035 紙の束とそーだー瓶
下町でのやりとり
「マリュサ、こーくすの値段だが、本当にあれで良かったのか?」
宿屋兼酒場の女将であるあたしにカウンターに座ったキャラバンのリーダー、ゴティスが確認してくる。
「酒場でカウンターでその女将に不思議な事を聞くね?」
あたしが惚けるとゴティスが苦笑する。
「俺の情報網を舐めるなよ、こーくす製造、販売をお前が裏で調整しているのは、解ってるんだ」
ゴティスのキャラバンは、ソーバト領内のみならず、ミハーエ国内を巡回する大規模なキャラバン。
国外とのやりとりも行っているやりて、こーくすの情報を持っていてもおかしくない。
「安心しな、値崩れする事は、ないから」
「それだ、こーくす売買は、初期投資の回収をあまり考慮されていない気がする。どれだけ大きなスポンサーがついているんだ?」
ゴティスの疑問は、当然だろう。
こーくすの工房は、此処最近一気に増えた。
かなりの資金が動いたのは、確かでその直後にすぐさま一部の商人に対して値下げしている。
仕入れをしている商人にしてみれば、どうかんがえても不自然な値下げにしか思えない。
「こーくすの普及を最優先にしているって事よ。それ以外には、ないさ」
あたしの答えにゴティスが疑わしそうな目を向ける。
「お前が御上との繋がりあるって話も聞いているぞ」
この噂は、昔からあったものだ。
ごく最近までは、半分外れていた。
アーラー様の下で働いていた時のコネがあったが、確かな繋がりがあった訳じゃない。
それが、アーラー様の娘、カーレー様とサーレー様の帰還に伴って再び、領民への調整の為に繋がりが出来た。
実は、こーくすの値段は、かなり適正価格なのだ。
工房の一つにとっても本来なら役人への賄賂等の費用が粗方、上からのストップが掛かった。
土地や建物も前領主時代の税の未払いで没収したままになってた物を格安で払い下げられている。
作業や流通内容に対しても細かく改善方法に指示が来ている。
一部の商人、ゴティスをはじめとする他領へにも商売を行っているキャラバンに対して価格を他より落としているのは、こーくすの需要の拡大を狙った販売戦略だ。
直接的な指示を出さずに、私を通しての間接的な干渉、アーラー様の時代を思い出す。
当時は、アーラー様のやり方にあたし以外の下町での手足となって働く者達は、戸惑いすら覚えた。
それまでは、貴族様からの指示など、呼び出しを行い大雑把な指示だけだった。
成功すれば自分の手柄、失敗したら平民の無能さ、それが貴族として当然の態度だった。
アーラー様、そして今行われている形式は、全く違う。
こちらが行う事の大枠を提示し、商人に流した上、その経過を詳細に報告、問題点に関して随時調整していく。
当然、失敗もあるが、馬鹿な貴族達の様に放置される事がない為、被害が最小限に抑えられている。
あたしの動きにアーラー様が失踪して落胆し、離れていった奴等も戻ってきている。
確実にあの頃に戻りつつある。
だからこそあたしは、笑顔で告げる。
「さてなんの事か解らないね」
ゴティスが大きなため息を吐いてから手にしたジョッキのビールを呷る。
「まあ良い。ところでカレとサレは、どうなったか知らないか?」
そうだった、こいつは、カーレー様とサーレー様と直接会っているんだった。
武闘大会やうちでの事は、全く別人を差し替えて、その別人を出入り情報に上書きし、偽装したのだ。
公式には、武闘大会で優勝したカレは、マーネー様への仕官が叶わずこの町から出たとされている。
それをそのまま伝えるとゴティスの目つきが鋭くなる。
「へー武闘大会の優勝者が仕官もせずに町を出たのか?」
流石に不自然さに気付いたか。
今まで無い話では、ないが、普通に考えたらどうにか仕官させようと動く。
武を重んじるソーバトのやり方としては、当然の事で、優秀な人間をとり逃がすとは、とうてい思えないのだろう。
多少の無理があってもこの偽装が成されたのは、当然意味がある。
カーレー様とサーレー様の為のワ国からの使節団すら即座に作って入城させるパフォーマンスもしているのだ、カレとサレを結び付けられる要素があっては、困る。
「さて、個人の事情までは、詳しく解らないからね」
すっ呆けておいたが、信じていないのは、明らかだった。
そして数日後、ゴティスが再び酒を飲みにやってきた。
「このそーだーって言うのは、何なんだ?」
あたしが差し出した飲み物に驚きと同時に金の匂いを感じたゴティスに対してあたしは、笑顔で尋ねる。
「商品にしたいかい?」
あたしの言葉に嫌そうな顔をするゴティス。
「お前が直接そんな事を口にするなんてどんな裏があるんだ?」
