032 魔帯輝要請リストと払われた恩賞
本編では、後回しになる出兵準備回
「カーロー様、これが魔帯輝要請リストです」
部下が差し出したリストを私は、苦笑する。
「普段ならこれを受け取るのは、憂鬱な事なのだがな」
私の言葉に副団長は、眉を顰める。
「今でも私は、文官と折衝を考えると憂鬱です」
「文官との折衝で済む分、私達は、恵まれている違うか?」
私が告げると副団長も苦笑した。
「確かに、ミハーエ領地の軍部で魔帯輝を一般物資と同じレベルで扱えるのは、今のソーバトだけですが」
リストを確認しながら私が口にする。
「カーカナからの増援要請に応じる為の出兵。戦争に行くのだからあらゆる状況を想定して多くの魔帯輝が必要になる」
副団長がリストを横から眺めながら呆れた顔をする。
「ずっと思っていたのですが、広域攻撃魔法用の魔帯輝の申請が簡単に通ると思っているのでしょうか?」
「駄目で元々のつもりだろう。万が一でも通れば良いという考えだ。実際使わないとしても、それが準備してあるかどうかで取れる作戦の幅も大きく変わってくる」
私は、そういった過剰と思われる物に対して削除線を引く。
「それで今回は、非常用の魔帯輝は、通常と同じで宜しいでしょうか?」
副団長の確認に私は、訂正を入れる。
「今回の派兵では、オーラー様が指揮を執られる予定だ。共用だが非常用魔帯輝を十分に揃える。イーラー様からも予算の了承を得ている」
「本来なら予算だけでどうにかなる問題じゃないんですがね。殆ど無制限で魔帯輝に魔力を籠められるカーレー様とサーレー様の存在は、大きいです」
副団長がしみじみと口にするのを聞いて私が注意する。
「重要性が解っているのなら口にするのには、十分な注意しろ」
「はい。万が一にもその存在が他領に知られれば、間違いなく狙われます」
副団長の表情が締まったのを確認する。
「その利益を考えれば、ソーバトとの関係を度外視した襲撃すら考えられる。警護の方は、間違いないな」
そこで副団長の顔が曇った。
「それなのですが、カーレー様から度々城外への外出許可を求められているとの報告が来ております」
「応じられると思うか?」
私が呆れた顔をすると副団長が肩をすくめる。
「絶対に無理です。ですが、下の者達にすれば、領主の一族からの要求です、そうそう断り続ける事が難しいのも確かです」
私は、苦虫を噛んだ顔をする。
「カーレー様達が城に来られてから、一度たりとも外出しておられるからな。元々城内で育った他の方々と違い、かなりのストレスが溜まっているのだろうな」
副団長が頷く。
「その様で、下の者達も断るのが日に日に難しくなっている状況です」
「その件については、早々にイーラー様とも相談して対処しよう。今は、カーカナへの出兵についての話だ」
私が直近の問題に話を戻す。
「現在、国境付近の警護を行っている騎士と兵士の一部を呼び戻し、同時に新人を含んだ部隊の編成を行っております」
「国境への代わりの騎士の派遣は、済んでいるな」
「はい。こちらにも若手を派遣して、経験を積ませる予定です」
「そうだ、熟練者と組ませて、いざ実戦の為の経験を積ませる事を優先しろ。ここ数年大人しいが、ヌノーの奴等は、間違いなく侵攻を再開する。その際に備える事が我々の最重要項目だ」
「それも含めて、十分な魔帯輝が確保出来る現状は、心強いです」
その後も副団長とカーカナへ増援の為の出兵の打ち合わせをする。
「それでは、出兵の準備を続けてます」
副団長が退室した後、私は、新たに用意する魔帯輝のリストを見て、笑みがこぼれる。
「さっきまでの話では、ないが、これだけの魔帯輝を準備出来る現状がどれだけ恵まれているかを考えるとカーレー様とサーレー様の存在は、本当に大きい」
私は、その二人と同時にその父親であるアーラー様の事が思い出される。
「アーラー様は、前線に出るのに十分な魔帯輝が用意されない状況にも文句すら口にされなかった」
当時の事を思い出して苦々しい物がよみがえる。
