解る!」

 俺の絶叫に一人目の小娘がズバリといってくる。

『アレで統一出来る事が将軍の必須条件じゃん』

「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い!」

 俺は、ただただ叫んだ。



 そして自分の叫び声で目が覚める。

「……寝ていたのか?」

 俺は、自分のベッドから起き上がる。

「またあの悪夢か……」

 窓の外を見ると夕日が沈もうとしている。

 別段、寝るつもりがあった訳じゃない。

 ただ何もする事も無かったからベッドに横になっていただけだった。

 毎晩の様に見る悪夢の所為で寝不足だった事もあり、俺は、寝ていたのだろう。

 どれだけ寝たのか解らないが眠気は、とれていない。

 暑苦しい寝汗だけが体に張り付いている。

「風呂の用意をしろ!」

 俺が命じると控えて居た女官達が隣室に設置された風呂の準備を始める。

 そう時間も掛からずに風呂の準備も終わり、女官達によって俺の体が洗われていた。

 ただそれだけだった。

 昔だったら、そのついで女官を抱いて居た事もあったが、とてもじゃないがそんな気分になれなかった。

 風呂を終えて部屋に戻ると食事の用意がされていた。

「またここでか?」

 俺の呟きに誰も応えない。

 部屋で独りで食事をする様になってからどれだけ経つだろう。

 騒がしいだけの妹達の声が懐かしく思えるなんて考えた事も無かった。

 父上の道楽で最高級の食材が使われたそれらだったが、今の俺には、美味しく感じられない。

 それでも空腹故か全てを食べ終えた時、一人の女官が入ってくる。

 父上の側近の一人、いや正確に言うならばこのダーン城を取り仕切る父上の左腕といった方が良いだろう。

 内政問題においては、素晴らしい働きをするとトレウスも言っていた。

 そんな女が手に持って居たそれを俺の前に置いた。

「今宵のケーキも最高の味ですのでテレウス様に存分に味わってもらいたくお運びしました」

 俺は、それを払い除ける。

「あの小娘共が係った物が食えるか!」

 だが、女官は、すぐさま新たなケーキを取り出して俺の前に置く。

「これを完食しろとの当主のご命令です」

「何故だ! こんな物を何故俺が食べなければいけない!」

 俺が感情のままに怒鳴ると女官が言う。

「バルロッサ、テレウス様が散々功績を挙げたあの地の砦がソーバトの双鬼姫によって護られました。その後処理にガイアス殿下が入った事により、色々とあったのです」

「そんなの俺に関係ないだろう!」

 俺の主張に女官が微笑む。

「テレウス様が駆除しきれなかった虫がソーバトの双鬼姫に気に入られたのが原因だと当主がお考えです」

「言い掛かりだ! あの小娘達は、そんなのが無くても問題を起こしてただろうが!」

 俺の反論に女官が表情を変えずに淡々と言う。

「そうかもしれません。しかし、当主のお考えがこのダーン城での真実です。確りとお食べ下さい」

 俺は、ケーキを睨みつける。

 ここで俺がこれを食べるのを拒否するのは、簡単だろう。

 だが、それに何の意味も無く、俺がケーキを食べるまでケーキは、出し続けられる。

 俺は、ケーキを鷲掴みにして口に押し込む。

「勿体ない。本日用意された牛乳は、特に優れた牛から搾ったものでしたのに」

 そう宣う女官を睨み、退室させた後、俺は、吐いた。

 折角食べた夕食と一緒に食べるしか無かったケーキを一欠けらも残らず吐き出した。

 口の中に広がる不快感に苛立つ中、俺が叫ぶ。

「女を呼べ!」

 悪夢を見てろくに眠れず、食事の度に出されるケーキに吐きだし、不満だけが堪り続けても外に出る事を禁じられた俺の唯一の自由がそれだった。

 子供を作れと自由に女だけは、抱けた。

 そして俺は、そんな女として若い奴を要求した。

 しかし、今日来たのは、ふざけているとしか思えなかった。

 まだ洗礼前にしか見えない小娘だったのだ。

 顔を引き攣らせる俺に対して小娘がはっきりと言う。

「あたしは、テレウス様がずっとお待ちしていた女ですよ」

 その一言に俺は、苛立ちを抑え監視の兵士を含む部屋の者達に告げる。

「これからやるから部屋を出ろ!」

 出ていく兵士や女官から俺の幼女趣味を蔑む視線が向けられたが関係ない。

「これで良いか?」

 俺が確認するが小娘は、暫く部屋を回りベッドの下に隠されていた木霊筒の集音部分に細工した後に話しかけて来た。

「こういうのもあるんですから気を付けて下さい」

「五月蠅い! それより、お前が本当にそうなんだな?」

 俺がそう追及するとその小娘が頷いた。

「はい。ソーバトの双鬼姫の暗殺を唯一行える『蟲毒』の者です」

 『蟲毒』、その名前は、将軍の時にチラヌスより聞いて居た。

 帝国屈指の暗殺組織だと。

 過去に何度も皇帝を暗殺しらしめたその能力は、高く。

 帝国貴族の中では、密かに利用され続けていたらしい。

 俺が自棄の様に女を取り換えて抱いて居たその一人から囁かれたのだ、もしもソーバトの双鬼姫の暗殺を求めるのでしたら若い女を要求しろと。

 俺は、半信半疑であったが、こうしてその名を口にした以上、本当なのだろう。

「本当にやれるのだろうな?」

 確認する俺に対して『蟲毒』の小娘が頷く。

「人を直接殺せぬ甘い小娘を殺せない訳がありません」

「その小娘に正規兵ですら負けたのだぞ?」

 俺の指摘に『蟲毒』の小娘は、微笑する。

「綺麗な戦い方でとれる首じゃないと言う事です。任せて下さい。あたし達は、もっとも醜く、卑怯で、外道な方法でその首をとってみせましょう。ただし、相手が終戦魔法アーラー戦争の英雄、お値段は、かなりの物になります」