店員に周囲からの視界を塞がせてから一枚の紙を見せる。
「これに応える気があるんだったら教えてあげるよ」
ゴティスは、紙の内容を見て真剣な表情になる。
「この商売に関する秘匿事項を従事し、もし破りし時は、己が命で差し出すか。随分ときつい契約だな。お前がこんな物を差し出すなんて思わなかったぞ」
「色々悩んだんだけどね、報告したらそれの提示を指示されたの」
あたしの言葉にゴティスの顔が一気にきつくなる。
「そういうことか、だが、しかしな……」
躊躇するゴティスに預かっていた物を差し出す。
「その相手からの要求よ、これを買って欲しいとの事よ」
差し出された物、紙の束を見てゴティスが驚愕する。
「ちょっと待て、これは……」
あたしが唇に指を当てる。
顔を引きつらせゴティスが頭を抱え、そして契約書にサインをする。
「ちょっと上に行きましょうか」
ゴティスと共に個室に移動する。
「あの嬢ちゃん達がカーレー様とサーレー様だって言うのか?」
ゴティスの言葉を他所にあたしがそーだーの瓶を差し出す。
「はっきりさせないでこれを受け取っておいた方が良いと思わない?」
ゴティスは、苦虫を噛んだ顔をし、長々と悩んだ後、そーだーの瓶を受け取る。
「これは、口止め料って奴なのか?」
「違うわ。貴方が有益な商人だって認められていたって事よ」
あたしの返事にゴティスが深いため息を吐く。
「とんでもない事に巻き込まれそうだな」
「そうそう、カレとサレの事に関しては、話題にしない様にお願いするよ」
あたしのお願いにゴティスが呆れ顔になる。
「誰がそんな危険な事をさせるか。下手すれば口封じでキャラバンの全員の命が無くなる」
「そうそう、これは、今後の商売の為に調べておいて欲しい事らしいわ」
渡されていた指令書を渡すとゴティスは、げんなりした表情となった。
「おいおい、早速ここまでこき使うのか?」
「それ相応の対価は、既に払ってある筈だけど」
あたしがそーだー瓶に視線を向けるとゴティスが舌打ちする。
「面倒だが、大きなチャンスな事は、確かだ。それで手に入れた情報は、ここにもってくれば良いのだな?」
「そんな手間をかけさせない、こっちから人をやるわ」
微笑みながらのあたしの言葉に意外そうな顔をするゴティス。
「まだ一旬も過ぎてないのに随分と手際が良いな」
「どなたの娘だと思っているの?」
あたしが少し不機嫌そうな顔をみせるとゴティスが理解する。
「そういう事か、お前がそれだったって噂だったから、そんなに意外でもないな。しかし、そうすると元々お前の所に行く予定だったのか?」
あたしは、首を横に振る。
「違うわ。でも必然だったのでしょうね」
怪訝そうな顔をするゴティスにあたしが続ける。
「貴族に伝がある平民は、限られている。そして、その中でもあの方々会える可能性が高かったのは、あたしだった。だから出会えたのは、必然」
「なるほどな。これの仕入先を教えてくれ」
ゴティスは、そーだーを販売する商人を聞くと早速向かった。
どんな状況でも商売を優先するのは、ただしい商人の姿勢だ。
「必然か、本当は、アーラー様のお導きだと思うがね」
あたしは、さっきゴティスにした説明を自ら否定する。
今の自分の立場、公式には、ただの宿屋兼酒場の女将って立場を考え、その状況で力を発揮する事が出来る仕組みを作り上げたのは、アーラー様だ。
『お前には、他の者と違い、表の立場を与えられなくてすまないと思っている』
他の仲間が、商人や工房長、まとめ役としての立場が与えられる中、一介の女将でしかないあたしに掛けられた言葉だった。
その言葉にあたしは、首を横に振った。
『他の者達よりより深くアーラー様に接し、お役に立てるお役目と誇りに思っています』
その気持ちは、今も変わらない。
そして、アーラー様が失踪した後もシステムを残していた事が今の仕事にも生かされている。
アーラー様の御息女の力になれている今の現状に満足をしている。
ただ一つ不満があるとしたら、もう一度アーラー様に会えないという事。
一度行けば帰れぬ異国、だとしてもあたしは、もう一度アーラー様にお会いしたいと考えてしまう。
「その為にも、ソーバトの復権が必要よね。そして後継者を作った後……」
あたしは、自分の思いを再確認してから、次から次に降りてくる城からの仕事に戻る事にした。
「えーと今度は、解体人の確保。間違いなく御息女の提案ですね」
苦笑しながらそちらの伝を模索するのでした。
予定を変更してマリュサのメインで下町の動きを少ししました。
ゴティスも商売からみで関わってくる予定です。
次回は、今度こそ魔獣狩りと出兵の後処理系の話になります。