「あの頃の私は、まだまだ魔帯輝の割り当てに口を出せる立場では、無かった。それだけにアーラー様への仕打ちには、憤りを感じたものだ」
一言で言えば、無謀としか思えなかった。
度重なる侵攻への対抗で十分な魔帯輝が用意出来なかった事は、重々に承知していた。
それでも、だからこそ、貴重な魔帯輝を有益に活用する為にアーラー様が指揮する戦場への割り当ては、十分に行われるべきであっただろう。
しかし、実際の割り当ては、理不尽としか言い様がなかった。
激戦区であるアーラー様の戦場より、その後方や救援に赴かれたウーラー様の部隊への魔帯輝が優先されていたのだから。
私自身、アーラー様と同じ戦場に立つ事を希望した事もあり、その理不尽さに何度も怒りを覚え、当時の騎士団長に上申しようとした。
その度にアーラー様に止められた。
『すまない。全ては、魔力が無い私の所為だ。だからこそその責任は、私がとる』
アーラー様の制止も聞かずに上申した者から聞いた話では、当時の騎士団長答えは、何時も同じだった。
『魔力が使えぬ者に魔帯輝を持たせても宝の持ち腐れ、ウーラー様が活用される事こそソーバトにとって有益な使い道だ』
現在の騎士団長をやっている私に言わせれば馬鹿げた答えだ。
指揮を執る領主一族が戦線にとって重要な魔法の使い手である事は、確かだが、実際に魔帯輝を使う大半は、他の騎士なのだから、アーラー様に魔力が無かろうが関係ない話だ。
魔帯輝の割り当てで重要なのは、相手の戦力であり、使い手については、懸案項目においては、ランクがずっとした。
私ならば、魔帯輝の割り当てでなく、使い手、騎士の編成を変更する。
そんな真っ当な判断がなされない中、少ない魔帯輝を使い、アーラー様は、戦場を戦い抜いていた。
「アーラー様が失踪されたのは、あの勝てたのが奇跡だと思えた戦いの後だったな」
その戦いは、苛烈を極めていた。
ヌノーの度重なる侵攻で騎士も兵士も疲労が積み重ねられていた。
元々少ない魔帯輝も使い果たし、撤退の二文字が皆の脳裏に浮かぶ中、アーラー様は、敵部隊を強襲し、奪った魔帯輝を使い、ヌノーの侵攻を防ぎきった。
その場に居た私を含む騎士達からは、奇跡的な勝利と言われたその戦いを当時の領主は、恥すべき戦いと断じた。
『敵の、ヌノーの魔帯輝を使うなど、ミハーエの恥。その様な無様な戦いの勝利など認める訳がいかない』
そう言って恩賞すら行わないと口にする当時の領主を必死に説得しアーラー様は、戦った者達への恩賞を行った。
後で解った事だが、領主から行われた恩賞は、本当に最低限の物だった。
実際に支払われた金額の大半がアーラー様が個人で稼いだ資産から捻出されていたのだ。
「もしかしたら、アーラー様が失踪した本当の理由は、我々の為だったのかもしれない」
我々が自分の巻き添えで不当に虐げられる事が無い様にする為に。
アーラー様だったら、そう考えていてもおかしくない。
そう思いながらもう会う事は、叶わないだろうアーラー様の事を思い浮かべ私は、口にする。
「それでも私は、貴方と共に戦場に立って居たかった。それがどんなに苦しい状況でも勝てる、そう思わせてくれる貴方と共に」
その後、ウーラー様や前領主が指揮する戦場では、真っ当に魔帯輝が割り当てられ、恩賞もあったが、その影には、多くの犠牲があった。
アーラー様だったら、出す必要が無かっただろう犠牲が。
それを思えば、アーラー様の判断は、間違っていたと確信できる。
そして、アーラー様が異世界に行かれ、その代わりにカーレー様とサーレー様が来られ、魔帯輝に困らない状況の今よりも魔帯輝が不足していてもアーラー様が居た今を思い描いてしまう自分を止められなかった。
「全ては、無意味な仮定だな。今は、オーラー様が指揮する戦場の事を考えなければならないな」
自嘲してから私は、作業に戻るのであった。
戦争ってこういった書類作業が多いんですよね。
次回は、カーレーが暴れます