 俺は、隠し持っていたそれを渡す。

 それを受け取って『蟲毒』の小娘は、驚く。

「これは、奇跡鋼。こんな小さい欠片でも大金貨数十枚(数千万)は、下らないですね」

「前金だ。成功したら俺が将軍時代に秘匿したこぶし大の二つ分のそれをくれてやる」

 俺がなぜそんな物を隠していたかと言えば簡単である。

 俺専用の誓約器を作る為だ。

 ジャンスって皇女が作れたのだ俺が誓約器を作れない訳がない。

 そしてそれを使ってソーバトの双鬼姫を倒して新たな大将軍になる予定だった。

 しかし、その予定は、叶う事は、無くなった以上、惜しむ必要は、無い。

「流石は、テレウス様。懐が大きい。吉報をお待ちください」

 そういって小娘は、木霊筒の細工を外してから退散していく。

「ソーバトの双鬼姫。お前達だけは、絶対に生かしておくものか!」

 俺の魂の叫びが部屋を木霊するのだった。



1118/刃練薄(06/02)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 コシッロ


「それでは、魔法具を買いに行ってきます!」

 鉄道の駅を出てすぐにミリオットがそういって駆け出していくのを見てヨッシオが言う。

「あいつ、一刻(四時間)前まで死ぬような顔をして報告書を作成してたってのに懲りてないのか?」

「一刻寝たら回復したんでしょう。だいだい、そのくらい馬鹿じゃなきゃ態々僕達が骨を折った意味がないよ」

 サーレー様が軽くそういう中、カーレー様が言う。

「まあ、その甲斐あって、ミリオットさんが買った魔法具とその報告書は、ターレーお姉ちゃん経由で送った中央で有効活用されて、好評なんだけどね」

「バーミンやカージヤが研究資料とするって買い取ってくれたからもう純利益が出てます」

 サーレー様が嬉しそうにする中、ムサッシが言う。

「何時まで同行させるのですか?」

「リースー王子に話を通してあるから、この町で護衛等が付く筈。そしたらそっちに任せる予定」

 カーレー様が平然と言っていますが、王族を普通に利用しているって事に驚きです。

「それでヨッシオさんは、どうする?」

 サーレー様の質問にヨッシオが問い返す。

「どうするってどういう意味だよ?」

「ここって鉱山が栄えていた時のフラッノで当てた鉱夫が遠征する程の色町なんだよ」

 カーレー様の補足にヨッシオは、軽い咳ばらいをするとムサッシの方を見る。

「すまんが今夜の警備は、任せて良いか?」

「すきにしろ」

 ムサッシが呆れた顔をする。

「色町ってどういう意味?」

 ウチが尋ねるとサーレー様が苦笑交じりに応えてくれる。

「娼館が多い町って事だよ」

「ヨッシオ!」

 ウチが睨むとヨッシオが反論してくる。

「男は、定期的に抜いておかないと色々と不味いんだよ!」

「そんなのムサッシは、関係ないよね?」

 ウチが視線を向けるとムサッシは、視線を逸らして居た。

「……うそ」

「はいはい、ヨッシオも言っていたけど男の生理現象なんだから突っ込まない。それよりも利用するって事だから注意点。ここは、周囲にバレたくない女遊びをしたい貴族が使っている程の場所でね。だからこんな田舎に鉄道が確り敷かれてるんだよ」

 カーレー様の説明にウチが不満の声をあげる。

「信じられません。莫大な予算が掛かる鉄道をそんな事の為に敷くなんて!」

「昔っから色に無駄遣いするのは、男の性だっていうし、そこんところは、置いておいて。こういう色町には、切っても切れない闇の部分が二つあるの。一つは、諜報、閨で極秘情報を漏らすなんて馬鹿がどれだけ居た事か」

 サーレー様がそういって見るとヨッシオは、苦虫を噛んだ顔をしながら答える。

「傭兵の時にそれで死にかけたから同じへマは、しないから安心しろ」

「どんな失敗?」

 カーレー様が興味津々って顔で聞くとヨッシオは、頭を掻きながら言う。

「絶対有利って感じの戦場でな、気を大きくして行った先の娼館でポロっと翌日の予定を口にしたら待ち伏せを食らって死にかけたんだよ。何とか撃退したが、その襲撃者の中に抱いた女が居やがったんだ」

