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カムイの森  作者: 墨人
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第47話 狂神カナ

 森に入ってしばらく進むと、数人の森の男が待っていた。昨夜シシリクの村へ伝令に走った者達だ。


「シシリクの予想が当たった。カナはシシリクの村にいるぞ」


 男は村からの避難は問題無く間にあったこと、カナはシシリクの村に留まり、他に移動する様子は無いと報告した。無駄な犠牲が出なかったことに安堵しつつ、さらに先へと進む。昨日の戦の跡も生々しい下の村を通り過ぎ、シシリクの村へと向かった。

 霧嶋達東征軍にとっては始めて踏み込む領域だった。目的地までの距離も判らずにどれほど歩いたか、やがて目に見えない何か不快な物が体に纏わり付くような感覚を覚え、一行は足を止めた。


「狂神の影響が出始めたな。ここから先は俺達だけで行く」


 ここから先に進むのはシシリク、サンシエ、コジカ、霧嶋、千蔵の五人のみ。

 カナが放つ狂神の威圧は他の狂神よりも遥かに強い。狂神狩りの経験者や、千蔵が特に選んだ東征軍の精鋭でも竦んで動けなくなる可能性が大きい。

 ならば何故これほどの人数で来たのかと言えば、これは双方の警戒心の現れだ。

 一応の停戦状態になっているものの、御堂は完全に森の民を信用しているわけではない。良からぬ事を企まぬようにとの抑止力としてある程度の人数を同行させたのだ。そうなれば森の民側も、となるが、こちらは森に帰るついでにという側面もあった。


 千蔵は東征軍兵が運んできた大きな木盾を受け取る。

 これはサンシエの要請で急遽作られた物で、大柄なコジカでも少し屈めば全身を隠せるほどの大きさと、通常に倍する厚みを持っていた。大きさに相応の重さもあり、さしもの千蔵も持つのに苦労している。


 さらに進んでシシリクの村を一望できる斜面に着いた。


「さて、俺もここまでか。霧嶋をよろしく頼む」


 木盾を下ろした千蔵が言う。

 千蔵はこの場に残るのだった。胆力でなら千蔵は申し分ないのだが、カナの操る風の前では無力である。万が一の時には報せを持ち帰るための見届け人として、ここから戦いの推移を見守ることになる。

 千蔵から盾を受け取ったコジカは、それを左腕一本で持ち上げて具合を確かめている。両手でも持つのに苦労していた千蔵が苦笑いを浮かべていた。


「上手くいけば誰もこれ以上の怪我はしない。上手くいけばな」

「そうなるように願っている」


 千蔵を残し、四人になった。

 背にはカムイ、左右の手に大剣と大盾を携えたコジカは、それでも重さを苦にした風もなく斜面を下っていく。足を進めながら思うのは、これから行われるカナとの戦いだ。

 カナ本人は知らぬ事とはいえ、生まれに複雑な経緯を持つ娘だ。よくも素直な性格に育ってくれたと思う。狭い村の中の事で、歳の離れた兄のように慕ってもくれた。

 この際、感情的な問題は横に置いておこうとコジカは決めている。決めているのだが、やはり思ってしまうのだ。本当にこれで良いのかと。


「サンシエ、良いんだな? 本当に俺がカナを……」


 カナとの戦いについては昨夜の内に打ち合わせをしている。カナの風の異能は厄介だ。まともに向き合えば何人でかかろうとも太刀打ちできないだろう。そこで昨夜の内に打ち合わせをしており、その結果、カナへの止めはコジカが刺すことになっていたのだ。

 できるなら許嫁であるサンシエに任せたい役目だった。


「あの風を破る方法を僕は他に思い付かない。ミカズチやハガネがいればまた違うだろうけど」


 手順を考えたのはサンシエだった。

 サンシエもどうにかして自分がカナに止めを刺せないかと思案したのだ。こうなってしまってはカナを生かす道はどこにも無い。ならばせめて許嫁である自分が引導を渡すのが、せめてもの手向けであると。

