002 キャラバンの親子とマリュサの宿
異世界突入です
僕の名前は、早阿零。
何の因果か異世界に来ています。
目の前に広がっているのは、大草原は、さっきまで居たコンクリートジャングルとは、全然違います。
それでもまだ普通の風景なので大分気分は、楽です。
正直、来る前までは、それこそついた途端、戦争のど真ん中とか魔物の群れとご対面とかという最悪な状況も想定していましたから。
「流石に空気は、良いね」
そう呑気な事を口にするのは、僕の双子の姉、カーレー。
そうだ、この愛称も直さないと。
「さてまずは、どうするサーレー」
そういって来るカーレーを僕は、訂正します。
「サレって呼んで。こっちの世界では、庶民は、あまり伸ばした名前にしないし、名前にレーが付くのは、領主の一族の女性だけらしいから」
手を叩くカーレー。
「そうだった。にしてもあの駄目親父も、何故に異世界で出来た娘の名前に実家の風習を使ったんだろうね」
不思議そうにするカーレーですが、僕としては、お父さんが哀愁の思いだと考えます。
色々と思うことがありますが、今一番の問題が立ちはだかっています。
「それにしても、ここって何処だろうね?」
カーレーの言うとおり、僕達は、自分が何処に居るのか解っていません。
異世界、それもお父さんが生まれ育ったディーラ、こっちの世界では、他の大陸が発見されていないので世界の名前でもありますが、そのディーラ大陸だって事は、推測できます。
「せめてミハーエ国内である事を祈りたいですね」
「だね、一応あの駄目親父の尻拭いもあるしね」
苦笑するカーレー。
お父さんの尻拭い、それは、お父さんの元の奥さん、まあ、正確を記すなら離婚をしていないので現在も奥さんに当たるだろう人にお父さんの伝言を見せて欲しいと頼まれいます。
僕としては、十数年も放置した旦那からのメッセージを受け取っても受け取った方が困るだけだとおもうのですが、もう二度と会えないお父さんとの約束な以上、果たしておく事にしようとカーレーと決めました。
「これが地球上だったら星の配置で現在位置とか解るんだけどね」
カーレーが見上げた星空は、元居た場所とは、別物といっていい程、綺麗で大量でしたが、僕の知るどの星座とも異なる事から異世界である事は、間違いない。
「まあ、今日は、取り敢えず寝よう」
そういって夏早号のリヤカーに乗せてあった寝袋を取り出し準備を始めるカーレー。
僕もそれを手伝い、その夜は、そのまま眠った。
翌朝、僕達は、寝袋を片付けると自転車に乗ってリヤカーを引きながら進んでいきます。
「オフロードタイヤってあんまり意味ないね」
カーレーがお尻に来る振動に眉を顰めています。
「それでもオンロードタイヤに比べれば大分ましです」
今、僕達が走っているのは、舗装などされていない道でした。
人や馬の足や馬車の車輪で固められただけの道は、僕達が普通に暮らしていた都会の道と比べるとかなり走り辛いものですが、この道をあても無く歩くより、自転車で進めるのは、幸運だと思うべきです。
異世界にいく準備するお金の中でも一番の高額になったこの自転車ですが、それだけの意味があったと思います。
そんな感じで道を進んでいくと幾つかの馬車が並んで進んでいるのが見えてきました。
「あれって何だと思う?」
カーレーの疑問にあたしは、様々な可能性を考慮したのち答えます。
「多分、行商人の集団、キャラバンだと思います」
「詰まり、そこそこお金があって、知識もある人がいるって事だよね」
カーレーがラッキーって顔をします。
僕も幸運だと思っています。
僕達が今、一番に欲しい情報は、今の居る場所です。
これは、農民や普通の旅人から得るのは、実は、難しいのです。
そのどちらも自分にとっての位置情報を持っていても、相対的な情報は、もって居ない可能性が高いからです。