「それでよくまた行く気になりますね?」

 ウチが白い目を向けるとヨッシオがそっぽを向く。

「まあ、気を付けるって事でだな」

 答えになって居ないヨッシオの答えを他所にサーレー様が言う。

「遊戯盤の遊びの雑談の最中にクソジジイが愛人にここの娼館を一つ買ってやったっていってた。ほぼ間違いなく帝国の諜報機関絡みになってる筈だから気を付けて」

 嫌そうな顔をするヨッシオをいい気味とみているウチに対してカーレー様が言う。

「こっからは、ムサッシさんやコシッロさんにも関係あるもう一つの方。さっきも言った通り貴族がお忍びでくる事が多いって状況から暗殺される事もあるんだよ。実際に表沙汰になってないけどここで死んだって馬鹿貴族が居るって記録があるね」

「本当に男ってしょうがないですね」

 ウチの愚痴にムサッシが言う。

「そこを文句いっても仕方ない。今は、そういった暗殺者への警戒を強める事だ」

「そうそう、ムサッシのいう通り」

 そう乗ってくるヨッシオさんにサーレー様が尋ねる。

「それって夜遊び止めて警護するって事?」

「それは……」

 答えに詰まるヨッシオをカーレー様が許す。

「人間、抜ける時に抜いておかないとね。そっちの話は、別にしてもムサッシさんもコシッロさんも警護だけじゃなく遊んでも良いよ。貴族が集まっているから色々と充実してるの。ミリオットさんを連れて来たのもそんな感じで魔法具が集まってるからだしね」

「暗殺の危険性が高い以上、少なくともこの町に居る間は、警護を優先します」

 ムサッシの言葉にウチも同意する。

「そうね。どっかの馬鹿とは、違うからね」

 ウチの嫌味にヨッシオは、知らん顔をするのだった。



1118/刃練薄平(06/02)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

蟲毒の女郎蜘蛛


「あたし達も幸運だよね。目標の方からカブッキに来てくれるのだから。仕込みの手間が省けて助かるわ」

 あたしの言葉に部下の子蜘蛛が報告してくる。

「別の組織の連中も狙っているそうですが妨害をしますか?」

 あたしは、微笑する。

「そんな無駄な事は、しなくても大丈夫よ。相手は、終戦魔法アーラー戦争の大英雄、蟲毒でも何度も狙って倒せずに居たヘレクス大将軍を排除した化け物。やれる訳が無いから」

「しかし、それならば我々も……」

 子蜘蛛が言葉を濁すのであたしは、言ってやる。

「その為の蜥蜴よ。あれならばあの化け物達をとれる。あれだけでも大丈夫でしょうけど、確実に仕留める為にさらに仕込みをするわよ」

 あたしは、そういって子蜘蛛達に指示をだすのだった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 ヨッシオ


