043 欲に塗れた糾弾と覚悟を籠めた声明
断罪の会合
「ウーラー様、紅茶が入っております」
先代からの領主の側近、ウールーが暖かい紅茶を差し出す。
それを口をつけて私は、目の前にあるリストを見る。
そこに書かれた名前は、どれもソーバトの中でも有力な貴族の物である。
最悪、この後の展開しだいでは、その全員を排除する事になる。
間違いなく、大きな波紋を生むだろう。
しかし、それが必要な事だという事は、領主の地位に着いて、最初に気付いていた事だ。
武に拘った先代、父上が優遇していた者達。
多くの者が戦場に立ち、何かしらの戦功を上げた者達。
ヌノー帝国の侵攻を阻んだ功労者である事は、十分に理解していた。
だからというってその者達が現在この領地で享受している栄華は、とても妥当な物では、ないのだ。
「ウールーよ、これから私が下そうとする声明を聞けば父上は、さぞ憤慨しただろうな?」
ウールーは、否定も肯定もせずに全く異なる事を口にした。
「先代様は、ウーラー様を自分を超える領主となると常々申しておりました。その言葉を違えぬ事こそ、先代様に報いる事だとぞんじます」
「すまない。領主たる者、臣下に気弱な所を見せるものでは、ないな」
自嘲する私にウールーが紅茶を継ぎ足す。
「私は、常に領主様の手足です。その手足に余計な気を払う必要は、ございません」
ウールーが慌てた所など、私は、一度しか見たことが無い。
アーラーに魔力が無いと判明した時、憤慨し、そのまま処刑を口にしようとした父上を止めた時のみだった。
激昂しやすい父上をそうやってフォローし続けただろうウールーこそがソーバトの一番の功労者なのかもしれない。
イーラーのサインが入った書類の承認を行い時間が過ぎ、決断の時が来た。
着替えの最終確認を行ったウールーが断言する。
「今までで一番の立派なお顔をして居ります」
「そうか、ならば行こう」
私は、部屋を出て、領地の貴族達が待つ大広間に向かった。
大広間に着き、一段高い位置にある領主の椅子に私が腰を掛ける。
全員の視線が私に向けられる。
何度体験しても慣れぬ。
出来る事なら今すぐ立ち上がって逃げ帰りたいが、そんな思いは、一切見せる訳には、いかない。
鷹揚の態度で告げる。
「金の神と我、ソーバト領主、ウーラーの名の下、開会を宣言する」
この会合の表向きのお題目は、桜の旬の洗礼に関する確認事項と成っている。
お題目通り、洗礼に関する通達が行われる。
定例の会合であり、本来なら自分の子息が洗礼に当たらない者には、緊張しない物の筈であった。
しかし、大広間は、何時に無く緊張した空気が流れていた。
特に緊張しているのは、このソーバトをより良くしていこうと私を支えてくれている現領主派の貴族達であった。
その表情からは、不安の色が垣間見える。
その反対にこの会合でも大多数である前領主派の貴族達は、今か今かと期待の眼差しであった。
そんな両者を様子を反領主派の貴族が窺っている。
一通りの報告が終わった後、前領主派の中でも古株、代々重鎮ともよべる一族の貴族が私の前に出る。
「領主、ウーラー様、このワールー=モートン、ご報告したき事がございます」
「申してみろ」
私が許可をだすとワールーは、一瞬、ニヤリとした笑みを浮かべてから、畏まった表情で報告を開始する。
「アーラー様の御息女であられる、カーレー様とサーレー様についてでございます。この御二方が、ワーの間者でありました。証拠は、ここにございます」
そういって幾つかの証言の記録を公開する。
大広間に緊張が広がり、ワールーと同派閥の貴族が勝利を確信した表情を浮かべていた。
そして残念そうな顔を作りながらワールーが進言してくる。
「例え他国の間者であろうと、偉大なる領主の血を引かれる御二方に、重罰を課すのは、我々も心苦しく思います。ここは、この事実をここだけの事にし、領地の中でも静かな場所で余生を送って頂くことが最良だと考えます」
様は、カーレーとサーレーの間者の嫌疑は、黙っているから幽閉しろと言っているのだな。