その点、商人、それも行商人ならば、相対的な位置情報をもっています。
「駄目親父もお金くらい持ち歩いていれば多少は、楽になったのにな」
カーレーが愚痴った様にお父さんは、お金を持っていませんでした。
領主の一族らしく、何時も付き人が居たのだから当然なのかもしれませんが、その為、僕達は、この世界のお金がありません。
「上手く、交渉してお金を手に入れないといけませんね」
「OK、それじゃあ突撃!」
そういって自転車のスピードを速めるカーレー。
元々、長距離移動を想定しているだろう馬車をあっさり追い抜き、僕達は、その前に出ます。
僕達の登場に驚くキャラバンの人達。
「こんにちわ!」
そう挨拶をするカーレー。
因みに僕達は、お父さんに習ってこっちの世界の言葉を習っています。
ただ、ここがミハーエって国じゃなかった場合、通じない可能性もありますが、通じなかったら通じなかったでどうにかするしかありません。
「……こんにちわ」
戸惑いながらも挨拶を返してくれる相手にカーレーが笑顔で続けます。
「あちき達は、遠い異国から来ました。ですのでちょっとお話させて貰えませんか」
相手は、暫く考え、奥の人と話した後、馬車を止めてくださいました。
「遠い異国って言うが、何処からだ?」
そう質問して来たのは、おくから出てきた少し大柄の中年男性の言葉にカーレーは、正直に僕達が生まれた国の名前を口にします。
「聞いた事無い国だな。どうやって来た?」
疑いの表情が浮かびますがカーレーは、平然と続けます。
「魔法で、ドバーンと飛んできました。だからここがどこかも知りません!」
ストレート過ぎる説明に相手も困惑しています。
「おかしな連中だな」
疑いの表情が薄れました。
相手を騙そうとすればどうしてもそれが相手に伝わる。
だから常に正面からストレートに話をするこれがカーレーの交渉方法です。
そして、僕がそれを後ろから観察して、状況を掴む。
自由気ままなお父さんに付き合い、色んな町を転々とした僕達が新しい町で関係を作る為に作ったコンビネーションです。
「あちきの名前は、カレ、こっちのが妹のサレって言います」
「そうか、俺は、このキャラバンをまとめているゴティスってもんだ。それで何で話を掛けてきた」
ゴティスさんの質問にカーレーは、直ぐに答えます。
「目的は、二つ。さっき言った様にここが何処か解らないので何処なのか知りたいのと、こっちのお金が無いのでこっちのお金を手に入れる為の商売です。これがその商品です」
そういってカーレーが取り出したのは、百円ショップで買った、レポート用紙の束です。
驚き、目を見開くゴティスさんにカーレーは、レポート用紙の束を手渡します。
「うちの国では、安いんですけど他所の国だと高いって聞いたんで」
「ああ、これだけの紙は、そうそうない。それもこの枚数となれば……」
計算高い商人の顔になりました。
今頃、どれだけの安値で買い叩けるかと模索している事でしょう。
「紙の鑑定とか必要でしたら先にしてください。その間に他の人で良いんで、さっき言った此処の情報を下さい」
「解った、コディス、お前が相手してやれ」
ゴティスさんが紙を調べるのに集中するなか別の人が出てきました。
実は、これも作戦の一つだったりします。
高価だろう紙の束に相手の意識を集中させる事で情報を引き出しやすい様にしたのです。
「それで嬢ちゃん達は、何が知りたいんだ」
出てきたのは、ゴティスさんの息子だろう二十歳前くらいの男性でした。
普通に商売もやっているだろけど、まだまだ新米って感じです。
「取り敢えず、ここって何処ですか。さっきも言いましたけど魔法で飛んできたんでまるっきし見当もつかないんです」
カーレーの疑問にコディスさんが即答する。