「戻ったぞって、何で部屋が変わってるんだよ?」

 充実した夜を過ごした翌朝、俺が宿に戻ると最初にとっていた部屋から変わっていた。

「どっかの誰かが遊んでいる間に色々と大変だったからよ」

 潔癖症のコシッロの嫌味を無視して俺がムサッシを見る。

「それでどんな感じだった?」

「伊達に貴族相手の暗殺をしている連中では、無かった。負傷こそしなかったが、かなり苦戦させられた。カーレー様達は、今睡眠をとられている」

 ムサッシの説明に俺が頭を掻く。

「本当に無駄の事をしやがるな。まあいい、お前達も俺が見張っているから寝て良いぞ」

「そうさせて貰う」

 ムサッシがあっさり部屋に戻って良き、コシッロもカーレー様達の部屋の入口内側で毛布にくるまって仮眠を取り始める。

 宿の他の客が恐る恐る見て来るが、取り敢えず無視する。

「いい女だったから今夜も愉しみたかったんだがな」

 俺は、そう愚痴りながらも警護を続けるのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 ムサッシ


「まだ少し眠い」

 サーレー様がそう呟かれながら歩かれている。

「だからってずっと寝ているって言うのもつまらないからね」

 カーレー様が欠伸をしながら周囲を見て小声で言う。

「今、監視している奴等どっちだと思う?」

「殺気が薄いので諜報関連だと」

 拙者の答えにカーレー様が苦笑する。

「暗殺者が三つも重なったからね、ある程度は、落ち着くか」

「因みに何事にも相場って奴があってね。うちらの暗殺の相場っていくらだと思う?」

 サーレー様の問い掛けにコシッロが半眼になる。

「そんな物は、知りたくもないです」

 サーレー様が肩をすくませて言う。

「だいたい大金貨二十枚から三十枚(二、三千万円)って処。暗殺としての相場としては、そこそこだけどただいま沸騰中らしいね」

「昨日の連中の中には、大金貨百枚(一億円)だって言う奴も居たみたいだな」

 生き残りの暗殺者から情報を引き出していたヨッシオの言葉に拙者が言う。

「失敗続きですから当然です。例えそれが大金貨一千枚(十億円)だとしても成功しない以上、なんの価値もありません」

 カーレー様が頷く。

「それに嫌でも気付くだろうから、そのうち暴落するだろうね」

 そんな雑談をしていると脇道から剣呑な気配した。

 その直後に洗礼前と思われる少女が駆け込んで来た。

「た、助けて!」

 そう縋りついてくる少女をヨッシオが受け止めた。

「どうしたんだ?」

 実は、これは、親切心からでは、ない。

 カーレー様達に近づけさせない為の行為だ。

 その間に拙者が御二方の傍で何が来ても撃退出来る様にし、コシッロが何時でも斬り込めるようにしている。

「怖いオジサン達に追われてるの!」

 少女が恐怖に打ち震えた顔でそう口にした時、少女が出て来た脇道から数人のいかにもという男達が現れる。

「その娘を渡しな」

 怯える少女に苦笑しながらヨッシオが言う。

「こういう場合、はいって渡せないな。事情を説明しろよ」

「黙って渡せば良いんだよ!」

 乱暴に殴り掛かってくる男の拳をヨッシオがあっさり受け止め、そのまま握り締める。

「いてぇぇぇ! 放しやがれ!」

 必死に拳を開放しようともがくが、力差があり過ぎて何も出来ない。

 後ろの連中が短刀を抜いた所でカーレー様が前に出て来た。

「はいはい。ここで無駄に争って怪我してもそっちが損するだけだよ。それでこの娘さんは、買ったの? それとも……」

「買ったんだ! 文句あっか!」

 男の言葉にカーレー様が軽く後ろを見るとサーレー様が何か合図を出した。

「そう。だったらあちきが買い取るよ。拾いなよ」

 カーレー様が中金貨(一枚五十万円)をばら撒く。

 男達は、一瞬戸惑うがそれを拾って退散する。

「はい。これで助けた。これで家まで帰りな」

 カーレー様は、少女に小銀貨(一枚千円)の入った袋を渡した。

 少女は、困った顔をする。

「あたしの家、もうないの……」

「そう、だったら孤児院を探しなよ。それだけのお金あればそれまで暮らしていけるから」

 カーレー様は、そう突き放す。

「一人だと怖いの!」

 少女の訴えにコシッロが言う。

「せめて孤児院を見つけるまで世話をされては……」

 カーレー様は、少し考えてから言う。

「コシッロさんが責任もってね」

「はい!」

 コシッロがそう嬉しそうに受け入れ、少女を保護するのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

蟲毒の女郎蜘蛛


 予定と大分違ったが、どうにか連中の中に潜り込めた。

 これからだ。

 戦力を少しずつ削りってから蜥蜴を放つ。

 これでこの作戦は、成功する。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 コシッロ


「それじゃあ、まずお風呂で体を綺麗にしましょうね」

 ウチは、売られていた少女を宿の風呂に連れて行った。

 怯えた顔をする少女の服を脱がすが、体のあちこちに傷がある。

 そして頑なに自分の股間から両手を離さない。

 こんな胸の膨らみの兆候すらない少女にあの男達は、どんな事をしていたのかと思うと怒りしか感じない。

「大丈夫。きっと幸せになれる。だって貴女は、あの二人と巡り合えたんだから」

 ウチは、そう断言する。

 何せ揉め事の申し子だが、他人の不幸など簡単に粉砕するカーレー様とサーレー様の事だ、この子もきっと救って下さる筈。

 そう考えながら体を洗ってあげていると少女が声を掛けて来た。

「お姉ちゃん、あの刀のお兄ちゃんの事が好きなんだ?」

「な、何を言ってるの!」

 慌てるウチの態度に少女が笑う。

「隠しても駄目。態度を見てれば直ぐに解るんだから」

「そ、そんな事は……」

 視線を逸らして誤魔化そうとした時、少女がこっちを見る。

「自分を誤魔化したら駄目。自分の気持ちのもっと正直にならないと。あのお兄ちゃんも男の人なんだから、この町の人達と……」

「ムサッシに限ってそんな訳が……」

 否定しようとするがあの時のあの態度が脳裏を過る。

「早くしないと取られちゃう。急がないと……」

 少女の目を見ている内に不安がどんどん膨らんでいく。

「そう。急がないと、ムサッシが他の女に……」

 ウチは、立ち上がり、ムサッシが居る筈の部屋に向かって歩き出していた。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 ヨッシオ


