014 書き続けられるサインと悔恨
イーラー叔父さんの前領主時代の後悔話です
イーラー=ソーバト、今日、そう自分の名前を何度サインしただろうか。
処理の終わった書類を処理済に移し、新しい書類に手を伸ばそうとした時、目の前にお茶が置かれた。
「一息つかれたらどうでしょうか?」
キールーがそう声を掛けて来る。
「そうだな。まだまだ先が長いからな」
差し出されたお茶に口をつける。
それでも時間を無駄にするわけには、いかない。
「下町の方の処理は、どうなっている」
「カーレー様、サーレー様に深く関わった者は、そう多くありませんでした。ただ、その一人、マリュサは、かつてアーラー様の手駒とされていた者でしたので、何かしらの対処が必要かと思われます」
「アーラー兄上の手駒は、下町にも多かったからな」
私の言葉を聞きながら、キールーは、山の様に積みあがった処理済の書類を持ち上げる。
「こちらは、シールーに渡して、処理を進ませて起きます。しかし、幾ら処理をしても終わりが見えそうもありません」
そうぼやくキールーに私が苦笑する。
「そうだが、昨日までの無駄に終わるかもしれないと思いながらの作業と比べ、やれば確実にソーバトの復権に近づくのが解っている分、気分は、楽だ」
「確かにそうですね。これもカーレー様とサーレー様のとんでもない魔力おかげですか」
キールーの言葉を私は、短い沈黙の後、否定する。
「魔力の有無よりもその方法に思いついたサーレーの判断能力が有益なのだ。そしてその力の原点、アーラー兄上が居れば、ここまで酷い状態になっていなかった筈だった」
アーラー兄上の失踪、それがソーバトを零落を決定付けた、私には、そう思えていた。
「異世界に逃げたアーラー様を御恨みですか?」
キールーの問い掛けに私は、首を横に振る。
「アーラー兄上の失踪は、必然だった。魔力が無い、ただそれだけで冷遇を受ける様な御人じゃなかったのだから」
私の答えを聞いた後、何も言わずにキールーは、書類をもって執務室を後にする。
アーラー兄上、確かに魔法王国ミハーエにとって重要視される魔力が無いという致命的とも思える欠点があった。
しかし、それを補って有り余る能力を有していた。
戦場に立てば、先頭で敵を蹴散らし、兵士達を鼓舞し、その能力を有効に活用した。
政治においても、貴族社会のみならず、平民をも活用してソーバトを盛り上げた。
そんなアーラー兄上を次期領主であったウーラー兄上も認めていた。
当然、私もそうだった。
魔力の有無など関係なく、尊敬し、付いていくに相応しい人間だった。
認めなかったのは、魔力のみに価値を求めた貴族達。
何より当時の領主だった父上だった。
当時の父上のアーラー兄上への評価は、マーネー様をつなぎ止めておくだけの道具だった。
間違った評価だ。
マーネー様の異常とまで言われる執着の根本にあるのは、アーラー兄上の卓越した能力。
マーネー様自身の高い能力と吊りあう人間がアーラー兄上しか居なかった故の執着なのだ。
アーラー兄上が失踪した後もマーネー様が残り、全属性もちの娘、ターレーが産まれた事に満足し、捜索すら中断させたのは、父上だった。
『魔力なしの者など探す必要は、無い』
捜索の続行を願い出た私への父上の返答は、それが全てだった。
どんなに理由を挙げようと、有益さを並べようと、父上の返答は、単純にその一言ですまされた。
魔力のみに全ての価値観を置いた父上。
だが、私は、気付いていた。
それが領主でありながら光に至る属性を一つも持たないという事へのコンプレックスだと。
父上が領主争いをした当時、ヌノー帝国の侵攻は、ミハーエ王国史の中でも屈指の激しさだった。
それ故に多くの領主候補が命を落とした。
その中、生き残った者の中で一番魔力が高かったのが父上だったのだ。
ミハーエの領主には、最低一つの属性で光まで至る魔力が必須とされている。
通常なら父上の領主継承は、王国中央に認められる事は、無かっただろう。
問題の戦争でのソーバトの戦果と人的被害を考慮された形での領主継承の承認だった。
周囲の領主から一段下の扱いを受けていたのかもしれない。
そんな状況が父上の魔力絶対主義を作り上げたのだろう。
魔力が無いアーラー兄上を父上は、徹底的に冷遇した。
先ほどの様な夕食の席にも妻であるマーネー様を加える事があってもアーラー兄上を決して座らせる事は、なかった。
政治的な決定権も与えられず、多くの有益な提案も内容を確認する前に破棄された。
戦いが起これば常に最前線に送られた。
私には、父上がアーラー兄上を亡き者にしたいとしか思えない処置だとしか思えなかった。
しかし、アーラー兄上は、そんな戦いから常に帰ってきた。
どんなに酷い扱いを受けようと諦める事は、無かった。
だからこそ失踪し、一切の行方が掴めなかった時に多くの者が自決を口にしようとも、私をはじめとするし良く知るものは、誰もそれを否定した。
ソーバトの領地を担う領主の一族の一人として、その責務を放棄したアーラー兄上を容認する事は、絶対に出来ない。
しかし、絶え間ない冷遇に晒され続けたアーラー兄上がふとした拍子で異世界への旅立ちを願ってしまった事を責める気持ちには、成らなかった。
それは、私だけでは、ない。
報告を受けたウーラー兄上も渋い顔をし、多くの苦言を口にしたが、最後に出た言葉は。
『仕方ない事だな』
諦めとも、思える言葉がだが、そこには、アーラー兄上にとって新たな生き方を選べた事へのはなむけと思える。
そして先の戦いで負傷を負った父上がその負傷を元で天に旅立ち、ウーラー兄上が領主になった今、残された負の遺産とも思えるソーバトの現状、度重なる侵攻での戦費の負債や継続される戦時特殊決済等の問題点を解決していく中心にならないのは、私なのだろう。
父上と同じ、光まで至らぬ魔力しかもたない私だが、領主として大きな責任を背負うウーラー兄上を支え、その息子やターレー達姉妹を育て、次代によりよいソーバトを受け渡す事が出来る筈だ。
私は、お茶を飲み終え、新たな書類処理を始めるのであった。
完全シリアスな展開になりました。
実は、前領主の詳細って書きながら考えました。
だって出てくる予定が無かったので本気で細かい設定決めてなかったんです。
名前すらありません、今後出てくることになったらワーラーにし様かなってレベルですしね。
何気にマリュサの設定がカーレー達に懐かしさを覚える理由が零れでてました。
マリュサは、今後、カーレー達が下町と関わる接点になる存在になります。
次回は、カーレーが朝からやらかすコメディーです