「魔法王国ミハーエのソーバトって領土さ。この道を進めば領主様が居る町に着くぞ」
かなり良い場所に出てきたみたいです。
「運が良かった。それでその町に入るのには、何か許可が必要ですか?」
「入る自体は、可能だけどな。入る際に、余所者だと解る腕輪をつけられる。これは、魔法具でな、兵士達に居場所がわかるようになっていて、あまり長い間居ると、おんだされるし、強力な魔法を使わないと外せないぞ」
なるほど、不法滞在者を増やさない為の手段ですか。
「口が軽いぞ」
ゴティスさんに睨まれ息を呑むコディスさん。
「でもよ……」
「幾ら小さい子供だからってよく知らない人間に町への入り方なんて簡単に教えるな」
ゴティスさんの言葉にカーレーが頷く。
「そうだね。正直、あちきも異国から来たって話してたから、スパイかもと思われるって答えてもらえないかと思ってたよ」
「そうなのか!」
驚いた顔をするコディスさんの反応にゴティスさんが呆れたって顔をする。
「お前な、本当にそうだったらそう口にするか。だが、次からは、気をつけろ。商人にとって情報は、大きな武器だ。安売りするな。所でこの紙だが、大銀貨二枚でどうだ?」
因みにおよそ元居た世界の金額にすると二万って所で、こっちとしては、大儲けだけど、暴利を貪っているだろうな。
僕は、それを合図で送るとカーレーが笑顔で応じる。
「あちきは、それで良いですが、今度お金が欲しくなった時に、これをまた売る予定なんですけどかまいませんか?」
そういってカーレーが新しいレポート用紙の束を見せる。
長い沈黙の後、ゴティスが大きなため息と共に口にする。
「小金貨一枚に変更だ」
今のやり取りにコディスさんが驚いた顔をする。
「何で親父が買値をあげたんだ」
思わず口にしたその言葉にゴティスさんが睨む。
「お前は、そんな事も解らないのか!」
「だってよ、相手がそれで売るって言ってるんだ、儲けを少なくする必要なんてないだろう?」
コディスさんの疑問に僕が答える。
「難しい事では、ないです。今回、大銀貨二枚で買ったら次の時、他の所で商いされる算段が高くなります。そうなるくらいなら妥当な値段で買取、次に繋げようという算段です」
「こんな子供でも解る理屈をどうしてお前が気付かないんだ」
怒気を纏うゴティスさんを横目にカーレーは、紙の束をもう一つ差し出して言う。
「これは、情報量です。それとお金は、使いやすいように細かくしてください」
紙の束を受け取ってからゴティスさんが口にする。
「情報量としては、多少多めだな。追加情報だ、町に着いたらマリュサの宿を使うと良い。あそこの女亭主は、色々と出来る女だ。金を払っている間は、信用できる。まあ金の無いやつには、冷たいがな」
「ありがとうございます」
カーレーがお礼を言ってお金を受け取り、キャラバンと別れて、一路城下町で進む。
程なくして大きな城壁が見えてきた。
明らかに不自然な僕たちは、当然門番に止められる。
「貴様達は、何者だ!」
「遠い異国から来た旅人です」
カーレーが即答する。
暫く僕達を観察した後、門番が悩みだす。
普通なら拒否されてもおかしくないだろう。
拒否されないのは、カーレーが無邪気に見つめているからだ。
これが少しでも不安がっていればこっちにやましい気持ちがあるとして拒否できるのだろうが、無邪気な期待の眼差しを子供から向けられて抗える大人は、そういない。
「えーとだな、この腕輪をして入るんだぞ。それとだな、長い間、居るのは、駄目だからな」
「はい。ありがとうございます」
カーレーの返事にあわせて僕も頭を下げる。
こうして腕輪を着けて町の中に入ろうとした。
そこでカーレーが門番の一人に尋ねる。
「あのーキャラバンの人にマリュサの宿が良いって教えられたんですけど、場所を教えて貰えますか?」