 宿の食堂で酒を飲みながら俺は、ため息を吐いて居た。

「昨日あんな襲撃があったんだ、流石に今夜は、遊びにいけねえな」

「それは、残念」

 その声に驚き振り向くとそこには、昨日の女が居た。

「どうしてこんなところに?」

 俺の疑問に女がしな垂れかかって来た。

「営業よ。お兄さん金払いが良かったからね。今夜も来てもらおうかと思ったんだけど無理なんだ?」

 俺が苦笑して、兵士の格好を見せる。

「俺にも仕事って奴があってね。今夜は、警護があるんだよ。暇が出来たらまた行くからその時に相手してくれや」

「ふーん、それじゃあこれからってダメ? 昼間だったら大丈夫じゃないの?」

 女の言葉に俺が考える。

 確かにこんな真昼間から襲撃しかける馬鹿が居るとは、思えない。

 大体、今だったらムサッシの奴も傍に居る。

 少ししたらコシッロの奴も部屋に戻るだろうから少しくらいは、大丈夫だろう。

「近くに良い宿があるか? そこでだったら良いぜ」

 俺の言葉に女が頷く。

「こんな町よ。そんな宿は、幾らでもあるわ」

 俺は、女に案内されて直ぐ傍にあった連れ込み宿に移動する。

「この距離だったら騒ぎも聞こえるだろう」

「これから愉しむって言うのにお仕事の話?」

 少し不満そうな顔をする女に俺は、先払いの金を渡しながら言う。

「この支払の金を稼ぐ為のお仕事だ我慢してくれや」

 金を嬉しそうに受け取り女が言う。

「私のテクニックでそんな事を忘れさせてあげる」

 妖しく体を摺り寄せて来る女に俺がニヤリと笑う。

「期待させて貰うぜ」

 俺は、そういってベッドに押し倒すのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 ムサッシ


「さっきのやりとり、どこか不自然だった」

 拙者は、先ほどの一連のやりとりの違和感に悩んでいた。

「普段のカーレー様達なら孤児院まで連れて行き、その孤児院が問題ないまで確りと調べる筈だ。それを何故今回は、しなかった? あれでは、まるであの少女に何か問題がある様な……」

 カーレー様達が居る隣の部屋とその周囲の気配を探りながらそんな思案をしていると、ドアが開いた。

「コシッロか、あの少女だが何かおかしな……」

 足音でコシッロと判断して声を掛けたが、入って来たコシッロは、タオル一枚だけの姿だった。

「そんな格好で宿の中を歩いてきたのか!」

 思わず声をあげる拙者に対してコシッロが駆け寄ってくる。

「ウチの格好なんて関係ない。ムサッシ、誤魔化してたけど、貴方も女を買ってるの?」

「それは、無い!」

 拙者は、そう即答する。

 女性と金でどうこうする趣味は、無かった。

「でも他の女の人とそういう事をした事は、あるのよね?」

 そう虚ろな目で見て来るコシッロに拙者は、口籠る。

「それは、拙者も男だからな」

「だったらウチとも……」

 コシッロは、元から裸同然だったというのに纏っていたタオルをはだけ始めた。

「待て! お前は、おかしいぞ!」

「おかしくない! ウチは、前から!」

 そういって叫ぶコシッロに困惑する拙者だったが、僅かな殺気に体を捻った。

 頬を何かが掠っていった。

「こんな状態でも躱せるんだ。でも、それには、神経毒が仕込んであるの。暫くは、まともに動けないわ」

 入口の所にたつあの少女を拙者が睨みつける。

「貴様がコシッロに何かしたのだな!」

 少女は、妖しい笑みを浮かべて言う。

「あたしは、ただそのお姉ちゃんを正直にさせただけよ。それでは、ゆっくりと愉しんでね」

 そのまま少女は、カーレー様達の部屋に向かう。

「待て! 行かせないぞ!」

「行かないで!」

 コシッロがそういって拙者をベッドに押し倒す。

 毒の所為で力が出ない。

「コシッロ、正気に戻ってくれ! そうしないとカーレー様とサーレー様が……」

「他の女の事なんて言わないで!」

 コシッロは、そういってあまり膨らんで居ない胸を押し付けて来るのであった。

「ヨッシオ! 刺客だ!」

 拙者は、階下にいる筈のヨッシオにそう応援を呼ぶしか出来ないのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

蟲毒の女郎蜘蛛


 上手く行っている。

 これで残すは、ソーバトの双鬼姫だけ。

 それも宿の連中に仕込ませた眠り薬で眠っている筈だ。

 苦労して手に入れた蜥蜴を使わずとも済んでしまうかもしれない。

 そんな風に考えながらあたしは、部屋の扉を開ける。

 中をみるとベッドに二つの膨らみがある。

 確りと眠り薬が聞いて居る様だ。

 あたしは、かすり傷でも確実に殺せる毒を塗ったナイフを取り出す。

「案外と簡単な仕事だったな」

 そんな応えの無い筈のあたしの呟きに応える声があった。

「世の中そんなにうまく行かないんだよね」

 ドアの横から聞こえたその声にあたしは、すぐさま飛び退く。

 そこには、ソーバトの双鬼姫の一人、カーレー=ソーバトが居た。

「薬に気付いたか!」

 あたしの問い掛けにカーレーは、苦笑する。

「元から昨夜の騒ぎがあっても追い出さない宿屋で注文もされていないのに差し出されたお茶を飲む訳ないじゃん」

 しくじった。

 考えてみればあんな騒ぎを起こせば追い出すのが普通だ。

 折角こちらの息のかかった宿屋に泊まってるんだからと手間を惜しんだのが失敗した。

「何処からあたしを疑っていた?」

 あたしの問い掛けにベッドに寝ていたもう一人、サーレーが欠伸をしながら答えて来る。

「お金を受け取ってさっさと退散した所。結果として儲けが出ようとあの手の連中は、上の命令には、逆らえないの。強引にも商品を回収しようとするんだよ」

 貴族だっていうのにこっちの業界の事に詳しい連中だ。

 あたしは、持って居たナイフを床に捨てる。

「あたしの負けだ。死にたくないから匿って貰えないか?」

 あたしの要求に対してカーレーが笑う。

「それって何の冗談?」

 あたしは、首を横に振る。

「冗談なんかじゃない。噂に名高いソーバトの双鬼姫と正面からやりあって勝てるなんておもってない。元々あたしは、だまし討ち専門だからね。だからっていって止めれば上の連中に殺される。だから……」