 しかし手持ちの駒をどう遣り繰りしても、そんな手は出てこなかったのだ。


 恐らくは風を物ともしない御雷の雷撃や、砂礫を飛ばされても傷一つ付かないだろう鋼の鋼蓋があれば、まだ取れる手もあったのだが。御雷は未だに意識を取り戻さず、鋼は捕らわれの身。この四人でどうにかしなければならない。


 そこからは何となく重苦しい雰囲気になり、誰も口を開かなかった。狂神の気配がじわじわと強まっていくのを感じながら進むうち、シシリクがそれに気付いた。辺りを見回し、ある一点に視線を留める。


「どうしたの?」

「……鳥が、落ちている」


 シシリクが示した先には小さな鳥が冷たい骸となって横たわっていた。この森特有の種類なのか、霧嶋の知らない鳥だった。まだ死んで間もないように見えるそれは損傷もなく綺麗なものだった。

 それがどうしたのか、と目線で問えば「いや、気のせいなら良いんだが」とはっきりしない。


 しかし更に進むと明らかに異常な光景が広がっていた。

 鳥だけではない。鼠や栗鼠のような小さな獣の骸が至る所に転がっているのだ。それは村に近付くにつれて多くなり、また獣の種類も次第に大きなものが混じり始めている。


 そんな光景に、シシリク達はもう何も言わなかった。

 村を囲む柵の隙間から中に入り、目指すのは奥まった所にあるシシリクとカナの家だ。


 カナはそこにいた。

 高床式になっている家に上るための階段に蹲っていた。そんなカナの周りには山犬や猪など大型の獣が横たわっている。確かめなくても判る。全ての獣が死んでいた。

 シシリク達が近付く気配にカナが顔を上げた。

 カナは泣いていた。いつから泣いていたのか、目を真っ赤に泣き腫らしている。


「カナ……」


 会話できる程度の距離で足を止め、警戒しながら呼びかけた。遠くから不意打ちで射殺すこともできたのだが、どうしても最後にもう一度言葉を交わしておきたかった。訳も判らないままに殺すのは忍びない。自分が何故殺されるのか、カナに理解させておきたいというシシリク達の言い分は、霧嶋にとっては残酷なようにも思えた。


「……みんな死んでしまうの……どうして……村には誰もいないから……呼んだの……来て、って。でも……来てくれたみんな、動かなくなって……」


 切れ切れの言葉は悲しみに満ちている。カナは森の獣と仲が良い。仲の良い獣が目の前で次々に死んでいくのが相当に堪えている。


「……お前が、狂神になってしまったからだ」


 普通の狂神よりもなお強いカナの威圧。大の男でも恐怖に竦んで動けなくそれを、本来臆病な獣達が浴びればどうなるか。そして身動きもできないまま浴び続ければ。

 いずれ恐怖に殺されることになる。


 常ならそんな事は起こらない。

 獣は危険に対して敏感だ。遠くに狂神の気配を感じれば一目散に逃げ散ってしまう。狂神狩りに際しては辺り一帯から獣の姿は消えているものだった。

 だが、カナは寂しさから呼んでしまったのだ。

 声の能力を使って、森の獣達を。


「私はもう……ここには……ううん、どこにも……いられ、ない……?」

「そうだ」

「だから兄様は……サンシエも、コジカも……カエデも……私を殺しにきたの……?」

「そうだ。俺達は、お前を殺す」

「シシリク! そんな言い方!」


 シシリクの淡々とした言い様に堪りかね、霧嶋は思わず避難の声を上げていた。打ちひしがれている妹に対して、もっと優しい言葉の一つもかけてやれないのかと思ったのだ。


「なにをどう言おうとこれからやることは変わらないんだ」

「そうだけど!」

「止めて下さい。僕達だって……」


 何かを無理やり飲み込んだような、そんなサンシエの声で制止されなければ、もっと言葉を続けていたかもしれない。


「サンシエ……」

「カナ、ごめん……僕は君を殺して上げられないけれど……」

「サンシエも……私は……もう……駄目……なのね……」


 カナの顔から悲嘆も絶望も、感情と呼べる全てが抜け落ちていく。宿営地でも何度かこのような変化があった。カナの感情の振幅によって、抑えられている狂神としての本性が表に出てくる。シシリク達はそのように解釈していた。


