021 末っ子と猫技
ソーバト領主一族下位バトル
「カーレー、まだベッドから降りては、いけません」
あちきがベッドから降りようとした所でターレーお姉ちゃんに止められてしまった。
「えーと朝の鍛錬に向かいたいのですが」
あちきの言葉にターレーお姉ちゃんが壁際を指差す。
「あの位置に女官が立つまでは、側近達の準備が終わっていません。その前に私達の様な立場の人間が行動すれば、周りの者が迷惑します。自重しなさい」
「……解りました」
あちきが渋々了承するとターレーお姉ちゃんは、小さくため息を吐きます。
「カーレー、貴女が毎日の様に朝から勝手に居なくなると訴えがイーラー叔父様まで届いていたので、私が指導する事になったのですよ。本当に気をつけてください」
「そうそう、ゆっくり寝てよう」
半覚醒状態のサーレーが隣で口にするとターレーお姉ちゃんが続ける。
「サーレーも夜中、就寝時間になってからも何かと作業を続けている為、夜番の女官の予定がずれて疲労が溜まっていると報告があります。就寝時間までに作業を終わらせるのも大切な能力です」
「気をつけます」
サーレーは、そう答えながらも眠りに落ちていく。
暫く待っていると女官さんが静かに扉を開けて壁際に立つ。
あちきが視線で確認するとターレーお姉ちゃんが頷いてくれたのでベッドを降りる。
「新の神の目覚めの祝福あらんことを」
「新の神の目覚めの祝福あらんことを」
定例の挨拶の後、あちきが自分の目的を告げる。
「これから朝の鍛錬に向かいます」
「少々お待ち下さい。直ぐに護衛の者がつきます」
女官さんの言葉通り、直ぐに護衛の人達がドアの外に居て、あちきは、その人達と一緒に領主一族のみが使用する中庭に移動する。
そこでは、既にオーラーさんが鍛錬を始めていた。
「オーラー様の剣は、自分の流れのみに特化されております。実戦に適した剣とは、相手の動きを読み、その隙に自分の剣の動きを合わせられる剣です」
コーローさんがそう指導しながら剣を合わせている。
一息ついただろう所であいさつを交わして、基礎鍛錬の後、あちきは、護衛の一人に組み込まれているムサッシさんと剣を合わせる。
「オーラー様も随分と上達したね」
「日に日に剣の動きが良くなっていくのが解ります。やはり領主の一族というのは、優れた能力を持っているという事なのでしょう」
そう告げるムサッシさんは、なんだかんだであちきの刀をあっさり受け止める。
「今のは、少し自信があったんですけどね」
「まだまだ正面からの戦いでカーレー様に負けるつもりは、ありません」
ムサッシさんの言うとおり、武闘大会以降、何度か剣を合わせているが、勝った事は、無い。
総合的な実力があちらが上なのだから仕方ない。
「こんな事を言っているとまた先輩や護衛騎士様方に無礼だと言われてしまいますが」
ムサッシの言葉にあちきが微笑する。
「ムサッシさんも大変ね」
「お願いですから呼び捨てにしてください。後で大変なんです。本気で!」
強い口調でいって来るムサッシさんが護衛に組み込まれているのは、実は、かなり特殊な事情がある。
あちきが武闘大会に出た時の対戦相手という事があり、その事実があまり広がるのを防ぐ為にも護衛に組み込み、通常任務から隔離しているらしい。
朝の鍛錬の相手としては、もってこいなのであちきとしては、助かっている。
そんな朝の鍛錬が続く中、コーラーさんがやってくる。
「オーラー兄上、私も鍛錬に加えてください!」
「良い心掛けだ。領主の一族の男子たるもの、常に戦場に立つ覚悟が必要だからな。励むが良い」
オーラーさんに奨励されてコーラーさんが嬉しそうに剣を握り締める。
「はい。がんばります!」
そういって素振りを始めるコーラーさん。
因みにだが、領主であるウーラー伯父さんやイーラー叔父さんも、業務の合間をみては、ここで鍛錬を行っているらしい。
二人とも忙しいのでそうそうかち合う事は、ないだろう。
暫く、そんな感じでお互いの鍛錬を続けていたが、あちきは、一息吐いているとコーラー様が私の前に立つ。
「カーレー、私と勝負しろ!」
かなり真剣な表情だった。
あちきは、思わずその後ろに居た人達に視線を向ける。
コーラーさんの相手をしていた護衛騎士、コーローさんの弟、ソーローさんが無言で拒否して下さいって表現している。