 あたしの言葉の途中でサーレーが言う。

「その上があんたでしょ? 『蟲毒』の女郎蜘蛛さん」

 あたしの顔から表情が消える。

「どうしてその名を知っている?」

 カーレーが部屋の隅を指さす。

 そこには、子蜘蛛達が居た。

「あんたがコシッロさん達を排除しようと動いている間に近くに居たこいつらを捕まえて聞き出したよ」

 使えない連中だ。

 まあ良い。

 元から子蜘蛛は、ただの手下。

 本命は、これからなのだから。

「蜥蜴! あんたの宿願を叶える時だよ!」

 あたしの声にそいつが動き出す。

 子蜘蛛の一人に紛れた眼帯をした蜥蜴が震え、束縛していた縄を引き千切ってカーレーとサーレーに襲い掛かる。

 二人の反応は、早い。

 サーレーの手から放たれた小魔華百輪が蜥蜴の両足の腱を切り裂く。

 本来ならそこで終わりだろう。

 しかし、蜥蜴は、違う。

 そのまま、突進を続ける。

「大魔華双輪!」

 カーレーの声に反応したそれが手元にいく。

 そのままカーレーのそれは、蜥蜴の右手、右足を切り落とした。

 流石の蜥蜴も倒れた。

「あんたあいつに何をしたの!」

 サーレーは、そういって小魔華百輪を投げて来る。

 あたしは、それを避けながら言う。

「教えてやんないよ! 悩み、困惑しながら死にな!」

 斬りおとされた筈の手足が元に戻って蜥蜴は、襲撃を再開する。

 そんな激しい動作の中で蜥蜴の眼帯が外れる。

 そしてそこで光るそれを見てサーレーが怒鳴った。

魂喰眼タマシイクライマナコ、あんた北の戦場で使われたあれを回収したの!」

「流石というべきだね。そうだよ。そいつは、ヘレクス大将軍の崇拝者でね。あんたらを殺す為なら自分の命なんて要らないそうだよ。死ぬまであんたらを狙い続ける! 人殺しも出来ない甘い小娘には、どうしようもないだろうね」

 高笑いをあげるのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

ソーバトの双鬼姫、カーレー=ソーバト


「ヘレクス大将軍の仇、かたき、カタキ! 殺す、ころす、コロス!」

 蜥蜴と呼ばれたそれに残っていたもう一つの目にも正気の色は、無かった。

 そこにあるのは、あちき達への殺意のみだった。

「サーレー、魂喰眼って何?」

 あちきは、物凄い力で襲ってくる蜥蜴を相手しながら尋ねるとサーレーが説明してくれる。

「リースー王子が帝国からの譲られた奇跡鋼で作った誓約器の一つ。これには、一つのコンセプトがあって、最小の奇跡鋼と誓約で大きな力を発動させるって奴なんだけど、失敗した。一度使えば目的を達成するまで使用者は、力を増幅しつづけ、幾ら傷ついても回復してしまう。魂を消耗しきって死ぬまでね。確か、婚約関連のお義理で参戦した帝国の北の戦線で試験運用されて、その失敗が発覚。使用者は、敵の中心で絶命し、その誓約器の所在は、不明だった筈なんだけど……」

「どうやってかは、しらないけどこいつらの手に渡ったって事だね。蜥蜴って蜥蜴の尻尾切りっていみだった訳だ!」

 あちきが女郎蜘蛛を睨む。

「誤解しないで貰いたいね。そいつは、自分で望んだんだよ、あんた達を殺す為なら自分の命なんて要らないってね」

 女郎蜘蛛の言葉にあちきは、最大力で大魔華双輪を放って蜥蜴を大きく弾いた。

 常人なら死亡もののそれでもそいつは、平然としている。

「死ね、しね、シネ!」

 そいつの顔、魂喰眼にサーレーの小魔華百輪が命中するが、弾かれる。

「外して解除は、無理みたいだよ」

 サーレーのその一言にあちきは、覚悟を決めた。

 大魔華双輪を床に置き、そして日本刀を名呼びの箱から取り出し構える。

「壊れろ、こわれろ、コワレロ!」

 蜥蜴は、そういって特攻してくる。

 尋常じゃないスピードで、直撃を食らえば即死だろう拳が迫ってくる。

 だが理性も無いそれを避け、蜥蜴の心臓に日本刀を突き刺すのは、雑作も無い事だった。

 胸から日本刀を生やした蜥蜴は、それでもしばらくは、もがいて居たがそのまま絶命した。

「殺したのかい?」

 信じられないって顔をする女郎蜘蛛に対してあちきが語る。

「初めて人を殺したのは、九歳の頃。当時、駄目親父の放蕩でろくに住む家も無かったからお世話になっていた孤児院を食い物にしていたその土地の有力者が居てね。選挙にでるからって発覚を恐れてその孤児院を放火して皆殺しにしたんだよ。直前に駄目親父に回収されていて助かったあちき達は、復讐をした。まあ、その殆どが駄目親父が殺したけど、あちきは、親切にしてくれたお姉さんを散々弄んでいた男を殺したよ」