無論、忠義心等では、無いのは、解っている。
これを形に更なる利益を享受しようとしているのだ。
本当になんて底が浅い者達だろうか。
そんな甘い計略がイーラーが見逃す訳など無いだろう事にも気付いていないのだから。
私は、大広間を今一度見回す。
勝ち誇り、これから与えられるだろう利益に笑みを隠し切れていない前領主派の貴族。
改革の波が砕かれる事に沈痛な面持ちの現領主派の貴族。
更なる追求をしたいが、それだけの力が無い事に苛立つ反領主派の貴族。
それら全てが予定通りなのだ。
私は、少し思案したような間をとってから前領主派の貴族に確認を行う。
「御主達は、本当にそれで良いのだな?」
代表するようにワールーが応える。
「当然です。全ては、ソーバトの領主一族の為です」
この時、現領主派の貴族の一人が口にする。
「私は、反対です。例え領主の一族であろうとソーバトに害を成した者には、それ相応の罰が与えられるべきだと考えます。その為にもより詳細な調査をお許し下さい」
「何を言っている! 貴様は、領主一族に反意を示すのか!」
ワールーの高圧的な言葉にその貴族は、毅然と答える。
「そうなるかもしれません。しかし、我々は、領主一族に仕える前に、魔法王国ミハーエ、ソーバトの貴族、優先されるのは、ミハーエであり、ソーバト、この領地の筈です!」
「話にもならない。貴殿の様な者達が領主一族の足を引っ張りソーバトの地位を貶めるのだ!」
ワールーがそう断じてそれ以上の意見を聞こうとしなかった。
私は、反領主派の貴族に視線を向けた。
「貴殿等、どう考える?」
意見を求められると考えていなかっただろうが、その中でも若い貴族が声を上げる。
「私は、先ほどの意見に賛成です。ミハーエ、ソーバトの利益を損なう存在には、確りとした処罰が必要だと」
「その言葉には、私も賛成だ。このソーバトの利益を損なう者には、確りとした処罰を与えるつもりだ」
私の宣言にワールーが驚いた顔をする。
「本当に宜しいのですか?」
「当然だ。領主たるもの、その者が血縁だと、多大な功労を上げただろうとその処罰に手心を加えるつもりは、ない」
私の言葉に前領主派の貴族に動揺が走るが、ワールーは、直ぐに気を取り直して応えて来る。
「流石は、ウーラー様です。素晴らしき決断、感服しました。私達は、その決断に従いましょう」
従順さをアピールするワールーと前領主派の貴族に私は、確認する。
「その言葉に、嘘偽りは、無いな?」
「無論、どの様な決断であろうと領主の判断に口を挟むつもりは、ありません」
そうワールーが断言し、前領主派の貴族達が追随する。
現領主派の貴族も調査が行われる方向性に納得したように同意する。
最後に残った反領主派の貴族達も圧倒多数の数の前に同意をするしかない状況に流された。
そして私が声明を上げる。
「皆の者の同意の下、我は、告げる。この度の誤報に乗じて領主一族の排除を行おうとした貴族を断罪する」
空気が一気に変わった。
「お待ち下さい! 誤報とは、どういう意味でしょうか! カーレー様やサーレー様が間者である証拠は、ここにあります」
そういって差し出された証言の束を見て私は、問い質す。
「その証言にあるワーとは、どこにある国の事だ?」
ワールーが戸惑う。
「それは、カーレー様とサーレー様がお生まれになった国なのでは?」
「私は、場所を聞いているのだ。 当事者であるカーレーやサーレーですら、魔法で移動した為、詳細な場所は、知らないのだぞ。その証言をした者達は、どうやって二人がそのワーに情報を流したり、ワーに有益な行動をとったかを確認したかを聞いているのだ」
私の問い掛けにワールーは、手に持った証言の束を震わせて居た。
「そ、それは、知りませんが確かにその者達がワーと繋がりがあったと証言していました」
最後のチャンスを与える為に私は、口にする。
「嘘偽り無く答えろ。確かにその者達の方からワーの者達と繋がりがあったと言ったのだな?」
「はい、確かにそう答えておりました!」
ワールーがそう断言した所で私が合図を出す。
