005 衰退していく領地と懐かしき剣技
騎士団長による領地、ソーバトの現状の説明
私の名は、カーロー=スーハト。
代々、領主の家を護る騎士を輩出しているスーハトの人間だ。
物心がつく前から領主になるソーバト家の人間に仕え、護り抜く事を教えられてきた。
その生き方に間違いは、無かったと思う。
ただ、一つ、アーラー様の事を除けば。
アーラー=ソーバト様、私と年を同じとする前領主の次男であり、学院時代、共に切磋琢磨したよきライバルでもあった。
アーラー様は、文武に優れ、学院の成績も他の領主の候補生が居る中、トップを走っていた。
成人なされた後も多くの戦いに赴き、多大な戦果をあげた。
正に領主になるに相応しい器をもっておられた御方だった。
ただ一つ、魔力が無いという事を除けば。
他の国ならば、きっとその欠点があったとしても誰もが認める領主になる事も可能だっただろう。
しかし、我が国、魔法王国ミハーエにおいては、それは、致命的な欠点でしか無かったのだ。
それ故に領主候補から除外され、我が領土の貴族さえ蔑む事があられた。
そんな中で起こった失踪。
多くのものが疑問に思うことすら無かった。
逆によくその時まで自殺せずに居られた物だと口にする貴族すら居た。
だが、私は、声を大にして訴えたかった。
アーラー様が自殺する訳など無い。
その様な事をなさる御方では、無かったのだ。
考えを同じする者は、少なく。
当初大規模に行われていた捜索も数年で縮小され、今では、お義理程度の捜索命令のみが残った状態である。
それでも、アーラー様の奥方、マーネー様は、未だに捜索を続けていた。
その強い魔力と才能によって得た多大な金額の大半をその捜索に投資続けているのだ。
周囲の人間は、浪費と陰口を叩くが私には、それを止める事も助ける事も出来なかった。
心情的には、マーネー様と同じだが、それを助長するだけの余力がソーバトには、無かった。
敵国の侵攻を防いで領地を得た初代からの伝統で戦いに特化した我が領土は、ミハーエの主力である魔法研究においては、後進である。
常に我が王国を狙うヌノー帝国との戦争の戦果をもって、中位の地位を維持しているが、ここ数年、ヌノー帝国の侵攻が沈静化している。
その為、目に見える成果がない我が領土の国内での地位は、ゆっくりとだが、確実に落ちている。
現在のソーバトは、他の領土に行われる侵略に対する援軍を主な領土の成果とする、不安定な状況を続けている。
そうだといってヌノー帝国に対する戦力維持を行わぬ訳には、行かないので、軍事費を削ることは、出来ない為、新たな魔法研究に予算を回すことすらままならぬ状態である。
数年前に代替わりをして、新領主と成られたアーラー様の兄上、ウーラー様や国内の無駄を整理し新しい収入源を模索する弟様のイーラー様は、この現状を改善しようと様々な取り組みが行われているがその成果の実りは、まだまだ遠かった。
ソーバトの騎士団長を勤める私もそんな御二方をお助けしていくので精一杯なのだ。
失踪したアーラー様を探索への助力などとても出来ない。
ただ、それを行うマーネー様への風当たりを和らげる事が私に出来る全てであった。
私は、天を仰ぐ。
「この様なつまらないことを考えてしまうのもこの資料の為だろうな」
目の前に広がる武闘大会に関する資料とその出費の一覧。
兵士の補充を主目的とする武闘大会は、我が領土にとって重要な物である。
しかしながらその出費も無視できる物では、無かった。
イーラー様からは、回数の減少を提案されたが、ウーラー様が伝統故に変えられぬと強行する事になった。
領主であるウーラー様の決定があろうと予算不足は、どうしよもなく、数年前からイーラー様の提案で参加費の徴収が行われる様になった。
金額その物は、大した事がないが、それに伴って参加人数も減少し、掛かる費用が大幅に削減できた。
しかしながら、減少した人間の中には、有益な人間もいただろうと考えると全面的に賛成できる案とは、いえなかった。
複雑な思いのまま私が書類整理を続けていると側近の者が声を掛けて来た。
「カーロー様、オーラー様が武闘大会の天覧に向かわれます」