「マリュサの宿だったら……」
その門番は、親切な人で詳しく教えてくれた。
教えられたとおりに行くとその店からは、酒のにおいがして来た。
「酒場と兼用の宿屋さんみたいです」
「ゲームとかでもよくある形態だね」
カーレーがそういって店に入る。
店は、少し古めの酒場って感じで、まだ時間が早いのでお客さんも少ない。
奥に行くと一人の女性が声を掛けてきた。
「お嬢さん達、お客さんかい?」
「はい。キャラバンをやっているゴティスさんから紹介されました」
カーレーが元気よく挨拶するとその女性が頷く。
「ゴティスさんの紹介。解ったわ。それでどれくらい予定ですか?」
「えーとまだ予定は、立ってないから取り敢えず、これで外の乗り物も安全に止めたいんだけど何泊できますか?」
カーレーが夏早号を指差しながら尋ねると、大銀貨三枚を出すとその女性は、思案した顔をする。
「小部屋なら三日って所ね」
妥当な金額って気がするので合図するとカーレーが頭を下げる。
「それでは、取り敢えず三日間よろしくお願いします」
「乗り物は、裏の小屋に入れておいてね」
女性に言われるままに夏早号を移動してから僕達は、案内された部屋に荷物を置いて酒場のある一階に戻る。
「部屋は、どうだった?」
「うーん予想より良い」
カーレーが思った通りに答える。
実際、もっと酷いかと思っていたが少し汚い宿屋レベルだった。
お金が無いときには、野宿もしてきた僕達にしては、十分な部屋だ。
「それで、ここに、あたし、マリュサの宿に何しに来たの?」
その女性、マリュサさんの言葉、特にここには、特殊なニュアンスが含まれていた。
詰まり、ゴティスさんが言った色々とは、こっちが予測した通りの色々だった訳だった。
カーレーが手を上げて質問する。
「曖昧に誤魔化して聞くのと、危険な話を具体的に聞くのとどっちがいいですか?」
マリュサさんも流石に驚いた顔をするが微笑みながら尋ねてくる。
「危険な話を具体的って方で」
カーレーが頷き伝える。
「今は、違うかもしれないけど領主の息子、アーラー様の奥方、マーネー様に直接あって、預かっているメッセージを渡したいんです」
マリュサさんの表情が鋭くなる。
「マーネー様となると、現行勢力への干渉って訳じゃないわけね。そうそう、今の領主は、アーラー様の兄上のウーラー様です。それでも、かなり難しい注文で高く成るわよ」
「残念、今は、そんなにお金ないので諦めます」
カーレーがあっさり引くとマリュサさんは、不思議そうな顔をする。
「どうして諦めるの? もう少し突っ込まないの?」
カーレーが僕の方を向いたので代わりに答える。
「僕がそう指示をしてました。この手の伝があるかどうかを確認するのがメインでしたから。それに高いのには、それ相応の理由があるのも理解できます。ですから金策するなり、別個に伝を探るなりします」
「やっぱり、貴方が思考役だったのね。でも、そっちの手の札を晒したのは、危険だと思わないの?」
マリュサさんの指摘に僕は、あっさり頷く。
「商売人にとって信用は、第一です。マリュサさんは、間違いなく商売人ですから大丈夫です」
微笑むマリュサさん。
「合格よ。こっちの仕事をしていると色々と誤解する人間が多くてね。情報やコネも商品であたしも商売人なのよ。それで、駄目な事が解ってこれから金策をする? それとも他の伝を探す?」
正直悩みどころだったがカーレーが即答する。
「ここで夜まで噂を聞きながら考えます。皿洗いのとかありませんか?」
「それなら料理を運ぶのをやってくれる」
こうして僕とカーレーは、マリュサさんの酒場で給仕の真似事をする事になった。
二人いて、子供だって事を生かした特殊な交渉術全開です。
次回は、酒場でちょっと暴れます。