「来るぞ!」


 シシリクが言い、四人は打ち合わせの通りに動いた。

 コジカが大盾を構えながら、背負子の紐を切ってカムイの遺体を地面に下ろす。

 シシリクとサンシエはコジカの背後に身を隠し、霧嶋はコジカの懐に抱き込まれるような形で盾の裏側に身を置いた。


「私は……死にたくない!」


 叫びとともに、カナが両手を大きく打ち振った。砂礫を巻き込んだ豪風が四人を襲う。

 霧嶋は盾の裏側に手を添え、破神を発動した。

 破神を流し込まれた盾で風は無効化される。飛んできた砂礫が次々に盾に突き刺さるが、コジカはその衝撃を支えきった。


 コジカと霧嶋が共同で風を防いでいる後ろで、シシリクは石の鏃の付いた矢を弓に番えていた。

 シシリクの準備が整ったのを確認したサンシエは、足元に横たわるカムイの遺体を見やる。


「カムイ、あなたの撒いた種だ。協力して貰いますよ」


 そして石刀の先端をカムイの胸に突き立てた。尖っていないから刺さらない。それは刺すための行為ではなく、霊への支配力を直接働かせるためだった。

 カムイの体から、本体と同じく犬頭人身の姿をした幽鬼が現れた。同時に凄まじい悪念が幽鬼から放たれる。無理矢理の幽鬼化に加えて、実の娘を殺すのに手を貸さねばならず、しかもカムイの血晶石は黒く染まっている。悪念の濃さも、費やす支配力もサンシエが始めて経験するものだった。


 サンシエが操る幽鬼が進み出ると、狂神の本性が表に出ているカナもさすがに動揺していた。が、カナはカムイの姿を見た事がない。これが父なのだとは気が付かない。


 異様な姿に警戒して、一際強い風が放たれた。

 幽鬼が右手を風に向けて差し出す。


 イヌガミからカムイへと受け継がれ、カムイがカナに継がせたいと願った異能、『引き裂く力』が放たれ、砂礫混じりの風が一直線に引き裂かれた。


「今だ!」


 サンシエの声に、シシリクも盾から飛び出し、瞬時に風の流れを読む。そして放つのは『通し矢』。深い森の中でも僅かな隙間を縫って標的を射抜く、正確無比なシシリクの技だ。放たれた矢は、カムイが引き裂いた風の間を擦り抜けていく。

 カナの身辺では別方向の風が吹いており、矢は僅かに狙いを外して背後の階段に刺さった。


 だがそれで十分だった。シシリクの役目は矢に取り付けた石の鏃をカナの近くに届ける事。

 サンシエが支配力を及ぼせば、石の鏃に宿っていた大蛇の霊が姿を現し、長大な蛇身でカナを締め付ける。狂神の霊の方が格上のため、蛇身で絞め殺す事はできないが、一時的に動きを封じるくらいはできる。


 そこに盾を手放したコジカが走り込み、大剣の切っ先をカナの胸目掛けて突き入れていた。

 渾身の突きは容易くカナの薄い胸を貫き、勢い余って背後の階段に突き刺さった。


「っ……!」


 カナは言葉も発せず、驚愕の表情のまま階段に縫い付けられている。その口からごぼごぼと血が溢れ出し、小さな体が何度か痙攣にも似た震えを見せ、そして動かなくなった。


 狂神狩りが、終わった。

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