 その時の感触は、今でも覚えている。

 元から駄目親父から戦闘技術を習っていたからやろうと思えば出来ただろう。

 それでもどこかに殺しに躊躇があった。

 そしてやる前に駄目親父から言われた、全部俺がやっても良いんだと。

 それをあちきは、断った。

 人を殺すのを駄目親父だからって任せる訳には、行かない。

「僕は、その有力者に殺される理由をじっくり説明しながら首を切り裂いたよ」

 サーレーも告白する。

 あちきは、出口を塞ぐ。

「自分の受けた仕事の値段は、妥当だった?」

 あちきの問い掛けに女郎蜘蛛は、顔を引き攣らせるのだった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

蟲毒の女郎蜘蛛


 事前調査で戦争でも直接的に殺した事が無いって記録があったから殺人処女だとおもったが、経験者だったのかい。

 こちらの手の内を読む狡猾さも含めてあたしらしくないが、安くつけちまったみたいだ。

 それでも生き残らせる手段を最後まで探していた以上、簡単には、殺されないだろう。

「完全にお手上げだ。好きにしな」

 あたしは、両手をあげて降伏するとサーレーが近づいてくるといきなり口に指を突っ込んできた。

「取り敢えずは、奥歯に仕込んだ毒は、外させて貰ったよ」

 とことん抜け目がない連中だ。

 内心で舌打ちしている間にあたしは、拘束される。

「それで依頼主について喋るつもりある?」

 カーレーの質問にあたしが首を横に振る。

「職業倫理でね」

「暗殺者が職業倫理とは、世も末だね」

 呆れた感じでいったサーレーだが、それを口にすれば同業者からも命を狙われちまう。

 このまま役人に突き出されたって処刑される前に抜け出すなんて朝飯まえだ、そんな危険な橋は、渡れない。

 そんな中、サーレーが小さな黄色い何かを見せて来る。

「これね僕は、ぱっくまんって呼んでるんだけど、一言で言うなら治療用魔法具の失敗作、どうやって使うかっていうとね……」

 その粒があたしの体に触れると激痛と共にそれは、体内に入っていく。

「な、何をしやがる!」

 激痛でのたうち回るあたしにサーレーが説明する。

「治療だよ。それは、体内の治療用に作ったの。籠めた魔力を使って患部に向かって突き進み患部を喰らって治療する。その経路も回復魔法で治療していくので実害は、無い。残念な事に予想以上痛みが強くて実用性が無かったんだよ」