同じくコーローさんもあまり良い顔をしていない。
オーラーさんに関しては、渋い顔をしているものの、自分が通った道と諦めた感じもする。
結論としてここであちきがコーラーさんの相手をするのは、あまり良くないのが解る。
実力では、あちきの方が上なのが明らかだけど同じ年の女性の従兄妹にやられるというのは、コーラーさんにとっては、あまりよろしくない状況だろう。
オーラーさんの状況と似ていると思われるが、相手の、コーラーさんの意識がオーラーさんくらいに熟成していないので、変な風に影響を出しそうであまり良いとは、思えない。
あちきは、少し考えてから手を叩く。
「そうだ、サーレーと勝負しませんか?」
「サーレー様も剣を使えるのですか?」
ソーローさんが意外そうな顔をするとあちきがオーラーさんの方を向いて言う。
「さっきもオーラー様もおっしゃった通り領主一族の嗜み程度は。サーレーを呼んで来て下さい」
護衛の人達にお願いすると直ぐに動き出す。
「私は、お前との勝負を望んでいるのだぞ!」
コーラーの言葉にあちきは、笑顔で答える。
「解っています。ただ、サーレーは、この頃鍛錬を怠っております。姉妹のあちきよりコーラー様にビシッとやって頂ければ反省すると思われます。私との勝負は、その後って事で」
無論、時間切れとか、言い訳を作ってばっくれる予定。
それは、ソーローさんも気付いているのか応じる。
「コーラー様、ここは、先駆者として、サーレー様に領主一族の心構えを伝えるべきでしょう」
「そうか、そうだな。次は、必ずだからな!」
そういってコーラーさんも応じてくれる。
少しするとサーレーが珍しく不機嫌そうな顔をしていた。
「あまり余計な仕事を増やさないでください」
「がんばって!」
あちきは、刀を手渡しバトンタッチする。
サーレーは、刀を手にぼやく。
「あまり得意じゃないんですが」
「私が、領主一族の心構えを教えてやろう!」
コーラー様が剣を構え、サーレーもそれに応じて刀を構える。
そして、模擬戦が始まる。
オーラーさんに憧れているだけあって、基本的には、オーラーさんの下位互換って感じの剣だった。
真面目に鍛錬しているのが解る剣だ。
それに引き換えサーレーの刀は、動きが鈍く、明らかに後手後手に回っているのが解る。
「さすがに万能という訳では、ないのでしょうね」
安堵の息を吐いているソーローさんだったが、あちきは、眉を寄せていた。
「攻め切れていない。これが続いたら不味い」
「どういことですか?」
困惑するソーローさんにあちきが告げる。
「サーレーは、相手の動きを観測して、高度な予測戦闘をするのが得意なの。そろそろ、予測に必要な行動パターンが揃う。そうなったら、状況が一変するよ」
そんな中、コーラーさんの追撃が緩んだ。
そのタイミングで大きく距離をとるサーレー。
「疲れました。そろそろ終わりたいと思います」
ゆっくりとした動きにコーラーさんの動きが反応が遅れる。
間一髪の所で刀を避けたコーラーさんが怒鳴る。
「そんな攻撃が当たるか!」
反発するように最速の暫撃を放つけど、それでは、駄目だ。
サーレーは、紙一重でかわして更に踏み込む。
「この程度のスピードなら簡単に……」
素早く反応するコーラーさんだけど、その反応した先にサーレーの二の太刀があった。
刀の刃をコーラーさんに触れた所で止めてサーレーが淡々と告げる。
「これで終わりです」
そのままあちきに刀を戻して帰っていく。
「も、もう一度だ!」
慌てて追いかけていくコーラーさん。
「猫技の変化の一種だな」
ムサッシさんの言葉にあちきが頷く。
「カウンター狙いが多い猫技だけど、ああいう風に一の太刀で相手を誘導して二の太刀で決めるって技も多いんだよね」
「七獣武技、奥が深い」
オーラーさんがしみじみという中、コーローさんが頭を抱えている。
「かなり面倒な事になります」
「そうならないようにしたつもりなんだけど、滅多に戦わないからサーレーも意外と負けず嫌いだったのを忘れていたよ」
あちきの呟きにソーローさんが泣きそうな顔でいって来る。
「そういう事を忘れないで下さい」
そう言ってから慌ててコーラーさんを追いかけた。
サーレーもそこそこ強いです。
得意の武器は、ナイフや仕込み針とかです。
次回は、ようやく洗礼の儀式です