そして現れた男を見てワールーの顔色が一気に変わる。
「おかしな誤報が出ていたのでその確認の為に私が情報収集の為に放った配下の者だ。この者は、この誤報の出所を探らせて居た為、具体的な国名等、自分から口にしない様に指示を出していたのだ間違ってもカーレーとサーレーとワーの者と繋がっていると言う訳がない」
大広間にざわめきが起こる。
「根も葉も無い噂、それに乗じてソーバトを混乱させようとする者、それこそが私が裁くべきソーバトの利益を損なう者だ!」
私の断言にワールーが顔を引きつらせながらも抗弁する。
「お待ち下さい。我々は、その様なつもりなど全くございませんでした。ただただ、ソーバトの事を考えての行動なのです!」
私は、念書の一枚、ワールーが書いたそれを見せる。
「カーレーとサーレーの排除とそれに関わった貴族を排除した後の利益の配分に関する念書まで書いておいてまだ抗弁するのか?」
ここに至り、ワールーは、私の傍で澄ました顔をしていたイーラーを睨む。
「全て貴殿の策略か!」
イーラーは、淡々と告げる。
「全ては、より良いソーバトの未来の為でございます」
睨み殺さんばかりの目をするワールーに私が告げる。
「念書を書いた貴族全てに謹慎を申し付ける。処罰の詳細は、追って伝えるが、より良いソーバトを願わん者は、自らを罰し、その子息に正しき道を明け渡すのだな」
「我は、戦場で戦い、ヌノーの下郎を蹴散らした功労者だぞ! 貴様の様な若造に罰せられる謂れは、ないわ!」
腰に下げた剣を抜くワールーに騎士団長のカーローが前に出ようとするが、私が制して前に出る。
「ソーバトの領主たる者、武で劣ると思わないで貰おう」
剣を構える私にワールーが切りかかってくる。
「ろくに戦場を知らぬ若造に負けるものか!」
衰えたといえ、戦場で振るわれた剣、一応の鋭さがあったのだろう。
しかし、私は、その一太刀を叩き落とし、その首筋に剣を押し当てる。
「ソーバトは、汝の功労を軽視していない。それに免じ、この場で首を刎ねぬ。だが同時に明日のソーバトの障害になるのであれば、例え何者であろうと私がこの剣を振るうのを躊躇わない事をしれ」
こうして、大断罪劇は、終わった。
執務室に戻った私のところにイーラーがやってくる。
「お見事な捌きでした」
「全ては、お前の筋書きだろうが」
私の言葉にイーラーは、首を横に振る。
「例えどんなに上手く出来た台本でも、それを演じる者が三流では、喜劇にもなりません。ウーラー兄上は、間違いなく最良の事を成されました」
「世辞は、良い。それより、今回の件でどれだけの影響が出る?」
私の問い掛けにイーラーが答える。
「幾つかの役職に欠員が出るでしょうが、そこには、反領主派の人間を当てる予定です」
「正気か?」
私は、声を荒げるがイーラーは、淡々と告げる。
「はい。前領主に冷遇されていましたが、有能な貴族は、居ます。その者達を取り立てることで現領主派に組み込みます。同時に、代替わりをした前領主派の貴族達には、今回の事を条件にこちらの改革に賛同させます」
天井を仰ぎ見て私が言う。
「私があれ程、苦悩している間にもその様な算段をしていたのだな?」
「それが私の使命ですから。全ては、より良いソーバトの為にです」
イーラーの言葉に私は、頷く。
「そうだな、オーラーに引き継ぐソーバトでこの様な茶番は必要であっては、ならないからな」
強く頷くイーラーに私が尋ねる。
「それでその茶番の出所である二人の教育は、大丈夫なのか? 正直、今のままでは、オーラーには、荷が重いぞ」
ここに至り、イーラーの顔が始めて歪む。
「努力は、していますが、中々の難物です」
私も大きく溜息を吐く。
「あのアーラーの娘だからな。本当にターレーが真っ当に育っている奇跡を神に感謝したいな」
「全くです」
しみじみと頷くイーラーと私は、この後の処理について長々と話し合うのであった。
見せ場が皆無だったウーラー様の大一番でした。
この一件でイーラーは、色々やり易くなった筈です。
次回は、双子の帰還を迎えて、コーラー君が奮起します