「解った。今回は、私も同行する」
私は、書類に区切りをつけてウーラー様の長子にて次期領主候補筆頭のオーラー様が来られる城門に向かった。
城門にて暫く待つとオーラー様とその護衛騎士でもある我が家の長男、コーローがやってくる。
「カーロー、待たせたな。直ぐに出発するぞ」
「仰せのままに」
頭を下げる私の横を馬で駆けるオーラー様。
それに追随するコーロー。
私も馬を走らせて武闘大会の会場に向かった。
会場に着き、天覧室に入ろうとするオーラー様を制するコーロー。
「暫くお待ちください」
先に中に入り、危険がない事を確認した後、道を明けるコーロー。
領地の中、それも多くの騎士や兵士が詰め寄る武闘大会、不審者が居る筈がないのだが、我が息子ながら律儀な性格をしている。
親の欲目かもしれぬがまだ二十を越したばかりだというのに立派な騎士ぶりだ。
きっとオーラー様を支える立派な騎士団長になれる事だろう。
数少ない明るい兆しを見ながら私も天覧室に入った。
武闘大会は、基本、二部門に分かれる。
魔法を使用する者の部門と使用しない者の部門。
どちらも成績優秀者は、高待遇の仕官を行っている。
しかしながら、毎回の事だといえ、魔法使用の部門のレベルの低さには、目を覆う物がある。
使われる魔法の殆どが低級の物で実戦で真に有益な物は、皆無なのだ。
「これでは、魔法を使わぬとも同じでは、ないか」
憤慨するオーラー様の言葉に私がフォローする。
「魔法の素質が解ります。雇い入れた後の育成しだいでは、有益な魔法兵士となる事でしょう」
「育成しだいか……。我が領土の一番の問題だな」
オーラー様がため息を疲れるのも解る。
全体的に魔力が低い我が領地では、後進を育成するレベルの魔法の使い手が決定的に不足しているのだ。
その為、誰もが使える、単純な戦闘魔法のみの指導が主だった育成になっているのが現状なのだ。
「オーラー様、あの者の剣は、素晴らしい物があります」
コーローが指す剣士に私とオーラー様の視線が注がれる。
魔法を使用しない者の部門の者であったがコーローの言うだけの剣の技量があった。
他の参加者とは、一線をひく実力。
即戦力ともなりえる有力株だ。
この様な者が得られるからこそ武闘大会は、必要なのであろう。
「確かに、あのものは、きっとソーバトのよき力になる事だろう」
オーラー様も満足そうに頷く中、もう一人の決勝選手を決める戦いが始まる。
一人は、槍の使い手で先ほどの者ほどでは、ないが、少し鍛えれば十分に戦力になる逸材だった。
問題は、その相手であった。
「なんだあの娘は?」
オーラー様が眉をしかめるのも仕方ない事だった。
準決勝に出てきたもう一人は、なんとまだ洗礼前だと思われる少女だったのだ。
それも手にした武器は、鉄鞭だ。
この様な対面式の対決の場合には、あまり用いられない武器でもあり、戦争でも有益とは、言い辛いものだった。
槍の使い手は、鋭い突きを連続させるのに対して娘の方は、避けるのが精一杯のようだった。
「よくも此処まで勝ち残ったものだ。しかし、ここまでだな」
オーラー様がそう口にした時、鉄鞭が槍使いを死角から襲い掛かる。
慌てて払いのける槍使いに少女は、詰め寄った。
「近すぎる、あれでは、鉄鞭では、十分な威力は、出せませぬ」
コーローの指摘通りだ。
「鉄鞭だったらな」
私がそう口をした時、審判が少女の勝利を宣言した。
「何が起こったのだ!」
オーラー様が思わず立ち上がり、コーローも目を見開く。
「接近と同時に鉄鞭の鎖を手に巻きつけ、手甲として打撃の威力を強め、胸の木版を撃ち抜いたのです」
私の説明にコーローが振り返ってくる。
「その様な使い方など聞いた事は、ありません」
「そうだろう。鉄鞭を手に巻くと口にするのは、簡単だが、高速で動いていた鎖を自分の手に巻きつけるのだ、多大なリスクが伴う。これを実戦で行った者など私は、一人しか知らない」
私の言葉にオーラー様が息を呑む。
「もしやあの叔父上なのか?」
失踪したアーラー様の名前を口にする事が出来ず、ただ私が頷いた。
椅子に座りオーラー様が口にする。
「それなりの実力があるようだが、それでも先ほどの男の方が上だな」