「当たり前だろ! こんなの治療であるもんか! 拷問じゃないかい! 早く取り出しなよ!」

 あたしが激痛に堪えながらもそう訴えるとサーレーが困ったって顔をしてくる。

「失敗作って言ったよね。一度体内に入ると殺しでもしないと取り出せないんだよ」

 サーレーがそういった後、微笑んで更に呟く。

「あんたが見た目通りだったら、直ぐに治療が終わってぱっくまんは、動かなくなるから安心して」

 こいつまさか子蜘蛛達すらしらないあたしの秘密にきづいているのか。

「こ、殺せ! こんな激痛を受け続けるぐらいなら死んだ方がましだ!」

 あたしの叫びにサーレーは、悲劇のヒロインの様に語る。

「そんな僕は、殺さなくても良い人間を殺すなんて酷い真似は、出来ません」

「この悪魔が!」

 体の更なる深部を喰らい続けられる激痛に失禁をしながらあたしは、罵倒した。

 カーレーが冷めた顔で言う。

「あちき達ね、真摯な思いを踏みにじる奴が心底嫌いなの。あそこで死んでる人の一途な思いを利用したあんたを許す気は、ないんだよ」

「喋る、全部話すから自殺させてくれ!」

 あたしがそう懇願し、激痛の中、全てを口にした後、自由になった手で自分の首を切り裂くのであった。



1118/刃練平(06/03)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

鳶札兵士 ヨッシオ


「僕、そのうちヨッシオさんが女で失敗して死んじゃわないか心配だよ」

 サーレー様が本気で心配そうな顔でこっちをみてくる。

「本気で反省している! 二度とこんなドジは、踏まないからこれいじょう言ってくれるな!」

 俺が騒ぎに気付いたのは、あの女と散々楽しんだ後だった。

 問題の宿は、防音設備が確りしてやがった所為で気付くのに遅れた。

 あの女自体は、金で雇われただけって事で役人に突き出して終わりにしてある。

「だから、あれは、その、全部あいつの術中にはまった所為で……」

 そんな俺の後ろで必死に言い訳をするコシッロ、詳しい話を聞かないのは、情けだろう。

 その言い訳相手であるムサッシも沈痛な表情をしている。

 まあ、神経毒を喰らって動けなかったが、俺達の中では、一番警戒していたんだから救いがあるだろう。

 そんな中、役人にも突き出せない二つの遺体が部屋にあった。

 一つは、誓約器を使っていた奴。

 既に誓約器は、取り外され、名呼ばれの箱を経由してターレー様の手元に届いて居る筈だが、その死体も研究材料になるとリースー王子の配下が取りにくる算段になっている。

 そしてもう一つ、蟲毒の女郎蜘蛛と呼ばれた奴の死体がある。

 こっちは、その立場と依頼主故にトレウス将軍の配下が引き取りくる予定になっている。

 その遺体を見て俺が舌打ちする。

「それにしてもこいつがおっさんだったなんてな」

 死ぬ前までの拷問モドキの所為で失禁したって事で脱がされていたそいつの股間には、竿がついていた。

 ただし玉は、無かった。

「自分でやったかやらされたかは、不明だけど睾丸を摘出して特殊な薬を飲む事で成長を抑え、少女の様な外見を維持していたんだよ」

 カーレー様の説明にムサッシが尋ねる。

「どうやって気付かれたのですか?」

「歩き方。体内に子宮を持つ女と男では、骨格から違うからね」

 サーレー様の説明に唖然としてしまう。

「でも何でこんな姿に?」

 自分の裸を見られていたコシッロが不満たっぷりにそう口にするとカーレーが解説する。

「性別の差で効く薬、毒、魔法に違いが出る。それを誤魔化せるとなると暗殺にかなり有利になる」

「当然、そんな無理をした状態の治療は、アレを使ってもそうそう終わらなかった筈だよ」

 サーレー様の説明でこいつがどうして自殺を選んだのかも理解出来る。

 それだけ無茶な事をしている自覚があったんだろう。

「何にしろ、この次の宿を探さないとな」

 俺は、そう口にする。

 蟲毒に協力した宿がそのまま営業できる訳もなく、これだけの騒動を起こした俺達を泊めてくれる宿があるかが当面の問題であった。



1118/刃練光(06/06)

ヌノー帝国の南東、ダーン城の離れの塔

桃札貴族嫡男 テレウス=ダーン


「兄上が雇ったコレは、失敗しました」

 トレウスがあの蟲毒の伝言役の死体を見せて来た。

 それは、全裸でその股間には、男の象徴があった。

「この様な紛い物を通すとは、配下の者達の再教育が必要ですな」

 トレウスの後ろで待機していたチラヌスがしみじみと言う。

「そんな物は、覚えてないな」

 惚ける俺に対してトレウスが苦笑する。

「死ぬ前に全部告白しているのですよ。兄上が隠匿した奇跡鋼と引き換えにソーバトの双鬼姫の暗殺を引き受けたと」

「出鱈目だろう。お前は、兄よりあの小娘共を信じるのか?」

 睨む俺に対してトレウスは、簡単に頷いた。

「はい。ソーバトの双鬼姫が嘘を言う必要は、ありませんから」

「なんだと!」

 怒鳴る俺に対して大きくため息を吐くトレウス。

「それにしても本当に困りました」

「あの小娘共との関係が悪くなったのがダーン家に問題だというのか!」

 俺の糾弾にトレウスが肩をすくめる。

「それもですが、ソーバトの双鬼姫からこの死体と引き換えに兄上を処分するなと釘をさされましてね。これ以上無駄な手間を掛けたくないのですがね」

「お前は、何を言っているんだ?」

 俺は、信じられなかった。

「何をってダーン家の汚点にしかならない兄上を処分せずに無害化させる良い手が無いかを悩んでいるのです」

「実の兄を殺すと言うのか?」

 否定を求めた俺の言葉にトレウスは、否定を返す。

「それが出来たら手間が省けるのですが……」

 その否定には、肉親へ対する心が一欠けらも含まれていない。

「取り敢えず奇跡鋼の隠し場所を教えてください」

 トレウスのふざけた要求に俺は、反発する。

「お前に教えるものか!」

「そうですか、素直に従って貰えればまだ改善の余地があったんですが、やれ」

 トレウスの指示に従って城の者達が俺を抑える。

「何をするつもりだ!」

 近づいてきたトレウスが淡々と言う。

「今回の唯一の収穫です。あれの死体から回収した魔法具の模造品です。その効果を兄上で試させて貰います」

 トレウスの手から俺の体につけられたそれは、俺の体内に入っていき激痛を生む。

「ガアァァァァァ!」

 信じられない激痛が体内から巻き起こる。

「元の奴ほどの小型化が出来ず激痛は、増しますが、回復魔法が有効ですので死ぬことは、ありません」

 トレウスは、実験動物を見る様に言った。

「頼むこれをとってくれ!」

 俺の悲鳴は、その夜から終わる事無く続く事になった。



1118/刃鳶淡(06/07)

ヌノー帝国の南東、快楽都市カブッキ

札無し下働き カレ


「これからも頑張らせて頂きます」

 ミリオットさんは、そういってリースー王子の手配した人達と鉄道車にのってさっていった。

「そういえばあいつって危険に巻き込まない為って隣の宿をとっていけど、結局こっちの騒動には、全く気付かないままだったな」

 ヨッシオさんの言葉にサレが突っ込む。

「誰かと違って、この色町で女絡みでお金を全く使わなかったからだと思うよ」

「頼むからそこを言うのは、止めてくれ!」

 懇願をするヨッシオさんをコシッロさんが味方する珍しい風景を見る事になるのであった。

女郎蜘蛛って名前自体がひっかけでした。

この双子の生死感って駄目親父の影響が大きく出ています。

それでも元の世界が元の世界だから出来るだけ殺さないというスタンスです。

次回、ゲストキャラの再登場です

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