最終話 道の奥の呪い士
停戦、そして狂神となったカナが死んでから半月ほどが過ぎた。
この間、佐倉とシシリクの間で何度も話し合いが行われ、カムイの森は正式に京の支配下に入ることとなった。通常であれば『藩』となるところだが、カムイの森はもともと国としての体裁を持っていなかった。そのため、松前藩に付随する地域として組み込まれることになる。
森主であったカムイは死に、後を継いで森主になれる者もいない。森主にちなんで呼び名を決める方法は使えず、暫定的に『道の奥』と呼ばれることになった。
京は支配地の拡大とともに道を整備してきた。これは支配地内での人や物の行き来を円滑にするためであり、以後に攻め込む地への兵力移動を迅速にするためでもある。実際、戦中には陥落させた下の村までの道を拓いている。
しかし更に北の地まで森を貫く道を拓く意味はほとんど無い。松前や森の西側にはまだ支配されていない地があり、道はそちらに向かって伸ばされることになった。結果として京から続いてきた街道は分岐し、下の村で途切れることになる。これをして途切れた道の先に広がる森を『道の奥』と呼ぶことになったのだ。
もっとも、街道とは呼べないまでも下の村からシシリクの村へと続く道は出来ている。京の支配地として松前藩の一部になったからには、藩の人間の巡察もある。森の中に点在する村々の場所も明確にされ、それぞれを結ぶ細い道が作られていた。
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そんな道から外れて、サンシエは薄っすらとした獣道のようなものを辿っていく。
御雷に受けた胸や頭の傷もほぼ癒えており、足取りはしっかりとしている。歩くうちに前方から水の音が聞こえてくる。更に進むと小さな滝がある水場に出た。
狂神の黒い血晶石を浄化するための滝だ。
サンシエは滝壺に踏み込み、水の流れ落ちる岩に歩み寄った。岩に刻まれた裂け目はその数を増やしている。あの夜、カムイに率いられて宿営地に言った獣神は全て狂神となったからだ。
他から少し離れた位置に二つの血晶石が並んで安置されている。
カナとカムイの体から取り出された血晶石だった。
「カナ……」
サンシエは、カナの血晶石にそっと触れて語りかける。
村の近くにはカナの体を埋めた墓もあるのだが、そちらにカナの霊はいない。獣神の霊は体が死ぬと血晶石に宿ってしまうから、カナの霊も黒い血晶石に宿り、ここにいる。だからカナに語りかける時、サンシエは墓ではなく、この浄化の滝に来るのだった。
「カナ、僕は森を出ることにしたよ」
サンシエは告げる。
カムイの森は『道の奥』と名を変え、獣神については佐倉の言った『老獣』がそのまま採用された。京の支配を受けることになり、松前藩には税として木材を始めとする森林資源を納めることになっている。
それ以外の点では森の生活は変わらない。
しかし変わったものある。
あの戦を経験したサンシエの心は、もうそれ以前と同じではない。変わらざるを得ない。カナを失うというのは、サンシエにとって重過ぎる経験だった。
「僕は……僕の力が足りなくて、君を絶望させてしまった。そして僕の力は足りなくて、君をこの手で殺せなかった。君を殺す役をコジカに任せるしかなかったんだ」
サンシエは真っ直ぐに血晶石を見つめている。サンシエの目を持ってしても、その中に宿るはずのカナの霊を見ることはできないが、そこにカナがいるのは確かなのだ。
「呪い士としてなら、僕の力は十分だと思う。自惚れかも知れないけれどね」
サンシエは自嘲的に笑った。
実際、呪い士としてなら十分過ぎる力をサンシエは持っている。森の歴史を紐解いても、恐らくは並ぶ者など居はしないだろう。
「それでも君を救えず、君を殺せなかった。だったらそれが呪い士の限界なんだろうね。だから僕は呪い士の力ではなく、違う力を探しに行く。そのために森を出て……ミドウに付いて行くことにした。キリシマと同じ神狩になれば、色々と僕の知らない物を見て、聞くことができるだろうからね。そうなるとハガネやシロガネにもまた会えるかもしれない」
サンシエが東征軍に加わることについて、御堂や佐倉は複雑な思いもあったようだが歓迎していた。御雷を追い詰め、一軍に匹敵すると言わしめた幽鬼を操る力は使い所が難しいとしても、霊を用いた治療の術や、様々な薬を生み出す知識は東征軍にとって大きな益を齎すからだ。
サンシエ達がカナを討ったあの日、前夜から宿営地に潜入していた銀によって鋼は救出されている。前日から続けざまに状況が変わり、宿営地の混乱は収まりきっていなかった。御雷は床に伏し、千蔵や霧嶋、甲軍の生き残りも森に入っていたため宿営地内は手薄になっており、その隙を突いての救出だった。
