022 洗礼と建前
洗礼の儀式とその後のお披露目
「サーレー=ソーバト、汝は、刃の神の名の下に、己が誠に沿った道を歩むか」
神官長さんの問答に僕は、応じる。
「はい、我、サーレー=ソーバトは、刃の神の名の下に、如何なる邪をも廃し、己が道を進む事を誓います」
「ならば、この聖水にて己が手を清めよ」
僕は、示された聖杯に手を入れて手を洗う。
神官長さんは、その聖水を確認して告げる。
「この者、サーレー=ソーバトに邪なき事が刃の神の名の下に証明された」
「刃の神の正当なる判断に感謝を」
僕がそういって一礼をして、洗礼の儀式が終わる。
祭壇を後にする。
「お疲れ様!」
先に洗礼を終わらせていたカーレーが肩をクルクル回している。
「それにしても洗礼とか、何処の世界でもあんまり意味が解らない事をやるんだね」
「そうでもないです。洗礼の記録を調べると過去に何人か洗礼に引っかかった人が居ます」
僕の言葉にカーレーが不思議そうな顔をする。
「あれ、それじゃあ、あの聖杯に魔法でも掛かってたの?」
僕は、首を横に振ります。
「洗礼に相応しくないと教会が判断した場合、担当した神官が適当な理由をつけて邪だと判断するみたいです」
カーレーが呆れたって顔をする。
「詰まり教会のでっちあげって訳だね」
「単純に教会のって言うわけでは、なく。周囲の状況や色々が噛み合って事だと思います」
僕の説明にカーレーが頬をかく。
「まあ、そういう儀式政治も必要なのは、解るけどなんかだね」
「そんな事よりもっと面倒なお披露目の方が茶番ですよ」
僕の指摘にカーレーが大きく頷く。
「そだね、思いっきり茶番だね」
「二人とも、余り気を抜いては、いけません。ここには、部外者が居ないといっても何処で漏れるか解りませんよ」
監視役のターレーお姉ちゃんが注意してくる。
「気をつけます」
カーレーが軽い調子で返すと窺った表情を見せるもターレーお姉ちゃんが話を変えてくる。
「さっきの話に関係しますが、この後の貴族達への二人のお披露目ですが、間違っても余計な事をしない事。良いですね?」
「重々承知しています」
そう答えた僕達は、貴族達の洗礼が全て終わった後、城の広間でお披露目される事になっている。
「因みにあちき達の事は、何処まで知らされているんですか?」
カーレーの質問にターレーお姉ちゃんが首を横に振る。
「全く通知を行っていません」
少し考えてからカーレーが再度質問する。
「幾らなんでもいきなりは、不味くないですか?」
「全くのいきなりりじゃない。多分、イーラー叔父様が適度に噂を流していると思う」
僕の予測をターレーお姉ちゃんが肯定する。
「あくまで噂としてお二人の存在を流してあります。実際問題、武闘大会の件があったので具体的な噂を流すと、余計な詮索を招く恐れがあったので、情報の調整に苦労したと聞いています」
「はっきりとした情報じゃ不味かったんですか?」
カーレーが不思議そうな顔をするので僕が説明する。
「そうなるとカレとして武闘大会に出た事に対する言い訳が出来ないんだよ。実際、色々と誤魔化すことが多いから具体的な情報を与えて事前情報を収集されたくなかったからね」
「そうなります。お父様もイーラー叔父様達の苦労ばかり増やします」
ターレーお姉ちゃんのその言葉も最初程の棘が感じられなくなってきた。
そうしている間にマーネー様がやってくる。
「カーレー、サーレーお披露目です。アーラー様の名前に負けない立派な姿を見せるのですよ」
「「はい」」
僕達は、そう答え、マーネー様の後についていく
多くの貴族が広間、その中央の通路をマーネー様の後から僕達が歩いていく。
反応は、様々だ。
マーネー様の顔を知らない貴族は、居ないだろうから、その後ろに居る僕達が何者かがその反応を分けているのだろう。
大きな反応を見せたのは、困惑する噂も知らないだろう貴族。
自分達の知らない上位貴族らしき存在に困惑を隠せず、慌てて周囲に情報を求めている。
そんな貴族に情報を披露するのが噂の概要だけを聞きつけた貴族達だろう。
大半がこのどちらかに含まれていた。
しかし、それらとは、違う貴族が居る。
その者達の殆どがより前方に集まる上位貴族だった。
イーラー叔父さんが流した噂だけでなく、独自のルートで集めた情報から、僕達が何者かを予測している貴族達。
その視線は、下品に言えば競馬のパドックを見る視線だ。
こちらの品定めをして、どれだけ賭けるかを探っている。
貴族の勢力争いにおいて僕達の存在は、大きな波紋になるだろう。
その波紋に飲み込まれて沈むか、浮き上がるかを分ける大きな判断材料としてそれらの視線は、容赦が無い。
下手な失敗をすれば、領主一族への反発を増長させる事になる。
だからこそ、イーラー叔父さんも洗礼からのお披露目を重要視していた。
緊張しないって言えば嘘になるが、この日の為に毎日練習して来たんだ、失敗するわけ無い。
領主であるウーラー伯父さんが立つ前に到着し、マーネー様が一礼をする。
「領主、ウーラー=ソーバト様、この日、洗礼を終えましたアーラー=ソーバトとマーネー=ソーバトとの娘、カーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトです。刃と新の神の導き有らん事を祈ります」