「その様に思われます」
私もその意見には、反論は、無かった。
しかし、少女の戦いぶりをみているとアーラー様の髣髴させられた。
そして決勝が始まる。
決勝の場にまずは、先ほどの男、ムサッシが現れ、その後、刀を抜いた少女、カレが出てきた。
「鉄鞭を使わぬのか?」
オーラー様が怪訝そうな顔をするが、私は、漠然とだがこの展開を予測していた。
「オーラー様、決勝開始前にお言葉を」
コーローの言葉にオーラー様が席を立ち観衆から見える位置に進みお言葉を発する。
「よくぞ此処まで戦った。その戦いぶりは、刃の神の祝福があろう。これより行われる戦いも全力をもってあたるが良い」
ムサッシとカレが頭を下げてから向き合う。
開始の合図と共に動いたのは、ムサッシだった。
今までと同じ胸の木版を狙った鋭い剣筋。
しかしカレの刀は、それを上手く逸らした。
勢いを逸らしたカレの刀は、そのままムサッシに迫る。
ムサッシは、その場に踏み込み、強引に剣を戻してそれを受ける。
「あの娘、刀も使えるのか?」
コーローの驚きの言葉に対して私は、淡々と告げる。
「私には、鉄鞭より熟練されている様に思えるがな」
私の言葉の正しさを示すようにムサッシとカレの剣戟は、続く。
今までのレベルとは、数段違う高いレベルでのやりとりだった。
「どちらが有利なのだ!」
真剣にその戦いを見ながら問いかけてくるオーラー様に私が答える。
「スピードや小技では、カレと呼ばれる少女がやや勝りますが、総合的な腕前では、やはりムサッシの方が上でしょう」
男女、年齢の差、修行期間、どれをとってもムサッシの方が有利なのだからこの差は、仕方ない事だろう。
「しかし、戦いは、最後の瞬間まで解りません」
私は、何度も見た、実力でまさる相手、魔法を持ち絶対的に有利な相手に打ち勝つアーラー様のその勇士を。
戦いが進み、カレの呼吸が荒くなる、そろそろ限界なのだろう。
大きく間合いを開いた所でカレが片手で刀を開き、半身になってムサッシを凝視した。
ムサッシの動きも止まった。
「何が起ころうとしているのだ?」
「最後の勝負を掛けたのだと思われます」
コーローの言うとおり、カレは、残った力の全てを次の一撃に掛けるのであろう。
緊張の中、長く感じられた一瞬が終わり、ムサッシが一気に踏み出す。
私達が凝視する中、それが行われた。
沈黙が広がる中、カレの胸の木版の一部が欠けて地面に落ちていった。
「後の先、あの娘は、気迫で相手の攻撃を誘い、先手を打たせた上で先に攻撃を決める作戦にでたのでしょうが、ムサッシは、それを察知し、先の先、相手の攻撃よりも早い攻撃で一撃を決めたのでしょう」
「うむ、敗れたとは、いえあの少女も見事であったな」
大様に頷くオーラー様。
審判もコーローと同じ判断をしたのだろう、少女の攻撃は、届かなかったと。
一部でも木版への攻撃が決まった以上、勝負は、決まりと判断して試合の終わりを告げる。
「勝者、ムサッシ」
「待て!」
しかし、ムサッシが叫んだ。
会場がざわめくなか、ムサッシが自らの剣を凝視したまま告げる。
「負けたのは、拙者だ」
会場全体が困惑する中、ゆっくりとムサッシの剣が半ばから斬り落ちていく。
オーラー様だけでなくコーローも言葉も出ない程に驚く中、私が口にする。
「後の後の先。通常の後の先というのは、普通の剣の動きの高速化だが、今、少女が見せたのは、全身の筋肉と気を絞り上げた最短の剣筋。それを向かってくる相手の剣に向ける事で、本来では、絶対に間に合わないタイミングでの必勝の暫撃を可能にする」
「その様な技が有り得るのですか?」
信じられないという顔をするコーローに対して私が告げる。
「努力し続けた天才のみが実現可能な神業だ」
会場全体に怒号の様な歓声が上がる中、私は、問題の少女、カレに言い表せない感覚を覚えるのであった。
ようやく、タイトルである落ち目の領地の説明が出来ました。
そんな感じでソーバトは、かなり零落しています。
後半は、武闘大会の決勝の様子を当人でなく、観客視線でお送りしました。
熱くやりましたが、この後は、暫く戦闘シーンは、ありません。
次回は、優勝した事で開けるマーネーとの対面の道に関する話です