当初、銀の動向を知りながら黙っていたシシリクに対して、御堂は穏やかならぬ感情を持っていたのだが、前夜の交渉の際にシシリクが「俺達」と一括りにしたのを「東征軍と森の民」と言い直し、鋼達を「松前の残党」という別な区分にしていたため、余り強く追及はされなかった。あくまでも松前の残党が仕出かしたことであり、その責めを森の民に被せるのは筋が違うという主張が通った形だった。
シシリクは銀に依る救出を見越していたからこそ、あの場では鋼の解放を強くは主張しなかった。その辺の議論を深くしてしまうと銀の動きを話さなければならず、要らない警戒をさせてしまう結果になっていただろう。
逃亡した二人がどこに行ったのか、はっきりとは判らない。しかし京の支配地に留まるとも思われない。京の支配が及んでいない地に逃げたと考えられ、そうとなれば東征軍がこれから向かう地でもある。機会があれば再会することもあるだろう。
きちんとした別れもお礼も言えていないのが心残りであり、会えた時にはシシリク達の分も含めて伝えようと考えていた。
「僕は森を出ることにした」
サンシエはもう一度最初の言葉を繰り返した。
「でも必ず帰って来る。君を守れるだけの力を手に入れたら……。だから君はここで待っていてくれ。いつになるのかは判らないけれど、必ず君にもう一度会いに来るよ」
サンシエは自分で自分を許せなかった。自分の力が足りないばかりに、幼いカナを絶望させ、狂神と化さしめ、そして殺せなかった。森の外に出て、足りない力を補えたのなら、またここに戻ってこようと決めていた。
長い時が掛かるだろうが、血晶石から悪念が抜けるのにも長い年月が必要だ。絶対に間に合わせるとサンシエは誓っていた。
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こうして森を出たサンシエは『道の奥の呪い士』として名を知られるようになる。
幽鬼を操る能力と治療の術で恐れと敬意を集める実力者でありながら、行く先々で文献を漁り、未知の異能力を持つ者がいれば話を聞きに行く姿が度々目撃されている。
京による昇陽統一が為されてからは西にも足を伸ばし、神狩としての役目を果たしながら同様の行動を繰り返していた。
彼が何故そこまで知識を求めるのか、それを知る者はいなかった。
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――長い時が流れて……
道の奥のとある滝の前に一人の男が立っていた。
濃い髭に覆われた彫りの深い顔立ちをした男は、年の頃なら四十か五十か。長年の苦労が男の顔に深い皺を刻みこんでいる。
男は膝まで水に浸かりながら滝壺に踏み込み、滝へと歩む。
そして水が流れ落ちる岩の表面にある無数の刻み目を見つめた。
裂け目には球形の石が嵌め込まれている。中には石の嵌っていない裂け目もあるが、おおよそ七割程度は埋まっていた。石は黒から多少黒みがかった赤まで様々な色合いをしていた。
「新しい物は無い、か。最近は獣神も……」
そこで男は言葉を途切らせ、「おっと、今は老獣と言うのだったか」と苦笑する。
「最近は老獣も生まれなくなっていると聞く。ふむ、案外、神の生まれた理由とやらは当たっているのかも知れんな」
呟きつつ、男は目線を移動させていく。少し離れた所に、他とは区別するように二つの裂け目があった。一方の裂け目は空いており、もう一つには小さな石が嵌っている。かつては闇を練り固めたような漆黒だったそれも、ここに安置されてからの年月で黒さが抜け、今では少し濃いくらいの赤だ。完全に悪念が抜けて消え去るのも間近と思われる色合いだ。
「どうにか間に合ったという事か……」
感慨深げに男は声を漏らし、そっと手を伸ばした。流れ落ちる水を弾きながら伸ばした指先が、その小さな石をそっと撫でる。
「約束通り、帰って来たよ、カナ……」
語りかけたその声は滝の音に紛れてしまうほどの囁き声だった。
―― カムイの森 完 ――
これにて終了となります。完読ありがとうございました。
・少しだけ後書き
ジ○リの『もの○け姫』やグ○ープSNEの『妖魔夜○』シリーズの影響を受けているのは隠しようも無いので自己申告しておきます。
また影響を受けた、というか理想形として想定していたのが山○風太郎の『甲賀忍法○』(マンガやアニメの『バジリス○』の方が有名かも?)です。これは主にバトル面で。単なる戦闘力勝負ではなく、能力の相性で勝負が決まっていくような、そんなバトルを書きたかったのです。成功したかは……読んでくれた皆さんの判断に任せます。