ウーラー伯父さんは、鷹揚に頷く。
「刃と新の神の導きは、我、ウーラー=ソーバトまで届いておる。この日、この時より、カーレー=ソーバトとサーレー=ソーバトをソーバト領主一族の一員として迎え入れよう」
「ありがとうございます、領主様。このカーレー=ソーバト、刃と新の神に感謝の祈りを捧げます」
「ありがとうございます、領主様。このサーレー=ソーバト、刃と新の神に感謝の祈りを捧げます」
そういって僕達は、刃と新の神の祈りの印を刻む。
因みに今回は、刃の旬だったから、刃の神と一緒にだが、他の神の旬の場合、他の神と新の神がその対象になる。
新の旬の時は、新の神だけなので少しだけ楽になるのにとカーレーがぼやいていたものだ。
祈りを終えた僕達をウーラー伯父さんが壇上に招き、貴族達の方を向かせる。
「集まったソーバトを共に護る者達に伝えねばならぬ事がある。それは、失踪していたと発表していた我が弟、アーラー=ソーバトについての事だ」
貴族達が一斉にざわめく中、ウーラー伯父さんが説明を続ける。
「アーラーは、魔力の無い身で役立つ方法を探し遠い異国、ワーに至った。そこで多くの功績をあげ、その地での確固たる地位を得た。それが故に自らは、その地を離れる事が出来なくなってしまった」
嘘八百である。
ワーなんて国は、存在しないし、お父さんは、あっちでは、ただのヒモである。
だけど、貴族達にそんな実情を話すわけが行かなく、イーラー叔父さんが中心になって考えた嘘設定がこれである。
「その地を離れられなくなったアーラーは、自らの変わりにその娘、カーレーとサーレーをソーバトに帰郷させた。その目的は、ワーで得た知識をこのソーバトの繁栄に導くことである。我は、その忠義に答え、二人がもたらした知識をこのソーバトの発展する為の力の一つとする事をここで宣言する」
この宣言は、意外と重要だったりする。
これから僕達が発信する技術、それが何処から来たのかを誤魔化す事ができ、なによりお父さん、引いては、ソーバト領主一族の有益性を貴族達にアピールする狙いだ。
はっきり言えば、これからどんどん利益になる事をやっていくが、それは、全部領主一族のお陰なんだから、そのおこぼれが欲しければこっちに尻尾振れって事である。
さっきより多くの値踏みの視線の中、僕達は、領主一族の列に加わる。
そして、本日洗礼を終えた貴族の子女達のお披露目が長々と続くのであった。
「顔が強張ってる」
お披露目の儀式が終わった後、無理やりの笑顔を作り続けていたカーレーが顔を解していた。
「お疲れ様。立派でしたよ」
ターレーお姉ちゃんが褒めてくれた。
「あれで良かったですか?」
「はい。この後は、お母様や叔父様達にお任せしましょう」
ターレーお姉ちゃんの言葉に先ほど分かれたマーネー様達の事を考える。
「これから大人の貴族達の夜会なんですよね、具体的どんな話をするんですか?」
カーレーの質問にターレーお姉ちゃんが答えてくれる。
「表向きは、当たり障りのない世間話。でも実際は、かなり込み入った勢力争いの為の情報収集ね」
「今回は、特には、僕達の実際の母親なんていうのも大きなターゲットですか?」
僕の指摘にターレーお姉ちゃんが頷く。
「まず、探りが入るわね。私が強い魔力を持っているから、母親しだいでは、二人にも強い魔力がある事可能性が高いと判断できるでしょうから」
最後は、苦笑交じりになる。
「後は、実際にどんな技術を持ってきたかとかですかね?」
カーレーの指摘には、ターレーお姉ちゃんは、難しい顔をする。
「そこは、判断が難しいわ。この魔法王国ミハーエは、魔法に関しては、大陸一を誇っているから。例え異国の技術といってもそれほど重要視しない筈よ。特に魔力なしのお父様は、貴族達には、あまり評価は、高くありません」
「そこなのですが、僕達の周りでは、基本的にお父様の評価が高い様に感じますが、その範囲は、どこら辺までになるんでしょうか?」
僕の疑問にターレーお姉ちゃんが肩をすくめる。
「貴族という意味なら今知っている人が殆どと言っても良いかも知れないわ。戦場にたった貴族の一部には、いるかもしれないけど、十年以上前なのでもう第一線を外れているから発言力は、無いと思っていいですね」
「解りました。それで今までは、洗礼までは、出来るだけ存在を秘匿されてきましたけどこれからの方針としては、どうなるか聞いていますか?」
僕が続いて尋ねるとターレーお姉ちゃんが真面目な顔をして答える。
「基本方針は、今までに近い形になりますね。特に魔力に関しては、出来るだけ漏れないようにしていく予定よ。発覚すれば間違いなく中央を始め、他所の領地からの引き抜きが激しくなる筈ですから」
「何かまだまだ大変そう」
カーレーの言葉にターレーお姉ちゃんが微笑む。
「ええ、でも姉妹力を合わせて頑張りましょう」
「「はい」」
こうして僕達は、公にソーバト領主一族の一員になったのであった。
実は、元居た世界が日本だって明言していません。
理由は、このシリーズとは、直接関係内世界観に関わります。
はっきり言ってしまえば、神様って六極神で、あそこと共通の設定では、既に日本って言っている別世界観の物語がある為に名言を避けてたりしています。
次回は、領主の妻、ムーマーのお兄さんが登場です




